「駄目・・・消えないでっ」
叫び声で望美は目が覚めた。手を伸ばした先は天井。視線を移すと、隣で茶色の長い髪が波打っている。ゆっくりと肩が上下する。
ああ、ちゃんと私はこの人を助けられたんだ。安堵してまた目の前がぼやけた。
涙が止まらない。
白龍の逆鱗で、この人を助けるためならどんなこともする。剣を覚え、朱雀の札を探しだし、怨霊となった清盛も封じた。戦う恐ろしさも、怨霊のおぞましい姿も、彼を救うためなら怖くなかった。
だのにどうして記憶は残るんだろう。
一度目ではすでに死んでいた。二度目は一人で全てを背負って清盛と消えた。何も残さずに。
あのときの喪失感と悲しみが今の私を揺さぶる。
「また泣いているんですか?あなたが泣くと僕まで胸が苦しくなってしまいますよ」
弁慶さんは目を覚ましていた。起き上がって心配そうに涙をぬぐう。
「ごめんなさい、起こしちゃって。これはしかたないの・・私の選んだ運命だから・・」
「まだ前の運命の記憶が残っているんですか?僕が消えた記憶が・・記憶を消そうと思わないんですか?」
「どんな記憶も私の一部だから。それに弁慶さんが生きてここにいる・・それだけで私、救われるんです」
必死で笑ってみせるけど顔が歪んでしまう。
「なんのために僕が側にいるんです?大声で泣いて僕を起こしていいんですよ?」
いつもより上ずった声。きつく抱きしめられて息ができない。
「弁慶さん・・くるしい・・」
「僕はあなたの記憶を消す術をしりません・・許してください」
胸に押し付けられて弁慶さんの顔が見えない。でもじかに体温が伝わってくるのが嬉しい。
「望美さん、僕はここに居ます・・これからもずっと・・どうやったら信じてもらえるのでしょうね?」
やっと腕の力が緩んだ。そっと上を見上げると、視線が絡まる。どちらからともなく、唇を重ねた。触れるだけで足らなくなって、舌を絡める。今ここに在ることを確かめたくて、必死にお互いを求める。
茶色の髪と紫の髪が交じり合う。
「ああ・・弁慶さあん」
「あなたは優しすぎる・・望美っ」
切ない声で呼びかけながら、弁慶は望美を押し倒した。望美は笑みを浮かべて背中に手を回す。
「嘘・・私わがままだよ・・弁慶さんしか見えてなかった」
「そんな嬉しいことをいわれると、止まらなくなってしまいます」
首筋に唇が降りると望美は首を振った。左右に寝間着を開かれ、さらけ出された胸に弁慶の髪がかかる。さらさらした髪の感触に感じて、甘い声が上がる。
「こうやっていれば考える暇もないでしょう?」
「ああ・・ぞくぞくする・・」
「どれだけ僕が貴女に溺れているか・・わかりますか?」
衣を脱がし、弁慶はさらに細いけどしっかりと筋肉がついた腕に、肩に赤い印をつける。この華奢な身体に、何も知らず僕は何度も無茶を強いた。後悔と愛しさが交じり合って愛撫が激しさを増した。
「髪が邪魔ですね・・こんなときは貴女の顔をみたいのに」
「べんけい・・さん・・・いやあ・・」
「駄目ですよ・・僕を感じてください・・もっと」
あんな哀しい笑顔をさせたことが悔しい。消せるものなら、あなたの目から、耳から、体の全てから、哀しい記憶を消し去ってしまいたい。大切な人が逝く苦しみをよく知っているから。どれほど触れたら、抱いたら罪は消えるのか。
「ひああ・・ああっ・・」
「一人ではこんなところに触れないでしょう?望美」
「そんなこと聞かないでっ・・やだあ」
「恥ずかしがる貴女も可愛いですよ」
強引に突き進むのを我慢して、望美を頂点まで追い上げる。指を三本に増やし、激しく攻め立てると華奢な体が跳ね上がり、一番良い声を上げた。
弁慶はひくひくと震える脚を持ち上げ、呼びかける。
、
「まだきついけど・・・いきますよ」
「いいよ・・・きて」
ぐちゃぐちゃと望美の中をかき回しては又突く。絶え間なく上がる甘い声。望美の中は溶けてしまいそうに熱い。激しい波が何度も来る。そのつど、快楽の波に落ちそうになる。
「べんけい・・もうだめえええっ・・・」
「いっしょに・・いきましょう・・のぞみ・・」
「うん・・いっしょだよ・・」
次の波に二人で身を任せた。白い闇に二人で堕ちて行く。どこまでも深く。
「眠ってしまいましたか・・あなたにしては随分がんばりましたね」
眠ってしまった望美の髪を撫でる。
「ふふ・・僕は最高の鎖を手に入れたのかもしれませんね。悪夢を見る限り、あなたは僕以外の男に眼を向けない。向けられない。そうでしょう?
どうかいつまでもその記憶を持ち続けてください。僕のために」