この無慈悲な世界の中で
誘ったのは私のほう。朔に譲と二人だけで話がしたいとお願いして部屋に呼んでもらった。
部屋に入ってきた彼の前でわざと夜着を緩めてみせた。薄手の着物の下からはすぐに体の線が見える。
「譲・・・」
「先輩・・なに馬鹿なことしてるんですか」
頬を赤くしながらも視線は首筋に来ている。男の目をしてる。
「お願い・・もう一人はいや・・・」
「いつからそんな弱虫になったんですか?まだ夢で逢えるんだから希望は残っているでしょう?」
ごめんなさい、と胸でつぶやいて譲を見つめる。
譲が私のことをすきなのは知ってた。だからこうやって私が見つめたら、きっと譲は落ちる。
私に手を触れないでいられなくなる。
「夢で逢えたのは一度だけだよ。それに会う約束もできなかった。毎日怨霊を封じて、ここに戻って眠る、その繰り返し・・」
「いつか会えるとそういわれたんでしょう?兄さんは嘘をつく人じゃない」
「それはいつなの?明日?二ヵ月後?」
「・・・先輩」
「もう時計の旋律も覚えちゃった・・初めは嬉しかったのに・・・今は何も感じないの」
譲が眼をそむけた。自分の中で必死に戦っているんだね。先輩と後輩の線を保とうとしてる。性欲に負けまいと手を組んでしまってる。
「神子姫様って・・怨霊を封印する力は私しかない・・・だからいつも私は元気でいて当たり前?」
「そんなことない・・・やすまないと壊れてしまいます・・弓の弦を張り詰めると切れてしまうように」
「譲、あなたが一番私に近いの・・だから・・休ませて」
「そんなの先輩じゃありません」
上ずった声を上げて逃げようとする。その衣の裾をしっかりとつかんだ。女の力ならふりほどけばすぐに離れてしまう。
でも動かない。凍りついたように私を見ている。
男の目で。欲に狂った眼で。
「こんなの・・・狂ってます・・」
「ここに来たときからもう正気じゃないよ・・そうでしょ?」
ようやく右手が私の方に伸びた。もう逃げられない。やっと堕ちてくれたね。ごめん。譲。
髪に触れ、ゆっくりと口付ける。手が震えているのはあまり経験がないからだろう。
それでも一瞬、この現実を忘れさせてくれるなら構わない。痛みだけで終っても。
「止めろといっても聞きませんよ?」
「いいよ。譲だから、大丈夫」
嘘と本当を混ぜて、私は譲に抱かれる。私を抱くこの腕は、温もりは本物だ。夢じゃない。それだけが私の支えになる。もう将臣の夢だけでは生きられない。怨霊が無限に作り出されるこの世界では。