「きゃぁ!」  
 前方からいきなり誰かが現れた為に、小走りだった望美は急に止まれず、  
避けようとバランスを崩してしまった。  
 そのまま上半身から転びそうなところを力強い腕が腰を抱き引き上げる。  
「相変わらず、良く転ぶ奴だな」  
 自分の体を助け起こし、そのまま柔らかく抱きしめる相手を、顔を見上げ  
て少しだけ睨む。  
 そんな表情をしても、少しも怖くない、むしろいじめたくなるような顔な  
のだが、本人に言えば怒り出すのは目に見えているので、顔にも言葉にも出  
さないようにしている。  
「あ、ありがとう」  
 ぼそりと呟くと、望美は身じろぎする。けれど、緩い締め付けなのに、一  
向に腕は外れない。  
「あの、ね、将臣くん…」  
「何だ?」  
 わかっているだろうに、この空とぼけたセリフ。  
「もう! 離して」  
「断る」  
「…断るって…」  
 即答の青年に、今度は困ったように顔を向ける。  
「…久しぶりだな、こういうの」  
 そう囁かれて自分を抱く腕に少しずつ力が加わるのを感じ、望美は身を竦  
める。  
 嫌なわけでは無い。半年程前まで、付き合っていたし、ベッドも何度か共  
にしたのだから。  
 
 付き合うのにきっかけらしいきっかけは無かった、と思う。お隣同士の幼  
なじみで、小さい頃から弟の譲と3人仲良くして、将臣とは高校に入学して  
から、自然といつの間にかそういう関係になっていた。  
 いや、きっかけが無ければ、幼なじみ同士である自分達が付き合うなどと  
いうこともなかったはずなのだが、それは多分、思い出して漫画のように、  
胸の動悸を早くさせるようなロマンチックと言われる類のものではなく、日  
常のほんの些細な出来事だったのだろう。  
 望美の両親は、旧家である隣の家柄に気圧されていたけれど、その有川家  
の兄弟の両親からは、昔から「どっちのでも良いから嫁に来い」と言われて  
可愛がられていたこともあり、付き合っていたことが知れても逆に喜ばれる  
程で、このまま本当の家族になるものだと思っていた。  
 しかし、現実――と言って良いのかどうか甚だ疑問ではあるが――は、そ  
う甘くは無く、ある日、過去の日本と良く似た異世界であるこの世界へ飛ば  
され神子の使命を負わされ、挙げ句の果てに再会した恋人は自分より3歳も  
年を取っていた。  
「将臣くん、意地悪して楽しんでるでしょ?」  
 自分を抱きしめて離さない青年を見上げ、困ったような顔で睨む。勿論、  
その顔が相手の欲を刺激するなど露程も思っていないのだが…。  
 良く知っているけれど、良く知らない相手。  
 
 自分の彼氏が、女子に絶大な人気を誇っていたことを思い出すと頭が痛い。  
気付かないフリをしていたけれど、周囲の女子の視線は痛かった。それでも、  
高校ではっきり付き合うようになってからは、逆に少なくなった程で、中学  
の時など、当の将臣の彼女等からの嫌がらせの方が更に凄かったのだ。  
 そんな過去を持つだけに、自分にとっては半年だけれど、この青年の3年  
半の間に、他に女性がいなかったとは思えなかった。今この時でさえ、どこ  
かで思いを寄せ合った相手が待っているかもしれないのだ。そして、同じ年  
齢の時でさえ、自分の子どもっぽさがイヤだったのに、先に年を取ってしま  
った将臣には、今の自分は酷く幼く映るだろうと思うと空しくなった。  
 だから、懸命に2人っきりにならないように、色々避けてきたのに……、  
自分の迂闊さを呪うばかりだ。  
 この、顔も良く、快活で、何でもこなす、それこそ魅力的と言える男が、  
時折自分に対して酷く意地が悪くなることを、イヤと言うほど知っている。  
「どっちが意地が悪いんだかな」  
「私は別に意地悪く無いよ!」  
 離そうとしない相手に、少し口調が荒くなるが、逆に更にきつく抱きしめ  
られた。  
「で、何を急いでたんだ?」  
「将臣くんこそ、何でここにいるのよ」  
「部屋が足りないってんで、俺だけこっちの離れの部屋なんだよ」  
「私はお風呂に入りに来たの! 良いから離して」  
 
「俺を必要以上に避けてるみてーだけど」  
 ニヤ、と言う擬音が似合いそうな笑みに、冷たい汗が流れる気がした。  
「…別に…避けてなんか無いよ」  
「ウソつけ」  
 そういうと、息が掛かる程の耳元で囁く。  
「理由、言えよ」  
 背筋がゾクリとする。大きな声で卑怯者と叫びたい気分だった。  
 望美が、この掠れた低い声に弱いことをしっかりわかっていて、わざと追  
いつめるような態度を取っているのだ。  
「…だって…」  
「ん?」  
 一瞬、どうしたものかと躊躇うが、正直に言った方がこの腕を逃れられる  
と判断する。  
「将臣くんが、3年以上も彼女いないなんて思えないもの」  
「………は?」  
「別に自分を卑下してるわけじゃないからね。会えるかどうかわかんない人  
間をずっと想うなんて無理だよ」  
「それで?」  
 心なしか、目つきがきつくなったような気がするが、元々眼光が鋭いのは  
確かなので気のせいだろう。  
「だから、今の彼女に悪いから! お願い離して」  
 
 無理に体を引き剥がそうとした時、将臣と目があった。滅多にしない目を  
細めた顔つきに、失敗を悟る。いや、失敗したとは思ったが、何が失敗なの  
かは理解出来ていなかった  
 そして、不味いと思った時には遅かった。  
 軽々と体を担ぎ上げられ、側の部屋へと連れ込まれる。  
「い…やだ! 離して、いや!」  
 両手の拳を背中や頭に打ちつけるがビクともせず、部屋の障子を閉め切る  
と、薄暗い隅に降ろされる。  
 いそいで立ち上がろうとし、顔を上げると自分を見おろす顔があった。  
 その目に、獣のような光を見いだして背筋が寒くなる。  
――に…逃げなきゃ…  
 思い、体を横にすると将臣がその先に立ち塞がる。  
 反射的に後ずさるが、すぐに背中に壁が当たってしまった。  
「ま…将臣くん…? 何、考えてる…の?」  
「何考えてるのかって? ま、楽しくお喋りってのじゃねーのは確かだな」  
 いつの間にか逃げ場の無い部屋の角に追いつめられている  
「私の言ったこと、わかってる?」  
「お前こそ、自分の言ってる意味わかってんのかよ」  
 低いドスの利いた声にビクリと体が怯える。ここまで自分に対して怒った  
ことなど今までには無かった。  
 
 将臣も、望美の目線に合わせ床に膝を付く。  
「まぁ、確かに、他の奴を抱いて無いって言えばウソになるが」  
「…や…いや」  
 頭を振り、手で耳を塞ごうとするが、すぐにその手を掴まれてしまった。  
そのまま、将臣は望美に覆い被さるような体勢を取る。  
「沢山相手にしたが、顔も覚えちゃいねー女ばっかりだ」  
「やだってば!」  
 悔しくて涙が出てくる。聞きたくないのに、逃げられない。心臓が先ほど  
から、何かが刺さっているようにキリキリと痛んでいた。  
 抵抗すればするだけ手を掴む力が強くなり、顔が耳元にまで来ていた。将  
臣の声は低い囁きに変わっている。  
「…わかるか? どの女を抱いてたって、お前の顔が被るんだ。どれだけ美  
人だろうが、どれだけスタイル良かろうが、抱いてんのはお前だったんだよ」  
「そんなの…そんなの…知らないよ…」  
「…思い出させてやるよ、何年経とうが関係ねぇ」  
「……何…言って……」  
 耳に息が掛かる近すぎる距離を更に詰めて、殆ど口接けしてるような状態  
になってしまっている。  
「お前、敏感だったよなぁ。キスだけで真っ赤になって感じてたり、肌に触  
るだけで、鼻を鳴らしたり」  
「何? やだ!」  
 
「ああ、そういや、すぐに『イヤ』って言うよな、嫌じゃねーくせに」  
 右手を望美の腕から外すと、そのまま着物の上から胸の頂きにあたる部分  
を強く刺激する。  
「ひっ…」  
 将臣は、くつりと喉の奥で笑う。  
 自分は、酷く残酷な顔をしているのだろうと思うが、止められなかった。  
目の前で、肉食獣に怯える小動物のように震えている少女が、その言葉が許  
せなかった。本気の言葉では無いことくらい、長い付き合いなのだから気付  
いててはいたが、それでも怒りが沸いてきた。  
 辱めて、心も体も丸裸にしてやりたいと思った。  
 後で考えると、自分の不誠実さを棚に置いて、他の八葉等に多少なりとも  
嫉妬していたと言うのもあったのだろう。  
「ここに歯を立てると、高い声で鳴くんだよな」  
「やめ…て…お願い…」  
 望美は顔を真っ赤にして、空いた片手で抵抗するが体が震えてあまり上手  
くいかない。  
 こんな羞恥は無かった。自分の反応など知らない。知りたいとも思わない。  
他の誰でも無い将臣しか知らないことを。  
 なのに、体の奥深い部分から、痺れるような感覚を覚えている。  
「少しきつく吸うと、この白い肌にすぐ赤い後が残るし、背を逸らして胸を  
突き出す」  
「いやぁ…」  
 
「――を指でなぞると目を細めてか細い声で喘いで、――に俺の――を入れ  
ると泣いて全身で震えて……」  
「やめてっ!!」  
 あまりにも卑猥で明らさまな言葉に、懸命に声を上げる。  
 いつのまにか自由になっていた両手で、覆い被さる体を押し距離を取り、  
そのまま両手で顔を覆う。  
「酷い!! どうして、こんなことするの…!」  
 羞恥と混乱と怒りと色々ない交ぜになり、まさしくキレている状態だった。  
嗚咽混じりで、そのまま叫ぶように言葉を重ねる。  
「ひ…1人で大人になっちゃって…、私はまだ子どもで、一生懸命諦めよう  
って、忘れようってしてるのに…どうして、ほっといてくれないの…」  
「さっきから随分、勝手な言い草だな」  
 将臣は唸るように言葉を紡ぐ。  
「好きで年上になったんでも、好きで離ればなれになったわけでもねーよ。  
なのに久しぶりに、数年振りにようやく合えた好きな女には避け捲られて、  
挙げ句勝手に想像で別な恋人作られて、諦めるから、はいサヨナラってか?  
フザケンナっ!!!」  
 
 叫ぶと、無理矢理望美の両手を顔から引き剥がし、もう一度その体にのし  
かかる。閉じていた足の間に強引に割り込み、前よりも体を近付ける。  
「…や、もう、許して」  
「話すだけからも逃げてるくせに、一体どういう了見だ? ああ?」  
「………………の…」  
「聞こえねーよ!」  
「怖かったの! 3年なんて長い間に何があったっておかしく無いもん。彼  
女出来てたって、結婚してたって仕方無いよ! それを……そんなの…将臣  
くんの口から聞かされたら、無理だよ……まともでいられないよ…」  
 ぽろぽろと音がしそうな程の大粒の涙を零しながら、胸の内を吐露する。  
「…馬鹿なことを」  
 涙を拭い、目元に口接けを落とす。  
「…や…」  
「本当に?」  
「…お風呂…入って無い…」  
 呟く唇を、小さく笑いながら奪う。  
 

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