「…男の子って、ずるい…」
弓引く腕を枕に、絡めた指を弄びながら、熱の余韻にかすれる声で望美が呟く。
…まだ「望美ちゃん」と呼んでいた頃は、よくそう言われてたな…
ぼんやりと意識をさ迷わせながら、譲は思い返した。
それは例えば、今まで全く敵わなかったかけっこの勝敗が逆転した時や、腕相撲をしても負けなくなった時
などに使用された。
兄の将臣は物心ついたときには既に体格・腕力共に上回っていたのでそう言われたことはないようだったが、
一つ年下の自分に追い越されていくのは、勝気な彼女にとって悔しかったらしい。
彼としては望美を守れるような男になりたかったから、むしろそれは褒め言葉として捉えていた。真っ赤な顔に
涙を浮かべて詰め寄られるのは辛かったけれど。
…最後に言われたのは、身長が急激に伸び始めた時だったか。
そこまで思い至って、譲はふと考え込むような表情になった。
――何で、今この状況で、先輩はずるいなんて言うんだ?
絶対に届かないものと諦めて…諦めようとして果たせず抱え込んできた彼女への思い。
それがついうっかり思いもかけずに唐突に通じたおかげで、二人は幼馴染から相愛を突っ切り一夜にして
未成年(この時代ならば十分成年だが)としては不適切な関係へと発展してしまっていた。
一度果てた身体を二人寄り添わせ、幸せなまどろみに落ちる寸前に聞いた言葉がソレだとは。
このままでは何となく夢見が良くなさそうな予感がする。折角、先輩と共に眠る事ができるというのに。
譲は思い切って尋ねてみた。
「先輩…何がずるいんですか?」
「きゃっ!?ゆ、ゆずるくん?」
小さく悲鳴を上げ、望美はころりと寝返りを打って向き直った。譲が起きていることに気付かなかったらしい。
白い胸元に桜のような花弁がいくつも散らされ、ほの暗い燭台の明かりに浮かび上がっている。
頬には破瓜に耐えた涙の跡が残っており、痛みの元凶は罪悪感を煽られた。
「…あ…その、俺ばっかり気持ちよかったみたいで…すみません」
男女の構造上の差異のことかと慌てて詫びる彼に、彼女は同じくらい慌てて首を横に振った。
「あ、ち、違うの、そうじゃなくて…確かに痛かったけど…」
最後の方は、痛いばっかりじゃなくて、訳わかんなくなってて…その…ええと…気持ちよかった、かも…
上気した頬を更に赤くして、もごもごとつっかえる彼女をみて。
譲は自分の頬はもっと赤いに違いないと思った。
それを悟られないように、すべらかな背中を胸に抱き寄せる。
「じゃあ、何なんです?」
「…だって、ずるいよ」
伏せていた顔を上げて、望美は言う。
真っ赤な顔に、涙を浮かべて。
「私の知らない間に、こんな…えっちなこと、覚えてるなんて」
彼が絶句したのは言うまでもなく。