「望美さんは可愛らしいですね」  
 
はじめから「敵」だと思っていたわけじゃない。  
いきなり素であんなこと言われたら、奥ゆかしい日本人は確かに引くだろうけど。  
いや、皆あの顔に騙されるかな。  
 
私だってそれは引いた。そりゃもうドン引いた。  
でも相手は八葉だ。しかも初対面だ。いきなりそれだけで引くのも失礼に値する気がして。  
 
それが悪かった。そんな甘いこと言ってる場合じゃなかったんだ。  
気がついた時には、敵はゆっくりと牙をむき出して、咽に喰らいつく寸前まで来ていたのだから。  
 
 
 
「君は、いけない人ですね」  
 
夕闇迫る梶原邸の一角で。  
昼寝から覚めたけだるい身体を起こそうとした私の、視界の全てをいきなり占領してくれたのは、あの「敵」の超ドアップだった。  
掴まれた手首、優雅な微笑みとは対照的な、骨ばった指が私の手を包んでいる。  
親指が丁度手首の脈を押さえている。それが、相手に鼓動を伝えているかと思うと、今すぐ振りといてしまいたかった。  
「・・・・・・・・・弁慶さん」  
「何でしょう、望美さん」  
「これは何の真似でしょう」  
「おや、わかりませんか?」  
くすりと微笑む。曲線を形作る唇が、何故だか素晴らしく淫靡に見える。  
ああ嫌だ。末期だ。  
 
「わかりませんしわかりたくもないので今すぐその手を離してついでに私の上からどいて何処かに消えてくれませんか?」  
 
いえ寧ろ消えて下さい。  
にっこり笑って一息に捲くし立てた。その間にも蹴り上げてやろうと脚を動かしたけれど、相手の方が上手だった。脚の間に相手の脚が割り込んでいて、上手に封じこまれている。  
笑顔を保ちながらも、内心舌打ちをしている私をあざ笑うかのように、「敵」が顔を近づけてくる。  
夕日に透ける薄茶のくせ毛が、まるで陽輪のようだと思った。  
 
「君が、わからないはずはないでしょう。熊野別当殿に、『専属軍師に』と望まれる程ですから、ね・・・?」  
 
それこそ互いの吐息が混ざり合う程の至近距離。のぞきこまれた髪と同色の瞳は、形ばかりはいつもどおり微笑っていたけれど。  
(目の中が思いっきり裏切ってるんですよ!!いやああ朔助けてええ!)  
心の中で親友に助けを求めるが、生憎彼女は夕飯の買い物の為、昼から外出中だ。  
 
「ひ、人を呼びますよ?」  
なんとなく負けているような気になるから、顔には笑顔を貼り付けたまま、退路を探す。  
掴まれているのは左手一本のみ。利き手は無事だが、押し倒される一歩手前な姿勢を支える為に使ってしまっている。かなり不利な体勢だ。無理な姿勢で背中が痛い。  
今の一言で「敵」が怯んでくれればまだ対処のしようもあったものを、やはり一筋縄ではいかない相手、笑顔で一蹴してくださった。  
 
「生憎ですが、邸内には誰もいませんよ」  
「か、確認したんですか?これだけ広いお家ですよ」  
「ええ、当然です。危ない橋は渡りたくないですから」  
 
それとも、と、「敵」はつり上げた口の端をちろりと舐めた。私の左手が引き寄せられる。  
 
「誰かに、見られたいのですか・・・?」  
 
手首の脈に押し当てられた唇と舌の感触と熱、獲物を狙う猛禽類のような、細められ鋭い眼光を宿した瞳に、「敵」が臨戦態勢に入ったことを知った。  
 
そのまま舌が手のひらへと這い上がる。中央を通って親指を口に含まれ甘噛みされた。  
「・・・・・・・・・っふ・・・・・・!」  
一瞬だけ震えた身体にかまわず、舌は次の指先、指の股へと侵略していく。甘噛みされる度、指の股を舌先でなぞられる度、じんわりと溜まる熱に震えようとする身体を、利き手を握ることで必死に押さえつけた。  
逃げなければ。何とかしてこの男から離れなければ。  
震える右腕で、身体を少しずつずらしていく。  
集中力を切らしてはダメだ。今切らしては、間違いなく腕の力が抜ける。  
そうなったら。  
 
「・・・ひぁっ!?」  
 
突然わき腹をひやりとした手に撫でられた。がくんっ、と腕の力が抜ける。  
(しまっ・・・・・・!)  
思った時にはもう遅い。  
今までは上目遣いに見れた顔が、完全に相手を見上げる体勢になってしまった。  
つまり、天井を見るのと同じように、相手の顔があるということ。  
どこからどう見ても私を組み伏せている形になったコトの元凶の表情は、さながら罠にかかった獲物を見る猟師の目をしていた。  
…それはそれは楽しそうな表情の。  
 
 
 
 
 
「ん、ぅ・・・・・・っ、ふ・・・っぁ・・・やあ・・・っ」  
制止の声にも、下肢を蠢く舌の動きは止まらない。  
弁慶の頭が動く度、否が応にも滴る水音が耳に入る。  
必死で押し戻そうと、弁慶の髪に手を絡ませるが、できるのはそれまでだった。力が入らず、震える指は軽く薄茶の髪を握っただけ。  
「んん、ふ、ぅ・・・っ!」  
卑猥な音が一際大きく聞こえた。舌先が蜜壷の中にねじ込まれたのだ。  
そのまま潤った中をかき混ぜられた。  
 
「あうっ、や、んぅ・・・ん、ん・・・っ!」  
望美の感じるところを探すように蠢く舌に翻弄されながら、それでも望美はぎりぎりのところで意識を飛ばさずにいた。  
(こ、ここで流されたら、ま、負けだもの!)  
いまだ逃げる選択肢は捨てていないらしい。  
しかし弁慶の愛撫は的確で、確実に望美の意識を侵食しつつある。  
擬似表現するならば、意識の糸は細く、それを握る望美の手は震えっぱなしという状態であった。  
それでも保っているだけ凄いのだが。  
「・・・・・・・・・」  
弁慶の琥珀の瞳がちらりと望美を見る。  
が、すぐさま行為を再開する。舌を引き抜き、割れ目全体を口で被って吸い上げた。  
「やっ・・・!ひぅ・・・っ」  
ぢゅ、ぢゅく。吸い上げながら、更に舌で愛撫することも忘れない。弁慶が吸い上げる度、望美の脚が跳ね上がった。  
ふと、両手で抱えていた望美の脚が、小刻みに震えているのに気づく。  
望美の限界が近いことを知り、弁慶が身体を起こした。唐突になくなった刺激と直接的な熱に、望美が緩慢な動きで視線を向ける。  
「望美さん・・・・・・」  
優しく望美の名を呼んだ唇が、額に降りた。次に瞼、目尻、頬。優しく、やさしく、口付けられた。  
むき出しの胸を上下させて、望美は少しだけ息を整えた。最初だけ含まれた胸の花芯がちょこんとその存在を主張している。  
ちなみに前紐が解かれてしまっただけで、上着自体はまだ肩と腕に引っかかっていたりする。・・・下は、さすがに取り払われたが。  
「・・・本当に、君は可愛いですね」  
そう言って、唇をふさがれる。薄く開いた隙間から滑り込んだ舌が、望美のそれを絡め取る。  
「ふぅ・・・ん・・・・・・・・・んむっ!」  
望美の身体が刺激にびくりとしなる。  
望美をむさぼりながら下肢へと伸ばした弁慶の指が、その蜜壷へと指を沈めたのだ。  
 
「んっ・・・・・・・・・はぁ・・・っ・・・・・・?」  
だがそれだけだ。弁慶は指2本を胎内に深く静めたまま、動かそうとする気配がない。  
異物感に、震える手で弁慶の胸を押すけれど、効果はなく。  
ただひたすら、時に角度を変え、望美の口内を蹂躙する。嚥下し切れなかった唾液が口の端を伝い落ちた。  
「・・・ふふ、ほんとうに」  
離れた舌を銀の糸が追う。頤をなぞるように、耳元まで舌を滑らせて。  
 
「・・・いつ、僕から逃げようかと耐えている、そんな貴女も、ね・・・」  
 
耳元で囁かれたと同時に。  
くっ、と、胎内の指が望美の内壁を引っかいた。  
「------------------っっ!!!!」  
痙攣でも起こしたかのように、望美の身体が跳ね上がった。瞬間、意識が真っ白になる。  
弁慶が空いた腕で腰を押さえつける。びくびくと震える細い腰は彼女の感覚を如実に表していた。  
「望美さん・・・そんなに僕の指を締め付けて、どうなさるおつもりです・・・?」  
首筋に舌を這わせて、言葉で嬲る。びくりと、反応が返ってきた。  
「ちが・・・っ、あ、あぁ!」  
わざと水音を立てて胎内をかき回す。指の腹で紅く膨れた花芯を擦れば、高い嬌声があがった。先程までの押し殺した声とは明らかに異なる声の色。  
 
知らず、笑みが浮かぶ。  
強気で、強情で、簡単に諦めることをしない彼の神子は、ようやく理性の糸を手放してくれたようだ。  
 
「ふぁ・・・っう、くふぅ・・・!」  
指を抜き、濡れそぼった望美の中へ自身を進める。幾度目ともなれば、その動きはスムーズだ。  
根元まで沈めると、膣内の熱と肉の柔らかさに、そのまま融けてしまうのではないかと思う。  
「・・・望美」  
若い雌鹿のような脚の片方を肩にかけ、身を乗り出して胸の頂を舐る。空いた手でもう片方のそれを、乳房ごと揉みしだいた。  
ぐちゅりと結合部が音を立てる。  
「あ、あぁあ・・・!・・・っや!そこ・・・めぇ・・・っ!」  
胸への悪戯は止めることなく、ゆっくりと膣内への抽出を繰り返す。  
緩慢とさえいえる動きは、返って弁慶の動きを余計に感じさせてしまい、望美の腰が逃げるようにくねる。  
しかし脚をかけさせられた格好では、それもうまくいかず。  
「・・・おや、君から腰を動かすなんて・・・満足いただけませんでしたか?では・・・」  
「ひあっ!?」  
もう片方の足も肩にかけさせられ、繋がったまま、身体を折り曲げられた。  
自然腰は高い位置に、より弁慶を深く飲み込んでしまう。  
「これなら、如何です?」  
浅く抜いては、最奥を深く突かれる。襲い来る感覚と衝撃に、息をつくこともままならない。  
すがるように、自分の両脇に手をつく男の袖を握り締めた。  
「や、はっ・・・!も・・・あんっ、や、あ、くぅん・・・・・・っ!」  
奥が熱い。突かれる度、かき回される度、身体の中心に、彼の熱が溜まっていくのがわかる。  
その熱をどうすれば散らせるのか、わかっているけれど、口に出すのはもの凄く悔しい。  
快感に潤む瞳で弁慶を睨みつければ、彼もまた息を乱しながら、にっこりと微笑んだ。  
どちらからともなく口付ける。身体を激しく打ちつけながら、相手の息まで飲み込もうと貪りあう。  
「んく、ふぅっ・・・・・・っん!ん、ん----------っ・・・!!」  
一際強く打ち付けられた瞬間、視界が白で覆われる。  
達したのだと、膣内に注がれる熱を感じながら、身体が絶頂の余韻に震えるがままに任せた。  
ふと顔を上げれば、眼前には気だるげでいて、それでも穏やかな彼の顔。  
開放した唇は紅く熟れて、零れ落ちる吐息も惜しい程に。  
見つめあい、再び唇を重ねあった。  
 
 
 
ああまた負けた。流された。  
あれから更に流されて、目が覚めた時には外はすっかり暗くなっていた。  
「・・・弁慶さん」  
「何ですか、望美さん」  
水の張られた桶を抱えた弁慶さんを、布団を叩く仕草で傍に呼ぶ。  
桶が離され、傍に寄ってきた彼の顔が近づいた瞬間。  
思いっきり力を込めて平手を振り下ろした。  
パシッ。  
けれど、あっさり腕を掴まれ止められてしまう。  
悔しさに、上目遣いで睨みつける。  
「一発くらい、殴らせてくれてもいいじゃないですか」  
「嫌ですよ。君の平手は九郎の拳より痛いんですから」  
笑顔で乙女に言う台詞じゃないでしょう、それ。  
ああ、腹が立つ。この笑顔も腹が立つけど、それに流された自分にもっと腹が立つ。  
 
きゅう。  
 
…腹つながりでお腹が鳴った。  
「…クッ、…いえ、失礼。笑ってなどいませんよ」  
目の前で笑った癖に何を言う。  
「心配しなくても、そろそろ…ああ、来たみたいですね」  
弁慶さんがそう言ったと同時に、襖の向こうから入室の許可を求める声が聞こえた。  
許可の声に、湯気を立てる小さな釜を乗せた盆を持って現れたのは。  
「敦盛さん!?」  
「…神子。具合は、どうだろうか?」  
具合?  
ハッとした。まさか弁慶さんとのアレを覚られた!?  
そう思って自分の格好を顧みた。…今まで気づかなかったけど、用意周到な策士は私の身体も綺麗にしてくれていたらしい。上着は勿論、下までキチンと穿いている。  
別に、おかしいところはない。  
じゃあ何で私の具合なんて…。  
「ええ、随分良くなりましたよ。今彼女の脈を計っていたところです」  
敦盛君のお陰ですね。  
そう言って、弁慶さんが先程から掴んだままの私の腕を、目の高さまで持ち上げた。  
…良くなった?敦盛さんのお陰?  
弁慶さんの言葉に、少し険しかった敦盛さんの表情が和らぐ。  
「そうか…良かった。神子が疲労で倒れたと聞いた時は……あっ、いや…何でもない。  
…朔殿が、粥を作って下さった。神子、食べられるだろうか…?」  
「え…あっ、はいっ。食べられます」  
会話の内容がうまく理解できなかった私に、すっと盆が差し出された。慌てて受け取ろうと腕を伸ばす。  
が、それをやんわりと弁慶さんに押さえられてしまった。  
「ありがとうございます、敦盛君。僕も粥に合わせた薬草を煎じますので、置いておいて貰えますか?」  
「ああ・・・わかった。貴方にばかり任せて申し訳ないが…神子を、宜しくお願いする」  
そう言って、敦盛さんは頭を下げた。  
退出際に、小声で「おやすみなさい」と言ったはにかんだ笑顔が可愛くて、彼の去った今、私の横でにこにこと笑う胡散臭い(私にはそう見える)それとあまりに対照的だ。  
 
「・・・・・・・・・弁慶さん」  
「何ですか、望美さん」  
・・・このやり取りも、一体今日何回目だろうか。  
私が突っ込みを入れなきゃならない程、この男が私の意に沿わないことをやっている回数ということで、数えるのも嫌になってきた。  
「・・・一応、聞きます。もしかしなくても、『あの時』、邸内に他に人いましたね?」  
にこにこ。  
「しかも、敦盛さんに、昼寝してただけの私の具合が悪いって嘘つきましたね?」  
にこにこ。  
「そして、具合を見るから誰も近づかないよう、敦盛さんに言い含めましたね!?」  
「危ない橋は渡りたくありませんから」  
敦盛君は、本当に真っ直ぐで優しい子ですねぇ。  
笑いながら、さらりと自分の悪事を言ってのけた策士に、私は手近にあった木枕を思い切り投げつけた。  
 
 
 
 
 
「嘘も方便、というでしょう?」  
悪びれもせず笑った腹黒軍師に、もうこの男がいる時に昼寝をするのは止めようと固く心に誓った。  
 
・・・翌日、そう言えば昨日昼寝前に飲んだお茶は、少し味が違ったなぁと思い出して。  
思わず抜刀して弁慶さんを探しに走り出そうとした私は、一緒にお茶していた朔に慌てて止められた。  
 
 
【終】  
 

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