今日は木気……青龍の二人のどっちか、か……  
湯殿へ行く仕度の手を止めて、望美は溜め息をついた。  
九郎さんは一本気過ぎて兄弟子って感じだし、将臣くんは幼なじみだし……  
「正直、どっちも考えられないよ……」  
小さくこぼしながら、高く髪を結い上げる。  
でも譲くんも幼なじみだから止めたんだし、どうしてもなら九郎さんかなぁ。  
はぁ、と溜め息をもうひとつ。  
「うだうだしてても仕方ないか……とりあえずお風呂かな」  
手ぬぐいに、肌を擦るための糠袋と替えの下着、それから櫛をまとめて包む。  
せっけんもシャンプーも歯ブラシもないことに、  
最初は目眩がしたものだが最近はもう慣れた。  
糠袋の垢すりは意外に肌にいいようだし、  
空気の汚れや整髪料がないせいか、水洗いでも頭はすっきりする。  
考えてみれば昔のひとは、  
現代じゃ考えられない位の長い髪を  
『みどりの黒髪』なんて綺麗に保ってたんだし、  
こういう生活って身体にはいいのかも……  
取り留めのない思考を打ち切ると、望美は濡れ縁へ面した障子に手を掛けた。  
そのまま行くことしばし、軋む廊下を湯殿へ近付いた頃、不意に声を掛けられる。  
「望美、今から風呂か?」  
「将臣くん……」  
なんでもない台詞なのに、今夜のことが頭にあるせいか  
望美は一瞬答えにつまる。  
「う、うん。将臣くんは……」  
将臣は動きやすそうな濃紺の作務衣の袖を捲くり上げ、  
首には手ぬぐいを掛けている。  
常ならぬその姿に問うと、将臣は屈託なく笑った。  
 
「あー、薪割り手伝ってたんだよ。長逗留だし、身体も動かしたかったしな」  
「そっか……なんか、ごめんね」  
逗留の原因も、剣をふるえないのも望美の五行が尽きたためだ。  
しかし将臣は、苦笑とともにその掌を望美の頭に載せた。  
「なーに言ってんだよ。つか、それを言うなら俺のせいじゃね?」  
くしゃりと髪を撫でられ、懐かしい感触にはにかんだ。  
こちらへ来てからはそうする暇もなかったが、将臣は望美の頭を撫でる癖がある。  
幼いとき、まだ泣き虫だった望美を泣かしては、  
泣き止むまでそうしていた名残なのだ。  
お互い成長した今も、高さがちょうどいいなどと冗談混じりに、  
ふとした拍子にそうするので将臣の癖は抜ける気配もない。  
「そんなこと……」  
「まーいいや。お前も風呂なら一緒に行くか? 俺も汗かいたからな」  
望美が否定する間も与えず、将臣は軽く誘いかけた。  
「っえ?」  
望美の戸惑いも無理はない。  
将臣が指差したのは露天風呂の方向で、  
露天風呂はこじんまりとした貸し切りの湯壷である。  
当然混浴で……つまりはそういうことになる。  
「え? じゃねぇよ。別にイイだろ? 早まるだけじゃねぇか」  
「ま、将臣くん!」  
望美の頬に、一気に血が昇る。  
確かにそうかもしれないけどそんな言い方!  
って言うか自分に来るって確信してるの?  
言いたいことは様々だが、とりあえず口をぱくぱくするしか出来なくなってしまう。  
「ほら、いつまでもこんなトコいたらかえって目立つぜ? 行くぞ。」  
ぐいっとやや強引に肩を抱かれ、導かれる。  
しかし将臣の強引さはどこか心地良いもので、望美は溜め息ひとつで諦めた。  
 
宿の人からもらってきた鍵を差し込み、引き戸を開くと溜め息をつく。  
「どうした?」  
何でもないように言う将臣が信じられない。  
だって幼なじみだよ? こんな……こんなの、考えたこともないよ?  
将臣くんは、なんで普通でいられるの?  
しかしそれは言葉にならず、望美は黙って足を進めた。  
壁際の棚に包みを置き、羽織を脱いで帯に手を掛ける。  
「望美、ここ鍵閉めとくぞ」  
不意に掛かる将臣の声に身がすくむ。  
「う、うん」  
外側の錠とは別に、捩込み式の簡単な鍵が、気休め程度に付いている。  
物取りなどを防ぐため、皆がすることだ。  
こういう場合だからじゃない、落ち着かなきゃ。  
帯を解く指が緊張に震える。  
「取って食うわけじゃねえだろ……落ち着けって」  
背中から包むように抱き込まれ、するりと帯が解かれた。  
「ま、さおみ、くん……」  
ちゅ、と耳の後ろに軽いキスをくれて、  
「ま、そんなトコ、俺は好きだけどな」  
吹き込むように囁かれ、ぞくりとする。  
知らなかった、男の顔。  
三年半の時間のせい? それとも……  
考える間は与えられず、開いた袷から大きな手の平が滑り込む。  
 
「や、待っ……」  
胸に巻いた晒し越しに、やんわりと触れる熱。  
「お前、こんなもん巻いてて息苦しくないのか?」  
つ、と指が這い、晒しの結び目が解かれる。  
「だって……こっちじゃ、替えなんかないじゃない……」  
下着替わりでしかないためそれほどきつくは締めていない  
晒しはするりと緩み、直に触れる指が意識を掻き乱す。  
「ん、や……ぁ」  
大きくはないが形よい胸の頂点はつんと立ち上がり、緋色に色づいて指先を誘う。  
「やーとか言って、カンジてんじゃね?」  
きゅ、とそれを指先に捻り上げられ、望美は悲鳴に近い嬌声を上げた。  
「ひぁあぅっ……」  
「ん? もしかしてココ、弱ぇのか?」  
楽しげな声を否定したいのに、下から持ち上げるように揉みしだかれ、  
尖端を押し潰されてしまうと、がくがくと震える膝と漏れる声がそれを許さない。  
「ビンゴ、だな……」  
しかし、湯も浴びない首筋を舐められ、望美の羞恥心が悲鳴をあげた。  
「や、お願っ……まさぉ、みくん……お風呂……」  
僅かな間でも逃れたい気持ちもあっただろうか、小さな懇願の声が落ちる。  
「うん? 後でいいだろ……」  
「や、私っ……汗、だから……っ」  
震える手が将臣の手に重ねられ、望美は苦しげに唇を噛む。  
「恥ずかしいのっ……!」  
さらに言葉を重ねられ、将臣が折れた。  
「わかったよ、続きは中で……な?」  
望美の背を胸で支えたまま、  
将臣は手早く作務衣を脱ぎ去るとまとめて棚に押し込んだ。  
それから望美のスカートのホックを外し、下着も奪ってしまうと、  
羽織ったままだった小袖を肩から滑り落とす。  
明るい中で裸身を曝すのは初めてで、  
羞恥に気を失いそうな望美が顔を覆い俯くと、  
将臣はそのうなじにくちづけて、小さく囁いた。  
「……綺麗だ、ぜ」  
熱く掠れた雄の声音に、背筋を快感が走る。  
意識しないように努めても、  
後ろから抱かれた身体に触れる熱いものの気配に、目眩がした。  
一歩も歩けなくなってしまった望美に苦笑して、  
将臣は望美をひょいと抱き上げる。  
横抱きに持ち上げられ、  
突然目の前で将臣と視線がぶつかって、望美は息を呑んだ。  
 

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