「僕への質問はここまでにしておいてください。これ以上知ってしまうと、  
本当に引き返せなくなってしまいますから」  
 目を細め、何かをたくらんでいるような、そんな笑みを浮かべながら、弁慶  
は手を伸ばし、望美の頬に触れてから、するりと手を滑らせ顎を捕らえた。  
 いつの間にか吹き抜けた冷たい秋風が、弁慶の頭を覆っていた外套を肩に滑  
らせていた。  
 その風は、望美の髪にも絡まり、それを押し上げて首筋を駆け抜けていった。  
 「でも……弁慶さんを知りたい気持ちは……抑えられません」  
 
 弁慶は、行宮侵攻のとき、望美を人質に源氏を裏切る。一刻も早く、この長  
く続く戦を終わらせるために。そして清盛にとり憑かれ、消えてしまう……。  
 望美は、これから起こる弁慶の悲劇の運命を変えようと、時空を越えて、再  
びこの地に立っていた。しかし、狂っていた歯車を正すことができず、とうと  
う平家に寝返るという告白を聞く、この場面へと時が進んでしまった。  
 先をすでに見てきた望美は、今この状況で、弁慶がどんな気持ちでいるのか  
を思うと胸がきつく締め付けられ、ただ、吸い込まれるように見つめ返すこと  
しかできなかった。  
 
 「君は、僕を知らなさ過ぎる。僕はそんな純粋な気持ちに応えられるような  
人間じゃないんですよ」  
 「そんなことはありません!……私、知ってます、弁慶さんがすごく優しい  
こと。それに……」  
 弁慶が起こそうとしている行動を知っている望美は、弁慶の言葉を否定した。  
 先を続けようとした望美の言葉を遮り、弁慶は望美の唇に柔らかくて冷たい  
感触を与えた。  
 望美は突然のことに驚き目を見開くばかりだった。そして足元から崩れてし  
まわないよう、伸ばした指先に触れた弁慶の外套をすがるようにつかんだ。  
 
 やがて、弁慶の唇が離れていくのを感じながら、望美は目を閉じた。体は意  
識なく小さく震えており、まぶたがそれに呼応した。  
 弁慶がそれに気づき、声をかけた。  
 「どうして、目を閉じるんですか?」  
 「あ……わ、わかりません……」  
 「まぶたが震えていますね……泣いているんですか?」  
 「い、いいえ……泣いてなんか……」  
 一人で立ち向かっていく弁慶を引き止めたくて、無理だと思っても、この場  
でなんとか弁慶を引き止めたくて、頭の中はいろんなことを考えていた。望美  
は時空を超える前のことを思い出し、これから起こること、弁慶への愛しさと  
切なさが複雑に絡み合って去来し、今にも叫び出しそうな自分の気持ちを抑え、  
また、あふれ出そうになっている涙をこらえていた。  
 
 「では、これは何ですか?」  
 弁慶はそう言うと、望美の目尻に唇を寄せ、零れ落ちそうになっていた涙を  
寸でのところで吸い、反対の目から零れてしまった涙を舌で舐め取った。  
 「んっ……!」  
 予想もしていなかった弁慶の行為に、望美の身体が大きく揺れ、小さく声を  
漏らした。外套を掴んでいた手に力が入り、それにくっきりと皺を作っていた。  
 「僕が怖いですか?」  
 吸い取っても、溢れ流れていく望美の涙を眺めながら、弁慶は望美に尋ねた。  
 望美は弱々しく頭を振り、弁慶の問いに無言で答えた。  
 「僕にどうして欲しいんですか?」  
 「何も……」  
 「何も? それは本当ですか?」  
 望美の答えなど待っていなかったかのように、開きかけた望美の唇を自らの  
それで塞ぎ、すばやく舌を入れ、望美を誘うように口内を動き回った。舌で唇  
をなぞり、それに反応して望美の声がこぼれた。  
 「ああ……ん……ふ…………んっ……」  
 求められ、誘われるがままに望美はぎこちなく舌を動かし弁慶に応えた。  
 どれくらいそうしていたのか分からない。大輪田泊での出来事と重なり、弁  
慶の口付けに溺れるように夢中になっていたため、望美の意識は、とっくに思  
考能力を持たなくなっていた。  
 
 弁慶は唇を離して小さく息つき、望美を見やると、頬が紅潮しており、潤み  
を含んだとろりとした目で、小刻みに呼吸を繰り返していた。冷たい風で少し  
乱れていた望美の髪を肩の後ろへやり、髪が埋め尽くしていた首筋に、弁慶は  
顔をうずめた。  
 「君の身まで、危険にさらしたくないんですよ……」  
 そういうと、そこに唇を寄せ、舌を這わせた。  
 「ああんっ……!」  
 首もとに感じる初めての感覚に、望美の顔はさらに高潮し、弁慶にされるが  
ままになっており、望美は抱えるように弁慶の頭を両腕に閉じ込めた。  
 「あ……ん……だ、だめ……やめ……」  
 望美の拒否の言葉を無視し、弁慶は首筋を縦横無尽に動き回った。  
 やがて弁慶はそこから顔を起こし、鎖骨が見えるように望美の胸元を少しは  
だけさせた。  
 「やっ……! なにを……!」  
 「僕が言ったことを、忘れないでくださいね」  
 そう言うと弁慶は鎖骨に顔をうずめ、そこをきつく吸い上げた。  
 「……つっ!」  
 望美が硬く目を閉じたのと同時に、その痛みがなくなり、鎖骨にあった感触  
も離れていた。  
 「君は、本当にいけない人だ」  
 弁慶は怒ったようにそう言うと、くるりと体を反対に向け、町並みへと戻って  
いってしまった。  
 
 その時望美はその姿をぼぅっと見送り、見えなくなったところで我に返った。  
 懸命に鎖骨を見てみると、右側に赤い印のようなものがついており、そこを  
なぞった。そこは、熱く、弁慶が残していった熱をまだ持っていた。  
 
 ――君の身まで、危険にさらしたくないんですよ。  
 
 望美はこの言葉に隠されていたこと弁慶の気持ちに気づき、平家に寝返ると  
いう弁慶を止めることができなかった自分に、腹立たしさを覚え、そして再び  
涙を流した。  
 

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