下弦の月が雲ひとつない夜空に浮かんでいる。  
夏とはいえ夜山の気温は低くて、私は冷えた自分の方を抱いた。  
さわさわと風の流れと伝える草の音を聞きながら、春の大原で朔に嘘をついたことを、今更ながらに後悔していた。  
 
熊野川の怨霊を封印した後のことだった。  
地面がぐらりと崩れ、最初は川辺の砂利に足をとられたのだと思った。  
子供みたいに前のめりに転んで膝を擦りむいた。  
白龍と譲くんが大げさに騒いで心配したけれど、私は大丈夫だよと笑って立ち上がった。  
立ち上がろうとした。けれど今度も足元がぐらぐらと揺れて、また膝をつくしかなかった。  
「ちょっと失礼しますね」  
そう言って、頬と額に触れた弁慶さん冷たい掌が心地よくて、  
そこで初めて、ああ熱があったんだなあと気づき、そのまま意識を闇へ落とした。  
 
目を覚ますと、龍神温泉近くの宿で寝かされていた。  
熊野川の水気に当てられて事で積み重なった疲労が出たのでしょうと弁慶さんは言い、  
丸二日寝込んだ私を朔が看病してくれた。三日目にようやく温泉に入れるまでになった。  
迷惑かけてごめんねと謝ると、  
「ばかね。せっかくの機会なんだからゆっくりなさい。あなたはいつも自分を律しすぎるのよ」  
違うよ、朔。私は律しているんじゃなくて、封じているだけ。考えないようにしているだけ。  
見ないふりをしているだけ。気持ちを確かめるのが怖いだけ。  
そのくせ、本宮行きが先延ばしになって、ほんの少しでも彼が側にいてくれる時間が増えて喜んでいるんだ。  
 
大原で朔に将臣くんとの関係を聞かれたとき、私の口をついて出たのは、ただの幼なじみだよという嘘だった。  
幼なじみで、兄弟みたいに育って、だから一度も意識したことなんてないよと慌てて言葉を紡いだ。  
ほんとうは、もちろん違う。元いた世界で、私と将臣くんは付き合っていた。  
思いを告げたのは去年の春。初めて体を重ねたのは同じ年の夏。  
ただ、それを周囲の誰にも、譲くんにすら話したことはなかった。  
将臣くんは気にもしないで家族にも友達にも話すつもりでいたみたいだったけれど、私が全力で止めた。  
両親にも有川のおじさんおばさんにも譲くんにも、話してしまったらどんな風に接していいかわからない、  
せめて付き合っていることに私が慣れるまで待ってほしいと。  
それじゃあ今までと大して変わらないじゃねえかと呆れられたけど、最後には苦笑いで許してくれた。  
 
あれは私にとって保険だった。  
いつか別れを迎えて、いくらかの心の痛みを覚えたとしても、将臣くんはすぐに幼なじみとしての顔を取り戻すだろう。  
私にはとても同じことはできそうにない。  
だから、付き合っている事実を伏せて、表面上は今まで通りを装った。  
本当に別れの時が来たとしても、周囲の好奇の視線に晒されないように。  
付き合っていた過去を容易に封ぜられるように。  
朔に嘘をついたのも、それと同じこと。  
実際、こちらの世界で再会してからの私と将臣くんは、私がついた嘘の通りの幼なじみでそれ以上でも以下でもなく、  
お互いの気持ちを確認することもなかった。  
 
異世界に流されて最初のうちは、非日常に追われて将臣くんに思いを馳せる余裕がなかった。  
譲くんが考えていたのと同じように、彼のことだからきっとどこかで無事でいるだろう考えるだけで。  
そんな風に気楽に考えていたから、『一度目の運命』で打ちのめされた思いがした。  
気楽なことなんてこの世界に何一つ存在しなかった。  
死は常に隣り合わせにあって、突然の別れなんていくらでも用意されていた。  
燃え盛る京の街中で、後悔ばかりが次々あふれ出した。  
あの時、一の谷の奇襲にもっと反対しておけばよかった。  
あの時、九郎さんについて鎌倉に行ったりしないで、京に残ればよかった。  
あの時、あの時、あの時………。  
あの時、将臣くんにちゃんと気持ちを伝えておけばよかった。  
 
今度こそ。  
思いを胸に、白龍の逆鱗を握り締めた。些細なことの積み重ねが、過去と未来を変えていく。  
一度目の運命に、熊野川で私が倒れる歴史はなかった。  
将臣くんとのためだけに時空を超えたわけじゃなかったけれど、もうどんな後悔もしたくなかった。  
 
温泉に入った後、みんなが寝静まる頃合を見計らって、将臣くんたちが休んでいる部屋を訪ねることにした。  
星と月の明かりだけを頼りに探したけれど、彼はいなかった。九郎さんと白龍の夜具を整えて部屋を出た。  
広間にも土間にも姿はなく、温泉まで行ってみたけれど無駄足になった。  
月明かりに照らされながら宿までの道をとぼとぼと歩く。  
朔に正直に話しておけば、協力してもらって、すれ違いになることもなかったのだろうか。  
下弦の月を見上げても当然答えは返ってこない。  
大丈夫。部屋に荷物は置いたままだったから、黙ってどこかへ消えてしまったわけではないはずだ。  
チャンスはまだあると自分に言い聞かせる。  
それにもしかしたら、私の部屋に訪ねてきてくれているかもしれない。  
考えると次第に早足になった。  
 
わずかな希望とともに戸を開け、ゆっくり、部屋に滑り込んだ。  
「……将臣くん?」  
誰もいなかった。自分の浅はかさと馬鹿さ加減に嫌気が差して、涙が出そうになる。  
 
 
「んなとこで何突っ立ってるんだよ」  
ふっ、と耳元に生温い息がかかった。  
「ひゃあっ!?」  
驚いて上擦った声を上げてしまい、ぺたりと床に腰を落としてしまった。  
「おい、大丈夫か?」  
「ま、まさお……み、くん」  
「……だれが正雄だ、こら」  
本当に大丈夫かと覗き込まれて、心臓が跳ねた。  
一気に体温があがっていくのが自分でもわかる。  
「だいじょう、ぶ、多分」  
顔が近い。  
毎日飽きるほど見ていたはずの顔。  
三年半をこちらで過ごして、ほんの少し変わった顔。  
いま目の前にある彼の顔。  
距離が近すぎて頭が真っ白になる。  
「多分じゃねえだろ。病み上がりにどこ行ってたんだか知らないが、ぶり返したんじゃないのか?」  
いつもの調子で言われてしまった。  
やっぱりなと感じる心と、将臣くんを憎らしくおもう気持ちが湧き上がって爆発した。  
「誰の……誰のせいだと思っ……!」  
想いを、不安を、感情の全てをぶちまけた。  
これでは完全に八つ当たりだと、自分でもわかっていてなお止まらなかった。  
悪いのは私なのに。  
私が臆病でさえなかったら、変な見栄さえ張らなければよかったことなのに。  
 
将臣くんは床に座って、私が落ち着くまで黙って聞いてくれていた。  
「散々溜め込んでからキレるところ、譲と一緒だよな」  
「……ごめん」  
「別に怒ってるわけじゃないさ」  
伊達に十七年一緒にいたわけじゃねえよと、ぽんぽんと軽く私の頭を叩いて笑う。  
これは『お兄ちゃん』の将臣くんだ。また、涙がじわりとにじみでる。  
「だから泣くなって」節くれだった指で私の頬を拭う。「……泣かせたのは俺か」  
「それは違うよ、私が」  
「あーストップストップ。自己完結させんなって」  
弁明の言葉を遮って、将臣くんは言った。  
「無責任だと思ったんだよ」  
 
お世話になった人たちへの恩返しがいつ終わるかわからない。  
何年もかかるわけじゃない、かといって一週間二週間でどうこうなるものでもない。  
世話になった人たちがどこの誰で、今自分がなにをしようとしているのか話すわけにもいかない。  
「都合良く、待っててくれ、なんてとてもじゃないが言えなかった」  
自分が居なくても他の八葉が白龍の神子を守ってくれる。  
神子としての役目を終えたなら、元の世界へ帰って穏やかに暮らしてくれればいいと思ったんだと、  
将臣くんは伏せ目がちに言った。  
「家に帰る気はないってこと?」  
「んー……どうだろうな。お前たちに会うまで帰る方法があるなんて思ってもみなかったし」  
選択肢が他にあることを、彼は知らなかった。  
知っていたとしても、きっと今の道を辿ったんだろうけれど。  
「先の事なんて何にもわからねえもんだしな」  
無責任な約束なんてするべきじゃない。  
俺がお前を縛り付けておく権利なんてどこにもないんだと。  
それが、逆に不安にさせちまって悪かったと将臣くんは頭を下げた。  
あとは、お前には言わなくても伝わるだろうという甘えもあった、と。  
私もそう思っていた。  
言わなくても通じるなら、なぜ何も言ってくれないんだろう。  
矛盾しているけれど、ぐるぐると同じことばかり考えていた。  
「なあ、言ってもいいか」  
「何を?」  
「好きだ」  
――――――身体の力が、一気に抜けた。  
 
顔つきを変えて、真っ直ぐに私を見据える。  
幼なじみとしてじゃんなく、ひとりの男の人としての告白。  
本当なら緊張して受けるべきはずのことなのに、その一言はひどく私を安心させた。  
「望美?」  
「なんか、単純なことで悩んでたんだなって」  
どうしようもなく可笑しくなって、堪え切れずに吹き出してしまう。  
呆れられているのがわかったけど、結局最後には二人一緒に笑っていた。  
言の葉に乗せれば簡単に伝わるのに、私たちはためらってばかりで、どんどんと深みに嵌っていただけだった。  
「自分だけ悩んでたなんて思うなよ」  
腕をぐいと引き寄せられて、将臣くんの膝の上に座らされた。  
「譲だけは相変わらずいっしょだわ、許婚なんてもんまで出てくるわ……」  
言いながら抱きすくめられる。  
許婚騒ぎは単なるお芝居だったと説明したはずだし、譲くんが一緒にいることなんて今に始まったことじゃないのに。  
思ったことをそのまま伝えると、芝居か本気かなんて誰にもわからないとか三年の差はでかいとか、  
よくわからないけど、ほんのちょっと拗ねてるみたいだった。  
覚えている限り、やきもちをやいてくれるなんて初めてのことだ。  
すごく嬉しくて可笑しくて、私はまた少し笑う。  
「さっきまでないてたくせにな……」  
将臣くんは抱きしめてくる腕を緩めて私を見つめる。唇が近づく。  
「怖いか?」  
「大丈夫」  
 
最初は軽く触れるだけの口づけ。次に瞼に、額に、頬に、そしてまた唇に、今度は深く深く。  
割り入ってきた舌が歯列をなぞる。  
応えようとしてこちらも僅かに舌を動かすけれど、そのたびに絡めとられ、強く吸われ、呼吸すらままならない。  
「んっ……ふっ……」  
漸く口づけから解放されても、愛撫はとまらない。将臣くんの唇が私の耳朶をとらえる。  
甘く噛んでから縁をなぞるように舐め上げる間に、するすると私の夜着の帯を解く。  
「……なんか慣れてるよね」  
「まあ、な」  
それ以上のことは聞かなかった。三年の間に、女の人を勧められることもあったんだろうなと思う。  
不思議と、見知らぬ誰かに対する嫉妬は沸いてこなかった。  
抱かれている今この時に、気にしても無意味なことだとわかっていたから。  
衣をすべて剥ぎ取られて、夜の冷えた空気が肌に触れる。  
体が震えるのは寒さのせいか、露になった胸を揉みしだかれているからだろうか。  
親指の腹で先端を擦られる。顔を将臣くんの肩に押し付けて堪えた。  
「我慢すんなよ……」  
声が余所に聞こえてるならとっくだと言われたけれど、  
泣いていた声を聞かれるのと、感じているのを知られるのではわけが違う。  
膝から降ろされて、夜具に寝かされて仰向けになる。  
将臣くんは私の体の全てを確かめるように、そこかしこに紅い痕をつけていった。  
「ぁ……んっ……」  
右胸の先をちろちろと舐めて吸われ、左も二本の指で捏ね回され、すっかり硬く立ち上がっているのが自分でもわかる。  
快楽に溺れてしまいたいのに、理性がそれを拒んでいる。  
手の甲を口に押し付けて耐えるけれど、将臣くんにはそれがおもしろくないらしかった。  
「大丈夫だって、声出せよ。な?」  
できないという意思を首を振って伝える。  
お願いだからそんなふうに囁かないで。声だけで背中がぞくぞくする。  
 
将臣くんの右手が下肢に伸びる。  
「はあっ……あ、あっ……」  
くちゅりといやらしい音がした。  
太い指がゆっくりと秘裂を上下する。時折中に沈められるけれど、すぐに引かれてまた花弁を愛撫される。  
もっと触ってほしくて、指に押し付けるように腰を動かしてしまう。  
閉じていた目を僅かに開いて相手の顔を窺うと、薄く笑っているみたいだった。  
「……ふぁ……あぁん……」  
限界が少しずつ近づいてくる。  
将臣くんにもそれが伝わったのか、膝の裏に手を差し込まれて両脚を広げられる。  
いよいよだと身を固くした瞬間、ふっ、と気配が下に移動した。  
「……将臣くん?」  
少しだけ体を起こしたときに見えたのは、秘所に顔を近づける将臣くんだった。  
「え……うそ、ちょっと待っ……ああぁっ!」  
濡れた舌の感触が私を襲った。  
身を捩って逃れようとしても太腿を押さえられていてかなわない。  
こうなるともう、天井を仰いでただただ喘ぐしかなかった。  
相手の姿も見えなくて、まるで自分ひとりでしているみたいだった。将臣くんが遠い。  
こんなかたちで愛されるのは初めてでどうしていいかわからないのに、腰がゆらゆらと動くのは止められない。  
「はあっ、あんっ、ああぁ……」  
花弁の蜜を全て拭うように舐められるけれど、私の中から溢れ出るのに追いつかない。  
唇が秘所から離れて太腿をきつく吸われる。右に一度、左に二度。  
その後、今度は花芽を舌先で捏ねられる。同時に、中に埋められた指がぐちゃぐちゃと音をたてて動き回った。  
「やあっ……もうっ、あ―――あああぁっ!」  
一度に二ヶ所の愛撫に堪えきれずに、背を仰け反らせてあっけなく達してしまった。  
 
「はっ、はあっ……」  
なかなか呼吸が治まらない。目頭が熱い。  
滲んだ涙を見られたくなくて、両手の甲を押し付けるようにして顔を隠した。  
「悪ぃ、やりすぎた。……嫌だったろ、ごめんな」  
優しい手が頭を撫でて、髪を梳いてくれる。  
指の隙間から見えた顔が悲しげに眉を寄せていて、胸に痛い。  
違う、嫌だったんじゃない。  
驚きはしたけれど、本当に嬉しくて気持ち良くて、  
けれど、溺れていることを素直に表に出すのはどうしても出来なかっただけ。  
涙はただの反射でしかなくて、悲しくて泣いているんじゃないのに、それを言葉にする方法が私の中に無い。  
将臣くんの頭を掻き抱いて、乱暴に口付けた。  
ごめん。こんな子供っぽい、幼稚な方法でしか伝えることができなくてごめんなさい。  
「嫌だったら」ゆっくりと腕を放す。「こんなことしないよ」  
「本当に?」  
「本当だよっ! ……でも、私ばっかり脱がされてずるいなあとか、思う、けど」  
戸惑いながら口に出すと将臣くんは漸く笑顔を見せてくれた。  
どうしてだろう、抱かれているときも何よりも、この笑顔が一番胸が高鳴る。  
 
起き上がって将臣くんの右手をとり指についた私の蜜を舐めとるけれど、すぐに止められてしまった。  
だから将臣くんはずるい。  
私ばかり気持ち良くさせて、それなのに何もさせようとしないのはずるい。  
悔しくなって彼の首元に唇を寄せて吸い付いて紅い痕を散らし、夜着の帯に手を伸ばした。  
再び遮られるけれど、構わずに帯を解く。  
「あ……」  
傷跡があった。古いものも、最近出来た新しい傷も、体のあちこちに。  
将臣くんは私が気にするだろうと思って、これを見せたくなかったんだろう。  
「だから止めたろ」  
そんな顔するなと頭をくしゃくしゃと撫でられる。  
「うん」  
でも、この傷も今の将臣くんなんだと思う。胸の傷を指でなぞってみた。  
全部覚えておきたい。次に会うときまで忘れてしまわないように目に刻み込んでおきたい。  
「見せてもらってもいい?」  
「……分かった」  
両腕から夜着の袖を抜き取って裸にしてしまってから、傷の一つ一つに唇を落とした。  
白龍の神子に浄化の力があるのなら、この傷を癒して消し去ってしまえればいいのにと願いながら。  
腕と首筋、胸からお腹を通って唇が猛った彼自身へ向かおうとすると、肩を捕まれてぐいと引き剥がされた。  
腰と脚を抱えて引き寄せられ、座っている将臣くんを跨ぐような格好になる。  
太腿の内側に熱い将臣くんのものが当たっているのが分かった。  
「もう我慢できねえよ……入れていいか?」  
直接的な言葉で言われて、一瞬で顔が赤くなる。秘部をひと撫でされると、治まった筈の熱がまた吹き出してくる。  
声に出して答えるのが恥ずかしくて、ただ黙って頷いた。  
 
「じゃあこのまま、な」  
導かれるようにして腰を進める。  
張り詰めたものの先が入り口に触れると、無意識に体がぴくりと跳ねた。  
将臣くんの肩に手を置いて少しずつ体を沈めていった。  
「はあっ……」  
奥まで入ってしまうと何もできずにしがみつくしかないのに、将臣くんは動いてはくれなかった。  
代わりに緩く背中をなで上げ、そのまま指先が脇腹や肩を這い回る。  
私はそれだけで感じてしまって、自然と快楽を求めて体が動きだす。  
「あ、ああっ……はあっ……」  
ゆっくりと前後に動かすだけなのに、切なくなるほどの気持ち良さが湧き上がってくる。  
貪欲に快楽を求め、段々と動きが大きくなっていく。  
繋がった所から卑猥な水音が響くけれど、気にしている余裕なんてなくなっていた。  
「くっ……あんま絞めんなって……」  
「そんなこと、してなっ……あっ、いやあっ!」  
下からぐっと突き上げられて、僅かに残っていた思考回路すら奪われてしまうようだった。  
思うさま腰を打ち付けられるのに合わせて声を上げ、体を震わせるより他に何もできなくなっていった。  
将臣くんの息遣いも荒くなっていく。ふと耳朶を見ると朱に染まっていた。  
「もっ、駄目、だめぇっ……やだぁっ……!」  
お互いに限界が近いのは分かっていて、それでも気が飛びそうになることに必死で抗う。  
少しでも長く傍にいられるようにという祈りにも似た願いだったのかもしれない。  
「望美……俺も、もうヤバいっ……!」  
そう言った途端、将臣くんの動きが一層速さを増した。  
「うぁ……」  
「まさおみく……や、ああぁん……!!」  
熱いものが自分の中に注ぎ込まれるのを感じながら、私は意識を手放した。  
 
「綺麗だねー……」  
夜空の月を見上げたまま、つい間の抜けた声を上げてしまう。  
行為のあと、そのままの体で朝を迎えるわけにもいかなくて、私たちは温泉まで汗を流しに来ていた。  
二人で湯船につかってお喋りに興じる。  
流石に裸のまま傍にいるのは気恥ずかしくて、ほんの少し距離をとって座ってはいたけれど。  
話したのは本当に他愛ない日々のことで、それがたまらなく楽しかった。  
ゆっくりと言葉を重ねる時間が、肌を重ねること以上に幸せだった。  
将臣くんがふと思い出したように言った。  
「お前とのこと、今度こそ周りに話すからな」  
まあ言わなくてもバレるだろうけどと呟いたのを聞いて、どうしてかと理由を尋ねると、首元の紅い痕を指差した。  
「あ……もしかして、服着ても隠れたりしない?」  
「絶対に無理だな」  
自分の体をよくよく見てみると、私に痕が残されているのは、服を着てしまえば隠れるような場所だけだった。  
どうしよう。  
穴があったら入りたい。  
「でも朔には話してあったんだろ?」  
覚えのないことを言われて益々頭が混乱する。  
聞けば、今夜将臣くんが私の部屋を訪ねてきてくれたのは、朔に様子を見に行ってやって欲しいと頼まれたからなのだそうだ。  
倒れて熱にうなされている間、私は何度も将臣くんの名前を呼んでいたらしかった。  
黙っていたと思っていた朔に見抜かれてしまっていた。  
それなら当然朔と一緒に看病してくれていた弁慶さんも知っているだろうし、色恋に聡いヒノエくんも気づいたと思っていいかもしれない。  
どうか譲くんだけには、私たちから話すまで気づかれませんようにと祈った。  
だけど、当の将臣くんは大して気にもしていないみたいだった。  
もしかしたら、いちいち説明する手間が省けてラッキー、くらいに思っているのかもしれない。  
 
「望美、お前大丈夫か?」  
「うん、大丈夫」  
こうなったらもう覚悟を決めるしかない。しばらくは恥ずかしさは消えないだろうし、からかわれることもあるかもしれないけれど。  
じゃあそろそろ帰るかと将臣くんが立ち上がった。慌てて手を引いて止める。  
「いい加減上がらねえとお前また倒れるぞ」  
訝しげに問われる。  
けれど最後にひとつだけ、言わなきゃいけないことが残っている。  
「私、まだちゃんと返事してなかったから」  
好きだ、と言ってくれたのに、私はまだきちんと答えを示していない。  
「あのね、怨霊のことも白龍のことも全部終わったらの話だけど」  
私も好きだとそのまま返すのも、愛しているというのも違う気がして、慎重に言葉を選んだ。  
待つとか待たせるとか守るとか守られるとかじゃなくて、どうしていいかなんてまだ分からないけど、一緒に手を取って歩いていきたいから。  
将臣くんを真っ直ぐに見つめて言った。  
「私から会いに行くよ、絶対」  
何度時空を越えたとしても。そこからゆっくり始めていけばいい。  
 
 
 
この時の私は、それが叶う願いだと信じて疑わなかった。  
 

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