ドアの開く音がしてあの男が入ってきた。
私はまどろみから覚める。
「今宵も訪れたぞ、白龍の神子。」
ああ、早く抱いて欲しい。
強く、激しく、刺し貫いてほしい。
もっと、もっと、快楽を与えて欲しい。
その間はこの頭の中のもやもやが消えるから。
「・・・。いいぞ、白龍の神子。この私がまさかこれほど溺れるとはな。
九郎もよくぞここまで仕込んだものよ。」
そう言いながら男は私の体を弄る。
男の言葉を聞いた途端、頭のもやもやは強くなり、胸が苦しくなる。
何故か涙が止まらない。
不思議。
この男に抱かれている以外の私はいつも空なのに。
「ふふふ。まだ九郎の名に反応するか。安心せい九郎には西国の守護を
まかし京に送り込んであるわ。鎌倉に置いておくとお前を取り返そうとするであろうからな。」
男が何を言っているのか理解できない。
なのに、何故こんなに胸が痛いの?頭もがんがんする。
「苦しいか?白龍の神子よ。ならば私の子を孕め。
さすれば、その呪も解いてくれようぞ。」
そう言って男は腰を激しく動かしだした。
「はぅ・・。」
快感に襲われもやもやは薄くなっていく。
「あ、う・・・・。」
もっと、もっと、もっと欲しいの。
じゃないと私はこのもやもやに押しつぶされてしまう。
気が付くと私はここにいた。
この場所以外を私は知らない。
それ以前の事は何も思い出させないから。
豪華な寝台とトイレと窓がひとつ。
それ以外は何もない。
夜は夜毎に一晩中あの男に抱かれ、昼はそのまま寝台でうとうとと過ごす。
食事の時には侍女が体をお湯で清めて、香を焚きつけてくれる。
食欲もなく自らは食べようとはしない私に侍女が匙で食べ物を無理やり
口に運ぶ。
侍女はよく「おかわいそうに・・・。」と言うけれど。
私には言葉の意味が理解できない。
ただ侍女が口に運んだものを嚥下する。
「殿もお衣装位は着せてくださってもよろしいのにね。」
そう、私は服を身に付けていない。
いつも裸だ。
男が私の肌が好きならしい。
『その白い肌に私の付けた痕の赤い色が映えている。どんな服を着せるより
お前はそのままの方が美しい』と言っていた。
・・時々。
時々誰かが私のことを呼んでいるような気がする。
そんな時は窓に向かう。
窓からはこの邸の外が見える。
門には槍を構えて警護する武士達が何人も見える。
でもそれ以外は誰もいない。
頭が痛くなる。胸が苦しくなる。
早く、早く夜になればいいのに。
あの男に犯されたい。
そうすれば、この痛みは和らぐから。
その日、何時もの時間になっても男は部屋に来なかった。
何故?こんな事、いままで、なかった。
苦しい。
渇きが強くなる。
その時、扉が開いた。
・・・誰?
入ってきたのは見知らぬ男だった。
男は私の体を見ると一瞬、とても辛そうな表情をして顔を横に背けた。
それから私の方を向き笑顔を浮かべた。
「望美ちゃん。大丈夫〜?助けに来たよ。遅くなった上に九郎じゃなくて
ごめんね。」
今までにない位に頭痛がする。
私は虚ろな瞳を男にむけた。
男は銃を私に向けていた。
その時、とても幸せな気持ちになれた。
・・・・やっとこれですべてが終わる。
私は男に向かって微笑んだ。
ぱきぃぃぃん!!
何かが壊れる音がした。
「大丈夫?望美ちゃん。」
男が駆け寄ってくる。
その瞬間今までの記憶が蘇って来た。
急に羞恥心も戻った。
私は真っ赤になって両手で胸を押さえてしゃがみこんだ。
「望美ちゃん、これ・・。」
男--景時さんは寝台にあったシーツみたいな薄物を掛けてくれた。
「望美ちゃん、望美ちゃんは頼朝様に九郎への想いを
頼朝様への欲望に変える呪をかけられてたんだ。
今、解除したから、もう大丈夫だよ。」
そう言いながら景時さんはとても真剣な顔をした。
「望美ちゃん、ごめん、ごめんね。謝ったって許してもらえるなんて
虫のいい事考えていないけど。俺には謝るしかできない。
ごめんね。実は頼朝様に母を人質に取られていて・・・。」
景時さんのお母さんの優しげな笑顔が頭によみがえる。
「ダメです!」
「いやぁ〜、そうだよね〜。謝っても駄目だよね〜。」
「違います!もう一度私にさっきの呪をかけて下さい!」
景時さんはびっくりしたような表情を浮かべた。
「望美ちゃん。なんで?」
「だって景時さんのお母さんが・・。」
「望美ちゃん、君って子は・・・。」
そう言うと景時さんは私の事を抱きしめた。
うわ、シーツ一枚だからちょっと恥ずかしいよ。
「ごめん、本当にごめんね。・・お袋の事はもう大丈夫なんだ。
助け出して今ごろは朔とともに京へと向かってるんだ。」
そう、よかった。
「だから、さあ、一緒に逃げよう。九郎も朝比奈で待っているんだよ。」
九郎さ・・ん。
「ダメです!・・私・・・行けません。」
「望美ちゃん・・。」
私が最後に見た九郎さんを思い出す。
「だって、私・・。汚れています。私、九郎さんや景時さんの前で・・・。」
感じてヨガリ声をあげていた。
「望美ちゃん!言わなくていい。」
「違うの、あれからも、何回も。ううん、毎晩、私は。」
震えている私を景時さんはぎゅっと抱きしめて頭を撫でてくれた。
「望美ちゃん、望美ちゃん。大丈夫だから落ち着いて。」
その時、部屋の外が騒がしくなった。
「ちっ、時間切れか・・。」
ドアが開き頼朝が部屋へと入ってきた。
「裏切ったか、景時。ふ、まあ、よいわ。お主が白龍の神子を大事に想うておるのは知っておったわ。」
お主が九郎と神子の営みを耳にし、眠れぬ夜を過ごしていたのも、な。
私がこれほど神子に溺れなんだら、お主にくれてやっていたかもしれんぞ?」
景時さんが頼朝を睨みつける。
「それはオレが貴方の方に付けばいずれオレ神子を下さると言う事ですか?」
頼朝が暗く笑った。
「・・・そうだ。」
「・・・お言葉ですが、頼朝様。オレは好きな人は鳥篭に閉じ込めるのではなく、
自由に好きなところへと飛んでいって欲しいのです。」
そう言って景時さんは私の方を真っ直ぐに見つめた。
「望美ちゃん。オレは君に何時でも笑っていて欲しいんだ。
だから、行きなさい。血路はオレが作るからさ。大丈夫。オレも絶対後から行くから。」
私は首を振る。
景時さんの嘘はわかる。景時さん、きっと戻っては来ない。
それに、私はもう九郎さんに会えるような女じゃない。
「・・・私を置いて逃げてください・・。」
「望美ちゃん!」
その時だった。
「のぞみぃぃぃぃぃいっ!」
あの声は!
九郎さんっ!
思わず窓へと駆け寄った。
門番の兵はすべて倒れ付している。
そして門の中央には馬に乗った九郎さんがいた。
九郎さん、九郎さん。
九郎さんと目が会った。九郎さんが微笑む。
でも、でも・・。私は首を振りながらゆっくりとあとずさる。
「望美、最後の夜に言ったよな。兄上に会った後聞いて欲しい事があるって。
望美、お前が好きだっ!お前が欲しいっつ!!」
「九郎さんっ!」
気が付くと私は窓を開け九郎さんに向かって飛び降りていた。
九郎さんが受け止めてくれる。思いっきり抱きしめあった。
九郎さんの感触、九郎さんの香り、九郎さんのぬくもり。
「望美、こんなに痩せて・・・・すまない。」
その言葉で我に返る。
「駄目・・・、九郎さん、駄目だよ。だって私、頼朝に・・・。
私、汚いし、イヤラシイし・・・。」
「なに言ってるんだ。お前は綺麗だ。」
それにヤラシイお前も大好きだ・・。と耳元に囁かれ私は真っ赤になった。
「俺は源氏を捨てる。お前の笑顔の為なら何を捨てたっていい。
それともお前は源氏の将ではない只の九郎は嫌いか?」
そんな訳ないじゃない。
「兄上には渡さない。もうずっと一緒だ。」
九郎さんっ!
抱き合う私達の前に頼朝が現れた。
「やはり来たか、九郎。今なら不問に処す。その娘を返せ。」
「嫌ですっ!兄上、この人は俺の許婚だっ!返していただく。
たとえ、源氏を捨ててでもっ!」
頼朝の後ろで暗い影が蠢きだす。
来るっ!荼吉尼天だ。
九郎さんの手が私の手の上に重なる。
「兄上ぇっ!!俺のこの手が真っ赤に燃える!幸せ掴めと轟き叫ぶっ!」
いくぞ!呼吸を合わせるぞ・・・。
私はうなずく。
「天を裂く、迅雷の刃!
ラァァブラブ!衝天雷光!!」
沢山の緑色のハートが飛び交う中、腕を組んだ青龍が荼吉尼天の中に
飛び込んでく。
すごい、一撃で倒したの?
頼朝が立ち上がった。
「まだだ、行かせんぞ、九郎。」
「ヒトの恋路を邪魔するヤツは、馬に蹴られて地獄に落ちろッ!」
九郎さんってば馬を操って本当に頼朝を蹴り上げた。
こんどこそ頼朝は動かなくなった
その後、私達は南へと向かった。
京で弁慶さん達が熊野でヒノエくんが張り巡らしてくれた陰謀のお陰で
頼朝は私達を追捕する暇もなさそうらしい。
まもなく熊野水軍の船が私達を将臣くん達の住んでいる島へと
送ってくれるのだそうだ。
景時さん一家はその島で暮らしていくって。
私と九郎さんはどうしようかって相談している。
しばらく島でゆっくりするのもいいし白龍に頼んで私の世界に戻るのもいいねって。
ただ、さっき景時さん達に言いにくそうにいわれた。
「九郎もさ、やっと望美ちゃんを取り戻せてうれしいのはすごく、すご〜く
わかるんだけどさ〜。ちょっと押さえてくれないかな〜。
お袋がさ、ちょっと・・なんていうかさ、不眠気味なんだよね。」
「九郎、神子の気が減っている。神子の体によくない。」
「あのさ、野暮な事は言いたくないんだけどさ。オレの船の中では遠慮してくれよな。
野郎共がヘンな刺激受けると困るンだよ。」
「九郎、島に行ったら将臣に迷惑を掛けないようにしなさい。」
「九郎殿、もっと望美の事、いたわってあげてね。」
「ふふっ、すっかり絶倫将軍の風格ですね。」
九郎さんってば部屋のスミッコで膝小僧抱きしめて落ち込んでる。かわいいなぁ。
私は思わず後ろから抱き付いてなぐさめる。
「なぁ、望美、早く二人っきりになれる場所に行きたいな。」
そうですね、でも焦らなくっても、これから時間はたっぷりとありますよ。
だってこの先になにがあったって私はずっと九郎さんと一緒ですもの。
「ああ、そうだな。ずっと一緒だ。・・・望美、愛している。」
私もです。
二人でキスを交わした。
・・・・景時さんのお母さん、ごめんなさい。
今夜も眠れないかもしれません。