「念入りに梳いてあげましょう」  
 
 背後の政子が望美に言った。 望美の長い髪を指ですくっては櫛を通す。  
 望美は鏡ごしに政子の美貌を見た。 頼朝に与えられたこの部屋の中は、いずれ劣らぬ名匠の  
品々で満ちていたが、蒔絵も螺鈿もどこか無機質で冷たい照り返しがあった。 とりわけこの鏡は、  
冷たい光ばかり反射する。  
 氷の印象を持たせる鏡の中で、政子の美しくなまめかしい指が動いている。 これが通らない場  
所は、望美の体にはすでになかった。  
 異国の恐ろしい神と一心同体となっている女だが、政子本来の人格が優先されるのか、その手  
つきは優しげだった。  
 やがて望美の支度が整うと、どちらからともなしに二人は互いの位置を交代した。 望美は化粧道  
具の中に戻された櫛を手に取る。 政子の夜の装いを、今度は自分が世話しなければならない。  
 
―――――――――――――――  
 
 いま望美の視野の大半は、紗のように薄い几帳で占められていた。 見ているように、と政子に耳  
打ちされ、ここに座らされた。 望美はおとなしく褥に座してはいるものの、膝頭をときおりもの欲しげ  
にこすり合わせた。 太腿の密着よりも奥の、肌が重なった箇所で起きている出来事をとめられない。  
 それにしても、夕靄なのではないかと思うくらいに薄くてやわらかそうな几帳の帷だった。 このむこ  
うにうごめく影絵の色の細部までを見てとれるのだから、本当に微粒な水で出来ているのではないだ  
ろうか。 望美はぼんやりと、とりとめのない事を思う。  
 頼朝と政子が絡みあっているのを几帳ごしに望美は見ていた。 睦みあいのそばには燃え盛る灯明。  
この明かりのせいで、彼らの繋がった部位の色まで、くっきりと鮮明に見える。 とばりでの仕切りとい  
うのは、暗い側から明るい側がよく見えるものだ。 几帳も灯明も、政子が手ずから用意したものだ。  
 頼朝は若い盛りを過ぎたはずだが、武門の棟梁らしい貫禄のある体つきをしていた。 しかし愛撫は  
歳相応ではなく、老人のように執拗で、政子の息を切れ切れにさせている。  
 政子の息遣いが切迫して、妖艶な唇からいよいよ鋭く熱い吐息をこぼしはじめた。 耳をふさいで  
いても、聞こえてきそうな淫蕩な喘ぎだった。  
 二人は、腕に腕を、足に足を絡め、肉体と肉体の摩擦で快楽をむさぼっている。 まるで鱗を持たない  
二匹の蛇が互いに喰らい合うようにうごめいて、執念じみた淫臭がただよってきた。  
 頼朝と政子は真っ最中に、交互に望美に視線をよこした。  
 用意したものすべて、望美を貶めるための趣向だった。  
 ためいきを漏らす。 望美の息遣いもまた、熱くなっていた。  
 
 やがて、一層かん高い苦しげな媚声が、政子のわななく唇から出る。 最後の長い声があたりに  
吸い込まれるようにして消えると、部屋は一瞬静かになった。 すぐに、折り重なったままの二人の息遣い  
が静寂を追いやる。 褥に長いつめを立てていた政子の指が頼朝を求め、たどりついて抱き寄せた。  
そのまま唇が深く合わさる。 望美の座っているところまで、濃厚な音が聞こえた。  
 うっすらと満足げな艶笑が浮かぶ政子の顔が、やっと望美に向かう。 政子に手招きをされたので、  
望美は立ち上がった。 濡れた音がして望美はわずかに身を固くした。  
 その音源も、すぐにあばかれることとなった。 几帳のむこうに行った望美は、たちまちのうちに乱暴に  
仰向けにされた。  
 政子は、望美の単衣の隙間から手を差し入れる。 ゾクリとした感覚に望美は身を震わせた。 さんざん  
この二人によって慰みものにされた体は、抵抗するすべを持たない。 それ以前に、あらがう意思が  
もはや欠如していた。  
 
 運命変革を放棄した望美が行き着いた先は、頼朝と政子のもとだった。 己が欲のままに運命を捻じ  
曲げようとして、結果望美の心が折れたことも、この二人は知っている。 頼朝と政子が自分達のもとに  
望美を置いているのは、神子としての利用価値を見出したからだった。  
 しかし堕落した神子に興をかられての事もあっただろう。 夜な夜ないたぶられるのがその証拠だ。  
 政子の指が望美に伸びる。 足の踵からふくらはぎにかけてをゆっくりと指先でたどられる。 もどかしい  
感覚に望美は息を漏らした。  
 
「…っ、ぅ……」  
「あらあら、お褥を覗き見てこんなに濡らしてしまうなんて、なんて卑しいお嬢さん」  
 
 素足を捕まれ、大きく開かされた。 この明るさで望美の体の細部までを確かめることができただろう。  
望美の女の部分が蜜をためていた。  
 
「清廉な神子が聞いて呆れる」  
 
 頼朝の指が何の了承もなしに望美の蜜壷に沈む。 ねっとりと撫でまわすように膣内を擦り、外に出て  
いる指で花芯をはじいた。  
 
「ひっ…!くっ、ああん」  
「政子、そなた妬いてはくれぬのか」  
 
 膣の襞の一糸一糸をたどるような執拗な愛撫に、望美はのたうちまわるように体を痙攣させたが、  
頼朝は意に介したふうもない。 望美など眼中にない様子で、微笑をたやさぬ正室と目を合わせた。  
 頼朝も戯れ言を言う男なのだと、鎌倉へ来てから望美が知った事だった。 頼朝と二人きりで話を  
する機会はこれまで望美にもあったが、大半が辱しめられるだけの会話だった。  
 
「いやですわ。この子はただのお気に入りの玩具ですのよ。私達二人で、壊れるまで遊びましょう」  
 
 人にあらず、と言われても望美は目を潤ませて頼朝に身をまかせているだけだった。 ときおりびくびく  
と体を震わせ、頬を上気させている。  
 
「かわいらしいこと」  
 
 政子はその後、「そう、最初から壊れているのですものね」と呟いた。 吐き捨てるようにも、揶揄する  
ようにも言わなかった。 何故なら、それはまぎれもない事実で、事実に感情を込めることは政子という  
女はしないからだった。  
 
「人形のように従順でおとなしいのね」  
 
 望美は疲れていた。今はただ、はやく溺れて、その後眠ってしまいたい。  
 だらりと力ない望美の足を政子が抱え上げ、口をつむっていた花びらを指で押し広げた。 頼朝が  
ぴたりと怒張を当てて、先端で望美の慎ましい形状をなぞった。  
 望美は自分のそこに当たる肉の柔らかさと硬さをすでに熟知していた。 秘裂の縦長を撫でるだけの  
頼朝の焦らすような先端の動きにあわせて、望美もまた前後に腰をくねらせた。  
 
「神子殿、貴女は幸せな人形だわ。こうして鎌倉殿の“お情け”をいただけるのですから」  
 
 政子が望美の耳腔に蠱惑的な息を差し込むのと、頼朝に貫かれるのは同時だった。  
 
「ああーっ!!」  
 
 望美が喉をのけぞらせて、かん高い叫び声をあげた。 その喉がひくひくと動いて、何か言葉を捜して  
いるのが分かる。 政子に貶められるたび、頼朝に挿入されるたび、自分の中で何かが減っていくの  
を望美は感じていた。 頼朝を待ちわびた体であるはずが、拒絶の言葉を捜している。  
 しかし、望美の中にある途方もない量の疲労が彼女をあきらめさせた。  
 望美は言葉を捜すのをやめた。 なにも残っていなかった。  
 頼朝はいつものことながら容赦なく攻め立てた。 いたわりのかけらもなく根元までをうずめさせる。  
 
「ひぃ…あぁぅ…」  
 
 恥丘に硬い下腹をぐいぐいと押し付けられ、内部にぎちぎちと詰まる感覚に、望美は目を見開いた。  
政子の手が望美の下腹に伸びる。 指先でくすぐるように痴毛のはじまるあたりをしばらく撫でた。 望美が  
頼朝の圧迫に慣れはじめたころ、政子は突然それまでの優雅さとやさしさが嘘のように、望美の下腹部  
を押した。  
 
「あっ、ああぁ…っ!!」  
 
 本来ならばその圧力は望美に痛みをもたらしたかもしれない。 しかし頼朝と政子に夜ごとなぶられ続けた  
体は、このような仕打ちをされても快楽を感じるようになっていた。  
 政子の手の下で、望美の女の道が変化を遂げていた。 そこを頼朝の灼熱が通る。  
 目の前が真っ暗になるほどの快楽を感じて、望美は体を震撼させた。  
 その力強い己が震えさえ望美のものにはならなかった。 頼朝が律動するせいで翻弄されて、望美の震え  
が不規則になる。 軸がぶれて、振り幅がさだまらない振動のなか、唯一頼朝と政子に固定された腰だけが  
逃げ場を失っている。  
 そこをいたぶり続けたあと、頼朝は吐精した。  
 
「ふふ、あなた。如何でした?」  
「全く、愛い奴よ」  
 
 頼朝の言葉は望美に向かったものではない。 頼朝は政子の顎を掴んで接吻をせまり、政子もそれに応じた。  
 深い口付けのその下で、望美はいつまでも潮がうねるように快楽の波がひかない。  
 頼朝は望美から引き抜き、陰茎の精の残滓を政子が拭うにまかせた。  
 
「龍神の加護の力、我らのために存分にふるうが良い。 それが、お前が八葉を生かす唯一の手段なのだからな」  
 
 冷たく言い放った言葉を、もはや望美は聞いていなかった。 ビクビクといつまでも小刻みに動く望美の  
肢体は、几帳の外に座していた先ほどの姿より一層小さかった。  
 
 瞼を閉じて気絶したように眠ることは、いまの望美には過ぎた願いだった。 痛みをこらえて、のろのろと  
褥の上の単衣をたぐりよせはじめる。 いまだ睦言をかわし合っている頼朝と政子が、望美に気付いた。  
 望美が部屋をあとにするための整いを、政子が手助けした。 この女の分からないところで、発作のように  
ときおり慈愛深いところも垣間見せた。 そのぶん残酷さがよけいに際立つ。 平家との和議を決裂させるため、  
頼朝の名代も務めた政子の顔は、いまや東国の有力武士であっても恐れずにはいられない。 もっとも、  
いちばん身近に居てつぶさに恐ろしさを感じるはずの望美は、すでに希薄な魂の持ち主と成り果てていたが。  
 鎌倉方に身を差し出してからいくつもの夜を過ごしたが、望美が頼朝の褥で朝を迎えることはなかった。  
 頼朝が去り際の望美に言った。  
 
「八葉の一人を鎌倉に呼んである。到着は明日だ」  
 
 冷たい床板を踏む望美のちいさな二つの足が止まる。  
 
「神子よ、お前がもてなせ。 本望だろう?」  
 
 みじめな後姿にさらに酷薄な言葉が投げつけられた。  
 やがて望美は歩き始める。 無性に眠りたい。 何も考えずにいられるひとりの眠りの時間が望美は好きだった。  
 それでも明日が来てしまう。 きっと頼朝の言うとおり、この身でかつての仲間を迎えてしまうのだろう。  
 
 
終わり  
 

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