遥か時を隔てた空を越えて――私は元の世界に帰ってきた。  
源氏と平家が戦った世界……あの世界では色々なことがあったけれど、こうしてまた元の日常へ戻ってくることが出来た。  
 
でも、今の私は前とは違う。  
傍には、銀がいる。  
傷ついたこと、悲しかった事――幾つもの悲しい記憶を越えて、ここに。  
「神子様?」  
銀の顔を見ながらあの世界の事を思い出していたら、ふと呼ばれた。  
「何? 銀」  
「いえ、何処か嬉しそうな顔をしていらっしゃいましたので……何か良い事でもおありになったのかと」  
「嬉しいこと……ふふっ、そうだね、思い出してたの。京や鎌倉や平泉や――あっちの世界のこと」  
 
「私の世界のことですね」  
「うん」  
 
全ての戦いが終わって、元の世界に銀と戻ってきた私は、銀と暮らすことになった。  
こっちもこっちで大変だったりするけれど、毎日楽しく過ごしている。  
でも、たまに――ふとした瞬間に、長く過ごしたあの世界を思い出す時があって。  
皆、今何してるのかなあとか、考えると、懐かしさで胸が一杯になる。  
あの世界であったことが思い起こされて……じんわりと広がっていく。  
こういうのを感慨深いっていうんだろうか。  
 
「みんな、元気にしてるかなあ」  
「はい、おそらくは――神子様と彼ら八葉は繋がっておられるのでしょう。その絆は時空を越えてなお健在であるかと……神子様がご健勝であるのが何よりの証拠です」  
「うん……そうだね、泰衡さんも元気だといいね、忙しそうだったけど」  
「はい」  
銀は凄く優しげな表情になって、ふわりと微笑む。  
銀にとっては恩人だし、泰衡さんとは敵対したりもしたけど、やっぱり大切に思ってるんだろうな。  
「あっ、銀、そういえば前から言おうと思ってたんだけど」  
 
「はい、何か?」  
「いい加減、神子様って呼ぶのやめない? その、もう銀は私に仕えなくてもよくなったんだし……」  
銀はあの調子で、何処へ行っても私を神子様と呼ぶ。  
こっちの世界では目立ってちょっと恥ずかしい。  
それに……。  
「私ね、銀には名前で呼んで欲しいな――ちゃんと私の名前を呼んで欲しい」  
「神子様……ああ、いけませんね、貴方をこうして呼ぶ時間が長かったせいでしょう」  
「慣れなかったら少しずつでもいいよ」  
「――ふふっ、大丈夫です、呼ばせて下さい」  
 
銀はこちらに近づくと、私の目線に合わせて少しだけ屈んだ。  
銀の顔が近くて思わず息を呑む。  
「望美――貴方の願いがとても可愛らしいから……」  
耳の近くで発せられる銀の声は、艶やめいていて……どきどきしてしまう。  
視線が絡んで、銀はふっと顔を緩ませた。  
「貌がそのように朱に染まり華やぐ所も可愛らしい……望美、貴方に触れてもよろしいですか?」  
そんな風に見つめられて、首を横に振れるわけがない。  
「……うん。いい……よ」  
貴方に、触れて欲しい。  
銀が手を伸ばす。髪を細やかな手つきでなぞる。ふわり、といい香りがした。ああ、これは銀の香りだ――。  
 
指先は首を伝い、頬まで辿り着く。  
唇の輪郭をゆるゆるとなぞる銀の指。骨張ったその感触を感じるたびに、胸の奥でジン、と何かが震える。  
 
「……望美」  
銀の吐息が、唇に触れた。  
「―――ンッ……」  
熱い……。被さった銀の唇は甘くて、何処までも優しくて脳まで蕩けてしまいそう。  
「っ、む……」  
繰り返される愛撫に何も考えられなくて、目の前が真っ白になる。背中に回された手が、私を掻き抱く。  
銀は鳥が餌を啄むように、何度も角度を変えてキスをする。  
二人の唾液でどろどろになった唇。そこへ、ぬるりとした熱いものが入ってくる……あ、銀……舌入れようとしてる!?  
「し、銀っ……」  
思わず銀の胸板を押して、それを留めてしまう。  
息を継ぎながら銀を見上げる。  
銀は悪戯っぽく微笑むと、「今日はこのへんに致しましょう、続きはまた今度……ね」なんてとんでもない事を言った。  
 
ふー、危なかった……。  
 
そうして、背中から上って、離れようとした銀の手が肩に触れた瞬間――僅かに駆け上がる痛みがあった。  
 
「……っ!」  
「望美? 大丈夫ですか?!」  
 
すぐに銀が気づいて心配そうに声を掛けてくる。  
ああ、そうだ。暫く忘れていた。  
この痛みは、この痛みは――――  
 
 
『じゃあ、な』  
 
 
どうして今まで忘れてたんだろう。忘却してしまえるはずがないのに。  
ふいに沸き上がったのは、古傷だった。知盛にあの時――付けられた傷。それが唐突に疼く。  
海に散った彼と、船の上に咲いた血と、刻まれた痛みが、私を責め立てるように記憶を引き戻す。  
 
「あ……」  
そうだ――彼を殺してしまったのは私だ。銀のお兄さん――知盛を殺したのは、私。  
銀を見る。もう二度と甦ることはないと思っていた幻影と一緒に。  
 
「……また、私をそのような眼差しで見られるのですね」  
銀は悲しそうに言った。  
「その悲しみに満ちた眼差しで誰を想っているのですか?」  
「銀……」  
「この顔を持つ限り、貴方は貴方の想い人を忘れることが出来ないのでしょう。……望美、私を醜いと嘲笑って下さい。今の私は、その、誰とも分からぬ輩に激しく嫉妬しているのですから――」  
銀が私の身体を引き寄せた。  
銀の胸板に顔が埋まる。  
「殺してしまいたいくらいにね」  
ゾッとするような表情を浮かべる銀。ああ、こんな所ばっかり、そっくりだ。外見以外、他はあんまり似てないのに。  
「望美、教えて下さい。どうしたら貴方は私だけ見てくれますか? 」  
「……っ」  
「その男が貴方の一番であっても構わない。でも、今だけは――」  
銀、違うよ。私が今、一番大好きなのは――。  
 
「私だけを見ていて下さい。……望美」  
「ンンッ……」  
 
さっきの穏やかなキスとは違う、激しい口付けだった。顔を固定されて、動けない。  
銀の舌がぐいぐいと咥内を押し進む。  
「んっ!!」  
私の舌に銀のそれが当たる。逃げようとするも虚しく絡めとられてしまった。  
根元からキツく吸われて頭の芯がビクンとする。舌の上をザラつく舌で舐められる。  
「むっ、ん……ぐっ」  
舌先でグリグリと歯の裏を刺激されて……同じ場所を何度も嬲られて……だらしなく口を開いてしまう。気付けば口の端から唾液が糸を引いていた。  
銀は気にする様子もなく、透明に艶めく唾液を、口に含んで飲みこんでしまう。ごくりと喉を鳴らして満足そうに微笑する。  
「んんっ、銀っ……!」  
「美味しい……望美の味ですね……」  
「や、やめて……今日の銀、なんかおかしいよ」  
「おかしいとすればそれは望美、貴方のせいでしょう。貴方を恋う気持ちが――こんなに凶悪な衝動を生むのですから」  
「銀……ひゃっ」  
銀はするすると私の上着を脱がしていく。抵抗する間もなくあっという間に、私は上半身だけ下着姿になった。  
 
「綺麗です、望美……」  
銀は地肌に指を這わせていく。ブラジャーのホックを外して胸に顔を埋める。  
 
「んっ、銀っ……ああっ」  
 
やわやわと乳房を揉みしだかれて反射的に声をあげてしまう。  
「ふふっ、望美は胸が弱いのですね……」  
「あっ、ダメっ、そこ、やあ……っ!!」  
銀の手の平が両胸全体を包み込む。持ち上げられて、全部の指で強く圧迫されては刺激を与えられる。銀の指が胸の先端を少し弄っただけで痺れるような快感が背中を走り抜けた。  
「ここ硬くなってきましたね……気持ちいいですか?」  
「っ、そんなんじゃ……ない」  
「そうですか? でも――」  
親指と人差し指が乳首を摘んでコリコリと摩擦を加える。左右に引っ張られて、爪で軽く擦られると、初めて感じる快感に、自分でも恥ずかしいくらいの大声が洩れてしまう。  
「ああっん!!」  
「望美……嬉しいです。感じてくれたのですね――もっと感じて下さい」  
「銀……っ、ひゃあ…っ!」  
銀が胸に顔を寄せて乳房を持ち上げた。硬くなった胸の突起を口に含む。舌を絡ませては卑猥なやり方で押し潰す。片手は器用にも、もう一つの胸の先端を指で挟んで爪先で抉る。  
「ちゅぷっ……ん、望美…っ、」  
「っ、銀……っ、ああっ、ん、はっ……」  
銀の手が――下に伸びてくる。  
「望美……」  
 
「銀っ、待って……」  
「もう待てません――貴方の全ては私のものです」  
銀がこんなことするなんて――私のせいなの?  
私が知盛のことを考えたりしたから?  
 
銀のは下着を太ももまで脱がせると、秘部に指先を少しだけ差し込む。  
「ああ……こんなに蜜を濡らして……別の人を思っているというのに、貴方は淫乱ですね」  
「……っ!」  
その言葉にまで感じてしまう自分が悔しい。つう、っと愛液が腿を伝う。  
「――あ、」  
肩を掴まれソファーにゆっくりと、押し倒された。  
「でもそれでいいのです。私の前でだけこんな風に喘いで、淫乱ならば――」  
銀は再度指先を秘部に這わせる。  
「んっ」  
足を開脚させられて、銀の前に曝け出される。  
「あ……銀……」  
「望美……私は誰にも貴方を渡す気などないのです、誰にも……ね」  
言葉と同時に指が二本、中に入ってくる。内側を探るようにして  
壁を抉りながら奥まで進んでいく。途中、内部で引っ掛かって――変な感じがした。  
「っ、あ……っ、あっ…そこっ」  
何……これっ……やだ、気持ちよくて頭がくらくらする……!  
「やだあ……っ!」  
変になっちゃいそう……!  
 
「ここがいいのですね? では……」  
ヌチャッ、ヌチャッ……  
「あっ、ああっ、うあっ」  
 
銀は執拗に私が感じる箇所をグリグリと回転をくわえながら責め立てる。そのたびに奥がきゅんとなって、愛液が溢れてきてしまう。  
銀の指が挿入を繰り返しては強すぎる快感の波を与えていく。卑猥な水音があたりに響いて鼓膜に届く。  
「あっ、ん! ふあ……っ、しろが……ねぇっ」  
目の前が真っ白に染まる……  
指先を食わえたままの蕾が熱を増して燃えているように疼く。  
銀は手を休めない。私を絶頂へ導くように、膣への摩擦を止めない。もう……駄目…っ!!  
「んん…っ! あああっ」  
意識が眩暈を起こして白濁する。  
――銀に、イカされてしまった。  
「はあっ、はあ……」  
必死に息を継いでいると、銀の顔が目に飛び込んできた。  
「しろ……がね」  
悲しそうな顔――……。  
「どうやったら――貴方は私だけ見てくれるのですか? 体を繋げば……私だけを見て下さいますか、私はこんなにも貴方を想っているのに……」  
 
涙が降る。  
「貴方を失うのが怖いのです、いつか私を置いて……貴方は消えてしまうんじゃないかと……不安でたまらないのです――貴方が私を透かして誰かを想っていたのも承知していたはずでした。それなのに……」  
銀は綺麗な瞼を濡らして続けた。  
「それなのに――それが……疎ましいことのように痛むのです。望美……私の前から消えないでください」  
囁くような口調で、聞こえた。  
私をどうか、一人にしないでください、と。  
「……置いてったりしないよ」  
銀の涙を拭いて私は言った。  
 
「ずっとここにいる。銀の傍にいるよ。私が一番大切な人は銀、貴方だから……」  
「望……美」  
「だから――今度は優しくしてね」  
昔、大事に思った人がいた。それも事実。でも今、私が大切にしたいと――愛したいと心から望むのは、銀だけだ。  
銀は、「ええ――喜んで」と呟いて、自分も衣服を脱いだ。普段は見られない逞しい身体が顕になる。知れず胸が高鳴った。生まれたままの姿で向かいあう。  
 
「……いきますよ、望美」  
「うん……来て」  
銀のモノが押し合てられる。それはもうすっかり硬くなっていた。ずん、と下から突き上げるように銀が中に入ってくる。  
「あっ……」  
「望美、痛みますか?」  
「大丈夫、続けて……」  
 
銀が腰を進める。壁を先端が擦れる度に脳に甘い痺れが突き抜ける。  
「銀……っ」  
中に、銀を感じる。  
私、銀と繋がってるんだ……。  
嬉しい……。  
「望美の中は……温かいですね」  
切なげな表情で眉を寄せる銀。  
手と手を重ね合わせて、私は銀を受け入れた。  
「――っはぁっ、く……動きます」  
銀が自身を引き抜いては、また奥まで腰をすすめる。そのたびに衝撃で内側が擦れて……このまま壊れてしまいそう。  
「ああっ、銀……っ」  
「望美……」  
銀だけが見える。今、この瞳には銀しか映ってない。  
「好き……だよ」  
律動が続く。襲い来る衝撃の中、銀が吐息混じりに呟いた。  
「私もです……貴方だけをずっと思っていました。ようやく手に入れた……十六夜の君……もう離しません、絶対に……」  
握った手に力を込めて、返す。  
「うん、私もだよ……離さないで……」  
「望美……」  
律動が速度をあげて高みへ昇りつめていく。もう何も聞こえない、貴方の吐息と鼓動以外は何も。  
 
 
「――銀……」  
一際大きい衝撃が私を貫いて――――銀が小さく呻いたのと同時に、私は意識を手放した。  
 
 
 
 
「望美?」  
 
起きると銀が心配そうに私を見下ろしていた。  
……そっか、私、気絶しちゃったんだ。恥ずかしいな……。  
 
「ごめんね……」  
「何を謝っているんですか?」  
「だって私……」  
 
先を続けようとしたら、唇が塞がれた。  
「……銀」  
「凄く愛らしかったですよ望美。またあんな姿で可愛く鳴く所を私に見せて下さい」  
「も、もう!! びっくりしたんだからね……! いきなりあんなことして――」  
「ふふっ」  
「……銀、私のことからかってるでしょう」  
 
銀はいいえ、と首を振る。  
 
「……私の嫉妬故の行動も全て貴方を想うが為に生まれるもの。貴方は私の全てです、望美」  
 
そこまで言われては何も言えない。ぼんやり銀を見上げていると、銀はそっと私の肩に口付けを落とした。  
「――傷が貴方を苦しめるなら、私は貴方の傷を癒してみせます、だからどうか……」  
 
 
この鼓動続くかぎり、果てる時まで、お傍に。  
 
銀の言葉は窓から差し込んできた朝日に溶けて消えていく。  
 
穏やかな銀の顔を見ながら――悲しみも、苦しみも、きっと癒える日が来ると、そう思った。  
 
 
遥かなる、時空の中で。  
 

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