刻は宵。
天には月が満ち、冴え冴えとした光を静寂の中に散りばめる。
望美は、待ち人を焦がれるように頭上を仰いだ。
場所は熊野の地。旅の最中、用があって訪れた。
浮かぶのは真昼の事。人の多い街道で――あの剣士の姿を見た、気がする。
銀の髪と、整った体躯。そして射抜くような眼差しはまさしくあの人のもの。
いつものように、獣じみたあからさまな殺気こそ潜められていたが、あれは、知盛だ。
腕の良い将は、気配を殺す手際も洗練されていた。自分以外には彼に気付かなかったと、望美は思う。
八葉も白龍も、そして朔も気付かなかっただろう。だから、その時発した彼の言葉に気付く者もいなかった。
すれ違いざま低い声で「今晩――北の森で」と、たったそれだけ告げられた。
そして望美は今、指定された場所へやってきている。
……来るわけがない。こんな所にいるわけがない。
そう思っていても、期待に胸は知れずざわめいてしまう。
しかし待てど暮らせど人の現る気配はない。
不安が渦を巻いて胸に湧く。
もしかしたら、あれはあの人に会いたいと思うばかりの心が見せた幻だったのだろうか。
そう思い始めて暫く。
知盛は茂みから、姿を現した。
思わず叫びそうになって、慌てて口を押さえる。それをさも可笑しそうに見て知盛は笑った。
「……クッ。どうした。その間の抜けた顔は。俺がそんなに物珍しいか? 龍神の神子よ」
「そんなんじゃ、ないけど……」
「では何だ。俺がわざわざ人目を忍び、こうして会いに来たのだぞ。……もっと歓迎してもらいたいものだな。
それともいつものように剣を向け合い切り結ぶか――その方が俺達にはよく似合う」
ざわり、と。
彼の言葉に背筋が、粟立つ。
「そうだろう? 龍神の神子。……俺達は袂を分かつことのない者同士だ。
ならば斬り合い決着を着けるのが宿命というもの」
「それは――そうだけど……」
「では何を躊躇う? 俺に剣を向けろ龍神の神子。その美しい手で敵を屠ってみせろ」
知盛の言葉全てが嘘ではない事は、望美自身が一番よく分かっている。
知盛とは敵同士だ。決して相成れることのない仲。故に、会話の代わりに剣を交わしてきたのだから。
けれど。今は。剣を取る手が震える。切っ先を、知盛へ向けられない。
向けたなら、それがどちらにとっても最後になると分かっているから。
「……っ」
知盛に言おうと思っていた言葉が、確かにあったはずなのに。
本人を前にして、何も言えなくなる。言葉が喉に詰まって掻き消えていく。
月光の揺らめく水面のように、ぼやけていく。
たった一言、会いたかったと、そう告げれられればいいだけなのに。
月に照らされた知盛の横顔が、美し過ぎて、息を継げない。
「そう切なげな顔をするなよ、龍神の神子。……押さえが効かなくなるだろう?
それとも、それがお前の望みなのか」
「私の望み……?」
「……クッ、さあてな。神子様は何をご所望でいらっしゃるのか。
どうせ一夜の逢瀬だ。お前が直接俺に告げるのなら、俺はお前の望みを聞いてやろう」
「……」
「……素直になれよ龍神の神子。俺達以外に誰もいないのだ。遠慮する必要が何処にある?」
「私は――」
貴方に会いたかった。初めて見た時からずっと、また会える事をどこかで願っていた。
会えれば十分だと思っていたけれど、でも。ここに来て、また我儘な願いが産声を上げ始めている。
「貴方が、欲しい」
貴方が欲しい。
貴方が欲しくてたまらない。
見るだけじゃ足りない。触れ合って、知盛を感じたい。――ちゃんと、肌を重ねて。
「月が落ちて朝が来るまで……傍に、いて」
その言葉を満足そうに聴き終えると、知盛は強引な仕草で望美の身体を掻き抱く。
「ああ。お望みどおりにしてやるよ、龍神の神子――壊れるくらいにお前を抱いてやる」
「……知盛、あっ」
背後の木に身体を追い詰められ、望美は小さく声をあげた。
「逃がさないぜ龍神の神子。――俺を本気にさせた後始末を取ってもらおう」
「……んっ」
夜気に入り混じる、二人の吐息。
望美の首に顔を埋め、知盛は耳朶に唇を這わす。
ちゃぷ、と卑猥な音を立てて舐めてみせると、望美は羞恥に身体を震わせた。
「や……あっ」
望身の頬は既に赤く染まり、闇の中でぼんやりと浮き上がっている。
白い肌との濃淡は雪に咲いた一輪の花を思わせた。それが余計、知盛の欲情を掻き立てる。
「……嫌だ嫌だと煩い口だ」
両手で、望美の逃げ場を塞ぐ。何かを期待するように見上げる眼に、ズン、と衝動が乱された。
やはりこの女は獣だ。神子だなんだと崇められているが、本質を見抜けているのは俺しかない。
――そう、俺の前でしか咲かない、花。
「……んむっ」
接吻というよりは、野獣が喰らいつくような口付けだった。
舌先で無理やりに口内に進入し、望美の可愛らしい舌根を探り当てると、
ぐちゅぐちゅと唾液を絡ませてはそこを攻める。
口端から糸を引く。
散々弄ぶと、知盛は望美の衣服に手を伸ばした。
「あっ……、ま、待って、まだ心の準備が……」
「……ク、今更焦らすな。……いくぞ」
「えっ、あ、……」
愉快そうに見下ろしてくる知盛と、視線が交差する。
有無を言わせず、知盛は行為を続ける。
上服の紐が、解かれる。
「……ッ」
顕わになった望美の上半身。
豊かな胸の先が、上を向いている。
知盛は背を屈めると、胸に口付けを落とした。
口の先で乳首を摘み、コリコリとした固さを愉しむように舌で丹念になぞる。
きつく吸い上げると、望美は一段と高い声を上げて啼いた。
「きゃ……うっ」
「くくっ、お前はここが弱いようだな」
「やだ、やめて、そんな所ばかり舐めたりしたら……駄目っ」
「聞こえないな……」
「やああっ」
望美の言葉を無視し、知盛は胸に手を這わせ、緩急をつけながら揉みしだく。
たわわな乳房は知盛の手の動きに合わせて形を変え、薄紅に色づいていく。
乳首を口に含みながら、知盛は挑発的な眼差しで望美を見上げる。
その視線に、ドクンと心臓が鳴った。
知盛のしなやかな手が、腰に伸びてくる。
下着を割って、中に入ってくる。
陰部を指先で擦られて、望美はいやらしく「ひゃ……ン!!」と腰を浮かせた。
「ほう……? もうここは濡れているぞ。 とんだ淫乱神子様だな」
「は…っ、はあ……っ」
「分からないか? ならば見せてやろうー―ほら」
知盛は見せ付けるようにして、望美の愛液でしとどに濡れた指を口に咥える。
くちゅくちゅと大きな音を立てて吸われ、望美の顔は一段と火照りを増す。
自身の唾液と望美の愛液で濡れ濡れた指を、望美の陰部に這わす。
「あっ、ん!! ひゃあっ」
グリグリと襞を摩擦されて、望美は切なげな嬌声を上げた。
指はそれ自体が生き物のように、蕾を分け入り、中でゆるゆると蠢いている。
敏感な部分をしつこく刺激され、望美は膣から愛液の雨を降らす。
ぐしょぐしょに濡れそぼった陰部を見て、知盛は妖しく微笑する。
「お前のここは、もう俺を待ちわびているようだぞ? そんなに俺が欲しいか……?」
「あ、うう……っ」
「聞こえない」
快感に溺れる望美。蕩ける思考で、ひたすらに知盛の与える悦楽を享受する。
それでも、必死に、欲しいと、頷いた。
「――そうか。ならくれてやる、思う存分味わうといい」
知盛のものが、望美の陰部に押し当てられる。
体重を乗せて、一気に中を貫いた。
「あ……あっ、ああっ!!」
「……っく、は……」
熱い。燃えるような熱気が二人の中で暴発する。
知盛は最奥まで届いた自身で、望美の中をかき回す。壁を擦る感触に、望美は激しく悶える。
「ああっ、は、痛い…っ、は…」
「……っ、く、お前の中は狭い…な」
「あっ、――っん、うっ……はあっ」
慣れない痛みに、視界が歪む。それでも。
この痛みさえ、知盛がくれたものだと思うと、愛しく感じる自分はおかしいのだろうか。
涙が頬を伝う。
それは痛みと快楽と。
そして夜が明ければ貴方はもういないと、知っているから。
「だが……暖かい……」
頬に触れた涙は、私のものだけじゃなかった。
「は……あっ、はあ……知、盛っ……」
「ん……はっ、……ッ」
挿入が激しさを増していく。もうどちらがどちらの身体なのかさえ分からないほどに、入り混じって交じり合う。
内部で弾ける知盛の精液が、望美を犯すように染み込んでいく。
二人同時に意識を手放した瞬間、知盛が「望美」という声を聞いたような気がした――
空は明けていく。月と星を飲み込んで夜は消えていく。
着物を着込み、知盛は別れの言葉も告げず、望美の前から去ろうとする。
「今度出逢う時は戦場だな。……お前を殺せるのを楽しみにしているぞ、龍神の神子」
その目はいつもの、闘争に焦がれるあの目で。
きっと次に合う時は殺しあう関係にあるのだろうと、望美は悟る。
――それでも。
「うん、また会おうね、知盛」
触れた唇の温度も、手の動きも、重なった肌の心地よさも。
全て私に残っているなら。
この一夜の逢瀬は夢幻ではなく、確かな記憶として刻まれる。
「ク、……お前の狂う様子は中々悪くなかったぞ。もう一度見たいと想うほどにはな。……ではな」
段々と遠ざかっていく知盛へ、声もなく呼びかける。
――私を殺すと言った、貴方を想うことは赦されるでしょうか。
まだ薄暗い蒼穹に映える、白い朧。
願わくば、もう一度貴方に会いたいと、祈るように。望美は空を見上げた。
朝に昇る月に。