「…泰明さん、知ってるのかなぁ」
「神子様…泰明殿がどうされたのですか?」
「…え?なっなんでもないよ藤姫!」
(いくら大人びているからって、十歳の子にはとても言えないよね…)
――夜伽、男女のむつごとの事なんて。
龍神を呼び、京に再び平和をもたらした龍神の神子、元宮あかね。
全ては愛する人のため。
その人は史上最強の陰陽師、安倍晴明に『造られし』弟子の安倍泰明。
二十代そこそこの人形の様な美しさを持つ青年だが、なんとこの世に生を持つ事たったの二年である。
造られた彼は感情が欠落していた所をあかねの存在によって気付き、同時に本物の『人』になった。
互いに結ばれた二人は今、晴明邸傍の屋敷で仲睦まじく暮らしている。
…はずだったが人生とはそう上手く行かず。
陰陽師として優秀な泰明はしょっちゅうな頻度で仕事に呼ばれていた。
京の結界を貼ったり、祈祷をしたり。
やれ怨霊が現れたなどそれ「まろがこけたのは埋められた呪詛のせいじゃ、はよう払え!」だのと多忙であったため、
あかねと過ごす時間が八葉の時よりも減ってしまっていたのである。
時々式神を送り近況を報告するも、あかねは一人で過ごす時間が寂しかった。
だからこうして時々左大臣家の藤姫の元へ遊びに来ていたのであった。
八葉達と過ごしてきたあの時の事、そして愛しい泰明の事。
そんな事を話している内に空はすっかり沈みかけていた。
「もう夕方だから、そろそろ帰るね」
「…神子様、お一人ではいくら泰明殿の加護があろうとも危のうございます。
どうかお付きの者…そう頼久をお連れ下さいませ」
「うん、ありがとう。頼久さんお願いします」
「神子殿のご命令とあらば。この命に代えましても、必ずお守りいたします」
(…相変わらずだなこの人は)
そう思いながらあかねは頼久と屋敷へ向かった。
…
「着きましたね」
「はっ。では私はこれで失礼します」
「頼久さん、藤姫にもよろしくお願いします」
短いやりとりを済ませると頼久は颯爽と帰っていった。
「…ただいまー。なーんて。誰もいないよね」
ぽつりと独り言をもらしながら屏風を開く。…と
「あかね、よく帰ったな」
泰明が正座をして待っていた。いつもはあかねが寝静まっている時にしか帰って来ないはずだったのに。
「泰明さん…どうして?」
「早めに仕事を切り上げた。お前に会いたかった」
「泰明さん…」
ぽっと頬が赤くなる。どうして彼はこんなにも恥ずかしい事をまっすぐに言えるのだろうか。
平安京のプレイボーイ橘の少将でさえそこまでストレートには言わないだろう。
「それじゃあ今夜は…」
「ああ、共に過ごそう。」
そう泰明が優しく言うとあかねは嬉しさで思わず彼の後ろの肩へそっと抱き着いた。
「あかね」
「だって泰明さんといられる事が久しぶりで嬉しいんだもん。」
(…それに…今日こそは泰明さんと…)
そう、この二人は互いに結ばれたているとはいえ、未だに契りを交わしてはいなかったのである。
泰明が多忙であるせいなのか、はてさて生まれたばかりの彼が知るよしもないのか。
どちらにせよ『していない』という点では同じだった。
知らぬ間にあかねのこぶしに力が入る。
「どうかしたのか」
「あっ…ううん!なんでもないの!」
(…女の私から言うのもなんだかなぁ…)
そんな事を一人考えていると
「あかね、今まで一人にさせてすまなかった」
謝罪の言葉と共に、ちゅっと額にくちづけが飛んできた。
(…まっいいか。今はこのままでも)
なんだかんだで満足しつつ、あかねは次こそは!と熱い期待に燃えていたのだった。