ある日の事。千尋は自室で一人、思い悩んでいた。
理由は、自分の想い人である忍人の事である。
自分と彼は想い合っている。確かな言葉はないが、忍人の優しさ、自分に向けられる暖かな笑顔、
彼の態度一つ一つから、自分を想ってくれているのが分かる。
豊葦原の女王となってからも、それは変わらなかった。
普段は臣下の礼を欠かす事はないが、彼女個人と接する時は『千尋』と名を呼び、優しく笑いかけてくれる。
ただ、それ以上がないのだ。お互いに愛の言葉を紡いだ事も、抱きしめあったり、キスをした事もない。
二人で桜を見に行った時に、手を重ねた事があるくらいだ。
あれから半年、たまに手を繋ぐ事はあっても、それ以上には進む事はなかった。
流石の千尋も限界だった。忍人が彼女の名を呼ぶ度に、身体が熱くなり、自分に触れてほしくて堪らなくなってしまうのだ。
そんな夜は決まって自室で一人、忍人を想って自慰に耽ってしまうのである。
「私、欲求不満なのかな…」
「誰が欲求不満なんですか?」
いつの間に居たのか、部屋の扉の前には風早が立っていた。思わず声に出てしまった、と慌てて口を塞ぐが時すでに遅しである。
「もしかして、忍人…欲求不満なんですか?」
思いもかけない相手の名前に千尋は顔を赤くして、首を思い切り左右にふり否定する。
「ち…違うわ!」
「と…言う事は…。もしかして、千尋が…?」
風早の言葉に千尋はますます顔を赤くして固まってしまう。
「当たってしまいましたか…。千尋さえ良ければ話してくれませんか?」
風早は千尋に近づき、優しく言葉をかける。自分を育ててくれた、この元同居人には何でもお見通しのようだ。
千尋はため息をつきながら、風早に自分の悩みを打ち明ける為に、口を開いた。
「風早。笑わないで聞いてね?」
「俺が千尋の相談を笑う訳ないでしょう?」
風早は優しく微笑んで、千尋の側に立つ。
「その…忍人さんの事なんだけど私、忍人さんが好きなの。私達、多分…両想い…なんだと思うんだけど…」
「そうですね。忍人は何も言いませんが、彼もきっと千尋の事が好きだと思いますよ」
風早の言葉に千尋は顔をパァッと明るくさせた。
「そ…それでね、私達が居た世界では、もうすぐクリスマスでしょ?その時に告白をしようと思って…それから…その…」
その先が言いにくいのか、顔を赤くして言葉を濁す。
「なるほど、プレゼントは『千尋』…ですか」
風早の言葉にますます顔を赤らめ、小さく頷く。千尋は勇気を振り絞って風早に本題をつげた。
「そ…それでね。忍人さんって…その…ど…ど…どどどう、童貞…なのかな?」
あまりに恥ずかしい質問に動揺して、上手く言葉が出ない。風早もあまりにも意表を付いた質問に、口を開けないでいた。
「どうでしょう?忍人はそういう男女の理に興味がなさそうですし、多分恐らくは…」
「そ…そうだよね」
風早の言葉に、千尋は安堵のため息を浸く。しかし、同時に別の不安もでてきてしまった。
千尋自身も処女で男性経験はキスさえ無い。忍人も女性経験が無いのであれば、男女の営みはどうすれば良いのだろうか?
前に居た世界で、友人の話やマンガなどから多少の知識は得ていたが、自慰以外の詳しいやり方は分からないのだ。
自分から迫るのは、はしたないと思われないか?キスの時、どのタイミングで舌を絡めるのか。息継ぎはできるのか?
考えれば考える程、不安になってくる。そんな千尋を見かねた風早は、
「千尋…俺に良い案がありますよ」
「良い案…?」
風早の満面の笑顔が気になりつつも、現状に切羽詰まっていた千尋は、藁をも掴む思いで、風早の提案に乗るのであった。
それから数日後。クリスマスを目前に控えたある日。風早は忍人に小箱程度の包みを渡していた。
「俺からのプレゼントです。是非役に立てて下さいね」
「ぷ…ぷれ…ぜんと?何の事だ?」
兄弟子の聞きなれない言葉に、忍人は訝しげに問いかける。すると風早は含みのある笑いをしながら
「忍人の為だけに用意した物ですから、気にしないで受け取って下さいね?」
そう言うと風早は足早に、その場を後にした。何の事か分からない忍人が貰った包みを開けるとそこには、
『初めての性交』『痛くないセックス』『脱・童貞』等のエロ本と、エッチなマンガが何冊か入っていたのだった。
糸冬