九郎の誕生日にまつわる諸々の騒動から数日経った、ある日の夜。  
とある事情により、望美は人目を忍んで弁慶の部屋へと来ていた。  
布団に横たわる望美の傍に灯りが置かれ、横から弁慶が覗き込む状態となっている。  
慣れた様子の弁慶とは対照的に、望美は緊張のためか体が硬くなっているようだ。  
 
「んぁ、ん…」  
 
「さあ、力を抜いて…もっと中まで見せてください」  
 
「あ…っ……」  
 
「辛いですか?少しだけ我慢してくださいね…」  
 
弁慶が無駄のない動きで望美の中をまさぐる。  
数秒の後、敏感になっていたある一点を弄られて望美の身体がびくんと跳ねた。  
 
「ひぅっ…んむうううぅぅっ!」  
 
「痛っ!!!?」  
 
望美と弁慶、双方の耳にがりっ、と鈍い音が聞こえたような気がした。  
 
「すみません、せっかく診てもらってたのに噛んだりして…」  
 
弁慶の細くしなやかな指にくっきりと歯形をつけてしまい、望美は平謝りしていた。  
実は先ほど夕飯を食べていて急に歯が痛くなったため、弁慶の部屋で診てもらっていたのである。  
他の皆には余計な心配をかけたくないし、  
歯が痛いと言うのもなんとなく子供みたいで恥ずかしいような気がして内緒で来ていたのであった。  
 
「仕方ありませんよ。咄嗟の事ですし…  
 望美さんの言うとおり、噛み合わせの所に穴が開いているようですね」  
 
そう言って苦笑すると、弁慶は望美に噛まれた指を目の前にもって行き  
しげしげと眺めた後、おもむろに匂いを嗅いだ。  
思わぬ行動をとられ赤面する望美。  
 
「わわっ、何を」  
 
「ああ、すみません。患部が見えにくかったもので状態を確認しようと…」  
 
「あ、それで…」  
 
穴が開いていたのは、直には見えづらい上顎の一番奥の歯である。  
付加価値の有無はさておき、状態を確認するためというのは嘘ではなかった。  
 
「少し膿んでいますが、抜かなければいけないという程でもないようです。  
 ひとまず薬を入れて様子を見ましょう」  
 
「良かった、酷くなくて」  
 
ホッとする望美。  
戦いで受ける傷とは異なり徐々に身を蝕む慢性の病、しかも自然治癒がほぼ望めない歯が患部とあっては  
回復の術もいまひとつ効果を成さなかったのである。  
 
「ごめんなさい、君のいた世界のようには治せないけれど。僕も医者の端くれとして残念です」  
 
「そんな…とんでもないです。助かります」  
 
実は望美の虫歯について、弁慶には若干心当たりがあった。  
先日望美に頼まれて巨大な柿を作った際、以前人づてに聞いた  
「柿を食べ過ぎた人間の体内で渋が固まり大変なことになった」という話を思い出し  
極力渋の少なく、甘い柿を選んだのである。  
 
(柿渋の薬効がない分、歯には良くなかったようですね…)  
 
もちろん元から虫歯だったのだろうが、悪化させるきっかけになったことは間違いないだろう。  
今度巨大な柿を作る機会があれば、甘さは控えめにしようと思う弁慶であった。  
 
「それにこんな事言っちゃいけないんでしょうけど、私、元の世界の治療って苦手だし…」  
 
「削って詰め物をするんでしたっけ?」  
 
「そうなんですよ、このぐらいの長さの棒の先にものすごい速さで回る小さな針が付いてて  
 硬いものも削れるようにダイヤの粒が…えーと、ダイヤっていうのは…金剛撃…?」  
 
「金剛石ですか」  
 
「ああそう、それです!削る時すごい音がするし、痛いんですよー。  
 で、消毒したら穴にぴったり填まるように樹脂や金属を詰めて…」  
 
どちらかというと景時向きの話題かもしれないな、と弁慶は思った。  
そういえば先ほど望美の口の中を見た時、詰め物をした歯があったような気がする。  
正直剥がして中を調べてみたいとも思ったが、流石にそれを言ってしまうと  
いろいろと問題がありそうなので口には出さずに心の中にしまっておく事にした。  
 
「じゃあ薬を入れますんで、もう一度そこに寝てください」  
 
「わかりました」  
 
改めて布団に横になった望美の全身に、ふと目をやる弁慶。  
先ほど少し暴れたせいで、寝巻の胸元がやや乱れていた。  
何やらムラムラとしたものを感じつつも、気を取り直して視線を望美の口元に戻す。  
 
「先に膿んでいる所の掃除をしますね…少し痛むかも」  
 
「んっ…」  
 
患部に綿を押し当てられた痛みに望美がぎゅっと目をつぶり、顔をしかめる。  
その手は無意識に弁慶の着物の裾を握っている。  
 
「これで少しは良くなったかな…薬を詰めますね」  
 
「ん、んぅっ…!」  
 
先ほどよりも強い痛みと薬の苦味、独特の匂いを感じ、望美は呻く。  
すぐに外れないようにと、薬がさらにぐいぐいと強く穴の奥へと押し込まれる。  
 
「ふう…これでしばらくは大丈夫でしょう。よく頑張りましたね。…望美さん?」  
 
無事に処置が終わり、表情を和らげた弁慶が顔を上げると  
そこには目の横にうっすらと涙の筋を光らせ、放心した様子で宙を見ている望美がいた。  
集中していて気が付かなかったが、弁慶の着物の裾を掴む手もまた小刻みに震えていた。  
その姿が思いのほか美しく、また泣かせてしまったという罪悪感も伴い、弁慶は一瞬言葉を失った。  
 
「…望美さん」  
 
「!ご、ごめんなさい…泣くつもりはなかったんですけど痛くて、つい…  
 あっ、で、でも別に弁慶さんが悪いわけじゃなくて、その」  
 
涙を流したのが自分でも予想外だったのか、ハッと我に返ると  
着物から素早く手を離し、真っ赤になってうろたえる望美。  
戦の傷による痛みには慣れていたが、この手の痛みはどうも別の部類に入るようだった。  
 
「…ふふ、僕の事はいいんですよ。  
 それにしても君は本当に…可愛い人ですね。いや、いけない人と言うべきかな?」  
 
言葉の意味がわからずキョトンとしている望美を横目に、くすくすと笑う弁慶。  
まったく、どうして僕のものではないんでしょうか。  
そんな思いが頭の中を掠めて、また微妙におかしな気分になる。  
 
「(?よくわからない…)  
 ところで、変な事かもしれないんですけどちょっと気になったんで、聞いてもいいですか?」  
 
「はい、何でしょうか」  
 
「今私がしてもらってた事なんですけど…  
 …この前、歯が痛いって言ってた九郎さんにも同じように…?」  
 
その時望美は、戦闘時以外で弁慶が転ぶのを初めて見たという。  
 
「ええ、ああ、彼ですか…  
 彼には別の方法でやってあげました。…五条平泉式です」  
 
「へぇー。どんな方法か知らないけど、いろいろあるんですね」  
 
苦し紛れの言葉で誤魔化したが、どうやら納得してもらえたようだ。柄にもなく額に冷や汗が流れる。  
危ない。この想いは知られてはいけない。少なくとも、今は。  
 
「…やっぱり、君はいけない人です」  
 
「?」  
 
「何でもありません」  
 
「今日の弁慶さん、なんか変じゃありませんか?いいですけど。  
 …あ、ついでにもう一つ、入れてもらった薬の事で聞いてもいいですか?」  
 
「ええ、どうぞ」  
 
「弁慶さん、正露丸って知ってます?」  
 
夜は静かに更けていった。  
 

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