〜その1 導入編〜  
 
「譲君、ごはんつぶ…じゃないごはんちょうだい」  
譲の常駐する梶原邸の厨に入るなり、望美は言った。  
やぶからぼうにごはんを所望する望美を譲は驚いたように見ていたが、やおら納得して、  
「先輩、お腹がすいたんですか?夕餉まではまだ間があるのに。まったく、仕方のない人だな」  
と、藁びつを即座に取り出して茶碗にごはんを盛大にもった。  
「ううん。違うの、私が食べるんじゃないの」  
「じゃあ誰です?」  
譲はふにおちない顔ながらも特盛ごはんをずいっと差し出したまま引っ込めない。望美はしどろもどろになりながら答えた。  
「あ、あの、…………猫にあげるの」  
消え入るような声でぼそぼそと喋る。譲は怪訝そうな顔をしていたが、やがてため息をついた。  
「先輩、俺たちは景時さんのこの邸にお世話になっている身なんです。猫を拾って飼うことはできませんよ?  
でも、先輩がどうしてもというなら、何か別の方法を考えましょう」  
「あっ、違うの。本当にちょっとあげるだけだから。飼おうなんて思ってないから大丈夫」  
『情が移るとつらいのは先輩ですよ』と釘を刺す譲からライスタワーを受け取り、望美が向かった先は自室だった。  
 
自室に戻り、後ろ手で襖を閉めた望美は、問題のモノを見てため息をついた。  
それはノラ猫でもなんでもない。  
望美の不注意がもとで折れてしまった(折った)九郎の太刀だった。  
九郎は今所用で出かけており、これは九郎本人の知らないところで望美が招いてしまった事態だった。  
朱塗りの鞘と、まっぷたつに折れた白刃を目の前にして、出てくるものはため息しかない。  
「どうしよう…」  
選択肢は二つあった。ひとつは正直に九郎に謝ること。  
しかし、この太刀の見事な意匠を見れば、謝って許してもらえるような代物ではない事くらい望美にも分かる。  
望美は想像してみた。  
 
「このバカ!」  
「九郎さん、ごめんなさい」  
「しかし、二度と元には戻らんものをいつまでも引きずっていても仕方がないか…」  
「本当にすみませんでした…」  
「反省しているようだな。これに懲りて二度と危ないマネはするなよ。今後、戦に同行するのも駄目だ」  
俯く望美の頭を、九郎の温かな掌がおおった。  
「だがな望美、けじめはつけねばならん」  
九郎の声は何故かうきうきと弾んでいたが、ごくわずか暗いものを覚えて、望美は顔を上げた。  
「仕置きが必要だな」  
望美には九郎のその言葉が、『エロい拷問の時間です』に聞こえた。  
 
望美は両手で頭を押さえ、落雷を恐れる人のように床に伏せた。ガクガクと体が震えている。  
(こ、こわっ…。九郎さんこわい…)  
普段さわやかな好青年である反面、鬼畜な面を想像しやすいのだろうか。  
そしてもうひとつの選択肢の存在をそこで思い出す。  
もうひとつの選択肢――、  
望美は譲の心づくしの白米から、いくつかのごはん粒をプルプルと震える指にのせた。  
そのまま九郎の太刀の断面に塗りつけた。  
そして、どうにか苦心して二つにわかれた刃をくっつけると、鞘に納めた。  
「よし…」  
と、望美は言うが、鞘をさかさまにするだけで容易に刃が落ちてくることだろう。もちろん分断された状態で。  
だが望美は現実逃避して、責任の重さを深く考えないようになっていた。  
(あとはこれを九郎さんの部屋にこっそり置いてくるだけだね)  
 
九郎の部屋に忍び足で太刀を『返しに』行った帰り、望美はぼんやりと庭を歩いていた。  
ウロウロしていると、何か顔に当たった。  
「うわっ」  
望美の顔を覆ったのは、洗濯物だった。干して間もないのか湿っていた。それが望美の衝突を受けて、ひるがえって宙を舞う。  
不運だったのは、それが景時の上着で、しかも雨上がりの水溜りに投げ出されたことだ。  
「こ、これは…」  
これはまずい。無惨にも泥にどっぷり浸かった着物を見て、血の気がひく。  
望美は想像してみた。  
 
「あーあ、やっちゃったね望美ちゃん」  
「景時さん、ごめんなさい」  
「でも、また洗い直せばいいか。別に破れたわけじゃないから、まあ不幸中の幸いだよ…」  
「本当にすみませんでした…」  
「そんなに落ち込まないでよ。これに懲りてもうぼーっとしちゃダメだよ。  
今後、オレの趣味が洗濯だって源氏の御家人に言いふらすのもダメだからね」  
俯く望美の頭を、景時の温かな掌がおおった。  
「でもさ望美ちゃん、けじめはつけなきゃ」  
景時の声は何故かうきうきと弾んでいたが、ごくわずか暗いものを覚えて、望美は顔を上げた。  
「お仕置きが必要だよね」  
望美には景時のその言葉が、『エロい拷問の時間です』に聞こえた。  
 
望美は笑う膝を両手で押さえた。生まれ落ちたばかりの子馬がすぐに立とうとしてもおぼつかないのと同じ要領で、プルプルと足が震える。  
(こ、こわっ…。景時さんこわい…)  
普段さわやかな好青年である反面、鬼畜な面を想像しやすいのだろうか。  
望美がこの妄想をした間、わずか0.5秒。  
はた、と望美は我に返って景時の衣に駆け寄った。  
「10秒ルール、10秒ルール!」  
と唱えつつ、叫びつつ、ぐちゃぐちゃになった景時の洗濯物を拾い上げる。  
「ふー、危なかった」  
『危なかった』と望美はあたかも事態を収拾出来たかのように言うが、どう見ても最悪の結果だ。  
泥は取り返しのつかない模様を描いていたが、6秒で拾えた望美にしてみればこれはセーフらしい。  
10秒ルールとは『落としたものも時間内に拾えば雑菌も汚れもつかずにきれい』  
という10秒以内に拾ったものに適用されるルールで、制限時間の派生こそあれど世に広く流布しているものだった。  
望美はこれを推奨していた。  
それゆえに、何事もなかったかのように物干し竿に景時の衣をかけておくという暴挙も、この少女はやってのけた。  
もちろん、キョロキョロとあたりを見渡し、人の目がないのを確認している。  
ぽたりぽたりと泥の滴る洗濯物をあとにし、疲れと眠気を覚えた望美は自室へと戻った。  
 
自室でうとうとして目を覚ましたら、あたりはすっかり暗くなっていた。  
夕餉の時間はとっくに過ぎている。  
譲は呼びに来てくれただろうが、深く寝入ってしまっている自分を起こすのも忍びなく思ったのかもしれない。  
寝起きのあまりよく働かない頭で望美はそんな事を考える。  
ふと、よからぬものを感じて望美は身を硬くした。  
部屋の中に人の――、それも複数人の気配を感じる。  
疑問に思う暇もなく、暗闇で何者かに羽交い絞めにされる。  
男だ。体格のいい大人の。  
誰かの荒い息遣いが聞こえ、それが酒気をたっぷりと含んでいるのを嗅ぎ取ると、望美は思わず顔をしかめた。  
闇の中の応酬は当然、望美を押さえつける腕力を持つ彼等に軍配があがった。  
床に押し倒された望美は声も出せず不自由で心細い思いをしていたが、視覚だけはすぐに取り戻すことができた。  
火口のちいさな明かりがまず見えて、それが高燈台に移された。  
明るくなった空間にあらわれた顔に、望美は『あっ』と声をあげた。  
 
「景時さん、九郎さん…どうしたんですか?」  
望美を床に押さえつけていたのは、景時だった。  
機嫌のよさそうな顔の向こうに天井が見える。そばに九郎も居たが、こちらは険しい顔をして望美を覗き込んでいた。  
「『どうしたんですか』なんて言われちゃったよ九郎、どうする?」  
「どうするもこうするも、やる事はやらねばな」  
「そうだよね」  
傍らの九郎に呼びかけた景時はへらりと笑った。人好きのする笑みだが、どこかいつもと違う。  
違和感を覚えた望美だが、さきほどから鼻腔をくすぐるもののおかげで得心がいった。  
「お酒くさいです景時さん…。九郎さんも」  
両者からむせかえるような酒の匂いが漂う。  
大方このコンビは夕餉のあと差し向かいで酌み交わし、浴びるほど酒をくらったに違いない。望美は嘆息した。  
だから、景時の様子がおかしいのか。こんなふうに自分に絡んでくるのか。  
「もう、飲みすぎですよ。今お水もらってきますからここに居てくださいね」  
ただの戯れだ。事態が理解できてホッとしたのも束の間。起き上がろうとした望美を、景時の腕が床板に縫い付けた。  
望美はそこでようやく気付いた。景時は目の奥では決して笑っていなかった。  
「分かってないね」  
それまでの上機嫌が嘘のように、景時の表情が変わった。  
感情というものが一切取り払われた顔に、望美は息がつまるほどの緊張感を覚えた。  
「駄目だな。望美ちゃんは悪い子だね〜」  
口調だけはいつものままに、不穏なものを孕ませて景時は望美の頬を撫でる。  
助けを求めて望美は九郎を見た。九郎は笑いもせず怒りもせず、ただ静かに言った。  
「俺の太刀を、おまえはどうした?」  
望美はとっさに言葉に詰まった。  
「オレの衣も」  
望美が言い逃れの言葉をあれこれ探しているうちに、たたみかけるように景時が言う。  
「な、何のことですか」  
反射的にそんな言葉がくちをついて出た。望美は彼等がいわくありげに視線を交し合うのを見て、自分の失言に気付いた。  
「太刀の断面にめし粒がくっついていた。こんな事をする奴、おまえ以外に考えられるか」  
「証人がいるんだよ。オレの式神、サンショウウオ。気付かなかったでしょ?  
あれがさ、遊んでたんだよね。君がオレの衣を落とした水溜りでさ」  
「あ、あはは…すごく嫌な予感がします」  
じっとりと背中にいやな汗をかきつつ、望美はあいまいに微笑んだ。  
九郎も景時も笑ってくれない。  
「珍しく勘がいいな、お前」  
「それ当たってるよ。これからお仕置きするんだからさ」  
二人が望美に覆いかぶさる風圧で、灯明の炎がちらちらとせわしなく揺れた。  
 
〜その2 脱衣編〜  
 
「おまえが悪いんだ」  
「そうだよ。望美ちゃんが悪い」  
望美は返す言葉もない。  
この事態に自分の責任が絡んでいないといえば嘘になる。  
ぐっと叫びたい気持ちを飲み込んで、景時と九郎を見上げた。  
「酒をこいつと飲んでいて、おまえの話になった」  
「聞けば、九郎も君の被害にあったって言うじゃない。オレ達待ってたんだよ、君が謝ってくるの。でも来なかったね」  
景時は望美の着衣をさぐる手を止めて、ふっと淋しげな目をした。  
「裏切られた気分だな…」  
壇ノ浦あたりのあんたに言ってやりたい、とここではない時空の望美が居たら、そう思ったことだろう。  
しかしあいにく、この望美はドジを踏んでしまって報復されかかっているただの望美だった。  
望美は、かつて見たことのない景時の顔に胸が詰まる思いで、謝罪の言葉が出かかった。  
だが、  
「…というわけで、はいっ!」  
一足早く、景時の手が掛け声と共に動いた。  
帯を解き、スカートのジッパーを下ろし、するりと望美の足からとっぱらうという一連の動きを一瞬にして完了させる。  
「へぇ、この下ってこうなってるんだね」  
望美は景時の言葉に羞恥した。かつて見せたことのないものを、じっくりと視認されている意味合いの言葉だったからだ。  
一斤染めの衣は、望美の足の付け根の辺りまでを覆っており、丁度ブラウスほどの丈があった。見えるか見えないかギリギリの領分を死守している。  
「九郎もやってみなよ」  
景時に言われてどこか憮然とした九郎が、仰向けになった望美の視界に飛び込んできた。  
「いや、俺は…」  
言いながらもちらちらと望美の白い太腿に目をやっている。  
「さっきまで乗り気だったじゃない。何を今更照れてるの、ほらほら」  
九郎は困惑したように、あくまでも控えめに望美の肢体を見ていた。  
「やり方がわからん」  
「深く考えないで、好きなようにやってみればいいじゃない」  
まな板の上の魚をいざ目の前にして、おろし方が分からないらしい。  
それでなくとも経験の浅そうな九郎のことだ。酒の勢いがあったとはいえ、今までの彼の態度の方が異常だったのだ。  
それでもやがて、意を決したように九郎は手を伸ばした。景時が押さえつける望美の脚にそっと触れる。  
九郎の手は内腿の最もやわらかいところをおそるおそるといったように、撫でていたが、しだいに揉み込むようになった。  
どれだけ力を込めれば良いのか分からないらしく、堪能する目的でというよりは確認するような動きだった。  
「んっ…」  
それが望美にはもどかしい。  
太刀を握る九郎の指は無骨なはずなのに、時折、刷毛で撫でるような信じられないくらい繊細な動きをしてみせた。  
力をどの程度込めればいいか分からず、過剰に手加減する今の九郎にこそ成し得た動きだった。  
望美はひとたまりもなくなって、熱いため息が口をついて出た。  
「はぁー…あぁ…んっ」  
「望美ちゃんが『気持ちいい』って。良かったね九郎」  
「そ、そうか」  
まんざらでもない様子の九郎の背後で、望美のスカートを律儀にたたんでいる景時が見えた。  
(た…、たたむんだ…)  
望美は九郎の愛撫を受けながらも心底あきれ果てた。  
スカートのプリーツを一つ一つきっちりと整える景時はいまにも鼻歌を歌いだしそうだ。やはり酔っ払っている。  
もしかしたら、逃げおおせる事が出来るかもしれない、と望美は考えた。  
九郎が過剰に力を殺しているのをいいことに、望美は隙をついて、組み敷く逞しい体躯から逃れた。  
九郎と景時から距離を置き、立ち上がってはぁはぁと乱れた息を整える。  
望美が反抗的な態度にうってでたと知るや、景時はスカートをたたむのを止めて胡乱げな酔眼を寄こした。  
九郎も呆気にとられたように望美を見ていたが、強敵と対峙したときのように不敵な表情を浮かべた。  
「手加減してやっていたのにな」  
「まだオレ達に逆らう気が残ってたの?」  
望美は答えない。逃げる事だけを考えていた。だが、あまりにも強い二人の男の情欲をぶつけられて足がすくむ。  
九郎と景時。幾たびも死線をくぐり抜けてきた歴戦の男達に背を向けるのだけはどうしても怖くて出来ず、じりじりと望美は部屋の出口に向かって後退した。  
 
「望美ちゃん」  
景時が、おかしくてたまらないといったように呼びかけた。  
「見えちゃうよ」  
まっすぐに、じっと下肢を見詰められていると分かるやいなや、ゾクリとしたものが望美の背筋を這った。  
背の高い景時からはアングル的に見えづらいだろう。だが、望美を足止めするには、はったりであろうが充分だった。  
「見えちゃうってば、ほらほら」  
「ううっ…」  
(景時さん、エロオヤジみたいな事言うなぁ…)  
だが景時が言うと、粘着質なものが不思議と無い。  
望美は両手で前を押さえた。一斤染めの衣のすそを精一杯伸ばしてつまみ、足の合間へ両手を差し入れる。  
ニーソックスを履いただけの膝を隙間なくぴっちりと内股に閉じ、ガクガクと震わせながらも、どうにか立っていた。  
「後ろは見えてもいいのか?」  
ふいに背後から呼びかけられ、望美は血の気がひいた。  
景時に気をとられてまるで気付かなかったが、肩ごしに見やった後ろに九郎がいた。  
シニカルでありながら高揚した笑みを浮かべている。  
それが堂に入っていて、女体の扱いも分からなかった先ほどまでのどこか初々しい雰囲気が消えうせていた。  
男の本能か酒の勢いか、いずれにせよ望美の理解の及ばないもので、望美を責めるのを楽しんでいる。  
「これはなかなか…」  
九郎が目を細める。その仕草がとてつもなく淫靡で艶っぽく望美の目には見えた。  
切れ長の瞳がひとつ所に留まらず動くので、九郎が自分の尻を余すところなく見詰めている事が望美には分かってしまう。  
景時に及び腰になっていたので、望美は臀部を突き出すような姿勢でいた。そこを九郎の視線が這う。  
「やだ…」  
尾てい骨のあたりにぞわぞわしたものを感じて、望美はたまらずに片手で尻を覆った。  
一斤染めの衣はそこまで届いておらず、綿と素肌の感触しか手に残らなかった。  
こんなところまでを九郎の目に許してしまったのかと思うと、恥ずかしさと悔しさが込み上げてきて、望美は唇をかんだ。  
両手で衣の裾を後ろに引っ張り、どうにか尻を隠したが、それでは何の解決にもならないことに即座に気付いた。  
「ねぇ、望美ちゃんそれ見えたよ」  
景時が揶揄するまでもなく、望美は悟る。  
一斤染めの衣の丈は、後ろを押さえれば前が上がり、前を押さえれば後ろが上がる。前後を同時に下げられるだけの丈はない。  
涙を浮かべた望美は、たまらずぺたんと半ばくずおれるように床に座った。  
もう立ち上がる気力さえ無かったが、前と後ろをそれぞれ片手で抑えることだけはどうしても忘れられなかった。  
「そこで座っちゃ逃げるに逃げられないでしょ」  
「たやすいな、お前は」  
うつむく望美の耳に景時と九郎が床板を踏みしめて近づいてくる音が聞こえた。  
「あっ!」  
ひとあし先に望美にたどり着いた景時が、望美の両膝を一抱えにして横たえた。  
望美の頭と背中は床に触れることなく、九郎の膝の上に乗る。  
徐々に脚が開かれていくと、陰部を見る景時の顔が両脚の合間に見え、望美は頬を真っ赤にして真横を向いた。  
「九郎、ちょっと望美ちゃんの足持ってて。しっかりとね」  
望美を九郎にゆだねると、景時は下着のわずかな盛り上がりに指先を沿わせた。  
 
「っ…」  
景時は人差し指を折り曲げて、指の背で何度も撫でるが、望美は強情にも下唇を噛んで耐えている。  
意に介したふうもなく、それどころか心なしか嬉しそうに、景時は望美の震える睫毛を見ていた。  
盛り上がりの真ん中に指を入れ、爪の先でひっかくと、望美がついに鼻にかかった甘い声をあげた。  
「あっ、ああっ」  
「これさ、可愛いけど取っちゃおうね」  
景時は言いつつ、下着の足外から指を入れ、胴の両脇に指先を出した。そのまま外そうとする動きを感じ、望美は我に返って制止の声をあげた。  
「だめっ!」  
「だめじゃないだろ。おまえに拒む権利があると思うか?」  
見上げれば望美の目に逆さまに九郎が映った。  
自分にとてつもなく恥ずかしい姿勢を強いておきながら、何故こんな顔が出来るのか望美には分からない。  
純粋に嬉しそうな顔だ。まっすぐに望美を求めている。  
一瞬望美は体の力を抜いた。  
敏感にそれを察知した景時は、下着を望美の腿の半ばまで剥いだ。  
「や、やっぱりだめっ!」  
再びの制止は聞き入れられなかった。合わせられた望美の膝頭で、景時の手から九郎の手へと下着は渡された。  
九郎は望美の下着をあちこちにひっかけながら、四苦八苦してようやくくるぶしまで下げる事ができた。  
「いやです!いや!」  
足首にかかっていた下着が、望美が暴れる動きにつれて自ずとはずれた。  
ぱさりと床に落ちるかすかな音も聞こえるほど、男たちは沈黙を保って望美の下肢を凝視していた。  
やがて、口を開いたのは景時だった。  
「九郎」  
「何だ?」  
呼ばれた九郎は、望美を見たまま短く答えた。その九郎の目の前にずいっと景時は片手を差し出す。  
何かを受け取ろうとするように掌を上に向けている。  
心持ち指先をクイクイと動かして催促しているのが、景時の内心の『待ちきれなさ』の度合いを表していた。  
九郎はしげしげと手を眺め、目を白黒させている。  
「何って媚薬だよ。び、や、く。  
さっき弁慶のところから失敬してきて君に預けたよね。あれ、どうしたの?」  
鬼畜な事をさらりと言う景時に、九郎はこともなげに答えた。  
「ああ、あれなら俺の部屋に大事にしまってあるぞ」  
「駄目でしょ〜。ちゃんと持ってこなきゃ。望美ちゃんに使うために盗ったんだから。オレ、君にちゃんと言ったよね?」  
「すまん」  
九郎はしゅんとして素直に謝ると、小走りに部屋を出ていった。  
(な、何…。何が起こったの?)  
望美は状況をよく飲みこめない。混乱する頭を抱えて一生懸命考えてみる。  
二人がかりで下着を脱がされて、さあこれからという盛り上がってきたときに、景時が九郎に媚薬を催促し、それを部屋に置き忘れた九郎が持ちに戻った、と。  
つまりはこういう事だ。  
状況整理のようやくできた内心で望美はうなった。いくらなんでもマヌケすぎる。  
(なんだかなぁ…)  
必然的に九郎の帰りを景時と二人で待つハメになるが、実に気まずい空気だ。  
景時もそれは感じ取っているらしく、『あー、その、うーん』と沈黙に逆らってみるものの、それが余計にいたたまれない。  
「あ、あの、望美ちゃん。最近天気のいい日少ないよねー。太陽が出ないせいか涼しくなってきたし、すっかり秋ってかんじだよね」  
(こ…、ここで世間話するんだ…)  
望美は、ニーソックスのみをまとった下半身を抱え太腿の間から天気の話題をふる景時の神経を疑った。  
(グダグダ…。この人たち、グダグダだよ…)  
「…………ですね」  
だが望美は、望美の返事を待ってそわそわとする景時に、相変わらず下半身を抱えられながら結局はこう答えた。  
景時があからさまに安堵するのをみて、自分の流されやすさをつくづく実感して嘆息した。  
 
〜その3 媚薬編〜  
 
「望美ちゃんお待たせ」  
別に望美は待ってなどいなかったが、はずれ合コンもかくやと思わせるほどの気まずい空気はこれでどうにか終了した。  
とにもかくにも媚薬が到着した。見るからにあやしい小瓶に入っている。  
九郎は全力疾走で媚薬を取ってきたのか、息をきらしてその場に座り込んだ。  
そのままこ休むのかと思いきや、座ったまま器用に望美ににじり寄って、もとのように膝の上に望美の上半身を抱え上げた。  
「待たせたな望美。景時、はやく使うぞ」  
「うん分かったよ、任せちゃってよ。これってたぶん塗るんだよね」  
景時は瓶を傾け、指に媚薬をひとさし垂らした。蜜のようにとろりとした液体で、琥珀色をしている。  
もてあそぶように擦り合わせる景時の指先から、和合水にも似た粘度の高い音が聞こえてきて、望美は恥ずかしかった。  
「じゃあここに塗るよ」  
望美が返事をする間もなく、秘裂にぬるっとした感触がはしる。  
「ひっ、…あっ…」  
「しっかりと塗りこんでおかないとね」  
ニ指で肉芽をつまんでいじっていたかと思えば、秘唇の形をなぞって性器周辺を往復する。  
やがて膣の中にまで入り込み、入り口の柔壁の弾力を確かめるように指の腹で押す。  
息を荒くする望美の上気した顔と、水音をたてる局部とを交互に見ていた景時は、しっかりと塗りこむと指を抜き去った。  
詳しく考えたくない『何か』のしたたる指先を、景時が口元へやるのからどうしても目が離せなかった。なにか、とてつもなく卑猥なさまだった。  
それを舐める有機的な舌の動きを望美は見た。  
指と指の間にちらりと一瞬のぞいた舌は舐るようにうねって、奪ったものが液状であることを明確に望美に教えた。  
「甘いよ望美ちゃん」  
景時の言葉を聞いたとき、あまりに血が上って頭が痛くなった。  
味覚で犯されている。  
自分のそんな場所の味を知覚されてしまったら、もう何もかも、すべてを知られてしまったのと同じだ。  
「か…景時さん…」  
終わりだ。望美は絶望とも歓喜ともつかない吐息を漏らした。そして体をビクビクと疼かせつつ、景時の次の言葉か行動かのいずれかを待った。  
やがて景時は言った。  
「…って、ちょっと待って何これ!本当に甘っ!すごい甘いよ!」  
いちじるしく情緒の欠落した調子で、景時が素っ頓狂な声をあげた。  
「は?」  
望美は思わず素で返した。が、景時は聞いてはいなかった。もう一度確かめるように自分の指をペロリと舐める。  
さきほどと全く変わらぬ事をする景時だが、望美の目にその仕草はもうエロくもなんでもなく映った。  
が、いきなり望美の膝を割り、まさに『媚薬』を塗った局部に顔をうずめ、そこにもペロリと舌を這わせたのには驚いた。  
「うっ、ひゃん」  
いきなりの事で、素の声を出してしまい、望美は景時の反応が気になって赤い顔でチラチラと彼をのぞき見た。  
しかし、景時は望美のうわずった声には別段感化された様子もなく、それどころかあからさまに『やばい』という顔をしていた。  
「この味…ハチミツだよ。九郎、部屋から何持ってきたの?」  
景時の詰問をうけて九郎は『うーん』と腕組みをして唸っていたが、やおら思い至ったのかポンと手を打った。  
「思い出した。それは俺が先生に差し上げるつもりだったハチミツだ。弁慶のところから取ってきた瓶とよく似ていたので間違えた」  
「な、なにやってんのー!」  
景時は、あの大げさな驚き立ち絵そのものに全身で驚愕をあらわにした。  
「はははっ、許せ景時」  
爽やかに白い歯を見せて笑う九郎は、景時に襟首を掴まれガックンガックンとゆさぶられていてもやっぱり爽やかだった。  
おかげで望美の甘くうずいた情念は一気に冷めた。  
思わず九郎のひざに頬肘をつき、自分の前髪を吹き上げる望美は完全に拗ねていた。  
 
精製技術が発達していないためか、常温でも固まってしまうことが、この時代の蜂蜜にはよくあった。  
それにもかかわらず景時は焦りに焦って懐紙で望美の恥部をぬぐい、結果、蜂蜜の粘着力で望美の恥毛と懐紙がくっついた。  
どうにかはがそうと試みるも、懐紙は破れて大部分は恥毛に残る。それをさらにはがそうとすると今度は望美が痛がった。  
どうしようもなく収拾のつかない事態だった。  
「望美ちゃんごめんねー?」  
景時は、まるで望美の機嫌を取るように(頭ではなく)恥丘をグリグリと撫でた。  
望美はそのぞんざいな仕草にムッとして、意地で嬌声を喉の奥でかみ殺した。  
「すまん」  
事態の深刻さをようやく理解した九郎が、持ち前の素直さで望美に謝った。  
しかし、いくら謝られても、大事なところをカブトムシが寄ってきそうな状態にされた望美は、どうしても素直に許す気にはなれなかった。  
「もういいです。お湯をわかして自分で体を流すから。離してください、行かなきゃ」  
「そうは言うがな、望美。湯を使ったくらいではこれは落ちんぞ」  
「うんうん。もうほとんど固まっちゃってるからね。本当」  
誰のせいでこうなったんだ、と望美は言いたかった。  
その一方でしだいに無気力になっていった。誰もが黙りこくって、重苦しいこの雰囲気では無理もない。  
望美はリクライニング九郎に脱力してもたれかかった。  
九郎は憮然として目を閉じており、景時は落ち着きなく視線をさまよわせていた。  
停滞した空気をゆるがせたのは、やはりというべきか、景時だった。  
「剃ろうか」  
ビクッ!と望美が電流に打たれたように全身を痙攣させた。  
それは主語を欠いた言葉だったが、望美は天啓のようにすべてを瞬時に悟り、脱兎のごとく逃げ出した。  
が、景時の行動は素早かった。  
「大丈夫大丈夫。逃げることないじゃない」  
「離して!離してー!」  
もがく望美とそれを笑顔で押さえつける景時に首をかしげていた九郎だが、景時にどこからか取り出した剃刀を渡され、さらにきょとんとした顔になった。  
「景時、これは?」  
「もちろん、望美ちゃんのここを剃るんだよ」  
得意げに望美の陰部を指差し景時は言う。あまりにもあまりな言いように最初九郎は絶句して、次に真っ赤になった。  
「君はさ、木彫りとか得意で刃物の扱いもうまいじゃない。望美ちゃんを助けると思ってさ…剃ってあげてね」  
「しょ、承知した」  
「いやあああ!」  
神妙な顔で、しかし頬は紅潮させて九郎は力強く頷いた。  
当然、望美は暴れた。ウナギよろしく体を左右に振って、どうにか逃れようとする。  
「いや!絶対いや!剃ってもらうとか、それもお酒の入った人に剃ってもらうとか、どう考えても無理です!」  
『無理、無理だよぉ…』と、ついには泣き崩れてしまった。  
スンスンと鼻を鳴らす望美を、九郎と景時は憐憫といたわりの入りまじった顔で見下ろす。  
「望美ちゃん、九郎のこと信じてあげてくれないかな」  
かがみ込んだ景時は、望美が泣きやむまでその頭を撫で続けた。  
「だ、だって…」  
しゃくりあげる合間に恨みがましく望美が見上げると、九郎のまなざしとかち合った。  
「望美、正直言って俺も怖い。だがやらねばならん。耐えてくれるか?」  
怖いほどに真剣な眼差しをぶつけられ、一瞬望美は息も忘れた。  
が、少し下に視線をずらせば、衣服を押し上げる自己主張が目に飛び込んできて、望美は否応なしに現実に戻った。無論、言うまでもなく景時も同様である。  
 
〜その4 剃毛編〜  
 
九郎と景時は互いの位置を交代した。景時が望美の上半身を支え、九郎が脚の間に入り込む。  
彼等がポジションを代わるとき、ハイタッチしたのを見てげんなりした望美だった。  
「大丈夫だ。おまえはその、薄いからすぐ終わるだろう…たぶん」  
赤い顔で九郎が言う。実にあぶなっかしくそわそわと剃刀を所在なげにいじりながら。  
望美は観念して全身の力を抜いた。それを了解の意と取ったのか、九郎は『失礼するぞ』とわざわざ言い置いて望美の膝に両手をかけ、脚を開いていった。  
両脚の開く角度が大きくなるのに比例して、九郎の頬も色濃く染まる。  
九郎が自分の秘めた場所を間違いなく注視している、というまぎれもない事実から逃げたくて、望美は顔をそらした。  
しかし、顔を背けたら背けたで、『そこ』がムズムズする。九郎の吐息さえ感じ取れてしまいそうなくらい過敏になっていた。  
結局は耐え切れずに、膝と膝との間に真剣な面持ちの九郎の顔を見た。  
一方、九郎はどうやら苦心しているようだった。  
まず望美のなけなしに残った衣服が第一の障害だった。  
望美の一斤染めの裾をたくしあげるも、すぐにススッと垂れてしまい、望美の恥部を隠す。見るからに九郎の作業の邪魔をしていた。  
やがて九郎はこともなげに言った。  
「望美、袷が邪魔だ。脱いでくれ」  
「……っ!」  
望美は間髪入れずに九郎に厳しい一瞥をくれた。  
やけになって付け紐を解き、バッサリとひとおもいに衣を脱ぐ。  
遠山の金さんよろしく男気溢れる脱ぎ方だったので、景時と九郎からぶちぶちと文句を言われた。  
「望美ちゃん怖いよー。そんな脱ぎ方ないじゃない」  
「何も睨むことはないだろう」  
(この人たちは…!)  
ところが、プルプルと望美が怒りに震えると、ついでにブラの中の白い乳房もプルプルと弾んだ。  
男達はハッとしてそこに注目した。途端に望美は弱くなり、ハーフカップのブラを両手で覆った。  
「そうそう。そうやって恥ずかしがってくれた方がかわいいもんね」  
望美はもう余計な事は何も言うまいと真一文字に口を引き結んだ。  
身をもう一度景時に預けると、首筋のあたりに熱を持った硬いものが当たった。  
袷を着ていた当初から感じていたものだが、布が一枚なくなっただけで、やけに熱く感じてより意識してしまう。  
(景時さんの、だよね…)  
その熱に肌を温められるのを避けようと、身の置き所に不自由してもじもじと上半身をよじっていた。すると、九郎に注意された。  
「危ないから絶対に動くな」  
有無を言わせぬ明瞭な声は、戦のときの下知のようだった。  
我知らず望美は九郎の言葉を優先して姿勢を正した。何か捕まるものが欲しくて、景時の羽織に両手でつかまる。  
そのままで下半身は九郎が取り組みやすいように膝を曲げて開脚した。いわゆるM字だ。  
しかも景時の羽織を両手で掴んでもいるので、両手両足あわせて早い話が麻雀牌の八索のようなものだった。  
「全部ではなく、蜜に絡まった部分だけを剃り落とす。傷ひとつ負わせん。約束する」  
慎重に慎重をかさねた手つきで、まず最初の剃刀が当てられた。  
高燈台の油のジジ…という燃えむらの音すら聞こえる静寂。  
望美が聞くに耐えない音が、しっかりと自分の女の部分から響いてくる。  
九郎の手つきは信じがたいほど優しく、望美は皮膚のひきつれるわずかな痛みすらも感じない。  
下肢に置かれた九郎の指が、そっと移動する。  
「はっ…、ん…」  
冷たい刃物にぬくみを忘れていたが熱い指の愛撫で呼び覚まされる。  
見ると、九郎は額に汗を浮かべていた。  
ひとつ剃るごとに、息を大きく吐いている。懸命さが指先から伝わってきた。  
指先が望美の丸い肌を押し広げ、そこを薄刃が通りやすくする。  
集中する九郎を見て、望美はほんのりと頬を染めた。  
ピリッとした甘い刺激に身を震わせたいのに、それは絶対に許されない。  
せいぜい、足指をギュッと折り込み、ソックスの布地に皺を作るだけだ。  
 
九郎が息を吐いて集中しなおすわずかの合間に、望美はたまらなくなって景時の常盤色の羽織を手繰り寄せた。  
辛夷の花のあたりを噛んで、必死に快楽をやり過ごす。  
唾液がじわりじわりと染み込んだが、景時は何も言わずに望美の頭を撫でた。  
「大丈夫か?」  
九郎が気付いて声をかけた。望美は口から羽織を離さないままコクコクと何度も頷いた。  
恥ずかしさと安心感で胸がいっぱいになる。安心してしまう自分をおかしいと、望美は思った。  
「ふっ…ぅん…」  
ひときわ大きな刺激を与えられて、望美は鼻筋にかけて抜けるような息を漏らしてやり過ごした。  
耐え切った。そう思っていた。  
「あっ…、望美、いま…」  
ところが、九郎が手を止め顔を赤くして望美を見詰めた。言おうか言うまいか迷っているように、息を吸い込んでは口を開きかけてを繰り返していた。  
そのうち、のしかかるように望美に覆いかぶさり、その耳元で九郎は囁いた。  
「…いま、息をするみたいに開いたり閉じたりしたぞ。つらいのか?」  
それは、はばかった九郎が彼なりに気をつかった行為だったのかもしれない。  
だが、耳腔に差し込まれる息と囁かれた言葉の内容に望美は気が遠くなりかけた。  
九郎が言っているのは下の口の事だ。それも、低い艶のある吐息まじりに耳元で囁かれるとクラクラする。  
「つ、つらくない…っ、耳元で喋るの、やめてください…」  
泣きそうな顔で反発するので望美は精一杯だった。  
「そ、そうか。すまん」  
九郎は純粋に謝って、再びもとの位置に戻る。  
(…何考えてるの、九郎さんは)  
まだ耳が熱い。  
動揺した望美は九郎の指をそれまでとは比較にならないほど過敏に感じた。もうむき出しの神経を撫でられているようなものだった。  
(だめ…意識しちゃって…)  
秘所がうずいたのが自分でも分かる。  
「まただ望美。何故こうも…」  
『耳元で囁くな』と言われた九郎が、声を低くはしたものの、ひそめはせずに言った。  
望美はただ狂おしく頭を左右にふる。  
景時が何も言わないのがかえって『聞いている』のだという気がした。  
だが、ありあまる快楽をどうすることもできない事の方が今の望美にとっては過酷だった。  
「ヒクつかせるなと言っている。危ないだろう」  
「…う、うるっ…さいです、…っ、あんっ、黙って…よ、くぅっ…」  
もはや羽織をつかむ握力すらもなく、望美は自分の指を噛んで耐え忍んでいた。  
やがて、九郎はついに剃刀を置いた。望美にとっては永劫とも思える時間の果てに。  
 
(終わった…)  
望美は呆然としつつ全身を弛緩させた。手足をぐったりと投げ出す。  
不自由を強いていた体に、こごっていた血が再び流れ出すような感覚があり、少しずつ動かせるようになってきた。  
まだぼんやりとした視界に、懐から何かを取り出す九郎が映った。  
たったいま処置を完了したばかりの望美の局部を、取り出したものでぬぐう。  
懐紙ではなく、より柔らかい肌触りの布だった。絹だろうか。  
それが望美の肉芽を包み込んで擦る。無造作であればまだ良かった。よりにもよって、手つきはこの上なく優しかった。  
望美は気の抜け切った体に瞬時に危惧を覚えた。もう一度身を硬くしようとしたが、緊張は取り戻せなかった。  
指の腹が芯をこすって、ひきつれさせる。九郎の手による形状の変化に、望美の神経がついていけない。  
九郎はそこで何を思ったか、今までやんわりと包んでいた場所を、指先でグッと押した。  
「ひっ、あああっ」  
望美はたまらずに盛大な矯正をあげた。  
真っ白にはならないものの、目の前が軽くかすんだ。間違えようもない快感が脊椎をかけあがった。  
(嘘…軽くイッちゃった…)  
余韻に腰を小さく震わせて呼吸を乱していると、九郎に抱き寄せられた。  
「望美…」  
「んっ…」  
「おまえ、気をやったのか?」  
九郎はやはり酒の匂いがしたが、抱擁は温かかった。  
衿のひとつも乱していない九郎の腕の中で、かたや裸に近い望美は、言葉でも丸裸にされた。  
うつむいて返事をしないでいると、九郎はひときわ強く抱いたあと、望美の体を横たえた。  
そして、再度剃刀を手に取った。  
「あっ…、ひっ…ひどいです。そこ…そこはなんともない所なのに…!」  
「その、な…。何やらこっち(左)を剃ったら逆の方(右)の角度が気になってな。このままだと形が整わん」  
(ええっ、いまさら…やっぱりこの人酔っ払ってる…)  
九郎は、望美のなけなしに残った陰毛を、潔癖に左右対称に整えようとした。  
 
そして数分後――、  
「すまん。形を整えようとしていたら全部なくなった」  
「九郎、これはかわいそうだよ〜」  
ムスッとした顔の望美が三角座りで膝をかかえていた。九郎はいそいそと望美の恥部をあの布でもう一度ぬぐった。  
しかし、望美は『あー、心底帰りたい』といわんばかりに九郎を無表情に眺めるだけで無反応だった。  
「分からん…、さっきは何故出来た?」  
ぼそぼそと独りごちる九郎は、女体の神秘を目の当たりにして戸惑った。  
望美にくるりと背を向け、人差し指の先を、さっき望美が達したときのように動かして、テクニックを覚えようとしている九郎だった。  
 
〜その5 緊縛、自慰編〜  
 
「よし、じゃあ次は」  
(まだあるの?)  
望美はげっそりした顔を隠しもしない。これから景時が言う事は、ろくでもない事だと想像に難くない。  
「そんな顔しないで。あ、オレ望美ちゃんの弱点分かっちゃったよ」  
「ああそうですか」  
適当にあしらう望美にも気を悪くした様子もなく、景時は意気揚々と九郎に手を差し出した。  
「九郎」  
「何だ?」  
「何って紐だよ。ひ、も。  
さっき、たまたま使いやすそうな紐を濡れ縁で拾ったの、君に預けたよね。あれ、どうしたの?」  
「ああ、あれなら俺の部屋に大事にしまってあるぞ」  
「駄目でしょ〜。ちゃんと持ってこなきゃ。望美ちゃんに使おうと思って拾ったんだから。オレ、君にちゃんと言ったよね?」  
「すまん」  
既視感を覚えた望美だが、それについては努めて考えないようにした。  
歩きにくそうな九郎が部屋を出ていったあと、ふと、景時が何か紙に筆を走らせているのに望美は気付いた。  
望美はこの世界の読み書きは出来ないが、景時のそれはメモがわりのようなものだと察しがついた。  
そっとのぞき見ると、何故か『正』の字が軽く10個以上は書かれているのが見えた。  
そこに新たなニ角を書き加えて、景時は自分の胃のあたりを押さえた。  
望美は知るよしもなかったが、その紙には『鎌倉殿への定時報告 九郎義経の今月の忘れ物』(意訳)と書かれていた。  
「あー、その…望美ちゃん。二人っきりだね」  
景時はそれらを懐にしまうと、いたたまれない顔で望美を振り返った。  
またか、と望美は正直答える気力もなかった。  
返事がないので、景時はやがて所在なげに、そのへんに脱ぎ捨ててあった望美の袷、帯、下着を手に取った。  
(また…、たたむんだ…)  
景時の背中から哀愁が漂ってきたが、望美は眼前でシャットアウトした。  
 
景時がしんみりとマゼンタボーダーのパンツを縫い目にそってたたみ終える頃、九郎が戻ってきた。  
九郎が持ってきたのは、緑色っぽい紐だった。  
「これで何するんですか?」  
「やだなー、もう望美ちゃんてば。分かってるんでしょ?」  
「いや、知りませ…」  
「九郎、そっち押さえててね」  
悲しげに望美のハーフカップブラをたたみたそうにこっちを見ていた先程とはうってかわって、きびきびと九郎に指示をする。  
「えっ、ちょっと…わっ!」  
望美の意思は徹底的に無視され、下半身に特殊な縛り方を施された。  
「よしっ、できた」  
景時は仕上げに望美のヘソの下あたりでかた結びをすると、一仕事終えてキラリと光る額の汗を『ふう』とぬぐう。  
「器用だな景時」  
「まかせちゃってよ」  
和気藹々とする景時と九郎をよそに、望美は茫然自失としていた。  
(う、うわー…何これ)  
まさしく何これ、だった。  
望美の下肢は紐で縛られていたが、とにかく異様なありさまだった。  
腰をぐるりと紐が渡り、秘裂にかけての割れ目に分け入って、臀丘の終わるあたりで腰の紐と結ばれる。  
しかもところどころに、こぶが見受けられた。  
硬い結び目が二つ作られたその間に、ちいさな輪が出来ている。それに望美の女芯がすっぽりとはまる。  
望美の芯の今の状態は、ポールペンの先端を拡大して見たような、カシメに埋まった玉みたいなものだった。  
それは絶妙の位置にあり、望美がわずかでもみじろぎするたびに甘い痺れが走った。  
立っていられず、そろそろと座り込む。男たちには気付かれない。  
紐が付け根を刺激する。結び目の玉がこすれて薄皮がめくれかかる。  
(気持ちいい…)  
床に押し付けて紐をわずかにずらすだけで、とろけるような快感を得られた。  
 
もぞもぞと、やってはならない遊びをついしてしまう望美に二人が気付く。  
「おまえまさか…一人でこすり付けて悦んでいるのか?」  
九郎はストレートに言った。根が正直なので包み隠すことを知らない。  
「ち、ちがいます」  
「違わないよ。だって腰が動いてるよ」  
景時が指摘するとおり、ゆるゆるとした緩慢な摩擦ながらも止まらなくなってしまっている。  
揶揄を込めた目で見るでもなく、九郎と景時はかがんで望美を覗き込んだ。  
「もっと見せてくれ。おまえの手を使ってもいいぞ」  
九郎は探究心も包み隠さなかった。  
「ほら、こうすると…どうだ?」  
「あんっ…!」  
望美の手を取り、震える指先を今やぷっくりとふくらんだ陰核に導く。  
手に手を重ね、望美の指の上からいやらしい粒を押し込んだ。  
「ふっ、ああっ…、気持ちいいよぉ…」  
九郎が自分の手を退かせても、望美はそこをいじり続ける。  
とろんとした惚けた表情で無心に自慰にふける望美の顔は、狂態と媚態の間を行きつ戻りつしており、とろけきっていた。  
上下の結びこぶを互いに近づけてせばめると、女芯から電流のような快感が生じ、ビクンと体が震えた。  
そしてその震えさえ、紐が肌に食い込むための動きになり得てしまい、望美を追い詰める。  
紐は、宝石に爪をたてる指輪の留め金のようにしっかりと女芯をくわえ込んでいる。  
陰核という玉石をいただいた秘肉の装身具をみだらにいじり続ける望美の乱舞を、景時と九郎は瞬きも忘れて見ていた。  
「いやっ、いやっ…あっ、いいっ…!」  
熱にうかされたように望美は繰り返す。  
「『嫌』なのに『良い』とは面妖な」  
痴態から目を離さずに九郎はつぶやいた。喉に固唾を下す音が合間に聞こえた。  
「望美ちゃんは、ここが弱いんだよ」  
「弱点、とはその事か」  
景時は答えなかった。  
一人遊びが激しくなるにつれ姿勢が大胆になっていった望美が、とうとう体を横たえたからだ。  
自分を慰める事しか念頭にない危なっかしい望美の体を支えて、その足を開いてやる。  
うっすらと染まった太腿が割れると、くちゃっ、という蜜の音源があらわになった。  
食い入るように見詰める男二人を、望美はかすみのかかった頭で認識していた。  
いかに快楽の只中にあっても、見られている自覚はある。羞恥もある。けれど、貪欲な探求がそれをはるかに上回っていた。  
(見られてる。見られてるのに…)  
もう元の自分には戻れない気がした。  
 
突然、恍惚としていた望美の顔が、今にも泣きそうな怒りに彩られた。  
指先が秘芯を通り越したその奥。媚肉の裂け目にたどり着こうとしたまさにそのとき、景時がその手を掴んで制止させたのだ。  
「望美ちゃん、そっちはいじっちゃダメ」  
「いやっ…やめたくない、イキたい…」  
底意地が悪い。しかし景時の細めた目に性愛はあってもゆがんだものは見当たらない。  
阻む理由など知る由もないが、この火照りきった体はつらい。望美の頭の中は『もっと』でいっぱいだ。  
望美は逆らう。景時の手を振りほどこうとするが動かない。  
血潮の沸いたまなじりに溜まった涙も、こころなしか桃色に見える。その涙目で望美は景時を睨んだ。  
「ちゃんと謝って?だって悪い事をしたんだから。それさえしてくれたら、オレ達、君を許してあげるよ」  
もどかしさに気の狂いそうな望美は身も世もなく陥落した。  
「ご、ごめんなさい…!景時さん、ごめんなさいっ…」  
離してください、と目でうながす。けれど景時はまだ手を握ったままだ。  
「俺には無しか?」  
九郎に言われたとき、目の前に道が開けた望美は歓喜にうち震えた。これでもう大丈夫だ、あと少しで…。  
「九郎さん、ごめんなさい、許してください」  
涙をぽろぽろと流してふりあおぐと、九郎は微笑していた。  
望みどおり自らを追い求める手を開放してもらうと、望美は待ちかねたように行為を再開し、蜜の源泉に指を入れた。  
「あっ…あっ、あっ」  
だが、指をうずめて、蜜口からたっぷりと甘い刺激を吸い上げてみて思う。  
(もっとたくさん…)  
望美は、いまや自分の左右の足をそれぞれ持って広げる九郎と景時に乞うべく、彼等を見上げる。  
「ごめんなさい…二度としません、だから…お願いだから、もう…」  
「もう?」  
「続けてみろ」  
これから望美が言うものを自分達が持っていることを知っている、そういう顔を二人はしていた。  
望美は最後の一線を越えて懇願した。  
「こ、ここに下さい、おねがいだから下さい…!じゃないとダメになっちゃう…」  
そうしろと言われたわけでもないのに、陰裂を指で広げ、その奥に息づくあさましい女の性そのものをさらけ出した。  
男二人は、望美の願いをかなえるべく、着ているものを脱ぎだした。  
「淫乱な」  
「でも正直でいいね」  
望美を見据えたまま剥くようにして脱衣する九郎と景時は、ともすれば先を争っているようにも見えた。  
待ち焦がれた様子で荒く息をつく望美は、それだけ彼等をかきたてた、という事になるだろう。  
「お願いです、お願い…」  
うわごとのように熱っぽく乞う望美の前に、逞しい屹立が露わになる。  
それを今から他ならぬこの自分の体で受け入れるのか、と思うと望美は恐れと悦びで気がふれてしまいそうだった。  
「き、きてください」  
望美は両脚を投げ出し、湯気が出るのではないかというほどに濡れそぼった秘所を、九郎と景時にささげた。  
 
「う、嘘…」  
 
何が起こったのかまったく分からなかった。  
熱い蜜壷に待ち望んでいたものをもらえると思っていたら、次の瞬間には景時と九郎は床に突っ伏していた。  
広げたまま望美が待つこと数秒。ピクリとも彼等は動かない。  
「…………寝てる」  
ゆさゆさと揺さぶってみて、ようやく分かった。  
これは酔いつぶれているのだろうか。いざ挿入、という瞬間に源氏の総大将と軍奉行が、寝た。  
(ちょっともう、源氏の武士が聞いて呆れるよっ!起きてよ!起きてください!)  
望美は準備の整いきった体をもてあまし、泣きたい思いで二人を揺すりつづけた。  
しかし、全裸の景時と九郎は起きなかった。  
しまいには、ばしばしと容赦なく男達の背をたたいてみるも、やはり起きない。  
望美は深い深いため息をつくと、きちんと折りたたんであった自分の衣服を身に付け始めた。  
「もう知らない」  
だが、まずパンツを履こうとして、自らの下半身の惨状を思い出した。  
紐は、結び目が分からないほど硬かった。必死に望美が爪をたててみてもかなわない。これでは解くのは無理だ。  
仕方なしに、パンツをスカートのポケットにねじ込み、紐をそのままにして服を着た。  
火照りのおさまらない体を、無理矢理服に押し込む。  
白いスカートの下は、じかに望美の尻だ。服の繊維が擦れるだけで、体がじんじんとうずいた。  
ここは望美の居室ではあるが、全裸の男二人と意味なく夜を明かすつもりは毛頭ない。  
朔のところに泊めてもらうことにして、望美は部屋を後にした。  
襖を開けると、夜気が気持ちよかった。先程までのマヌケな狂宴が嘘のようだ。  
足を十数歩すすめて、ふと思い立って望美は部屋に戻った。  
相変わらず景時と九郎は全裸で寝ていたが、望美はそっと寄り添って彼等の衣服をかぶせてやった。  
 
〜その6 真打ち登場編〜  
 
そういえば、九郎は剃刀を持っていたはずだと朔の部屋までの半ばあたりで望美は思い出した。  
それでこのいまわしい緊縛を断ち切ればよかったのだと望美が後悔したとき、思いもかけない人物から声をかけられた。  
「こんばんは、望美さん」  
もう少しで『ぎゃああああ』とネオロマヒロインらしからぬ叫びを発するところだった。  
弁慶だった。そのへんの物陰から急に眼前に立ちふさがるという予想だにしなかった出現に、望美は腰を抜かしかけた。  
今夜の彼はいつもの黒い法衣をまとわず、何故か薄茶色の長い髪を結わえずに下ろしている。  
動揺する望美が、先程までの二人との行為と、火照った体と、下肢にまとわりついたものの全部を気にしてスカートを両手で押さえる。  
望美の内心の焦燥を知ってか知らずか、弁慶はにっこりと微笑みかけた。  
「僕の髪紐、見ませんでした?」  
「えっ、髪紐…ですか?」  
「ええ、そうです。探しているんですが見つからなくて」  
弁慶は宝玉の埋まった手を困り果てた様子で額に当てた。  
何故弁慶が唐突にそんな事を言うのかは分からなかったが、弁慶が髪を下ろしている理由は分かった。  
望美は、弁慶の色素の薄い髪を束ねるいつもの髪紐を思い浮かべる。  
あの緑色っぽい…  
(緑色……っぽい………?)  
「どうしでもアレでないといけない、という訳ではないのですが。ただ、愛用しています」  
望美も今まさに愛用していた。  
背筋を垂直に流れるものを感じながら、弁慶の髪紐で緊縛された太腿をどうにか動かそうとする望美だった。  
「あはは…、そ、そうですかー。……じゃあこれで!」  
「待ってください」  
非の打ち所のないロケットスタートをきった望美の首ねっこを、あっさりと弁慶が掴む。  
「君のその白い衣から出ている紐のようなもの、これは何です?」  
真っ青になって望美はスカートを押さえた。だが、スカートの裾からは実際には何も出ていなかった。  
鎌をかけられたのだと気付いたときには、弁慶は望美のスカートに手をかけていた。  
「望美さん、失礼しますよ」  
「あっ!」  
ふわりとめくりあげられて、見られた。下肢を、それも弁慶自身の髪紐でいやらしい姿と成り果ててしまった下肢を。  
「おやおや…」  
どこか感慨深げに呟かれ、望美は気を失いそうな羞恥に駆られた。  
弁慶の背は望美より頭一つ分は高いが、かがんでいるために顔が望美の眼前にある。  
その目がじっとあますところなく望美の下半身のありさまを眺めたあと、ふっと笑みの形にゆがめられた。  
「あっ、ち…違うんですこれは」  
スカートの裾をなんとか下ろそうとするものの、弁慶がその手を掴んで離さない。  
「何が違うのかな。人の髪を結ぶものを、こんないけない使い方をして…。淫乱な神子殿ですね」  
体が燃えあがるほど恥ずかしかった。こんなふうに結んだのは景時で、この紐を拾ってきたのは九郎だ。  
しかし、このように緊縛され、恥も外聞も投げうって全身全霊で感じてしまったのは、紛れもない自分自身なのだ。  
「行きましょうか、望美さん」  
呆然としていた望美は『どこへ』と聞く気力もなかった。  
命じている言葉ではない、誘う言葉だ。だが、命じられている。弁慶の声には、望美の薄弱な意思など蹂躙する強さがあった。  
 
「さて、望美さん」  
明らかにこれから何かを始める前置きの言葉に望美は身を震わせた。  
弁慶に連れて来られたのは人が出入りしている気配の全くない離れ屋だった。  
望美がうつむくのが気に入らないのか、弁慶はほっそりとしたおとがいに指を添えて強引に上向かせた。  
一瞬、望美の潤んだ瞳と弁慶の視線が絡んだが、弁慶が何を考えているか、そこからは読み取れなかった。  
冷たい面差しが迫り、噛み千切られるようなキスをされる。柔らかい弁慶の髪が頬にかかった。  
弁慶は邪険そうに自らの髪を肩から後ろへやり、こともなげにふところから紐を取り出すとそれでひとつにくくった。  
そして何事もなかったかのように再度望美に顔をうずめた。  
(ス…、スペア!この人あっさりスペア持ってた!紐探す意味ない!)  
かみしめた唇など意味もなく、望美は舌の根元まで舐られた。  
入り混じる互いの唾液に溺れてしまいそうな口付けのあと、弁慶は熱い息で囁いた。  
「これ、取ってあげましょうか?」  
そっと下肢の紐を押さえられ、望美は一も二もなく頷いた。  
弁慶は望美の肩に額を預け、下を見ながら手を伸ばした。望美はようやく開放されると思い、体から力を抜いた。  
「ひっ!」  
その瞬間、紐を強く引っ張られた。明らかに紐を解くための動きではない。  
無造作に肉芽に連結する紐を牽引され、望美は鋭い叫びをあげた。  
痛かったのではない、感じすぎたのだ。  
悲鳴は仰け反らせた喉の奥で潰れていつまで経っても出てこなかった。  
「い…ぁっ…!」  
ただ、壊れた笛のように、喘いだ唇から息が漏れた。  
「取れませんね。こんなに強く引っ張っているというのに」  
弁慶はグイグイと乱暴に牽曳した。  
望美は過剰な快楽に声も出せなかった。それどころか息もできない。肺が使いものにならない。口が空気を求めて力なく開閉した。  
その唇を、弁慶が再びふさぐ。望美の体の中に残ったわずかな酸素さえ奪い取ろうとするかのように、むさぼった。  
息苦しさと、神経の糸を痛いほどつま弾かれる刺激。  
不思議なことに、時間が経つにつれ望美はこの窮屈な快楽に追いすがるようになっていった。  
頭がぼーっとして、体がふわふわとする。望美は今までにない絶頂を覚えた。  
唇を弁慶とあわせたまま、何かを叫んだ気がした。  
気付くと床に倒れていた。あれだけの叫びをできる息をまだ自分が持っていたことに驚いた。  
崩れ落ちている望美を、弁慶の冷たい目が射すくめる。望美はチリチリと痛い眼球だけを動かして弁慶をにらんだ。  
「あっ、あぁ…ひどい…あなたっていう人は…」  
「ひどい?」  
心外だというように弁慶はスッと目を細めた。  
「男二人にもてあそばれてよがり狂っていた君の方が、よほどひどいとは思いませんか?」  
弁慶の勝手な言い分に望美の目の前が真っ暗になった。  
むごい言葉を叩きつけられたからではない。  
まさかとは思っていたが、やはりそうだった。  
先程、弁慶がいとも簡単にこの緊縛を見つけたとき、そして鎌をかけたとき、漠然と感じていたが、はっきり『見た』と言われるとつらい。  
「見ていたんですね」  
望美が負の感情を露わにするのに対し、弁慶の顔に慈愛の笑みが宿っていった。しかし、それが本当に笑っているとは望美には到底思えない。  
「ええ、だから知っています。君はここが弱いという事も」  
「あっ…!」  
休ませはしない、とでもいうように、横たわって息を整える望美の肉芽を爪の先ではじいた。  
「景時と九郎はいい玩具をしつらえてくれたものです。まるで鈴ですね」  
「す、鈴…?」  
弁慶が何を言っているのか理解できなかった。甘そうな唾液がこぼれんばかりの口で反芻するのを、弁慶は冷ややかに見ていた。  
冷艶なその顔のままで熱い肉芽を摘む。ゆっくりと優しく、しかし容赦なくひねられるのを望美は感じた。シリンダに差し込んだ鍵を回すのに似ていた。  
「あっ、あああっ!」  
「ころがすだけで可愛らしく鳴いてくれるなんてまるで鈴のようだと、僕は言っているんです」  
焼け付くような衝撃は、まぎれもない快感だった。体を痙攣させながら、自分を見下ろす弁慶の目が恐ろしかった。  
 
今度は何をされるのか。望美は弁慶から逃れるように床を這った。だが、いつまでたっても彼の次の動作はなかった。  
疑問に感じて、閉ざしていた瞳をそっと開けた。  
「君がいけないんです。興奮のあまり君の事を思いやれない」  
立ち尽くして言い訳じみた言葉を口にする男がぼんやりと見えた。  
「ひどい事をして、…すみません」  
弁慶はその場に膝をついて目線を望美の高さに合わせた。  
今まで冷たかった弁慶が何故急にそんな事を言い始めたのか、望美には分からなかった。  
ただ随分と長い間、弁慶はそうしていた。  
(自信なさそうな顔…、弁慶さんらしくない)  
「このいましめから解き放てば、許してくれますか…?」  
腰に触れられて、望美は恐れのあまりに身をよじった。  
「望美さん…」  
弁慶は傷ついたような顔で望美を見詰めていたが、やがておとなしい手つきで紐を解き始めた。ことさらゆっくりなのは望美を怯えさせないためだろうか。  
「もう何もしませんから」  
すがるような目で見られて、望美は困惑した。  
「…大丈夫です。私の事なら」  
さまざまな意味を込めて望美はようよう答えた。  
望美の返事があった事にほっとした様子で、弁慶は望美の腰の最後の結び目を解いた。  
あれほど望美が爪を立てようが指一本分も緩まなかった緊縛がとける。  
すかさず床に手をついて立ち上がろうとした望美に、それまで弁慶が覆いかぶさった。  
「やだ…何もしないって言ったのに、弁慶さん…」  
「ごめんなさい望美さん。ですが、やはり無理のようです…」  
そんな苦しそうな顔で言うのは卑怯だ、と望美は思った。どうしていいか分からなくなる。  
拒否をためらう望美の一瞬の迷いを敏感に察知したように、弁慶は手早く前をくつろげると熱い塊を押し当てた。  
息を飲む望美が体をこわばらせるその前に、そのまま挿し貫いた。  
「あああっ!!」  
気遣っているにも関わらず乱暴に我を押し通す弁慶のことが分からなくて、望美は途方にくれた。  
「ひっ、ううっ…あん…あっ」  
心はまったく受け入れが整っていなかったが、体は力強い抽送に順応しはじめた。  
もともと長時間焦らされていただけに、そこは熟れに熟れきっていた。  
望美の女は潤いが更に増して、やわらかく強く弁慶を包み込んだ。  
力強い弁慶の動きを受け入れる場所から、ひと打ちごとにゾクゾクとした痺れが背骨を伝ってくる。  
逞しい雄が退くとき、決して離すまいとするように自分の中が追いすがるのが分かった。  
望美の体内は、ありあまる快楽をおさめておくには狭すぎた。  
出来もしない息で無声の叫びをあげ、四肢を千切れんばかりに突っ張って、耐えるしかなかった。  
それに気付いた弁慶が、繋がったまま一端動きを止めた。  
小さく縮こまって震えている望美を抱き起こす。片手で頭の下に手を入れ、別の手で頬を撫でた。  
 
「望美さん、大丈夫ですか?」  
「大丈夫…じゃないっ、に決まって…」  
まなじりをつり上げて望美が気丈にものを言うのを見て、弁慶は困ったように微笑んだ。  
「手加減ができずに…すみません」  
やがて弁慶は望美の髪や上半身を愛撫して、望美の呼吸が整うのを待った。  
それから、再び腰を進めた。  
自分だけが勝手に動いて望美を取り残していた先程とは違い、段階を追って、徐々に望美を開いていった。おそらくはこれがいつもの彼の技巧なのだろう。  
「あっ、あっ…ふ…っ」  
望美が、女特有の柔い筋肉をときに緊張させ、ときに弛緩させて必死に享受していると、弁慶が趣向を変える。  
「望美さん、これはどうです?」  
挿入したまま円をえがく要領で動かされると、今までとは違った摩擦が、これもとろけるような快感をもたらした。  
ときおり膨らんだ女芯に弁慶の肌が当たって、それも肉欲を満たす。  
望美は息を弾ませながら何度も頷いて、それでは飽き足らずに自分からもゆるゆると腰を使う。  
それを見た弁慶が、いまさら頬を染めて、はじめての心からの微笑を望美に見せた。  
(う、嬉しそうな顔するな…この人…)  
思わず向けられた望美の方が照れてしまう。  
行為は続き、絶頂に追い込む動きの中で弁慶は睦言を呟いた。  
「ねぇ望美さん、とうとう口に出しては言って貰えませんでしたね。九郎と景時には言っていたのに」  
荒く息をつきながら熱っぽく望美を見つめる。  
「今からでも言ってはくれませんか。僕が欲しいのだと、そう一言」  
望美はすでに聞こえている様子がなかった。  
無意識のうちに、両脚で弁慶の腰を挟んで固定し離れないようにする。  
「く…ッ、望美さん…っ」  
それが弁慶にとっては何よりの返事となった。望美をきつく抱き締め二人で果てる。  
はやく来いと思うと同時に終わって欲しくないと惜しむ瞬間が去る。  
ちいさく震えている肢体から退くと、弁慶は無体を強いた望美の体のあちこちを撫でた。  
細い肩を撫で、二の腕の付け根に口付けて幾つもあとを残した。  
「彼等を吹き矢で眠らせた甲斐があったというものです」  
望美が起きていたならば、  
「景時と九郎の頭をちゃんと見ましたか?即効性の痺れ薬を塗った針が刺さっていたと思うのですが」  
そう確かめてみたかった。  
 
〜その7 翌朝編〜  
 
(なんか…すっごくいやだ…)  
恥ずかしいところに違和感がある。陰毛を残らずそり落とすと、こんなふうになるのか、と望美は生まれて初めて体感した。  
「あ、あの…望美ちゃんごめんね」  
「すまない。この通りだ」  
望美の目の前には、かさぶたが額に出来そうな勢いで床にこすり付けて謝り倒す景時と九郎が座っていた。  
全裸で寝ていた彼等は風邪をひいて、しかも二日酔いだった。  
「私も悪かったですし、別にいいです」  
(そんな事いいよ。いいから、はやくあっち行ってよ…)  
ムスッとしているのに即座に許す望美を見て二人は慌てた。  
自分達は適当にあしらわれているのではと危惧した。どうでもいいと思われるのが一番つらい。  
一方、望美はそれどころではなかった。一刻もはやく、  
 
パンツを脱ぎたい。  
 
敏感になった股間に布がこすれて妙な気分になる。このうえはパンツを脱ぐしかなかった。  
望美がむっつりと口数少なく景時と九郎に相対しているのはそのためだった。  
「あーもう!我慢できない!出てって!いますぐ出てって!」  
ムズムズに耐え切れずに望美はすっくと立ち上がり、襖まで歩くとガラリと開け放った。そのまま男達に退室をうながす。  
「や、やっぱり怒ってるじゃないか」  
「そりゃ怒るよね、ごめん、ごめんね」  
望美が膝頭を擦り合わせるのに二人が気付く様子もない。  
「望美ちゃん捨てないでオレのこと」  
「責任は取るぞ」  
聞く耳持たず、出て行かないならこっちから出て行く、とばかりに望美は部屋を飛び出した。  
 
手ごろな無人の部屋を探して、濡れ縁をずかずかと踏みつけながら歩く。  
「望美さん、おはようございます。ゆうべは…」  
望美はその声を聞いた瞬間、すみやかに最寄りの部屋に入って防火シャッターのごとく御簾を下ろした。  
それだけでは飽き足らず、文机や厨子や几帳など、そのへんにあった一切合財をかき集めて御簾の間際にバリケードを築く。  
「そんなに怯えないで」  
御簾の向こうから弁慶の淋しそうな声が聞こえた。  
騙されるか、とばかりに望美は背を向けて座り込んだ。  
「これ、僕特製の軟膏です。気になる所に塗っておいてください」  
しかし、興味をかきたてる言葉に望美はたやすく食いついた。  
バリケードはそのままに、頭だけを御簾の隙間から出して弁慶をうかがう。  
生首が宙に浮いているような望美のありさまにも動じたふうもなく、弁慶は手にもったものを差し出した。  
「気になるところってどこですか?」  
と、ついつい身を乗り出して望美が聞けば、  
「ですから…」  
弁慶の視線がゆっくりと下がり、望美の大事なところでピタリと制止した。そのまま微笑して見詰める。  
ピシャッ!と音をたてて望美は御簾をふさいだ。  
「望美さん、お願いですから…、薬をあげますから僕にもう一度顔を見せてください」  
「いいからそいつを置いてとっとと失せな」  
と、ドル袋を前にした西部劇の悪役のように言い捨ててみたい望美だったが、グッと我慢する。  
彼等とこういう関係になってしまった以上、もう源氏にはいられないかもしれない。  
と思う反面、距離がずっと縮まったような気もする。  
不思議な気持ちをもてあまして望美は嘆息した。  
 
その頃――、  
 
「これは…蜂蜜?」  
特殊能力で九郎の部屋に訪れたリズヴァーンは、少々あやしげな小瓶を発見した。  
 
おわり  
 

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル