毎日、中つ国の王としての仕事に追われる千尋を橿原宮から連れ出したのは正解だったかもしれない。  
彼は目の前を歩く千尋の明るい笑顔に心の中に蟠っていた澱みが晴れていくのを感じた。  
供も連れずに外へ行くなど、と狭井君が苦い顔をしていたが、護衛として布都彦がついていくというのを条件に何とか納得させた。  
勿論、彼一人ではどうにもならず、丁度一緒に居た風早と忍人が口添えをしてくれたおかげなのだが。  
「布都彦、こっちに来て!」  
長い裾を踏まないように両手で軽く持ち上げているので、その合間から白く細い足首が見える。  
「陛下!あまり急ぐと危のうございます!」  
「大丈夫よ」  
宮からそう遠くない所にある森の中、木漏れ日の作る光の道を辿り、更に奥へと進んでいく。  
「ここは変わらないのね」  
さらさらと流れる小川の縁へとしゃがみこむと、透明な水を掬い取って口を潤す。  
「冷たくて気持ち良い!」  
「そうですね」  
千尋の横に腰を降ろし、彼も一口含む。  
「何だかあの戦いの日々がとても遠く感じるわ」  
常世の国と…いや、あの禍日神との戦いは決して楽なものではなかった。  
楽しい事も悲しい事も、全て懐かしい記憶である。  
「ねえ、布都彦」  
千尋は彼の顔を覗き込むように首を傾げた。  
「何でしょうか、陛下」  
いつでも真面目な性格の布都彦は私事においても礼節を守る。  
だが、千尋にとってそれがどうにももどかしく感じた。  
「その…二人きりの時ぐらいはもっと普通に呼んで欲しいの」  
「え、ですが…」  
「千尋って名前で呼んで欲しいな」  
にっこりと笑顔でねだられ、布都彦の頬が僅かに染まる。  
「陛……ちち、ち、ち…ち、千尋…」  
鳥の鳴き声じゃないんだから、と思いつつ、少しずつでも呼んでくれれば慣れるかな、と千尋は考えた。  
「布都彦」  
「は、はい!」  
しゃきん、と背筋を伸ばし正座をして千尋の前に座る彼の様子に苦笑しながら、その頬に手を添えた。  
 
「よく出来ました」  
ちゅ、と布都彦の唇へと掠めるように口付ける。  
一瞬の事だったので何が起きたのかと呆然としていた布都彦だが、千尋からキスをされたのだと気付くと、まるで酸欠の金魚のように口をぱくぱくとさせた。  
「そ、そのような破廉恥なっ!」  
武術一辺倒で男女の何たるかをよく知らない布都彦からすれば、キス一つでも一大事である。  
「布都彦は私の事が嫌い?」  
「いいえ、決してそのようなっ!」  
「私も布都彦のこと、好きだよ」  
千尋は腕を伸ばして彼の頭を胸元に抱え込む。  
衣に焚き染めたものなのか、甘く花のような香りが鼻腔を擽る。  
薄い衣を通して感じる柔らかな胸の感触に血がのぼり、一瞬頭が白くなる。  
どさり。  
そのまま千尋の体を草原の上に押し倒し、細い手首を押さえつける。  
「布都彦?」  
きょとん、とした顔で見上げてくる彼女の声に、ようやく正気を取り戻した布都彦は慌てて体を起こした。  
「はっ、申し訳ありません!」  
くるりと千尋に背を向けて、しゅんと項垂れる。  
だが、その背に彼女は体を預けるようにして寄りかかる。  
「別に怒っていないよ、布都彦」  
だからこっちを向いてよ、と言い、振り返った彼の唇へと二度目の口付けを施す。  
「…ですが」  
「………良いよ、布都彦なら」  
そういう千尋の顔も相当赤く染まっている。  
どのぐらいの時間、二人でそうしていたのか分からない。  
だが、布都彦の手がおそるおそる千尋の肩を抱いた。  
そして視線を絡めるように互いの顔を近付けると三度目の口付けを交わした。  
「私の忠義も…恋も貴女の為に……」  
はにかみながら彼が囁いた言葉に、千尋はそっと頷いた。  
 
ふわりと薄い衣を解きながら、帯を緩めていくと、次第に千尋の白い肌があらわになってくる。  
短い金髪が萌黄の草原に散り日の光を受けてきらきらと輝く。  
布都彦の無骨な手が震えながら、千尋の肌を撫でていく。  
彼とて女の抱き方を知らぬ訳ではないが、本当に好きな相手を抱くのは初めてである。  
もう何度目か数えるのも分からなくなった口付けを交わしながら、彼女の体の曲線をなぞるように布都彦の指が弄っていく。  
彼女の細く柔らかな体と、その肌の滑らかさに、思考する事も忘れそうになる。  
「んん……」  
さわさわと揺れる木々の音に混じり、千尋の声が聞こえる。  
艶を帯びた声は布都彦の中に眠る欲望を刺激するには十分であった。  
ちゅ、と音を立てて白い首筋に吸い付き、しっとりと汗ばんできた肌を堪能するかのように舌と指を這わせていく。  
篭る熱と喘ぐ声に、その行為は大胆になっていく。  
胸の頂点の色付いた所を口に含みながら、舌先でその果実を転がす。  
「や…あっ……ああぁ…」  
耳元で結った布都彦の髪がぱらりと落ち、千尋の肌を擽る。  
胸を弄っていた手がゆっくりと滑り、臍の脇を撫でる。  
「んっ…!」  
ぞくり、と肌が粟立つような感覚に千尋は身を捩った。  
その指が淡い下生えを掻き分けるようにして秘所へと伸びる。  
潤いを帯びてきたそこをなぞるように指を滑らせる。  
まだ受け入れた事のないそこは狭く、指を一本差し込んだだけで苦しいようだ。  
「いっ……」  
眉を顰めて痛みを堪える千尋の声に、一瞬だけ手を止めた。  
「止めないで…布都彦」  
すっかり強張った体を解すように、布都彦は身を寄せて抱きしめた。  
「私は貴女に苦痛を強いてしまうかもしれません」  
「…いいよ、布都彦なら」  
千尋の細く白い腕が彼の背に回され、ぎゅっと抱きつく。  
その首筋へと顔を埋めると、またあの花の香りがした。  
必死で抑えていた布都彦の理性の箍が緩む。  
欲望のおもむくままに彼女の柔肌を蹂躙したいという声が響く。  
だが、自分にとって千尋は何ものにもかえられない宝だ。  
そう思うと、自然と暗い思考は消えていく。  
 
「よろしいですか」  
布都彦は顔を上げると、荒く呼吸を繰り返す千尋の唇を吸い上げた。  
「…わざわざ聞かなくても良いの」  
散々焦らされた千尋は泣きそうな顔になりながら、妙に余裕を見せる布都彦を睨んだ。  
「千尋」  
腰を抱き寄せ、蜜を零しながらひくりと震える秘所に己の逸物を押し当てる。  
ぐい、と狭い入り口へと捻じ込みながら、ゆっくりと中へと身を納める。  
「は…ぁっ……あああぁっ!」  
そこから裂けてしまうのではないかという激しい痛みが千尋を襲う。  
彼の背に回した手がぎりぎりと爪を立てる。  
布都彦はおそらく血の滲んでいるであろう己の背の痛みに軽く顔を顰めたが、それ以上に苦しいであろう千尋を気遣った。  
歯を食いしばり、苦鳴を抑え込んでいる千尋に何度も口付けを施していった。  
深く繋がった所で大きく息を吐くと、腕の中の彼女を見遣る。  
眉を寄せて固く瞼を閉じている千尋の眦に浮かぶ涙に、ずきりと胸の奥に痛みが走る。  
「千尋…」  
「…ほら……大丈夫…でしょ?」  
苦しげに荒く呼吸を繰り返しながら、千尋は涙で濡れた顔に笑顔を浮かべた。  
「………ち、ひろ」  
「好き、だよ」  
だから泣かないで、と言われ、初めてそこで布都彦は自分が泣いている事を理解した。  
「ええ…私も貴女の事が好きです…これからも」  
互いの唇を寄せ、深く口付けを交わしながら、ゆっくりと抽送を繰り返す。  
破瓜の痛みが和らいできた頃を伺い、次第に動きを大きく激しくしていくと、千尋の声に甘い響きが混じってくる。  
絡む吐息と触れる肌から伝わる熱が二人を行為に酔わせていく。  
何度となく抱き合い、そのまま蕩けてしまうのではないかと錯覚するまで繰り返した。  
 
 
少し傾きかけた日が木々の合間に見える。  
布都彦は己の腕の中でまどろむ千尋の肩を抱き、額へと唇を寄せた。  
「私の…希望なのです、貴女は」  
臣下の一人として中つ国の王たる千尋を支えていくつもりであった。  
その気持ちは今でも変わらない。  
だが、それ以上に彼女を想う気持ちは大きいものである。  
「…布都彦」  
鮮やかな翡翠の瞳が彼を見上げていた。  
「すいません、起こしてしまいましたか」  
「ううん、何だかとっても良い夢を見たような気がする」  
きっと布都彦が一緒だからだよ、と微笑む千尋の声に布都彦も笑みを返した。  
「…まだ休んでいきますか?」  
この時間であれば少しばかりゆっくりしていっても問題ないだろう、と考え、千尋に問い掛ける。  
「………あと少しだけ」  
やはり体が辛いのだろうかと、布都彦の顔が僅かに曇った。  
「二人でこうしていたいの」  
「…はい」  
千尋の言葉に答えながら、細い体を抱き寄せた。  
 
今はまだ、王を守る兵の一人に過ぎない。  
だが、布都彦が軍功を認められ、然るべき地位を与えられるのもそう遠い未来ではなかった。  
 
 
そして、中つ国の王の隣に立つ日も。  
 
 
終  
 

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