秋の熊野、人里離れた森の中、千尋は一人水際にたたずんでいた。  
 
「こんな日は、水浴びも気持ちいいわね」  
 
そろそろ涼しくなってきたとはいえ、まだまだ今日のように、動けば汗ばむような日もある。  
千尋は、大きく息を吸い込んでから、ざぶりと水しぶきをあげ、派手に潜水して  
開放感に浸った。誰もいない、静かな泉だからこそ出来ることだ。  
人目があれば、何と言われるか知れない。  
少なくとも、中つ国の姫にふさわしい行動ではないだろう。  
潜水、といっても、さほど水は深くないから、ちょっと背伸びすれば背が立つ程度。  
息が続かなくなって、水底を蹴って勢いよく息継ぎをした。  
そのとき、水面に顔を出した千尋の耳に、微かに葉の擦れる音が聞こえた。  
音がした方を振り向くと、そばの茂みが揺れた。  
 
(獣かしら? ……荒御霊でないといいけれど。やっぱり、一人で来るんじゃなかったかな)  
 
仲間や兵士たちは、千尋が一人で出歩くのにいい顔をしない。  
かといって、水浴びに男性を伴うわけにもいかないので、  
今日はこっそりと天鳥船を抜け出してきたのだった。  
真っ先に浮かんできたのは、彼女の従者の困ったような心配顔。  
少し胸が痛む。泉は船の程近くであったし、  
少しなら構うまい――そう思ってのことだったが、軽率だったかもしれぬと少し反省した。  
 
 
そんな折、他の事に気を取られていたせいか、不意に足元の小石がぐらついて、  
千尋はバランスを崩した。  
 
「きゃあっ!」  
 
思わず悲鳴が漏れる。うまく体勢を立て直せず、仰向けに水中に倒れこむ。  
鼻から水は入るし、口からも飲んでしまう。  
さほど深くないはずなのに、パニックになって、起き上がれない。  
どれくらいもがいたか、意識はふっと遠くなった。  
完全に目の前が暗くなる直前、何か輝くように白いものが視界に入った気がした。  
 
 
 
気づくと、千尋はほとりに寝かされていた。目を開けると、白い麒麟が覗き込んでいる。  
 
(あの麒麟……助けてくれたの?)  
 
声をかけようとしたら、麒麟は慌てたように顔をそらし、逃げ出そうとした。  
 
「待って!」  
 
一言だけでもお礼が言いたくて、思わず体を起こして白い麒麟の胴に触れる。  
すると、麒麟は大人しく歩みを止めた。  
 
「あの……ありがとう、助けてくれて」  
 
麒麟はこちらを見ない。じっと立ちすくむのみだ。  
千尋は、立ち上がって麒麟の胴に腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。温かい。  
 
(こうしていると……なんだかほっとする)  
 
すらりとした見た目とは裏腹に、麒麟の体は意外と筋肉がついていて、がっしりしている。  
白い獣はしばらくされるがままになっていたが、突然暴れだし、するりと千尋の腕を抜けて、  
走り去った。木々の間に消えて、もうその姿は見えない。  
腕の中の温もりを失って、濡れた体に吹き付ける風の冷たさに気づいた。まだ服を着ていなかった。  
この姿のまま、麒麟に抱きついていたということに、はたと思い当たる。  
あの白い麒麟は獣とはいえ、人語を解するほどのものだ。  
それに考えが及ぶと、裸身を見られたことが急に恥ずかしくなって、  
いまさらながら急いで服を身に着けた。  
 
 
こっそりと天鳥船に帰っても、千尋の不在に気づいた者はいなかったようだ。  
気を失っていた時間は、そう長くはなかったらしい。  
ほっと胸を撫で下ろして、その日の軍議では、何事もなかったように振舞った。  
 
 
(明日は早いから、もう寝なくちゃ)  
 
その夜は、仲間たちに少し早いおやすみを言って、自室に戻った。  
寝巻きに着替えて後は寝るだけとなったところへ、  
廊下から部屋に近づいてくる足音を聞いた。  
急な敵襲か何かの割には、足音はゆったりしている。となると、個人的な用事だろうか。  
耳を澄ますと、聞こえて来るのは耳に馴染んだ足音だった。  
ゆっくり一定のリズムを刻む、落ち着いて静かな足音。  
 
――風早だ。  
 
頬が緩むのを抑えきれない。確信があった。  
千尋は、風早の足音を聞き分けることにかけては、絶対の自信があった。  
長いこと一緒に暮らしたし、何より――。  
彼は、元々千尋にとって大事な存在だったけれど、  
戦で失いかけて改めてかけがえのなさに気づいたように思う。  
それ以来、千尋は風早と顔を合わせるたび、  
どうしようもなく嬉しくなるのを自覚せざるをえなかった。  
 
(わたし、どうしちゃったのかしら)  
 
足音は、部屋の前で止まった。  
「千尋、まだ起きていますか」  
遠慮するような小声に、  
「ええ、起きているわ。どうぞ」  
つられて小声で返すと、風早は、おどけた風をして、  
 
「姫が夜中に男を部屋に入れるなんて、無用心すぎますね」  
 
などと言ってのける。  
風早だけよ、と少しばかり頬を膨らませてみせたら、風早はくすぐったそうな表情をした。  
寝台に腰掛けていた千尋の目の前まで歩いてくると、  
平生穏やかな顔を、少しだけ硬くする。  
 
「千尋、今日の昼、どこかへ出かけましたか?」  
「え……ええ。水浴びがしたくて……」  
それを聞いて、風早は、ふと目を泳がせ、次いで軽く瞑目した。  
 
でも、どうして分かったのだろう。風早は、いつも千尋の居場所を知っているみたいだ。  
幼いあの日も、そして今日も。  
否と言えばそれ以上は追求されなかったかもしれないが、風早に嘘はつきたくなかった。  
どうして、という疑問が顔に表れていたのだろうか。  
 
「言ったでしょう? 俺には分かるんですよ」  
風早はそう言葉を切って、しばらく考え込んでから、再び口を開いた。  
「千尋も……息が詰まることはあるかもしれない。それは分かっています。  
でも――俺が心配なんです」  
「……ごめんなさい」  
 
謝罪の言葉は、素直に出てきた。  
これだけ人が心配してくれる。それは、有難いことだ。風早となれば、なおさら。  
そして何より、この人に、これ以上悲しい顔をさせたくない、そう思った。  
 
「これからは、せめて俺に一言言ってから出かけてくださいね」  
そう言う風早の目を見て、頷いてみせれば、風早は硬い表情を和らげた。そうして、  
「小言はこれぐらいにしましょうか。これ、持ってきたんです」  
と、後ろ手に持っていたものを差し出した。それは、艶やかな黒紫色をした――  
「山ぶどう?」  
しゅんとしていた千尋が思わず目を輝かせる。  
「ええ。今日、近くの山で見かけたので、千尋にも食べてほしくて」  
風早は、柔らかく微笑んだ。  
 
自分のために持ってきてくれた、そう思うだけで、千尋の胸は一杯になる。  
「ありがとう、風早!」  
立ち上がり、首に腕を回してぎゅっと抱きついた。  
小さい頃は、よくこうして風早に抱きついたものだった。  
いつからか、人目を憚って滅多にしなくなったけれど――  
風早は、一瞬驚いたような顔をしたものの、  
すぐに柔和な笑みを浮かべて千尋の背中に手を回し、抱きしめ返した。  
「千尋が抱きついてくるのなんて、いつ以来でしょうね。  
今更言うのも可笑しいけれど、背も伸びて……」  
ふわっと体を離したかと思うと、千尋の額に口づけが降ってきた。  
「俺の姫は随分と綺麗になった」  
そんなことをさらりと言うものだから、千尋は頬が熱くなるのを感じた。  
 
――どうしてこの人に褒められると、こんなにもそわそわしてしまうんだろう。  
 
「も、もう、冗談ばっかり!」  
戯れに紛らせてしまおうとすると、思いもかけず、真剣な薄茶の瞳とかち合った。  
「冗談なんかじゃありません」  
再び抱きすくめられる。首筋を熱い呼気が撫でていき、千尋は思わず体を熱くした。  
腕の拘束が緩んで、熱を帯びた薄茶の瞳にもう一度邂逅したかと思った途端、  
唇に柔らかな感触が触れた。  
それがキスであることに気づくまで、数秒を要したが、不思議と嫌ではなかった。  
千尋からも、軽く押し付ける。  
 
すると、視界が大きく揺れた。  
 
次の瞬間、千尋の目が映したのは、天井と、覆いかぶさる男の姿。  
突然のことに、口がきけずにいると、風早は思いつめたような眼を、さっと曇らせた。  
「……すみません。今日ばかりは、自制がきかなかった」  
そう謝罪して、離れようとする風早の背中に、手を伸ばした。  
「……待って」  
瞬間、風早の動きが止まる。両手を回して、千尋から抱き寄せた。  
「行かないで」  
 
「千尋、俺のしたことが、どういうことか分かっているんですか」  
風早が、顔を背け、声を強張らせる。  
「分かってるわ! 分かってて……それでも行かないで欲しいの」  
 
腕の中の風早の力が、ふっと抜けた。  
 
 
 
今度は、千尋からキスをした。互いの唇の感触を確かめるように。  
風早の唇は、荒れ一つなく、どこまでも柔らかかった。  
しばらくその感触を楽しんでいると、微かに開いた唇の隙間から、相手の舌が入ってくる。  
驚いたけれど、噛んでしまわぬように、じっとしていることしか出来なかった。  
千尋の舌に絡めるように、やわやわと動かされると、  
体温が上がっていくような錯覚を覚える。  
口蓋も舌で撫でられて、苦しいくらいに近くに彼を感じた。  
離れる時に、口の端を触れるか触れないかの力加減で舐られて、  
ん、と思わず鼻に掛かった声が出た。  
恥ずかしくて、唇を噛んだら、そのまま風早の唇は、首筋に降りていった。  
 
上着の襟元をくつろげられ、次々と首筋に接吻される。  
触れるだけなのに、声が漏れそうになる。ついに我慢しきれず、  
「あっ」  
呼気に乗せて微かに声帯が震えた。顔が真っ赤になるような心地がして、横を向くと、  
「声、我慢しなくていいんですよ」  
優しい声が耳元でするけれど、かえって恥ずかしい。何も言わずにいたら、  
「俺が、姫の声を聞きたいんです」  
熱を帯びた言葉と共に、耳たぶを軽く食まれた。  
「んっ……」  
「千尋の声、可愛いですよ」  
顔だけでなく、全身が火照る。  
 
「痛かったり、やめたくなったりしたら、いつでも言って下さい」  
「今更やめるなんて言わないわ」  
「俺は、千尋に無理はしてほしくないんです」  
こんな時まで、千尋のことを第一に考えてくれる風早。  
愛しくて、ぎゅっと抱きついたら、優しく背中を撫でられた。  
 
どのくらいそうしていたろうか。  
こうして風早の温かさを感じているだけで、只ただ幸せで、ほっとした。  
この温もりを、どこかで感じたような気がしたけれど、どこでだったかうまく思い出せない。  
遠慮がちに、そっと風早の手が上着の袷から差し込まれ、千尋の胸元を撫でるように這う。  
薄布越しだというのに、ひどくその手が熱く感じられて、  
布を取り払って素肌に触れられたら、いったいどうなってしまうんだろう、  
と熱に浮かされた頭でぼんやりと思った。  
風早の右手はゆっくりと動いている。  
気後れがするのか、焦らしているのかは判然としないが、もっと触れて欲しい、  
という気持ちが抑えられない。  
 
「あのね、風早……風早の、好きにして」  
「そんなことを言われたら、理性が吹っ飛んでしまいそうですね」  
「いいの、大好きな風早だったら」  
「俺も、千尋のこと、愛しています」  
 
そして、二人で微笑みあった。  
 
それを切っ掛けに、鎖骨の辺りから出発した指先は、  
段々膨らみへと活動範囲を広げていって、柔らかな突起を捉えた。  
「っ、あ……」  
思わず目を見開くような刺激に、呼吸が荒くなる。  
すると、風早が心配そうに顔を覗き込んだ。  
「痛かったですか?」  
「ううん……ただ、こんなの初めてで」  
今度は、手のひらで胸乳全体を包むようにして、ゆるゆると揉みしだかれる。  
「これは?」  
「んっ……」  
「気持ちいい、ですか?」  
声に出して返事をするのが恥ずかしくて、こくりと頷いたら、  
風早は良かった、と息を吐いて笑った。  
 
右手で胸を触られながら左手で腰紐を外され、  
そういえば、風早は昔から器用だった、と妙な感想を持つ。  
小さい頃は、髪を結ってくれたりもしたし、  
高校に通うようになってからだって、時折櫛で梳いてくれた。  
寝坊しかけた朝は、慌てる千尋の髪を短時間で微塵の乱れもなく結い上げてくれて、  
驚いたこともあった。  
切ってしまったから、もう、しばらくは風早に髪を結い上げてもらうこともできない――  
そう考えて、少しだけ切なくなる。  
 
そんな千尋の考えを見透かしたように、空いている方の手が、千尋の金色の髪を梳く。  
「すっかり、短くなってしまいましたね」  
右手を止めて、改めて感慨にふけるように呟いた後、  
風早が千尋の目を覗き込んで微笑みかけた。  
「明朝は、久しぶりに俺が姫の髪を梳かしましょうか」  
「ええ! 約束よ?」  
「そんなに喜んでもらえるなら、毎日だって梳かしますよ」  
そう言って、髪に口づける。  
 
再び右手が胸を弄りだすと、千尋の思考は鈍くなって、  
また風早の与えてくれる刺激で頭が一杯になる。  
今度は、あっという間に上着まではだけられた。  
風早が、薄布をたくし上げて、張り詰めた胸の先端に直に口づける。  
「や……あ……っ!」  
思わず、一際高い声が漏れ出て、全身がぴくんと跳ねた。  
そのまま舐られてもう、羞恥心などもどこかへ吹き飛んでしまう。  
時にゆっくりと、時に舌を押し付けるように強く。  
何か押し上げられるようで、全身が緊張するような感覚を覚える。  
 
その間、風早の両手は、千尋の肩から腕、腰、脚に至るまで、  
どこもかしこも触れぬところはない、というくらいに撫で回していた。  
手が太ももに至ると、そこからじんと熱が発せられるように感じられた。  
 
――もっと、触って欲しい。  
 
そう思ったところに、下着の上から、そっと指が撫ぜた。  
待ち焦がれた刺激だったけれど、自分でもちゃんと触ったことがない場所だけに、  
体が硬くなる。  
ひんやりと湿った下着は、熱を冷ますのにちっとも役立ってはくれなかった。  
 
「随分と濡れてしまっていますね」  
風早は、おやおや、と顔を上げて、下着を脱がしにかかる。  
「あ……駄目っ!」  
羞恥の余り、声を上げてしまった。  
「嫌ですか?」  
上目遣いで見つめられて、首を振る。  
「でも、恥ずかしいもの」  
「全然、恥ずかしいことなんてありませんよ。  
 それに、濡れているのは千尋が悦んでくれたからでしょう? 俺は嬉しいです」  
そう言われたら、いやなんて言えない。  
……何だかずるいような気がしたけれど、黙っておくことにした。  
 
されるがままに下着を脱がされて、風早の骨ばって長い指がそこを滑る。  
確かめるように、柔らかなふくらみも、襞も、溝の外側も、中指でつつくように押し付けられ、  
一層体の熱は高まってゆく。  
他の部分をすっかり楽しむように捏ね回されてから、最後に敏感な突起を弄られて、  
体が再び跳ねた。  
今までの刺激より、ずっと強い感覚。これが、快感なのかと、彼女は理解した。  
すると風早は、そこに指を押し当てて、何度も何度もちいさな円を描くように、動かし続ける。  
今度は段々と、一過性の感覚ではなくて、  
すべてを支配するような、じわじわとした快感が押し寄せてくる。  
 
「は……んっ、ふ、あ、あぁっ」  
 
喉が張り裂けてしまわんばかりに、彼女がどれだけ啼いても、風早は、その手を止めない。  
 
「や……っ、へんに、なりそうっ」  
「大丈夫、俺が抱きしめていますから」  
そう言うと、蠢く右手はそのままに、左手で千尋を抱き寄せた。  
 
数度、潮の満ち引きのような、上り詰めるような感覚と突然の下降を繰り返し、  
息も絶え絶えになりかかった頃、突然目の前が白くなった。  
「はっ、あ、あああぁっ」  
何とも言えない感覚が、全身を駆け巡る。  
こんな苛烈な感覚が、痛みの他にあったことに、千尋は驚いた。  
残ったのは、心地よい倦怠感。  
 
肩で息をする彼女の髪を、風早はしばらく撫でていた。  
「そろそろ落ち着きましたか?」  
こくりと頷く千尋の脚の間に、再び右手を滑らせた。  
「痛かったら言ってください」  
そう言って、今度は溝の部分を数回さすったかと思うと、  
ゆっくりと中指を溝の間に埋めていった。  
異物感はあったものの、さほどの痛みはない。  
中で壁をこするように動かされる風早の指は、ただ気持ちが良かった。  
うっとりと身を委ねていた彼女の耳元で、風早が囁いた。  
 
「そろそろ……本当に、いいんですね?」  
「かざはやっ……ひとつに、なりたいの」  
 
指が引き抜かれ、喪失感のあまり、千尋は小さく呻いた。  
落ち着き払った様子で、着衣を脱いでゆく風早に、千尋は口を尖らせる。  
 
「ずるいわ、風早は」  
「どうしてですか、姫」  
「だって、わたしばかりこんなに緊張して、風早はいつも通りなんだもの」  
「俺だって、こんなに緊張していますよ」  
そっと、千尋の耳を自らの裸の左胸にあてがう。  
とくとくと、普段よりはかなり急いだ心音が心地よく響いた。  
引き締まったその体は、見た目よりはずっと筋肉質のように思われる。  
(……武官だもの、当たり前よね)  
改めて、幼い頃から一緒にいた彼が、戦に身を投じる者だということに気づかされて、  
背に回した両腕にほんの少し力をいれた。  
この無駄のない体が、何かに似ている……  
そう思ったけれど、それが何だったか、思い当たる前に、唇を塞がれた。  
 
名残惜しく離した唇が、唾液の糸で繋がって、ひどく淫靡に見えた。  
「千尋……」  
愛しい人が自分の名前を呼んだだけで、熱に浮かされたようになって、秘所が疼く。  
腰にあてがわれた熱に手探りで手を伸ばすと、硬くてすべらかなものに触れた。  
風早のそれと知って、思わず赤面する。  
こうした行為も、男性のそれも、卑猥なものとして何となく忌避していたが、  
風早とだったら、風早のそれだったら、全く負の感情はなくて、純粋に嬉しくて、愛しい。  
「風早、いいよ……」  
その一言が、合図となった。  
 
千尋の脚を開き、風早が体を割り込ませる。  
お互いの熱い部分をあてがうと、ゆっくりと、風早が入ってきた。  
痛みは想像したほどではなかったけれど、やはり圧迫感と異物感は紛らわしようもなく、  
眉間にしわが寄るのは隠せない。  
「千尋……少しだけ我慢してくださいね」  
痛みはないはずの風早が、千尋よりも沈痛な面持ちで、気遣ってくれる。  
時々様子を伺うように止まりながらも、風早のそれは、緩やかに侵入を続け、  
ついに最奥まで達した。  
挿れたまま、ぎゅっと抱きしめられて、涙がこぼれそうになる。  
 
ゆるゆると、奥に押し付けるように風早が動き始めた。  
少しずつ、千尋も声を漏らし出す。  
「や……あっ」  
徐々に圧迫感すらも、次第に快楽へと変わっていく。  
「んっ、は、あっ、あ…んっ」  
 
お互いの熱を感じて、堪らなくなる。  
「はあっ、ち、ひろ……っ」  
風早の呼吸が荒くなっている。眉根が寄って、切なげな、余裕のない顔。  
いつも柔和な彼が見せない表情に、愛しさが募る。  
「かざ、はや……っ」  
呼び交わせば、熱がどんどん高まっていく。  
陳腐な言葉のようだけれど、溶けてしまいそう、という意味を、  
千尋は感覚として分かる気がした。  
段々律動が深くなり、中一杯に風早を感じて、抱きしめる腕に力がこもる。  
 
このまま、ずっと繋がっていられたらいい――そう思っても、互いの限界は近かった。  
「千尋……っ」  
どちらからともなく、深い口付けを交わす。  
「んぅっ……んっ」  
声が出せないもどかしさに、ひたすらに相手の舌を吸うことに夢中になっている内に、  
千尋は、意識を手放した。  
 
「気がつきましたか」  
目を覚ました時の風早からは、あの激しさは鳴りを潜めていた。  
いつもの風早だけれど、愛しさは数刻前よりずっとずっと募っている。  
「風早、好き」  
「俺も大好きですよ」  
言葉にし切れない分の感情も、全部分かっているといったふうに笑って、  
頬に触れるだけの口づけをくれた。そうして、後ろから包むように抱きしめられる。  
 
裸の体をくっつけあって、寄り添って寝るのは心地よい。  
相手が、優しく髪を撫でてくれるのなら、尚更だ。  
 
「ずうっと、こうしたかったんです」  
「わたしもよ、風早」  
すると、彼はくすりと不思議な笑いを零して、  
「千尋より、ずっとずっと長く、ですよ」  
と囁いた。  
どういう意味なの、と訊こうとしたが、  
「さあ、明日は早いですから、姫は、もう眠らなくてはね」  
かわされてしまった。  
 
「ねぇ……ずっと、一緒にいてね?」  
そうねだったけれど、何故か風早は、微笑むだけで返事をしなかった。  
ねぇ、ともう一度声をかけると、  
「そうですね……出来る限り努力はします」  
と頭を撫でられた。  
なんだか少しだけ不満だったけれど、髪を撫でる手の優しさには抗えない。  
 
眠気が全身を支配し出したころ、耳元で穏やかな声がした。  
「千尋……おやすみなさい」  
「おやすみなさい」  
 
千尋はその夜、白い獣の夢を見た。  
 

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