柊が渡してくれたフードを頭からすっぽりと被って、千尋は館の中へ入った。  
レヴァンタの息が掛かった屋敷なのだろう、家の者は柊を軍師様と呼び、離れの一室へ案内した。  
調度品も敷物もゴテゴテと飾られた、華美な部屋だ。  
中央に天蓋付きの大きな寝台がひとつおかれているのを見て、千尋は思わず顔を赤らめる。  
フードに隠れていてもそれと察したのか、柊が小さく笑みを零すのが聞こえた。  
千尋はまた何かからかわれると身構えたが、彼は何も言わない。  
不思議に思って振り返ると、少し慌てたようにどこかを見ていた視線を千尋へ戻した。  
「どうかしたの?」  
「いえ……。覆い隠そうとしても、あなたの美しさは消し去れるものではないのでしょう。館の者が、少々気を遣ったようですね」  
柊はけして嘘は言わない。  
けれども、こうしてわざと説明を省いてしまった分かり難い言い方をすることがある。  
「隣の部屋に湯浴みの仕度をさせてあります。お世話の者は付けられませんが、その替わり、誰も立ち入れぬようにいたしました。ごゆるりとお過ごし下さい」  
やわらかく背を押され、隣室へと促される。  
千尋は問うことを諦めて、足元までを覆っていたフードを脱いだ。  
「ありがとう。柊、あなたは?」  
「ご一緒してもよろしいのでしたら、私がお世話いたしますよ」  
「冗談を言わないで!」  
顔を見られないように扉の中へ飛び込む。  
「私も他で身仕度を整えて参ります」  
柊は笑みを含んだ声で言って、扉を閉めた。  
 
浴室にも黄金の装飾が施され、色鮮やかな壷や玉で作られた花が所狭しと飾られている。  
湯は心地好かったが、どことなく落ち着かず、千尋は早々に切り上げてしまった。  
用意されていた常世風の服に着替え、制服を胸に抱えてそっと扉を開ける。  
まだ柊は戻っていない。  
結界を張ったのだろうか、辺りに人の気配はなく、部屋は物音ひとつしない沈黙に満たされている。  
改めて部屋を見渡すと、ソファのようなものはもちろん、小さな椅子でさえ置かれていない。  
(まさか、このベッドで一緒に寝るわけじゃないよね)  
そんなことを考えてしまう。  
しばらく立ち尽くしていたが、柊は戻ってこない。  
仕方なく、寝台の隅へ腰掛けて、抱え込んでいた制服をサイドテーブルへ乗せる。  
その拍子に、甘く豊潤な香りが立ち上った。  
銀製の器へ盛られた、紅い果実だ。  
李に似ているが、中つ国では見たことがない。  
急に喉の渇きを覚えて、千尋はその果実を口にした。  
柔らかな甘さと仄かな酸味、独特の香りが喉を滑り落ちて体に溶け込んでいく気がする。  
ひとつだけのつもりが、気付けば二つ三つと食べてしまっていた。  
 
部屋へ戻った柊は、寝台の脇にしゃがみ込んでいる千尋を見つけると、  
「いかがなさいましたか?」  
なぜか笑みを含んだ声で言った。  
やけに落ち着いた素振りで、ゆっくりと近付いてくる。  
「ひいら、ぎ……」  
異変を伝えようとするが、上手く口が回らない。  
顔を上げた千尋の上気した頬を見ても柊は全く慌てた風はなく、むしろ納得したように頷いた。  
「ああ、ご心配なさらずとも大丈夫です。毒ではありませんよ」  
「え……?」  
「我が君の召し上がった果実には、強い催淫効果があるのです。私が女性を連れていると知って、館の者がここへ置いたのでしょう」  
では、先刻の柊はあの果実を見ていた。  
だから少し妙な様子だったのだろう。  
「あな、た……知って、て?」  
「お叱りになりますか?」  
どこか楽しそうに言いながら、千尋の腕の下へ手を差し入れ、寝台へ放り投げるように寝かせる。  
「っ!」  
「大切なあなたに痛みを与えるのは忍びない。そう思ってつい、姫が召し上がることを期待してしまいました」  
手袋をしていない指が襟元から滑り込み、肩を顕わにさせる。  
「あ……あ、」  
指は鎖骨をなぞり、下着の上からやんわりと乳房を揉みしだく。  
それだけで息は上がり、体の奧が自分にもわからない何かを求めて疼く。  
熱に浮かされたように混濁しそうになる意識を懸命に留め、千尋は喘いだ。  
「ま、待って……待って、よっ」  
それでも、男は手を止めようとはしない。  
「残念ですが、そのお言葉には添えません」  
優しい声音とは裏腹に、どこか強引でさえある。  
腰の紐を解いた男の掌が内側の白い肌を滑り、濡れた下着に触れた。  
淫猥な水音が零れる。  
「ひ……あっ!」  
強い快楽が背筋を駆け上った。  
「それに……あなたもずいぶんと、お困りのようだ」  
「や、あ……っ」  
逃げようとする腰を容易く押さえ付け、雑作もないことのように身に纏った全てを取り去る。  
誰にも触れさせたことのない場所を、柊の指が隈無く探り、愛撫していく。  
まだ過敏な花心もただ快楽だけを千尋へ伝え、ゆっくりと体内へ侵入する指先でさえただ心地好い。  
けして、嫌なわけではない。  
それでも、ただこのまま流されてしまいたくはない。  
これではただ弄ばれているようで、一方的すぎる。  
「ひいら、ぎ! 柊……っ!」  
悲鳴に似た声で男の名を呼ぶ。  
「……私、そんな果物のせいで、なん、て……っ、」  
「姫……」  
言葉が上手くまとまらない。  
涙で滲んだ目を開ける。  
自分を覗き込む柊の困った顔。  
「……姫、」  
お許し下さい、と言いかけるのを遮って、  
「ちが、う……わ、たし……」  
千尋は柊へ手を伸ばした。  
ただ、自分の気持ちを伝えたい。  
あなたのことが好きだと、だから抱き合いたいのだと。  
体だけが求めているのではないことを伝えたい。  
「柊……あなた、が、好き」  
 
伸ばされた手を握り、柊はまだ言葉を紡ごうとする唇へ口付けた。  
二度三度、柔らかく触れ合わせてから、温かな舌が滑り込む。  
この先の快楽を仄めかすように絡みつき、蠢き、蹂躙する。  
「ん……ふぁ……」  
ようやく解放され、甘い吐息を零す耳元で、柊は低く笑った。  
「困りましたね。私にはもう、あなたへ差し出す心など残っていない……私の心の全てが、既にあなたのものだというのに」  
囁きに首筋をくすぐられ、千尋は体を震わせる。  
そのまま肩へ、胸へ口付けを落とし、硬く尖った先を口内に含む。  
「ひゃう!」  
思わず高い声をあげ、千尋は耳まで赤く上気する。  
「……本当に可愛らしい方だ。つい意地の悪いことをしたくなってしまう」  
柊は閉じようとする膝を左右へ開き、指の腹で濡れそぼった箇所を撫で上げた。  
ゆるゆると掻き回し、内側を撫でられ、その蜜に濡らした指先で花心をやんわりと押さえられる。  
何度も丁寧に愛撫した後、男はふいに指を引き抜いた。  
濡れた体に大気が冷たい。  
「や……あぁ……」  
焦らされて、千尋は嫌々と首を振るように喘いだ。  
体の奧が溶けるほど熱い。  
お願い。  
お願いだから。  
「……ひいら、ぎ、」  
男はその名に促されるように、千尋の内側へと自身を埋め込んだ。  
充分に解されたそこは熱く蠢いて、ゆっくりと欲望を呑み込んでいく。  
「ひあっ、あ、あぁっ……!」  
果物の効果なのだろう、痛みはない。  
それでも圧倒的な質量と、これまでとは比較にならない強い感覚に翻弄され呼吸もままならない千尋へ、しばらくはそのまま動かずに、頬や瞼へ口付ける。  
「ふ……ぁ……は……」  
何もしていないのに小さく喘ぎ続ける千尋の耳元に、柊の深い吐息が触れる。  
思わず身動ぎをして、生まれた快感の鮮烈さに驚いた。  
「っ……!」  
強すぎる快感に声も出ない。  
「愛しています、あなたを……」  
柊は、掠れた低い声で吐息のように囁いた。  
愛している。  
「……千尋」  
初めて呼ばれた名前は呪文のように千尋を捕らえ、快楽の波へ意識を飛ばした。  
「あっ、は、ぁ、あぁ、あ!」  
自分の内側へ、愛する人の熱が埋め込まれる。  
熱と熱が絡み付き、蠢き、溶ける。  
次第に深く激しく、幾度も貫かれ、最奧まで全てを暴かれる。  
柊。  
愛しく思うほどに体の熱は増し、狂おしいほどの快楽が生まれる。  
おかしくなりそうだ。  
柊。  
ひいらぎ。  
 
 
千尋が目を開けると、柊は中庭へ面した窓を開けた。  
陽差しはもう、時刻が昼近いことを教えている。  
「姫?」  
優しく問い掛ける柊を、千尋はただぼんやりと見た。  
いつの間に身仕度をしたのか、もうきっちりと服を着込み、手袋まで身につけている。  
「……私は、だいぶ無茶をしてしまったようですね」  
黙っている千尋が怒っているとでも思ったのだろうか。  
「お赦し、いただけますか?」  
柊は、寝台の脇へ膝をついた。  
間近から囁かれ、昨夜の記憶が、千尋の頬を真っ赤に上気させる。  
常ならばからかいのひとつも言う彼が、今はただ困惑したように自分を見つめるきりだ。  
「……柊」  
毛布へ半分顔を隠して、千尋はそんな彼の名を呼んでやる。  
「柊」  
「はい」  
「自分だけ、先に起きるのはやめて」  
一瞬怪訝そうな顔をする彼へ、  
「一人でいつも通りなんだもの。私だけ違う夢を見たのかと思ったよ」  
少し怒ったふりをして続ける。  
「私があなたの元を離れることなど、もうけしてないというのに」  
「前科があるんだから信用できないわ。それに、恥ずかしいじゃない! 命令よ!」  
「……承知いたしました」  
柊は立ち上がり、手袋をとる。  
「柊?」  
「何事も、我が君のお心のままにいたしましょう?」  
胸元をくつろげる手を止め、千尋へにっこりと笑いかける。  
「もう、からかわないで!」  
千尋は毛布の中へ潜り込んだ。  
 
(おわり)  
 

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