書庫の扉が開いている。
珍しいこともあるものだと思い、千尋はそっと近付いた。
ぼうっと青白い光に包まれた室内に人影を見つけ、その顔へと視線を移す。
棚に入りきらない竹簡が床にいくつか転がっている。
それを熱心に読み解いている後ろ姿と、ちらりと見えた横顔に小さく声を上げた。
「これは我が君、今日もご機嫌麗しゅう」
優雅な仕草でお辞儀をする柊の口元には緩やかな笑みが浮かぶ。
「てっきり、風早と一緒に行ったのかと思っていたの」
朝から岩長姫に命じられた調査をしてくる、と言って風早が数名伴い出掛けたのは知っている。
しかし、千尋が起き出した頃には既に彼らは船を出た後だった。
丁度、柊も姿が見えなかったので一緒に行ったのかと思っていた。
「私はああいう仕事は苦手なのです」
「じゃあ何をしているの?」
「調べ物です」
じゃらり、と一つの巻物を取り、千尋に見せた。
「えーと…んん?」
「ふふ、読み解くには少々コツが必要なのです」
別に面白くも無い記事でしたね、と彼女の手から竹簡を受け取ると、上の棚へとしまいこむ。
「そう」
興味はあるが、何となく触れてはいけないような気がした。
自分がそれを知る事がひどく躊躇われたのだ。
「後で時間が出来たら読み方を教えて欲しいな」
「それならば今でも」
するり、と柊の長い腕が千尋の細い体を捕らえて抱え込む。
「…我が君のお手をわずらわせなければいつでも」
私はその為に存在しているのです、と耳朶に息を軽く吹きかける。
ぞくり、と背筋を這い上がる感触に千尋は体を震わせた。
「どうされましたか」
するりと伸びた腕が腰を撫でるように下り、白く長い裾から覗く青衣の裾の縁へと指をかける。
「だめよ、柊…人が来たら」
「誰も来ませんよ、少しの間なら」
意味深な笑みを刻みながら、形よい唇をそっと塞いで言葉を遮る。
襟から覗く白い喉がまばゆく見える。
青衣の縁から太腿を撫で上げた指がその付け根へと触れ、下着の上から敏感な部分をなぞっていく。
「ふぅ……ん…!」
力が抜けるような感覚に足が震え、千尋の指は柊の服を強く掴んだ。
細い体を支えるように腕を回しつつ、片方の手では次第に湿り気を帯びてゆく布の感触を楽しんでいる。
「……今はここまで」
あと少しで足往が我が君を探しに来ますから、と言うと、柊はあっさりと体を離した。
壁にもたれるように背を預けると、千尋はその場にぺたりと腰を落とした。
少々荒くなった呼吸を整えながら震える手で服の裾を整える。
「今宵、貴方の夢に忍んでいってもよろしいですか、我が君」
くすくすと笑う柊の声と、廊下の向こうから聞こえてきた足往の声に、ぼうっとした頭は現実へと引き戻された。
扉を元気よく叩き入ってきた足往は、顔を真っ赤にしてふらつく足取りで姿を現した千尋の様子に首を傾げた。
「具合が悪いのか、姫様?」
良かったら背に乗っていくか、と聞かれたが、その理由を少年に話す訳にも行かず、更に顔を赤くする。
「い、いいのよ、足往」
これぐらい歩いていけるから。
平静を装い、いつものように微笑みかけながら、何事もなかったかのように佇む柊の顔を直視する事が出来ず、千尋は足早に書庫を去った。
(了)