先生が、あちらの世界で装束を脱いだのを見たことが無い。  
あの暑い熊野路で、皆が井戸端で身体を拭いていたときだって  
敦盛さんと同じく服は脱がず、涼しい顔で剣を磨いていた。  
良く考えれば凄い事だ。  
女性が肌を見せるのは良しとされていなかったけれど、  
男の人のそれは禁忌でも何でもなく、  
あの弁慶さんでさえ脱いでいた酷暑だったというのに。  
 
きっと、先生は隙を作りたくなかったのだろう。  
戦の真っ最中だったから。何時如何なる時も、私を護る為に。  
時空跳躍を何度も繰り返し、先生が辿った道筋を曲がりなりにも知った今なら容易に想像がつく。  
でも―――今ここでこの時に、先生が衣服を脱がないのは何故だろう?  
 
 
大きな手が優しく身体中に触れ、熱を燈していく。  
ふんわりと熱を帯びた意識の中、ひらひらと舞い踊るシャツに手を伸ばした。  
ボタンが全て外されたそれは、先生が動くたびにその動きにあわせて揺れている。  
「神子、どうした。」  
しっかりと裾を掴まれ、動きを制限された先生が顔を覗き込んできた。  
恐ろしく整った美貌に、ほんのりと熱を帯びたセルリアンブルーの瞳。  
とても、綺麗。こんなに綺麗な人を私は他に知らない。  
 
今更ながら見とれてしまった意識をなんとか戻し、くいくいとシャツを引っ張る。  
「あのね、先生。  
どうして服、何時も脱がないんですか?」  
すぅ、と眼が細められて心なしか視線が揺れた。  
一見無表情に見える先生だけど、良く見ればそんな事はない。  
これは…返事がしづらい事を、聞かれた時の顔だ。  
「答えられない、は無しでお願いします。」  
あちらの世界で半ば口癖と化していた台詞を、牽制に出す。  
明らかに言葉に詰り、視線を彷徨わせる先生。こんな顔が見れる様になったのも役得…じゃなくて。  
 
最初の頃は、先生が与えてくれる熱に翻弄されてそれどころじゃなかった。  
でも少しずつ慣れてきて、やっと頭が真っ白にならずに済むようになって気づいたのだ。  
私の衣服は瞬く間に全て脱がしてしまう先生が、何故か自分は最後まで服を脱がない事に。  
前は全部肌蹴てくれるから、その肌の温もりを感じる事はできるけど。  
それでも…やっぱり、気になってしまう。  
「先生、返事して下さらないなら脱がしちゃいますよ。」  
返ってこない返事を待つのもいい加減飽きて、袖口を捉える。  
引っ張ろうと力を込めた手を、大きな手ががっちり捕まえた。  
「駄目だ、神子。」  
「何故ですか?理由、教えてください。」  
教えてくれないと引く気はない、と視線に乗せて見上げると  
僅かに眉を顰めながら、実に言い難そうに先生は口を開いた。  
 
「それは…神子を、如何なる時であろうと護る為だ。  
こちらの世界は平穏だ。が、何があるかわからない。  
事が起きた際、直ぐ神子を抱えて動けるように。  
出来うる限り気を抜きたくは無い。」  
先生らしいといえば先生らしすぎる理由に、思わず溜息が漏れる。  
「先生、でもそれなら私だって服着てなきゃいけないんじゃないですか。」  
「必要ない。私の装束なら、上だけで神子の全身を包めるだろう。  
それに……私はお前の全てに触れていたい。」  
も―――っ、先生ってば!  
なんでこんな事を、至極あっさりと言っちゃうかな、もうもう!  
 
「大丈夫ですよ、服なんてぱぱっと着ちゃえばいいんですから!  
それに、間に合わなくって裸で逃げ出したとしても。  
先生が抱きしめてくだされば、私はすっぽり隠れてしまうでしょう?」  
浮かれすぎて随分と的外れな事を言ってしまった。  
先生も呆れてしまったのか、眼を丸くしている。  
我ながら馬鹿だという自覚はある。でも、でもね。  
「先生、私だって先生の背に触れたいです。貴方の全てを感じたいです。  
だめ、ですか?」  
ふっ、と眼に柔らかい笑みを浮かべた先生に気を良くして私は再度手を伸ばした。  
もう一度袖を引っ張る。今度はその手に留められる事はなかった。  
 
私の全身を包めるほど大きいシャツを引きはがし、改めて抱きつく。  
腕一杯に逞しい身体を感じる事ができて、ほぅと満足の吐息を漏らす。  
ずっと追いかけてきた広い背中を指で探れば、あちこちに感じる古い傷痕。  
その一つ一つが愛しくって、飽きることなく指でなぞっていると  
頭上から少し困った様子の声が降ってきた。  
「…神子、もう止めなさい。」  
ほんの少し上ずった声が嬉しくって、温かい胸に唇を寄せる。  
先生は大人だから、ずっと翻弄されっぱなしなのがちょっとだけ悔しかったの。  
それに、二人でこうしているときぐらいは気を抜いて欲しい。  
私は先生から見ればまだまだ子供だろうけど、それでも。  
少しは、溺れて欲しいなって思うのは…変なことじゃ、ないよね?  
 
言う事を聞かない私に焦ったらしく、先生の鼓動は心なしか早め。  
この音が好き。大好き。もっと聞かせて欲しい。  
そんな事を考えていると、背中に廻した手を掴まれてそのままシーツに押しつけられた。  
「せんせっ…ん、ふ、んぅ…」  
先生に教えて貰った深い口づけは、何だか何時もと違う。  
慣れた、と思っていたのに。それだけで意識が飛びそうになる。  
朦朧としていた私の耳に、がさり、と布の擦れあう音がした。  
 
―――アレ、先生自分で脱いでくれてる?  
 
「望美、よいか…。」  
了承を求める台詞、これは変わらないんだけど。  
耳元で囁かれる何時もより数段擦れてる声は、はっきりいって凶器です先生。  
こくこくと頷く事しか出来ない耳をかし、と噛まれ蕩けきっている腰を掴まれる。  
ずっ、と押し入ってくる先生自身が…いつもより、熱い。  
「あっ、ふぁん、あああんっ!」  
いつも私の様子を見ながら、慎重に動いてくれる先生なのに。  
いきなり最奥をつかれ、容赦なく動かれて頭が真っ白になった。  
「ひぁっ、せんっ、せっ、ああっ!!」  
背に縋った手にもその腰に絡みつかせた足にも、余計な隔たりはなく直に熱が伝わるけど。  
それを喜ぶ間もなく、激しい快楽の波にあっさり攫われた。  
 
 
優しくタオルで身体を拭かれても、意識は朦朧としたままだ。  
指一本動かせず、ぐったりとシーツに沈み込んだ私の頭をそっと撫でる手。  
「すまない、無茶をさせた。」  
「…いえ、だいじょぶ…です…」  
なんとかがらがらの喉から声を絞り出す。本当はあんまり…大丈夫じゃないかもしれない。  
「何か飲む物を持ってくる、待っていなさい。」  
先生の手が離れ、気配がキッチンへ向かうのを確認してからふぅ、と溜息を一つ。  
溺れて欲しいなって思いはしました。しましたけど。  
基礎体力に違いがありすぎるのを、改めて再認識してしまった。  
気持ちよくなかったか、と言われればとても良かったけど  
毎回ああじゃ絶対私の身が持たないよ…。  
 
「起きられるか、神子。」  
かけられた声に何とか顔を動かしてみると、ミネラルウォーターの入ったグラスを手に  
先生が立っていた。何時の間にか、しっかりと服を上下着込んでいる。  
あ、もう着ちゃったんだと思ったのが顔に出たらしく  
苦笑いを零してグラスをサイドボードに置き、先生は私を抱き起こした。  
「やはり、脱がぬ方が良いようだ。  
服と共に、理性も脱ぎ捨ててしまったらしい…お前の負担になる。」  
 
だから至近距離で、覗き込みながらそんな台詞言わないでくださいってば!  
台詞とはうらはらに何処か誘っているような、艶やかな眼差し。  
その眼の力に負け、先生を見上げて私はお願いした。  
「その、毎回これじゃ困りますけど。  
たまになら大丈夫ですから……。また、服脱いでくださいね?」  
私の懇願を受け、嬉しそうに目を細める先生。  
「お前の、望むままに。」  
 

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