恐れでしか、貴方を繋ぎ止めることが出来ないのなら。
異国の神より無慈悲な鎖で、貴方を縛ってあげる。
A chain of fear
朔がどうしても一緒に会いに行くといってきかないのを振り切って、私は一人で景時さんに会いに来た。
偶然手に入れた切り札、これを使うには一人で…景時さんと二人っきりで会う必要があったから。
朔にはちゃんと約束した。必ず景時さんを連れ帰るよって。
貴方の真意と、私の切り札。双方を満たす大事なモノは今、私の懐に眠ってる。
どんな手を使ってでも…私は、貴方を取り戻す。
「今すぐ此処から立ち去れ。オレはもう、君の八葉じゃない。わかっているだろ?」
壇ノ浦で最後に見た貴方と同じ、感情を凍らせた冷たい眼差し。
ねぇ景時さん、全然似合わないよ。そんな顔、しないで。
「景時さんの嘘つき。私は知ってるんですよ?」
自分の懐を陣羽織の上から撫でながら、私は微かに笑ってみせる。
「泰衡さんにお願いして、茶吉尼天に対抗する手立てを見つける為に
泰衡さんの持ってる書物を見せてもらったんです。
その中に、たまたま白龍の神子と八葉について書いてる物があったの。
『八葉の玉は、真に八葉の心が離れれば五行に還る。
例え立場を違えてもその心が神子にあるなら玉は神子の下にあり、その八葉と神子を繋ぐ縁となる。』」
私がその一文を見つけた瞬間、どれだけ嬉しかったか。
そして、それ故に…貴方が私を信じてくれず独りで何もかも背負おうとした事が。
力を合わせれば、茶吉尼天に勝てると信じてくれなかった事が。私の側に居てくれる事を選ばなかった事が。
どれ程悲しく、私の心を切り裂いたか…貴方には、きっとわからない。
心だけ遺されても、満足なんかしない。
愛されていたのだからそれで良い、なんて戯言だ。
ほんの一瞬、眼を閉じる。瞼の裏に浮かぶのは赤く…赤く染まった屋島。一人志度浦に残る姿。
ああ、貴方はまた同じ事を繰り返そうとしてる。
そんな事は許さない。もう二度と…許すわけには、いかないの。
無表情だった貴方の顔が、ほんの一瞬だけ揺らいで…また直ぐ戻った。
「そんな、書物の内容を鵜呑みにしたの。随分と迂闊だね。」
確証などないのに。そう一人ごちる景時さんに、私はにっこりと笑いかける。
「ねぇ景時さん、平泉はとっても寒いですよね。
随分と薄着だけど、平気なんですか?それに、仄かに梅の香りがします。
戦場でも香をたいてるんですか?今までそんな事、してませんでしたよね?」
何を言い出すんだ、と軽く眉根を寄せた彼の視線の先でゆっくりと懐から香袋を取り出した。
「壇ノ浦から、これに入れて持ってたんです。
暖かかったでしょう?ずっと懐に入れてましたから。」
口を縛る紐を解き、傾ける。強く香る梅花と共にころり、と玉が私の手のひらに転がり落ちた。
景時さんの眼と同じ色のそれに、愛しげに指を這わせる。
ぴく、と眉を跳ね上げる景時さん。ああやっぱりそうなんだと呟いてふぅ、と
息を吹きかける…僅かに身じろぐ姿に、賭けの勝ちを確信して思わず笑みが零れた。
「玉って、敏感なんですよね?
熊野の温泉で皆が喋ってるの、女湯にまで聞こえてましたよ。
触られたり舐められたりすると、とてもイイって。
…まるで、全身にそうされてるみたいになるって誰かが言ってましたよね。」
冷たいだけだった視線に混じる、動揺。もっともっとそれを引き出したくて、
私は微笑んだままちろ、と舌を出した。
二度と溶けないはずの凍りついた表情が、溶ける。
溶けて流れた下から見えるのは、私の意図を理解したが故の…驚愕と恐怖に見開かれた眼。
とても、綺麗な松葉色。さっきまでの感情を凍らせた眼より、ずっとずっと…綺麗。
「君、は…そんな、事っ?!」
「白龍の神子としては、失格もいいところですよね。
でもこうしないと景時さん、私の側に来てくれないでしょう。
そんなに、頼朝さんが怖い?政子さんが、怖いですか?
私がお二人より怖かったら…私に、縛られてくれますか。」
固まっていた彼が頬を叩かれた様な顔をして、私の手から玉を取ろうと動く。
その瞬間を狙ってぺろり、と手の中の玉を舐めあげた。
「――――っ!」
男の人がどれほど快楽に弱いか、私は知らない。
女のそれほどではない、と聞いた事があるぐらい。
でも…全身を一度に舐めあげられる感触は、おそらく景時さんにとっても未知なモノ。
息を乱し、身体を捩る様からは容易にそれが読み取れた。
舌先でさらに玉を嬲れば、小刻みにその身が震えだして景時さんは唇を噛み締める。
「ねぇ…私の事が、怖いでしょう?」
恐ろしい、事でしょう?景時さん自身の意思に関係なく、身体を勝手に弄ばれるのは。
だから、もっと私を恐れて。
貴方が心縛られて、逃げられないと思い込んでいる貴方の支配者よりも。
その支配者を支えている異国の神よりも…私を、怖いと感じて。
そうすれば、貴方は私に膝を折ってくれるでしょう?私のモノに、なってくれるでしょう?
見せ付けるように口を開け、ゆっくりと…私は、松葉色の玉を口の中に入れた。
「やめ…望美、ちゃ…っ!!」
飴を口の中で転がす動きそのままに、咥内でゆっくりと玉を弄ぶ。
耐え切れなくなったみたいで、ガクンと景時さんはその場に座り込んだ。
噛み締められていたはずの唇は力なく開いて、零れ出るのかはすすり泣きか嬌声か。
快感と恐怖は共存する、何故なら両方とも理性を手放すことだから、と以前読んだ本に書いてた事を思い出す。
ねぇ、景時さん。キモチイイ?それとも…怖い?
「この玉、飲み込んじゃおうかな。そしたら、貴方は私の中で溶けてくれますよね?
一つになれて…ずっとずっと、一緒に居られるならそれもいいかも。」
恐怖と喜悦に焦点が合わなくなっていた景時さんの眼に、透明な雫が盛り上がる。
その涙の意味を知りたくなんてなかったから…玉に、歯を立てた。
「ひっ…うあぁっ!!」
悲鳴をあげ、ガクガクと身体を震わせる景時さん。零れた涙が頬を伝う。
私は涎に塗れた松葉色の玉を口から取り出し、懐紙で優しく拭ってから香袋の中にそっと入れた。
懐深くに香袋をしまい込み、力なく項垂れる景時さんに歩み寄ってその頬を両手で包む。
ぐい、と上向かせてみればほんのりと染まった目尻、紅潮する頬、そして…ぼろぼろと涙を流し続ける、松葉色の眼。
その眼に映る私は、とても嬉しそうに笑ってる。
「ねぇ景時さん、朔が貴方の事待ってます。
泰衡さんには私からお願いしてあげる。戦に出たくないならそうしてあげる。
頼朝だって、茶吉尼天だって、貴方が私以外に怖がるものは全て滅ぼしてあげる。
だから…貴方は、八葉じゃなくても私のモノ。ね?」
恐れと諦めと哀しみ、そして微かな愉悦。感情をそのまま映し出した景時さんの顔は、とても綺麗。
ずっとずっと欲しかったモノを、私はやっと手に入れた。
本当に欲しかったのは、はにかんで笑う貴方だったのだけど。
鎌倉方にいても、貴方は笑えないのでしょう?
だから、とても残念だけど…諦めるしか、ないよね。