必死に、船縁から岸に向かって手を伸ばした。  
どんなに手を伸ばしても、ただ一人屋島に残った彼に手は届かない。  
九郎さんに羽交い絞めにされ、それでも泣き叫びながら手を伸ばす。  
「いやぁあっ!!景時さんっ、景時さぁんっっ!!」  
 
 
覚悟させた女  
 
 
何度白龍の逆鱗を使い、過去に遡っても私は景時さんが  
単騎屋島に残り、討死する運命を変えることができずにいた。  
彼の思惑を知り、それを見抜いたふりをしてそんな事はしないでくれと泣きながら懇願した。  
命を粗末にする事は許さないと怒りもした。でも、そのいずれも景時さんの心を動かせなかった。  
思い余って、いつの間にか芽生えていた思いをぶつけもした。  
彼は一瞬、泣きそうな顔をしたけど…直に何時もの笑顔で  
「望美ちゃん、俺みたいな駄目な奴にそんなこと言っちゃ勿体無いよ。  
もっと望美ちゃんのこと、大事にしてくれる人はいるから…ね?」  
そう言って私を九郎さんに押しやると、また一人だけで行ってしまった。  
まるで皆を逃がす事より、討死する事そのものが目的であるかのように。  
 
(もう、私には景時さんを助ける事は出来ないのかな…)  
力尽きて座り込み、泣きすぎて朦朧とした頭で思う。  
何度も迎え、変える事が出来ずにいる思い人の死は  
時空を歪める決意すら蝕み、挫けさせようとしていた。  
「…望美、ごめんなさい。」  
ふいに自分の対、朔の泣き顔がぼやけた視界に入り込んでくる。  
「あんな兄上だけど、慕ってくれてたのね…。  
兄上もきっと、将としてだけでなく貴方の事も護りたかったんだわ。」  
(朔…景時さんが大事にしていた人。景時さんの家族…)  
彼は優しい人で、鎌倉でお世話になったお母さんの事も大事にしていた。  
(私じゃなく、彼の家族なら彼を引き止めることができただろうか…っ!)  
突然、疲れきった頭に一つの謀が浮かんだ。  
但しそれは、神子どころか人の為せる業でもなく  
実行してしまえば皆に…目の前の半身にも、思い人にも蛇蝎の如く嫌われてしまうのは確実。  
(それでも…景時さんが生きてくれるなら、構わない。)  
私は胸元に隠していた、白龍の逆鱗を握り締めた。  
たった一人の、大切な人が生き残る事。それだけを願って。  
 
逆鱗に導かれ、たどり着いた先はどうやら屋島に出陣する二ヶ月前の京。  
「望美さん、僕はそろそろ行きますので後片付けをお願いしますね。」  
ふいに弁慶さんにそう告げられ、慌ててその後姿を見送る。  
戦の気配高まる京で、弁慶さんは準備の合間を縫って五条大橋で薬を配っていた。  
私は時折、それを手伝っていたんだ。  
(確か明日、景時さんは屋島に攻め込むための戦支度を始めたはずだ。)  
なら思いついた事を実行する機会は、今晩しかない。  
震えそうになる身体を押さえ、  
決意を固めながら任された片づけをする私の視界に、ある壷が映った。  
 
その夜。  
梶原邸の主でもある景時さんの部屋に、私は器に入った白湯をもって訪れた。  
「え、望美ちゃん?こんな夜中に男の部屋に来ちゃいけないよ〜。」  
突然の来訪に眼を丸くしたものの、  
「お忙しいところすみません、どうしてもお話したい事があるんです。」  
と頭を下げれば人の良い彼。まぁとりあえず入ってよ、と促される。  
床に盆を置き、二つある器の一つを景時に勧めて私はもう一つを手に取った。  
これから自分がしようとする事、その浅ましさに泣きそうになる。  
(でも、もうこれしか景時さんを引き止める方法が思いつかないよ。)  
瞳をぎゅっとつぶり、器の中身を一気に飲み干した。  
「豪快だね〜。じゃあ俺も頂こうかな。」  
何も知らずに景時さんは笑い、同じく白湯を口に運ぶ。  
形の良い喉が鳴り、白湯を嚥下していく様を見ながらだたひたすら心中で謝っていた。  
(ごめんなさい、景時さん…。)  
 
「…で、話って何だい?」  
器を盆に戻し、景時さんはこちらに向き直る。  
私が緊張しているのを悟ってか、何時もの様に優しい笑みを浮かべて。  
ふいにそれが、屋島で最後に見た笑顔と重なった。  
『もっと望美ちゃんのこと、大事にしてくれる人はいるから…ね?』  
 
「うわっ、どうしちゃったの望美ちゃん?」  
焦った声が耳朶に届き、ようやく自分の手にぼたぼたと落ちる水滴に気がつく。  
慌てて涙を止めようとしても、一度壊れた涙腺はそう簡単に止まってくれない。  
懐紙を差し出してくれる大きな手を掴み、その胸に縋り付いて泣きじゃくった。  
「…俺、何かしちゃった?」  
困ったなぁ、と呟く景時さん。声には出さず、しがみつく腕に力を込める。  
(しましたよ!何度も何度も、私の手を振り払って…私を置いて、一人だけでっ…!!)  
ドクドクと、心音が聞こえる。景時さんが生きているから聞こえる音だ。  
ふいに、その音がひときわ大きく跳ね上がった。  
「え?あ…」  
突然肩を掴まれ、引き剥がされる。新緑を写し取った様な眼が驚愕の色を浮かべ、私を見た。  
「望美ちゃん、まさか…さっきの白湯に何か入ってた?」  
肩を掴んだままの手が軽く震えている。何も言えずに頷いたその時、  
私の心臓もドクリ、と音を立てた。身体の芯がちりちりと熱を帯びてむず痒い。  
白湯には、弁慶さんの庵で見つけた壷の中身を入れた。景時さんの器には多めに、私の器にはほんの少し。  
『皆に薬を配るには、どうしてもお金が足りませんから…。  
貴族や武家の方に、こういった閨事の薬は高く売れるんです。』  
壷の中身を訊ねた際、九郎には内緒ですよと笑って弁慶さんが教えてくれた。その中身を少し貰ってきたのだ。  
「どうして…何で、こんな事…」  
「どうしてって、決まってるじゃないですか。」  
貴方に死んで欲しくないから。本当の理由を飲み込んで、私は精一杯の笑みを浮かべた。  
「好きです、景時さん…お願い、抱いて下さい。」  
 
そんなの駄目だよ望美ちゃん。そう言って首を必死に振る彼の手を払いのけ、  
その首に手を回して持てる限りの知識を総動員させて口付けた。  
払いのけようとする景時さんの腕には、薬が相当効いているのか力が無い。  
「ん…ふ、ぅ…」  
(キスやそれ以上のことって、もっと幸せな気持ちでする事だと思っていた。  
薬まで使って泣きながら、無理やりする事だなんて思ってもみなかったよ…)  
それでも身体の芯から起こる熱情に煽られるように、深く深く口づけて。  
息が続かなくなってようやく離せば、とろりと熱情を燈した眼に見つめられる。  
「望美ちゃん…本当に、オレでいいんだね?」  
思い直すなら今のうちだよ、でないと止めてあげられない。  
薬まで飲ませた相手に、まだ景時さんはそんな優しい事を言う。  
本当は、まだ怖いけど。貴方を騙す事を、貴方に嫌われる事を恐れて身体は震えているけど。  
「『で』じゃないです。景時さん『が』いいんです。」  
景時さんじゃないと嫌です。言い終わる前にくしゃっと景時さんの顔が崩れて。  
さっき私を払いのけようとしていた腕に、今度は強く抱きとめられた。  
 
景時さんは、とても優しかった。  
薬まで使ったのに。もっと手荒くされても、しょうがないはずだったのに。  
熱をもった手で、口で、私を怖がらせない様に少しずつ触れてゆく。  
「そんなに、優しくしないで…」  
私にその資格は無いよ、これから貴方を騙すのに。  
「オレは、オレがしたい様に望美ちゃんに触れているだけだから。」  
擦れた声で耳元で囁かれれば、身体の内と外から湧き上がる熱でどうにかなってしまいそうで。  
手を伸ばし、その背に縋る。暖かい…ちゃんと熱を感じる身体。  
一番最初に、屋島で景時さんが死んでしまった時の事を思い出す。  
死に様を源氏の英雄と祭り上げた葬儀に、私は龍神の神子として参加しなくてはならなかった。  
その魂に平安を齎す為、と言われて触れた景時さんの身体は…とても、冷たかった。  
 
「…望美ちゃん?」  
ふいに顔を覗き込まれて、私はまた自分が泣いていた事に気づく。  
「辛い?嫌ならちゃんと言って?」  
止められないって言ってた癖に。どうして景時さんは、こんなに優しいのだろう。  
「ううん、違うの…もう、景時さんをください。」  
(今此処で、確かに貴方が生きている証を。そして、近い将来死なせてしまわない為に。  
どうか、貴方を私にください。)  
心身を蝕む熱に持っていかれない様、必死に見上げると  
見た事のない顔で景時さんが笑った。  
「うん、わかったよ…そんな風に言われたら、オレも我慢できない。」  
 
相当痛いものだとは聞いていたけど。  
そうでもないな、と感じられたのは弁慶さんの薬のお蔭か、景時さんが優しいからなのか。恐らく両方なのだろう。  
それでも、やっぱり痛みは伴うもので。  
「あ、やっ、いっ…あああっ!!」  
悲鳴を上げてその背にまた縋る。驚いた様な声が、耳元で囁かれた。  
「っ!望美ちゃん、まさか…。」  
身体を離そうとする気配を感じて、腕に力を込める。  
「駄目っ…やめない、で…」  
「無理だって!オレ、今余裕無いからっ…優しく出来ないよっ…」  
「優しくしなくてもいいからっ!だから、景時さん…やめないで。」  
離されないように、必死にかぶりをふる。景時さんはほんの少し躊躇って…  
そっと私のつむじに口付けた。  
「本当に辛かったら、ちゃんと言うんだよ。」  
再び分け入ってくる、熱。痛みはひかないけど、これは景時さんが生きている証拠。  
「ん、あ、やぁっ…」  
「くぅっ…望美ちゃん…」  
自分の口から零れ落ちる声も、景時さんが荒い吐息をぬって名前を呼んでくれるのも、何処か遠くて。  
「ふ、うぁっ…」  
ドクンッ、と身体の中に注がれる熱を感じながら私は意識を失った。  
 
 
ゆらゆらと、何か暖かいものに包まれて揺られている。  
その温もりがとても心地よくて、半ば眠ったまま擦り寄った。  
「望美ちゃん、起きちゃった…?」  
起きてないよ、だからどうかこのまま眠らせて。  
「また寝ちゃったか…ねぇ、望美ちゃん。  
初めてだったのに、どうしてあんなことしたのさ…?」  
返事を期待しない呟き。どうしてかって、そんなの決まってる。  
この温もりを失いたくないから。その為なら、何だってするよ。  
だから今は、今だけはもう少しこのままで…。  
 
 
目覚めてみれば、其処は見慣れた私の部屋。  
一瞬夢かと頭を振ってみたけれど、すぐに全身の気だるさと鈍く痛む体の芯に気がついた。  
ぼんやりと記憶が残っている。恐らく景時さんが、気を失った自分を運んでくれたのだろう。  
もう日は随分と高く登っている。ふいに襖の向こうから、朔の声がした。  
「望美、起きてる?」  
「あ、朔…今起きた所だよ。ごめんね寝坊しちゃって。」  
「いいのよ、貴方はずっと頑張ってきたんですもの。  
仕度が終わったら言って頂戴、朝餉を用意させるわ。」  
「朔…ありがとう。」  
対の優しい言葉が、今は辛い。  
景時さんは、もう屋島に攻め込む準備に向かったんだろう。  
やるべき事は果たした。後は、あの屋島で…通じるだろうか。  
私が仕掛ける謀は、優しくて時々嘘つきな景時さんに果たして通用するだろうか。  
 
 
二ヵ月後、屋島。  
志度浦で、幾度も繰り返した光景に私は対峙していた。  
目の前には、厳しい顔をした景時さん。背後には、海に船で敗走しようとする源氏の兵達。  
足が震えそうになるのを必死に堪えて、言葉を紡ぐ。  
「嘘ですね、景時さん…ここに、自分だけ残るつもりでしょ?  
私、景時さんの嘘はわかるんです。」  
ほんの一瞬、眼を見開いて…それでも景時さんは、直にいつもの笑みを浮かべた。  
「何でわかっちゃうかな?…でも、それ以外に皆が助かる方法なんて無いでしょ。」  
「景時さんだけを犠牲にしろって言うんですかっ?!そんな事出来ません!!」  
困ったなぁ、と言いつつ彼は笑みを崩さない。大きな手が、そっと私の肩に置かれた。  
「わかってくれよ、望美ちゃん…オレが武勲を立てられる機会なんて、もうこれ以外にはないからさ。  
朔も、おふくろも、皆幸せになれるんだ。」  
「お二人とも、武勲なんかより景時さんの無事がいいに決まってます!  
それに、私は…絶対幸せになんかなれない。」  
はっきりと言い切る。ほんの少し揺らいだ眼は、それでも固い意思を宿したまま  
肩に置かれた手が私を抱き寄せた。  
「望美ちゃん…オレなんかを選んでくれて、本当に嬉しかったんだよ?  
でも、やっぱり駄目だ。オレよりずっとずっと、君に相応しい人が絶対いるからさ。  
…だからせめて、君を護らせて?」  
貴方はそう言うと思ったよ。ただ抱かれただけじゃ、私は貴方を引き止められない。  
本当に優しい人。だから…私は今から、その優しさにつけこむ嘘をつく。  
 
 
顔を会わせない様に背ける景時さんの頬に手を添え、無理やり視線を合わせて…私は告げた。  
「私に相応しい人なんて、貴方以外にいないよ。  
だって…貴方が死んでしまったら、お腹の子が幸せになれるわけないもの。」  
 
たっぷり三十秒、景時さんはそのまま固まった。  
その間、私は身体を震わせない、視線を逸らさない…嘘がばれてしまわない様に。  
「…お腹の、子?オレと…望美ちゃんの??」  
衝撃的過ぎたのか、舌が回ってない景時さん。私は眼に力を込めたまま無言で頷いた。  
元いた世界では直に判定できる方法がある。でもこちらでは、中々わからないはずだ…自己申告以外では。  
だらん、と垂れ下がってしまった手を取り、膨らんでもいないお腹にあてる。  
「うん、ここに…いるよ?」  
景時さんは優しいから。新しく出来た家族を見捨てられるはずが無い。  
(お願い、どうか騙されてー)  
ほんの数ヶ月で良いから。嘘がわかって、蔑まれても構わないから。  
願いを込めた目線の先で、景時さんは手を当てたまま呆然としていて…  
ふいに、その表情がくしゃりと崩れた。  
お腹に当てていたはずの手にまた引き寄せられ、そのまま横抱きに抱えあげられて眼を丸くする。  
「え、うわっ?」  
「…もう本当に、望美ちゃんには適わないや。  
父親になったんだから、子供の顔も見ずに死んじゃうわけにはいかないじゃないか。」  
「その通りですよ、景時。」  
背後の木の陰から、弁慶さんと九郎さんが出てきた。其処に居るのは知ってたけど…全部聞いてました?  
「うわぁっ!って二人とも驚かさないでくれる?」  
「驚いたのはこっちだ!何時の間に望美と、そんなことになってたんだ?」  
真っ赤な顔をして怒鳴る九郎さん。まぁまぁ、と弁慶さんがそれを窘める。  
「負け犬の遠吠えって知ってますか、九郎?  
お目出度い事ですが…今は平家の追っ手から、全員が逃れる方法を考えるのが先です。」  
「ああ、それなんだけど…今、思いついたよ。」  
私を抱えたままの景時さんが、すっと表情を硬くして言った。  
「オレはあの術苦手で、上手くいくかどうか解らないけど…もう、そんなことも言ってられないしね。」  
 
 
景時さんが作り出した幻影は、見事に平家の軍勢を騙す事ができた。  
そして私がついた嘘は瞬く間に、八葉と白龍と朔に知れる事になった。  
「身体に障るどころじゃないわ、もう戦に出ては駄目よ。」  
祝福してくれた後で、朔は顔をしかめてそう言ってくれたけど。  
まだそれほど身体に障ることもなく、ことは軍の士気に関わるからと。  
この戦を始めた責任をとり、最後まで参加させて欲しいという願いは何とか聞き入れられた。  
 
その後、壇ノ浦の戦が始まる前に景時さんから  
「一緒に逃げよう、3人で何処か遠くで暮らそう。」  
と縋りつかれたりもしたけど。  
「逃げないで。屋島の時みたいに絶対景時さんなら何とかできるよ。」  
と彼を励まし続け、嘘を突き通して…そして。  
私は、見事政子さんを騙しぬいた景時さんと鎌倉に戻ってきた。  
景時さんが逃げないと決めた、その決着をつけるために。  
 
白龍の逆鱗を、景時さんに手渡す。  
しっかりとそれを握り締め、景時さんは笑った。  
いつもの何処か無理をした笑顔じゃなくて、本当に心の底からの笑顔。  
「行って来る。…絶対に帰ってくるから。望美ちゃんも、無茶だけはしないで。  
朔、望美ちゃんのことくれぐれも頼んだよ。」  
「もちろんです。兄上こそ、しっかりやってくださいね。」  
朔と一緒に、私も笑って景時さんを見送った…しっかり笑えていただろうか。  
もうすぐ、彼を縛る全てが消える。  
そうしたら…私のついた嘘をちゃんと話して、謝って、景時さんとお別れしなければ。  
本当は怖い、逃げ出したくてたまらない。  
でもちゃんと向き合わないと。頼朝と決着をつける覚悟を決めた、景時さんの様に。  
「…望美、大丈夫?やっぱり顔色が悪いわ。貴方はやっぱり休んでいた方が…」  
「大丈夫だよ、朔。景時さんがあんなに頑張ってるんだもの。  
私だけ休んでいるわけにはいかないよ。」  
辛かったらちゃんと言ってねと気遣わしげに私を見やった朔の顔が、ふと綻んだ。  
「それにしても…『殿方が成長するのは親を亡くしたときと、子供ができた時だ』  
とは良く言ったものよね。  
あの頼りなかった兄上が、あんなにしっかりするなんて思わなかったわ。」  
そう言って、優しく私のお腹を撫でる。そんな仕草はやっぱり兄妹で、良く似ていて…。  
どうしても我慢できず、ぼろぼろと涙を零しながら朔に縋りつく。  
「朔っ…ごめん、ごめんね私っ…」  
「え、望美?どうしたの?」  
優しく背中を摩ってくれる朔に縋りついたまま、私は自分がついた嘘を対に告げた。  
白龍の逆鱗を使った事だけは伏せて。屋島からずっと皆を、景時さんを騙していた事を…。  
 
「望美、顔を上げて頂戴。そんな事で私や皆が怒るものですか。」  
黙って私の告白を聞いてくれた朔は、俯いたままの私の顔に手を添えて上げる。  
うっすらとその綺麗な眼に涙を浮かべた朔は、そのまま私をぎゅうっと抱きしめてくれた。  
「馬鹿ね、望美ったら。貴方は兄上を助けてくれたのよ?  
貴方があそこでああ言わなければ、兄上は間違いなく死ぬ事を選んでいたわ。  
それに…今、兄上が必死に戦っていられるのも貴方が励まし続けてくれたからよ?  
そんな貴方に感謝こそしても、怒るわけ無いじゃない!…そうでしょう?」  
それにね、と涙が止まらない私を覗き込んで、朔は笑う。  
「これからいくらでも、私に可愛い甥や姪が生まれる可能性があるでしょう?  
万が一兄上が、許さないなんて馬鹿なこと言い出したら遠慮なく望美から袖にしてしまいなさい。  
何なら一緒に、月影氷刃を喰らわせても良いわよ。」  
朔の軽口に重かった心を少し救われて、くすくすと二人で声を合わせて笑った。  
 
朔はああ言ってくれたけど、やっぱり景時さんに本当のことをいうのは怖かった。  
頼朝を見事に騙して、九郎さんと景時さん自身の身の安全を保障してもらって  
意気揚々と凱旋してきた景時さん。  
合流した宿の庭で、牢から助け出して以来常に私の近くに居たがる白龍と  
さり気なく側にいてくれる朔に見守られながら、私は時空跳躍の事は伏せて半分だけ真実を…彼に明かした。  
景時さんは最初、屋島で私が嘘をついた時と全く同じ顔…つまりは固まっていて。  
私が居た堪れなくなってきた頃、ぺしゃりとその場に崩れ落ちた。  
「だ、大丈夫ですか景時さんっ?!」  
慌ててしゃがみ込み、視線を合わせると…彼はなんともいえない顔で笑っていて。  
「いやぁ…腰が抜けた。  
オレ、政子様と頼朝様相手に一世一代の大勝負仕掛けて  
当代一の勝負師になったつもりだったんだけど…。  
望美ちゃんには、本当に適わないや。」  
「怒らないんですか。蔑まれて当然の、嘘をついたんですよ?」  
「何言ってるのさ、怒るわけないでしょ?  
こんなに健気な恋人兼、命の恩人にそんなことしたら撥が当たっちゃうよ。  
それに後ろで、こわーい妹君が扇構えてるし。」  
朔がコホン、と咳払いを一つして扇を仕舞う。  
それにね、とその大きな手で私を抱き寄せて彼は柔らかく笑った。  
「望美ちゃんは、オレの為に今まで嘘をついててくれたんだ。…辛かったでしょ?」  
「はい、途中で何度も逃げ出したくなりました…景時さん。  
景時さん全然弱くないし、駄目じゃないです。  
私、こんな短い間なのに我慢できなくて朔に話してしまいました。  
ずっとずっと、景時さん独りでこんな辛い事に耐えてきたんでしょう?  
やっぱり、景時さん強いです。強くて…優しい人ですよ。」  
ずっと思っていた事を、やっと言えた。景時さんの顔が、ぱっと朱に染まる。  
「…望美ちゃん、オレを買い被りすぎ。」  
望美ちゃんにあっさり騙されたオレなんだけどなぁ、とポリポリ頬を掻いてる景時さんに、私は力一杯抱きついた。  
 
「…ねぇ、どうして皆神子が嘘をついたって言ってるの?」  
景時さんの温もりに包まれてうっとりしてると、ふいに白龍が不思議そうにそう言った。  
「あのね、白龍。望美のお腹には、実は赤ちゃんはいなくて…」  
「それはおかしいよ。神子の中に、ちゃんと新しい命を感じるよ?  
神子の気と、地の白虎の金気が交じり合ってる。神子と景時の子だね。」  
説明しようとした朔を遮り、白龍が微笑みながら告げた言葉に…頭の中が真っ白になった。  
「…望美、貴方月のものは…?」  
「え、だって戦続きで元々安定してなかったし。  
嘘をついててずっと気分が優れなくて、皆つわりだと思ってたのはそうじゃなくてって…えーーーーっ?!!」  
同じく呆然としてる朔の問いに答えながら、恐る恐るお腹を撫でる。  
「え、本当に…っうわぁっ?!」  
一気に視界が上に伸びる。景時さんが私を高く抱き上げたのだ、と気づく頃には  
くるくるっと景時さんごと回されていた。  
「もうほんっとうに凄いや望美ちゃん!!  
オレ一生勝てないよ、勝てなくっても全然いいけどっ!!」  
「ちょ、ちょっと兄上!嬉しいのはわかるけどなおさら望美を振り回さないで下さい!」  
朔が慌てて怒る。白龍が嬉しそうに笑う。  
「景時喜んでるね。神子と景時の子も、とても喜んでるよ。ねぇ、神子も嬉しい?」  
「何を今更喜んでるんですか景時?神子は大事な身なんですから丁重に…」  
景時さんと朔の声につられて、皆も庭に出てくる。くるくる回る視界の中、私も笑って景時さんの頭に抱きついた。  
 
 
貴方が産まれて、大きくなったら教えてあげよう。  
貴方は景時さんと、私を助けてくれたんだって。  
お腹の中に居た時から、とっても親孝行だったんだよって。  
 

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