望美の世界では、それを『レース』と呼ぶ。  
まさに繊細なレースのような、緑生い茂るシダに縁取られた泉があった。  
水面はさざなみひとつなく、鏡面のように世界を逆さまにして映し込んでいる。  
そのほとりに望美は伏していた。息は荒く、額には珠のような汗。  
目はきつく閉じられ、呪縛が身を苛むのに耐えていた。  
この地、熊野にも怨霊は巣くう。  
魑魅魍魎どもと混戦し、うち一体にトドメを刺そうと深追いするうちにここへたどり着いた。  
一体の怨霊が人界に及ぼす甚大な被害を考えれば、望美のした深追いは決して無体な事ではなく、むしろ英断ともとれる。  
しかし、望美の必殺をもって怨霊は撃退したにせよ、仲間とはぐれ、その上身動きがとれない。それが今のこの状況だ。  
望美は、背中に怨霊の一撃――『束縛』を浴びていた。  
 
荒く息をつき、望美は背中の痺れがひくのをひたすらに待っていた。  
目の前には鏡の泉。そこに映った自分は熱に浮かされたような酷い顔をしている。  
どれくらいそうして耐えていただろう。  
背後にかすかな気配を感じて、振り返る事もままならない望美は、眼差しだけを向けた。  
 
「望美さん…!探しましたよ」  
 
弁慶だった。怨霊と遭遇したときのためか薙刀を携えている。  
 
「すぐに手当てを、大丈夫ですか?」  
 
望美のただごとではない様子に、弁慶は駆け寄り、傍らに膝をついて呼びかけた。  
 
「は…はい、意識はあります。弁、慶さん…束縛の傷を、背中に負ってしまいました。  
 でも大丈夫です。たいした傷じゃありません」  
 
弁慶はすぐに望美の背中を診た。陣羽織の背にざっくりとよぎり傷がある。  
眉をひそめながらも薬師の的確さでさらに診ると、生身自体の負傷は浅く、かすり傷程度のものだった。  
陣羽織の生地の丈夫さが幸いしたらしい。  
弁慶は安堵の息をつきながらも、油断のない目で懐を探り、薬包を取り出した。  
ごく浅いとはいえ、この傷口から束縛が入り込んで望美の身を戒めているのだ。  
 
「薬があります。朔殿を呼びましょう」  
 
朔に頼み、この衣を脱がせてもらい、直に薬を塗ってもらう。そうすれば束縛は治る。と弁慶は言っているのだ。  
適切な対処法だと望美も頭では分かっていた。だが。  
 
「…いいえ…」  
「今なんと?」  
「今の私を見たら、みんな山路を進む足を止めてしまう。誰にも見られたくないんです」  
 
あなたにも。  
望美は言外に滲ませた。  
弱っているところなど、誰にも見せたくなかった。  
ちゃんと自分は一人で歩ける事を証明したかった。  
剣を振るえる事、運命を変えられる事を証明したかった。  
 
「弱くあってはならないんです」  
 
弁慶は難しい顔で思案している様子だった。  
思考の果てに心底困り果てた顔をしたのち、やがて静かに言った。  
 
「僕達が何の為に居ると思うんです。心配をかけまいと振舞う事も、度を過ぎれば思い上がりになる」  
 
やんわりとした口調ながら、言葉は厳しい。  
弁慶はときとしてリズヴァーン以上に辛辣な言葉で望美をあるべき方向へ導いた。  
リズヴァーンが精神的な導きをするのに対し、弁慶の教えは状況的なものだった。  
常に最善の手段をとらせるために怜悧な言動をする事もあった。  
 
「厳しい事を言ってすみません。でも、僕達にあなたを守らせてください」  
 
一転して温和な笑みを浮かべ、弁慶は言葉を締めくくった。  
だが、望美は頑なだった。  
 
「こ、んな事で、倒れるわけには…」  
 
呪詛のように望美はつぶやいた。  
望美の幽玄な顔に内心ゾッとしたものを感じながらも、弁慶は望美の言葉の意味を図りかねていた。  
弁慶にというよりは、ここにあらざる何かに呟きかけている。  
あるいは彼女は自分自身に呟きかけているのかもしれなかった。  
 
おりしも望美は運命を遡ったばかりだった。  
一人だけ生き残り、現世に戻って冷たい雨を浴びるだけの運命を変えるために、彼女はこの時空にいるのだ。  
それを、こんな束縛如きで。  
戦わなくてはならないものがあるというのに。  
平家、怨霊、運命、そして何より、運命を変えられないかもしれないという自分自身の心の弱さが、望美を襲い来る。  
 
草むらに身を沈ませてもなお顔を上げようとする少女に、ただならぬ悲壮めいたものを認めた弁慶は、それ以上の言葉に窮するのだった。  
百戦錬磨の軍師さえも押し黙らせる何かが、今の望美にはあった。  
今だけは、ただの娘ではなかった。  
立ち去ってくれる事を望美が願っているのは分かっていたが、かといって一人になどできるわけがない。  
ましてやそれが『弱い所を見せたくないから』という少女らしからぬ理由であれば、尚更だ。  
 
弁慶が思案にくれているうちに、望美は考えを行動に移していた。  
束縛の痺れに勝るものを探したすえに、身の内に見つける。  
怨霊と戦ううち望美が学んだ事のひとつに、痛みで束縛状態が解き放たれる事象があった。  
望美は、白い花をつけたイバラの枝に震える手を伸ばす。  
ハッと弁慶が息を飲む音が聞こえたが、かまわずにそれを握った。  
 
「君はなんて人だ。そこまでして束縛に逆らうなんて…」  
 
望美は自分の体が多少なりと自由を取り戻すのを感じた。  
 
「君の気概は分かりました。ただし、やはり手当てはします、僕一人でも。  
 二度はないと思って下さい。今度君が怪我を負ったら、引きずってでも宿場に引き返し、皆でとどまります。  
 それと、これが肝要ですが、君が弱みを見せたがらない理由を、時期が来たら皆に打ち明けると、約束してください」  
「それは…、」  
 
弁慶の言葉に望美の目が潤む。  
 
「分かりました。きっと皆に打ち明けます」  
 
 
 
「目を閉ざして処置します。指は君に触れてしまいますが、申し訳ありません」  
「はい」  
 
望美は別段弁慶の視線を意識する事はないと思ったが、素直に頷いた。  
うつ伏せに横たわったままの望美の襟刳りに弁慶の手が伸びる。  
望美の肩に流れた髪をそっと掻き分けて小袖の襟にたどり着く。  
弁慶は目を閉ざすと言っていた。  
既に瞼を下ろしているのだろうか。手付きに迷いは無かったが労わりは見えた。  
望美は束縛の残った体でようよう腕を上げ、自らも袖を外した。  
動きは緩慢で、やはり弁慶の手を借りねば、まといを解く事はかなわなかった。  
するりと、衣が望美から落ちる。  
小袖も内着も覆うものの無くなった上半身を、再びうつ伏せに横たえた。  
あらわになった胸や横腹を、夏草の強さがチクチクと刺激した。  
 
「髪を…」  
 
望美の背を撫でた弁慶は一言発する。望美は心得て、背中を覆う邪魔な髪を五指でまとめて前に追いやった。  
 
『目を閉ざして処置します』  
 
弁慶は自分が女だからそうするのだろう。裸の背中を男に見られたくないだろうからと、そう言っているのだ。  
なんて要らぬ面倒を、迷惑をかけているのだろう。女の身が歯がゆかった。  
それきり弁慶は口を閉ざした。  
望美が謝罪の言葉を述べても、かすかに同意した気配を見せるのみで、ずっと押し黙っていた。  
 
望美は急に冷静になり、先程自分が弁慶や仲間達に対して言った事の不遜さを恥じた。  
運命を変えるなど大それた事で、誰の助けも借りず自分ひとりで出来る事ではないだろう。  
臍を噛む思いだった。弁慶の言うとおり思い上がっていた。  
こんな頑なな考え方で、いいはずはない。思考に柔軟さがなければ滅ぶ。運命を変えられずにまた皆全滅してしまう。  
それどころか、逆に皆に迷惑をかけている。今も弁慶に。  
 
改めて弁慶の指先を意識した。男にしては繊細ともいえる指が背を這う。  
指先が濡れている事からすると、先程の薬包の中身を水で溶いて用いているのだろう。  
ときおり、傷口にピリッとした刺激が走った。  
傷口になするというよりは、背中全体に付与しているようだ。  
薬も指先もひんやりと心地よかった。  
弁慶は体温が低い体質なのかもしれない、と望美はぼんやり思った。  
指先に、薬の量が減ると弁慶はすぐさま薬を足す。  
意識で指を追っていた望美だったが、唐突にピクリと身をこわばらせた。  
何か今、弁慶がなぞった箇所だけ別の生き物になってしまったような感覚だった。  
弁慶の指先の動きに他意はない。  
ただ望美の背中にそういう場所があって、行きがかり上弁慶の指がそこにたどり着いただけの事だ。  
その場所をひとたび指が走っただけなのに、望美の背に変化が確かに生じていた。  
あの場所があたかも錠前であったかのように、弁慶の指を鍵として、望美の背中はひらいていったのだ。  
ひとつ所を崩せば、総崩れになるのは容易かった。  
 
望美は背をしならせた。  
何故そうするのかは分からなかった。弁慶の指がそうさせるのか、自らの意思でするのかは分からなかった。  
こんなに折れそうに背を曲げてしまっては、弁慶が目を閉ざしていてもきっと気付かれてしまう。  
そう思うのに、背中をまっすぐにする事ができない。  
望美の心中を知ってか知らずか、知っていても薬師の義務を優先しての事か、弁慶の指はさらに動く。  
望美は痙攣し、声もなく紅色の口を開けて、確かにそこから何かを漏らした。  
烈火のごとく熱いような、それでいて蝋燭ぐらいの小さな炎でちりちり舐められたような、そんな吐息を。  
その息の音が弁慶の元へ届いたかは知れない。  
ただ唇をわななかせて、口から何かを吐き出したい。声か、吐息か、絶叫か。  
いや、何かを口に含みたいのかもしれない。  
そんな倒錯を抱かせるに足る狂おしい熱が、望美が吐き出さないから一向に体から出てゆかない。  
桃色の舌の上から、思いがけずといったように、色づいたものが転がり落ちた。  
 
「あっ……」  
 
かすれているのに瑞々しい声。  
直後、望美が喉をひゅぅと鳴らした。恥じ入るべき熱い吐息を取り戻そうと、無意識に息を吸い込んだのだった。  
だが、当然吐息は戻らず、それどころか吸気は、望美の肺に弁慶の匂いを連れてきた。  
弁慶の懐か、彼のまとう黒衣の内か、いずれかは知らぬも、ぬくい男の匂いがする。  
望美の持つ、たった二つの小さな肺は、すぐにそれでいっぱいになった。  
 
声を聞いたはずの弁慶は何も言わない。  
しかしこの密着にも等しい近さだ。聞いていない筈はない。  
望美は頬を熱くし、羞恥に胸を掻き毟りたいとさえ思った。  
熱い。羞恥心と、焦燥と、身の火照りに。  
けれども、背中は更に熱い。  
 
 駄目だ、駄目だ。  
 
駄目だと思うのに何故駄目かは分からない。  
やり場の無い熱は内から望美を破裂させた。  
この身がどうなってしまってもいいと思う瞬間が訪れ、望美はか細くも熱い息を、長く長く吐いた。  
 
まなじりから滲む涙を追いやると、視界が明瞭になった。  
まだどこかけだるさの残る意識を、ふと泉にやる。  
 
望美はそこに、世にも恐ろしいものを見てしまった。  
 
水鏡に映った弁慶の鋭い眼差しを。  
 
弁慶の喉がかすかに上下した。何か水音が聞こえた。  
 
望美は瞬時に悟った。  
 
 ああ、これは嚥下しているんだ。  
 
 どうしよう、この人はいつから自分を見ていたんだろう。  
 
弁慶は一心に望美の痴態を眺めていた。  
 
弁慶の男の性が、いまここに、自分の背中にある事を知って、急に恐ろしくなった。  
この人は、こんなにも男だったのだ。  
望美が身をすくませるほどに、激しく猛るものを内に秘めた男だった。  
望美は必死に普段の弁慶を思い出そうとした。  
そうして今のこの顔を、温柔な弁慶のあの微笑が払拭してくれる事を願った。  
法衣の覆いに右手を添え、柔和に微笑む弁慶。  
道中の美しい山野草を示して、その名を望美に教えてくれる弁慶。  
けれどいまここにある彼の顔も真実なのだ。  
普段の彼からは想像もつかない、血走っていても不思議ではない、肉を見据える獣の目は。  
三草山で炎に巻かれた味方を切り捨てよと進言したときの目よりも、もっと獣じみている。  
この男の前に、自分は非力なただの女。  
 
 怖い。  
 
 運命と戦うよりも怖い。  
 
そしてもっと恐ろしいのは、男に翻弄されるだけの身体の筈が、自らも甘い疼きを秘めている事。  
それに気付かぬほどに望美は幼くはなかった。  
光は同じ角度で反射する。  
望美が弁慶を確かめられるならば、弁慶も望美を見る事ができる。  
はたして弁慶の見る水面には浅ましい女が居るだろうか。  
望美は今の自分の顔を直視する勇気がない。  
視界には鏡面の弁慶のみで、ぼんやりと端の方にいる自分に、焦点を合わせるなどできない。  
それでも水鏡を通して弁慶と視線を絡ませたいと思うのは何ゆえなのか。  
望美はそんな衝動にどうにか耐え、うっすらと朱に染まったまなじりを閉ざしかけた。  
これでもう見なくてすむ、と思った。  
だが望美が目を閉じるよりもはやく、弁慶が瞼を下ろした。  
 
疑問に思った望美が、現実から逃げるような瞑目も忘れたまま弁慶を見る。  
弁慶は、何かに耐えるようにして、眉根に皺を寄せていた。  
あまりにむごい様子に、望美は喉で『大丈夫ですか』と出かかった言葉を押しつぶさねばならなかった。  
弁慶の秀麗な頬を一筋の汗が流れる。  
 
 この人は耐え忍んでいる。  
 
望美は唐突に悟った。  
弁慶は確かに男だ。でも、必死に耐えてくれている。  
 
何に?決まっている。  
衝動だ。  
そう思うのは自惚れだろうか。  
 
女の身が歯がゆいなどとよく言えたものだ。  
こんなにも自分は女で、そして弁慶は情欲に屈しない見上げた程の男だった。  
弁慶という男への畏怖と思慕を同時に感じた望美は、胸の奥に疼きよりも身を苛む、ある種の痛みを感じた。  
ズキズキと心音と同じに脈動するそれが何であるのか、運命と戦わねばならない望美はわざと気付かぬフリをした。  
 
 
いつの間にか束縛は去り、身は軽くなっていた。弁慶の薬師としての能力は並ぶ者がない。  
 
「終わりました」  
 
何事もなかったかのように弁慶に快活に告げられた一方、  
望美は、自らも袖をはだけた当初とは比べ物にならないくらいに逡巡した顔で、小袖の襟を合わせた。  
弁慶に背を向け、襟元を常よりもきつくあわせ、小袖のたるみを帯へ無理矢理押し込める。  
過剰に身を正すのは、この泉のほとりで起こった出来事からして、無理からぬ事だった。  
シュルシュルと、かすかなはずの衣擦れの音さえ、夏の虫の音よりも勝って二人の間にあるような気がした。  
 
「いいですか」  
「…はい」  
 
応じると、背後の気配が振り向いた。  
望美はまたしても彼の人に背を向けてしまった事に気付き、後悔すると同時に顔を熱くした。  
背中の視線が痛い。  
 
「望美さん」  
 
望美がビクッと身を波打たせる。  
弁慶のその先に続く言葉は何だろう。  
『見ましたね』  
『あのような昂ぶりを見せるとは』  
鮮明に声を思い描く事ができるのは、心の深層の願望がそうあって欲しいと働くせいなのだろうか。  
しかし弁慶は何も言わず、望美の手を取った。  
 
「あっ」  
 
小さく望美が漏らした吐息が、聞こえぬわけはなかろうに。  
けれど弁慶は強引な様子もなく、かといって臆した様子もなく望美の掌を広げた。  
折り込まれていた華奢な指が開くと、そこには未だ血の固まらない傷があった。  
弁慶は、イバラの傷にも薬を塗る。  
終始黙っていた。  
怒っているのかと思う程、ずっと黙っていた。  
望美は初めて、弁慶の注視と指先を、水鏡を介さずに見た。  
それは掌に向けられたものではあったが、やはり痛いくらいに真剣な目だった。  
目に込み上げるものを感じたが、望美は涙腺から先を濡らすのを、自分の涙に許さなかった。  
 
 
 
旅の仲間の元への帰路。  
先を歩く弁慶は無言だった。  
望美も何も言えなかった。  
既に日は山の端に近付き、熊野の勇壮な山の黒々とした影を、薄紅色の大気の中にくっきりと浮かび上がらせる。  
 
「望美さん」  
 
弁慶が、この男にあらざる唐突さで振り向いた。  
予期していなかった望美は多少驚きながらも、弁慶の眼差しを真っ向から見つめた。  
 
「望美さん、僕は罪深い人間です。こんな僕が人を救うなどと超えた事は言えません」  
 
自分を貶めている弁慶の言葉を、軽々しくとりなしたり、慰めの言葉を言う気は望美には起きなかった。  
 
「ですが、苦しんでいるあなたを見ていられない」  
 
弁慶の眼差しはあまりにも切実だった。  
 
「あなたを傷つけたくない…―――」  
 
弁慶は男だった。あのとき必死に衝動に耐えてくれていた。  
それは望美を傷つけまいとする一心で。  
望美は、その言葉に泣いた。  
自分はただの女なのだと気付いた。  
そして突然に、この男の為ならば何処にでも行ける、何者にも成れると思った。  
泉のほとりでこの男に対して生まれたせつなさを殺した事や、涙を堪えた強さは、あっけなくも霧散した。  
弱すぎる。女という生き物がこんなに弱い存在だと、望美は知らなかった。  
 
「ありがとう、ごめんなさい弁慶さん。ごめんなさい、さっきは我侭言って、ごめんなさい…」  
 
望美はくしゃくしゃになって泣いた。  
 
この人は、自分が水鏡を通して見ていた事を知っているような気がする。根拠は何もないが望美はそう思った。  
弁慶ほどの男が、気付かぬはずはないのだ。  
それでも傷つけたくないと言ってくれた。  
ヒビの入りかけた関係でも望美の事をおろそかにせず、一線を越えずに、傷つけたくないと言ってくれた事が嬉しかった。  
『あなたを傷つけたくない…そう思うのに』  
『そう思うのに』弁慶はこのときこう言葉を続けていた。  
苦々しくもかすかな声。普段の弁慶であれば口に出さずにおいた言葉だったろうが、望美はしっかりと聞き届けた。  
 
 『そう思うのに』なんだろう。  
 
その先の言葉は聞いてはいけないような気がする。  
弁慶を芯から信頼したい自分の足場がなくなってしまいそうな言葉が、その後には続きそうだ。  
けれども知りたい、と望美は思った。  
弁慶もまた、運命に抗う自分と同じに、何か内に覚悟を秘めている。  
知りたい。と望美は強く思った。  
たとえ立ち行かなくなったとしても。たとえ知れば知る程この人の事が分からなくなったとしても。  
女の弱さを知ったからこそ、強くありたい。この人の覚悟を見据えよう。望美は内に決意を秘めた。  
 
 
望美は前を歩く弁慶の背中を月明かりの中に見た。  
もう男の背中にしか見えなかった。  
 
 
 
 
 
終  
 

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