それは、とある晴れた日のことでした。  
 お供に頼久とイノリを引き連れたあかねは、京の市を散策していました。  
 そこで何気なく口にした一言。  
 
「イノリ君って弟みたいだよね」  
 
 
 ガガーン!!  
 あかねの言葉にショックを受けるイノリ。  
 口をあんぐりと開けたまま放心してしまいました。  
 
 それを憐憫の視線で見守る頼久。  
(心中察するぞ、イノリよ)  
 けれどもイノリのフォローに回ることは決してありません。  
 
「あれー、なんか今日のイノリ君、おとなしいね」  
 
 そして元凶のあかねは、自らがイノリを突き落としたとも気付かずに、にこにこと微笑んでいるのでした。  
 
 
「クッソー! あかねのやつ、ぜってえ見返してやる!」  
 
 無事にあかねを土御門へと送り届けた後、イノリは頼久に向けて決意宣言をしていた。  
「イノリ、そうむきになるな」  
「ムキとかそういう問題じゃねえ! これは男の沽券に関わるんだ、このまま捨て置けるか!」  
 熱くなったイノリを鎮めることは早々に諦め、  
「ならば勝手にするが良い。神子殿に迷惑が掛からぬ範疇でな」  
 それだけを言い残し、鍛錬場に向かってしまった。  
 
「何だよ。頼久の甲斐性なしめ」  
 頼久の後姿に悪態を吐いて少しすっきりしたのか、イノリは空に向かって伸びをする。  
「しかし、見返すっつったってなぁ……」  
 どうも妙案が浮かばない様子。  
 しばらくウンウン唸って悩んでいたが、やがて指をパチリと鳴らして言った。  
「そうだ、あいつに聞いてみるか! ……正直、気は進まないけどな」  
 
 
 そうしてイノリが土御門の屋敷を出ようとした丁度その時、タイミング良く目当ての人物が向こうからやってくるのが見えた。  
 小走りに近寄り、その名を呼ぶ。  
「おーい、ちょっとあんたに聞きたいことがあるんだ」  
「おや。イノリが私に頼み事とは珍しいね」  
 そう言って大袈裟に驚いた顔をしてみせたその人、橘少将殿は、優雅に扇を広げながらイノリを見下ろしたのだった。  
 
「……すると何かな。イノリはつまり、神子殿に頼りにされたいと」  
「ま、まあな。簡単に言っちまえばそうなんだけどよ」  
 ストレートに核心を突いてきた友雅に、イノリは何故だか照れたように顔を赤らめた。  
 それに対して、友雅は何事かを考え込む仕草をしていた。  
「なるほどね」  
「何だ、いい案でも浮かんだか?」  
「まあ、そう急くでないよ。かねがね思っていたが、イノリはせっかちな所がよくないねぇ」  
 暢気に扇を仰ぐ友雅に、イノリが堪えきれないように叫ぶ。  
「だーっ、そんなことは今はどうでもいいんだよ!」  
「やれやれ……」  
 友雅が一つ溜息を吐く様に何度目かの苛々が沸き起こってくるが、何とかそれもやり過ごし。  
 きちんと正座した膝をじりじりと友雅に寄せる。  
 そんなイノリの熱情に僅かに顔を顰めながら、友雅は言った。  
「少々古臭い手ではあるがね。女性を落とすにはこれが一番だよ」  
「して、その方法とは?」  
「なに、簡単さ」  
 そこで言葉を切り、にやりと悪そうな笑みを浮かべる。  
「神子殿が暴漢に襲われる。そこを偶然通り掛かったイノリが助ければ良い。  
 自分のために体を張ってくれたイノリに、神子殿は骨抜きになるという寸法だよ」  
「なるほど。だけど、そんな上手い状況なんてなかなか……」  
「何を腑抜けたことを。恋愛においての『偶然』とは己で掴むものだよ」  
 何やらとんでもないことを言い出す始末。  
 普段ならばツッコミどころ満載なそのセリフも、  
 あかねのことで頭がいっぱいなイノリには真実と思えてしまうのが不思議である。  
「そうか、そういうものか」  
 あっさり納得してしまった。  
「まずは暴漢に神子殿を襲わせなくてはならないね。その役は誰に頼もうか?」  
 そしてこの話は本決まりになってしまったらしい。  
 心なしか楽しそうな友雅が、心当たりを尋ねてくる。  
「頼久……は無理だろうな」  
「あの者は融通が利かないからねぇ」  
 言いたい放題である。  
「天真、詩紋は……あいつらは敵だ、こんなこと任せられねえ!」  
「そうだね、彼らも神子殿に懸想しているからねぇ」  
「永泉を脅して言うこと聞かせるってのはどうだ?」  
「さて。果たして永泉様にそのような荒々しいことが務まるかな」  
 困ったように視線を巡らすイノリは、友雅に顔を向けた途端に何かが閃いたようだった。  
「あんたがやればいい!」  
 そう声を上げ、期待を含んだ目で相手を見つめる。  
「あんた以上に適任はいねえよ、なっ、頼む!」  
「女性を襲うだなんて甚だ不本意ではあるが……」  
 両の手を合わせるイノリに友雅は息を吐いた。  
「仕方がないね。協力しよう」  
 
 そして彼らの密談は夜更けまで続く。  
 
 
「友雅さん、どうかしたんですか? 急な用があるって……」  
 
 あかねは友雅からの文に従い、人気のない町外れの屋敷跡までやってきていた。  
 訳を話せば頼久が確実に付いてくるため、黙って抜け出して来ている。  
 
「すまなかったね。神子殿に手を煩わせた」  
「いえ、それはいいんですけど」  
 小首を傾げながら友雅を見上げるあかね。  
 その様子を、近くの茂みに潜んでイノリは見守っているのだった。  
 
(友雅が無理強いしたところへ俺が飛び出す、って段取りだな)  
 
 頭の中で確認をし、気合を入れ直したところで、イノリの出番がやってきたようだった。  
「きゃ、きゃあー! 何するんですか!」  
 あかねの突然の悲鳴にがばりと顔を上げる。  
 そこにはあかねを腕の中に閉じ込めた友雅の姿があった。  
 あかねの腰回りを何やら怪しい手つきで撫で回しているのがイノリの潜む場所からも窺えた。  
(野郎……どさくさに紛れてあかねにやらしいことしやがって!)  
 今にも飛び出してしまいそうな気持ちを必死に耐える。  
 もう少し様子を見て、盛り上がったところで助けるのが吉なのだ。  
 とは言うものの。  
(それにしたってアイツ、やりすぎだろう。クソッ、もう我慢できねえ!)  
 イノリの辛抱は早々に尽きたのだった。  
 
「そこまでだっ!」  
 威勢良く声を張り上げ、イノリがあかねの前に現れた。  
「イノリくん?」  
「おやおや、無粋な邪魔者の登場だね」  
「なにが邪魔者だ!」  
 荒い足取りで二人に近付いたイノリは、友雅からあかねを奪取して自分の腕に抱き止めた。  
 と言ってもイノリとあかねの身長差にそこまでの違いはないので、友雅がそうしていた時ほど様にはならなかったが。  
 それでも当の本人は気にすることもなく、目の前の敵を睨みつけていた。  
「あかねに変なことすんな、さっさと消えろ!」  
「まったく、それでは私が変態か何かのようではないか」  
 イノリのあんまりな言い草に溜息を吐きつつも、  
 自分がイノリの協力者ということを明けることもなく友雅は二人に背を向けた。  
 
 
「友雅さん……、何だったんだろう」  
 去って行く友雅の後姿を見ながらあかねが言った。  
「気にすんなよ。それよりあかね」  
 あかねの肩に手を置き、顔を覗きこむ。  
「いくら相手が知り合いだからって、一人でノコノコ出歩いたら危ないだろ」  
「だって。大事な話があるって言うから」  
「そんなのあかねを連れ出す口実に決まってんだろ!」  
 思わず叫んでしまい、イノリは慌てて口を噤んだ。  
 ばれたかもしれない。  
「イノリくん……」  
「いや、あかね、これには事情があってだな」  
 何とか誤魔化そうとするイノリをあかねが遮った。  
「私のこと、心配してくれてるんだね」  
「へっ……ああ、それはまぁ、そうだけど」  
「嬉しいっ!」  
 そう叫んだかと思うと、イノリの首にあかねが抱きついてきた。  
 よく流れが飲み込めないままに、それでもしっかりとあかねを抱きとめる。  
「イノリくんってばそっち方面は鈍そうだから、私もう諦めてかけてたのにー」  
「な、何の話だよ」  
「全然気付いてなかったでしょ? 私、イノリくんのこと好きなんだよ」  
「はぁーッ!?」  
 
 
 蓋を開けてみれば、何てことない結末。  
 『あかねにもっと頼られたい!』の想いから始まったイノリの画策は、予想以上の結果をもたらしたのでした。  
 
 
 

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