「それでね、永泉さん」
「な、ななな何でしょう、みみ神子!」
おどおどと視線を逸らしながら声を返してくる永泉に、そっと溜息を吐いた。
この人、いつもこんな感じ。
あんまり好かれてないのかなぁ……。
考えてみれば、八葉になったのだって本人の意思は皆無だもの。
普通、こんな面倒なことやりたくなんかないよね。
そう思えば思うほど、気分はますます落ち込んでくる。
知らずのうちに俯いてしまっていたその肩を緩く叩かれて初めて気がついた。
ハッと顔を上げると、そこには心配そうに自分を覗き込む永泉がいた。
「神子、大丈夫ですか?」
「えっ? ああ、はい! ごめんなさい、ちょっとボーっとしちゃってて……」
「やはり、私のような者が側にいたのでは神子の気も休まらないのですね」
ポツリと呟かれたその言葉に、思わず目を見開いてしまう。
ええー!
何の話!?
なんでそんな流れになってるの!!?
内心で焦るあかねを余所に、永泉はすっかり己の世界へと入り込んでしまったようだった。
「そもそも私が八葉に選ばれたということが信じられません。こうして仏道に身を寄せているのも、俗世のしがらみから逃れるため。このような卑怯な私が神子のような清い存在の側で……」
「ちょ、あの、永泉さ――」
「されどやはり身に余る大任だったようですね」
「いや、だからね――」
「神子、どうか安心してください。私は神子の目の前から姿を消しますゆえ……」
だからっ、何でそうなるんですか!
ツッコミを入れようにも、流れるように言葉を繋げる永泉に口を挟めない。
「もうっ!」
いい加減に辛抱の切れたあかねは、尚もぶつぶつと喋り続ける永泉の着物の袂を握り、グイッと思い切り引っ張った。
体勢を崩した永泉がよろめいたところへ、背伸びして彼の肩を掴む。
「み、神子?」
あかねの意図が読めずに不安気に尋ねる永泉。
それにも構わず、あかねは無言で永泉の顔を挟むようにバチンと打った。
「みっ、神子」
赤くなった頬を押さえて、永泉が戸惑うような視線を投げ掛けてくる。
「永泉さん。私、我慢ができません」
「も、申し訳ありません。ですから、今後は神子の前には姿を出さないように……」
「そうじゃなくって!」
強い口調で永泉の言葉を遮り、腰に手を当てて相手を下から見据える。
「どうして永泉さんはいっつも自分を卑下するんですか。こんなに、素敵なのに」
「そんな、神子、私なんて」
「それっ!」
突然大きな声を出したあかねに驚いた永泉は背中を仰け反らした。
「永泉さん、今から『私なんて』とか言うの禁止!」
「し、しかし神子」
「禁止って言ったら禁止なの!」
有無を言わせぬ強い口調に、永泉はほとんど条件反射で「はい」と返事していた。
それを聞き、あかねは満足そうに微笑む。
「私は永泉さんのままが好きだけど、やっぱり好きな人には自信持っててほしいの」
さらりとそう言った。
油断していれば聞き逃していたかもしれない、その何気ない口調に。
永泉はしっかりと固まっていた。
そしてそれと同時に、あかねは己の発言した意味に気付いたのだった。
「や、あの、好きっていうのは……きゃ、永泉さんっ、永泉さーん!」
意識を飛ばしてしまった相手に向かって必死に呼びかけるあかね。
その体がグラリと傾き、あかねの方へと倒れこんでくる。
「え、永泉さんしっかり! だれか、だれかいませんかー!?」
しばらくして気が付いた永泉は、自分が先程まで談笑していた庭ではなく室内の布団に寝かされていることを知った。
すぐ側には、心配そうに顔を覗き込んでくるあかねの姿があった。
「神子」
名前を呟くと、先程の光景がありありと浮かんできた。
途端に顔を真っ赤に染め上げていく永泉に、あかねは慌てる。
「だ、大丈夫ですか!」
「その、ご心配をお掛けして……、神子」
あかねと目線も合わせられずにもごもごと謝罪の言葉を呟いた。
「本当に不甲斐無い……私など……」
そこまで言った永泉の口元を、温かいものが遮るように当てられた。
「それ、言わない約束ですよ」
あかねの指だった。
そうとわかると、またもや意識し始めてしまう。
顔に落ちる邪魔な髪を耳にかけながら、永泉はちらりとあかねを見遣った。
「神子」
あかねが呼び掛けに反応して微笑んだのを見ると、すぐに俯いてしまう。
それでも、これだけは言わなければ、と勇気を振り絞った。
「あの、何と申しましょうか、神子のお気持ちはその……」
「あー、やっぱり私なんかに言われても迷惑ですよね」
永泉の言葉を途中で遮り、薄い笑みを浮かべながらあかねはそう言った。
笑っているというのに、それは何とも痛々しい表情だった。
「ちがいま―――」
「いいんですよ、わかってたことだから。それに永泉さんには身分とか立場の問題もあったし、ほんと私が勝手に想ってただけなんです」
「ですからっ!」
気付けば、自嘲気味に自己完結を進めるあかねの手を握り締めていた。
普段なら考えられない己の大胆な行動にまたもや気をやりかけるが、何とか踏ん張って堪えた。
「神子のお気持ちは、とても嬉しいのです。私も、神子をお慕いしておりますゆえ」
今度は視線は逸らさず、しっかりとあかねに顔を向けて言った。
驚いたように見開かれたあかねの目に、みるみると涙の雫が浮かび上がってきた。
「永泉さん、ほんとに?」
「はい」
こんな時、気の利いたことを言ってあかねを慰めることもできない自分が歯痒いと思う。
これが友雅であったならば…と一瞬頭を過ぎったが、そう思ってしまう自分を内心で叱咤した。
今この場にいるのは自分であり、そしてあかねに想いを告げたのだ。
他の者に取って代えることなど到底できはしない。
「お慕いしております、神子」
もう一度繰り返し、あかねの掌をぎゅっと包み込んだ。
「私の今の身分では叶わぬかもしれませんが、いずれ必ず……。必ずや神子をお守りします」
真摯な永泉の言葉は、ついにあかねの目から涙を零させた。
あかねの頬を一筋流れていくのを、永泉は伸ばした指先で以って拭った。
「ごめ、なさい……。私、うれしくて」
声を詰まらせてあかねがそう伝えてくる。
わかっている、と言うようにあかねの背を柔らかくさすると、安心したように体から力が抜けていくのがわかった。
しばらくそうしていた二人だったが、徐に目が合うと同時に笑みを漏らしていた。
静かに進んでいく夕暮れの中で、二人は温かな幸せを感じていた。