「…譲くん、このまえはあんなの食べさせちゃってごめんね」  
真剣な目でそう謝ってくる望美に、譲は微笑んでしまう。  
どんなに不味いものであっても、それが望美の作ってくれたものであれば  
食べずに済ますことなど、譲には出来る筈もない。  
ましてや自分のことを思って作ってくれたものなのだから。  
「いいんですよ、先輩の気持ちが嬉しいんですから。それに、この世界の  
台所で作るのは大変でしょう?」  
「でも、譲くんはちゃんと美味しいもの作れてるのに…。どうして巧く行かないんだろう」  
取り敢えずレシピが完全自己流しかも大雑把過ぎる目分量。  
小学校の調理実習で、同じ班の児童を悶絶させると言うのは並みのことではないだろう。  
将臣にそのことを聞いた日には、流石に驚いた記憶が譲にはある。  
『何処のジャイアンだ、あいつは』とぼやいていた将臣の姿は今も目の裏に焼きついていた。  
「俺だって最初から巧く行きませんでしたし、練習すれば、出来るようになりますよ」  
さりげなく一緒に練習しようというニュアンスを匂わせつつ、これ以上被害を  
拡大させない為に譲は言う。  
そんな譲の思いを知ってか知らずか、望美は笑顔で衝撃的な発言をしてきた。  
「だからね、別のものを用意してみたの」  
「……え?」  
一体何を用意してくれたのか。  
不安と期待と戦慄の入り混じる譲に微笑むと、望美は一杯の桶を取り出す。  
そこには綺麗に切られた刺身が並べられていた。  
「さっき市で買って来たの。新鮮だよ」  
「ああ、それですか、それなら…」  
安心だ、と言う言葉をぐっと飲み込む譲。  
望美の太刀裁きは見事だし、これなら鮮度さえ確かなら心配することもない。  
そう考えていると、望美は更に何かを始めていた。  
しゅるりと衣擦れの音が部屋に響く。  
一枚、二枚と、着ている衣服を望美は脱ぎ捨てている。  
止める事も出来ずに硬直した譲の傍ら、望美は満足そうに立っていた――全裸で。  
 
「せ、せ」  
「ちょっと待っててね、もう直ぐ用意できるから」  
そう言って床に寝転がると、望美は刺身を自分の体の上に並べ始める。  
「はい。どうぞ、召し上がれ」  
「……っ!?!」  
俗に言う「女体盛り」の状態になった望美がそこに居た。  
そんな彼女に箸を手渡され、そう言われる。  
ここは食べることが望美の意に叶っているのだし、味も大丈夫なことも分かっている。  
しかし、何処から食べるべきなのか。  
そんな迷いを抱きつつも、恐る恐る箸を伸ばす。  
一番安全そうなへその辺りの刺身を一切れ、そっと取った。  
「……ンッ」  
漏らされた望美の吐息に、譲の箸を持つ手が固まる。  
感じている、のだろうか。望美は。  
ぐるぐると頭の中を色んな感情が走り回るのを抑え、刺身を譲は口にした。  
用意されていた醤の味すら分からない。  
ただ、望美の肌のぬくもりが感じ取れただけだった。  
「美味しい?」  
「……ええ、とても」  
ゆっくりと咀嚼してから、譲は望美の問いかけに答える。  
それを聞いた望美は嬉しそうだった。  
「そっか。良かった。ね、全部食べてね?」  
「勿論ですよ。残したりなんか出来ません」  
その言葉にどれだけの含みがあるのだろうか。  
譲にはそれは分からない。  
分からないにせよ、今この時だけは望美の全ては譲のものだ。  
それをじっくり味わいたく思い、譲は再度箸を伸ばした。  
 
了  
 

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