はー、楽しかったですね、弁慶さん。」  
ディズニーランドからの帰り道、止まぬ興奮に頬を赤く染めた望美は、隣に歩くその人に向かって笑顔を向けた。  
「ええ、まさかこんな場所があるなんて、本当にこの世界は面白いですね。」  
弁慶は、望美が買った土産を持つのとは逆の手で、しっかりと望美の手を掴んだ。  
ディズニーランドの閉場まではもう少し時間があるが、それでも二人は帰る人込みに巻き込まれ、そうしないと相手と逸れかねない。  
 
弁慶が望美達の世界に来て約半年が経った。  
初めは有川家にお世話になっていた弁慶だったが、白龍からのプレゼントも加え、その驚異的な順応力を見せた彼は今は都内で一人暮しをしている。  
この日は二人の休日を使い、望美の計らいでテーマパークへとデートに繰り出したのだった。  
「良かった、弁慶さんが気に入ってくれて。軽くカルチャーショックを起こしたらどうしようかと…。」  
「カルチャーショック?」  
「あ、えと、ディズニーランドって夢の世界って言われてるんです。弁慶さん、大分この世界に慣れたみたいですけど、あまりにも非現実的な世界だから驚いてしまったんじゃないかなって思って。」  
「最初は驚きましたよ。でもとても興味深かったです。この世界は何でもありですね。幸せ、なんてものがこんなに近くに感じられる―――」  
空を仰いでいた顔を望美の方に向けて、  
「きっと君が隣にいてくれるからですね。」と微笑む。  
それだけでも望美は真っ赤になってしまうのだが、それは照れているからだけではない。弁慶の笑顔が真っ直ぐに自分を見つめてくるからだ。  
あの世界でも弁慶は、温和な性格を思わせる微笑みをその顔から途絶すことはなかった。  
しかしその笑顔の裏に潜んでいる深い負の感情を知ってしまってから、望美は弁慶の笑顔を見るのが辛くなってしまっていた。  
彼はどんな思いで生きているのだろう。そんなことばかりが頭の中を駆け巡る。  
弁慶の、物事を決める選択肢の上位には、いつも自分を犠牲とするものがあった。  
それを弁慶は自分の罰だと言っていたが、それはようやく彼の心の中から抜け出たようだと望美は思っている。  
この世界に来てから、弁慶の顔付きが少し変わったと感じるからだ。  
上手い表現が見つからないが、やっと弁慶の本当の笑顔が見られた、というような気がするのだ。  
そんなことを考えていると、電車の大きな揺れで望美は軽くよろめいてしまった。隣にいた男性にぶつかってしまい、小さく悲鳴をあげる。  
「きゃっ。」  
「あ、大丈夫ですか?」  
「はい、すみません…」  
「望美さん。」  
すばやく隣にいた弁慶が、望美の手を引いて姿勢を整えさせる。  
「あーもう、ごめんなさい、弁慶さん。」  
「平気ですよ、それよりこの電車、やけに揺れますね。向こうに行きましょうか。」  
駅に停車したタイミングで、弁慶は望美を連れて車両の端に移動した。  
 
ディズニーランドの最寄りの駅に停車するこの電車の中は人でいっぱいで動くのもままならないが、本当にこの世界に来てたった半年なのかと疑うほど弁慶の動きは流暢で、思わず望美は感嘆のため息をついてしまう。  
弁慶は望美を人込みから隠すように壁際に遣り、望美は壁と弁慶に挟まれる形となった。  
恋人としてこの世界に来た弁慶と抱き合うのはこれまで何度もあったが、満員電車の中で密着するのはまた違った緊張がある。  
望美が固まっているのに気付いたのか、再び電車が動き出すと弁慶は望美の耳元に顔を近付けた。  
「これでもう、君が身体を預ける相手は僕だけになりましたね。いくらでもよろめいてもらって結構ですよ。」  
「べ、弁慶さんっ。」  
また顔を赤くする望美を愛おしそうに見つめると、弁慶は望美の頬に手を添えて小さく囁く。  
「この世界では、僕が君を守れる場面なんてそうありませんからね。…せめて今ぐらいは、君を守っているんだと、そう思わせてくれませんか?」  
弁慶の声はいつもと変わらず優しいものだったが、その中にそれとは違ったものを感じた望美は、弁慶の瞳を覗き込むように見上げる。  
「…この世界はあまりにも平和ですから。」  
自分を見つめてくる弁慶の瞳に帯びているのは、あの世界にいた時とはまた違う哀愁なのか。瞳に移る感情すら隠してしまう弁慶相手では分からない。  
「弁慶さん…。」  
「ああ、すみません、せっかくのいい気分を害させてしまいましたね。ディズニーランド、でしたよね、あの不可思議な雰囲気に酔ってしまったのかもしれません。」  
弁慶はすぐにいつもの調子に戻り、笑顔を見せる。  
 
―――戦いに身を置くこと、僕にはそれしかできないんです―――  
 
平氏との戦いの前に、弁慶が微笑みの仮面を解いた表情で話した言葉を望美は思い出した。それと同時に、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。  
世界を混乱に巻き込んだのは自分の責任だと、自分を責め続けた弁慶。戦いが終わってもそれを不安に思うほど、彼の後悔は深かったのだろうか。  
望美は電車の揺れに合わせてゆっくりと身体を弁慶に預けた。人と人との隙間から手を伸ばし、目の前にいる愛しい人の身体を包み込む。  
「弁慶さん…。」  
恋人が素直に甘えてきてくれたことが嬉しくて、弁慶も同じようにその華奢な身体を抱きしめようと望美の腰に手を回した。  
 
間もなく弁慶の自宅がある駅名を告げるアナウンスが電車の中に響き渡った。  
「…望美さん、うち、寄っていきませんか。」  
 
「…わあっ、きれいっ。」  
弁慶の部屋は八階立てのマンションの1番上の階にあるため、  
ベランダに出たらそれなりに夜景を楽しむことができる。  
この日は天気が良く、空の星の瞬きを見るには十分だった。  
しかし八階のベランダともなると風の通りもよい。  
くしゅんと小さくくしゃみをすると、温かいココアを持ってきてくれた弁慶に後ろからカーディガンを肩に架けられた。  
マグカップを礼を言って受け取ると、そのまま後ろから抱きしめられる。  
「…あったかい。」  
くすりと笑って言うと、弁慶も優しく微笑んで軽く頬にキスをくれた。  
手に持つカップの温かさと背後からの温もりを楽しんでいると、ふいに耳元で弁慶の声を聞く。  
「この世界でも、星は一緒なんですよね。北極星が見える…熊野ではよく、あの星を目印にして、舟を漕ぎました。」  
望美は、先ほどの電車の中での弁慶との会話を思い、顔だけ後ろに向ける。  
唇が触れ合うくらい近づいた弁慶の顔は、どこか遠くに懐かしさを求めているように見えた。  
「…珍しいですね。弁慶さん、こっちに来てからはあまり向こうの世界のこと、  
話しなかったのに。」  
「そうですね…あの場所には色々と思い出もありますからね、  
時々懐かしく感じるんですよ。」  
一際強い風が吹き、二人の髪をなびかせる。寒くないようにと、  
弁慶はさらに望美を抱きしめる腕に力を込めた。  
 
しばらくの沈黙の後、再び弁慶は小さな声で話し出した。  
「本当、どうしてでしょうね…今日行った場所は、  
あの世界とは180度違っていた。そういった空間にいると  
なんだか不安になってしまって。ああ、ディズニーランドが悪いというのではなく、これは僕の問題なんです。ここでは全てが安全で安心で…  
僕が望んでいた世界です。だけど、幸せだと感じれば感じるほど、怖くなる。  
僕は本当に幸せでいいのか…君をまた辛い目に合わせてしまうんじゃなうのかって…。」  
「そんなの…。」  
 
望美は気付いた。  
弁慶は、まだ、責を自分に強いている。この世界に来ても、なお…。  
 
弁慶の顔が段々と苦しげなものへと変わっていくのを見て、  
望美は自分の瞳に熱いものが溜まるのを感じた。  
「弁慶さん、もう自分を許してあげて下さい。もう、自分を  
犠牲になんてしなくていいんですよ。犠牲になんて、しないで下さい。  
弁慶さんが私の傍にいることで、私は辛い思いなんかしません。  
私が、弁慶さんに傍にいて欲しいんです。弁慶さんの、傍にいたいんです。」  
ぎゅっと弁慶の胸に頬を押し付ける。涙が零れて弁慶の服を濡らした。  
 
「…望美さん、あれを。」  
弁慶が空へと向かって指差した。その先にあるのは、一つの明るい星。  
「北極星?」  
「ええ、さっき話したでしょう、あれは道標なんですよ。暗闇の中、  
旅人が迷わぬよういつも同じ場所で光り、道を示してくれる。  
んなに世界が夜の闇で覆われても、あの星だけは輝いていて欲しい。  
それは僕の願いなんです。」  
分かりますか?と弁慶は望美の長い髪を一房とって口づけた。  
「それでも、僕がその願いを越えるほどに望むのは、あの星から  
離れたくないこと…君の傍にいたいということ。…許して、もらえますか?」  
弁慶の、何かを懸命に振り切るような、それでも不安の残る表情に、  
望美は返事の代わりに唇にキスを贈った。  
そして涙の跡が残るその顔に、とびきりの笑顔を載せる。  
「…ありがとう、望美さん。」  
吐く息が顔にかかるほどに近付いたまま、どちらともなく瞳を閉じる。  
今度は深く、何度も角度を変えて。  
「……ん、ふぅ………」  
長い口づけの後、相手の瞳に映る同じ想いを感じとった弁慶は、望美の肩を抱いて部屋へと戻った。  
 
「ん、あぁっ……」  
ベッドの脇に設けられたオレンジ色のライトだけが灯る部屋に、  
艶めいた声が上がる。  
「ふふっ、望美さんはここ、好きですよね?」  
秘部に埋められた弁慶の長い指がくっと曲げられると、  
望美の声が一際高くなる。  
「あ、もう、やだ…っ」  
「本当に?でも身体は喜んでいるみたいですけど。」  
そう言って、弁慶は望美の顔から視線を外さないまま、  
胸の頂きを甘噛みする。  
「ふ、ぅ…っ」  
望美は両手を顔まで上げて、吐息を出す口を塞いだ。  
これは望美の癖なのだろう、これまで弁慶は幾度となく望美を抱いてきたが、その行為中、必ず望美はその仕種をしていた。  
「望美さん、また手をあてていますよ…そうやって声を我慢する君も  
とても悩ましいものですが…声を聞かせて下さいといつも言っている  
じゃないですか。ほら、手を離して…」  
「だ、って、…恥ずかしっ…」  
いやいやと首を降る望美を無視して、弁慶は片手で器用にその手を  
頭の上に括りあげてしまった。  
「や…、弁慶さん…っ」  
涙声で抗議をしてくる望美を見下ろすと、弁慶は軽く息をつく。  
「本当は、君が可愛いらしく啼くのを聴いていたいんですが…仕方  
ありませんね、では、僕が君の両手になりましょう。」  
そう言うと、弁慶は望美の唇を塞ぎにかかる。最初は啄むように  
優しく、そしてその唇をこじ開けて舌を絡めとった。  
その間も望美の中で指を動かすのは忘れない。指をもう一本増やし、  
膨れた芽を親指で強く押すと、望美の体が細かく震えた。  
と、そこで望美が弁慶の口付けから逃れるように顔を揺すった。  
それに気付いた弁慶は不振に思いながらも、望美の唇を離す。  
「望美さん?」  
「ちょ、ちょっと待って弁慶さん。今日は、私がしますから。」  
「?」  
望美はゆっくりと上半身を起き上がらせると、自分に被さっている  
弁慶をベッドに押し倒した。  
「え、のぞ…っ。」  
そのまま、先ほどとは逆に自分から弁慶に口付ける。弁慶はいつも  
とは違う大胆な望美の行動に瞳をパチパチと瞬かしていたが、  
そのキスの強さから望美が本気なのを知ると、そのまま静かに  
瞳を閉じ、望美の後頭部に手をあてた。  
 
「今日は、私が弁慶さんを気持ちよくします!だから、弁慶さんは  
そのままでいてください!」  
上から見下ろして言う望美の頭を、手を伸ばして撫でながら、弁慶は  
くすりと笑った。  
「…じゃあ、お願いしますね、望美さん。」  
 
望美は自分の秘部を反り立った弁慶のモノに宛てがった。  
そしてそのまま重力にまかせて腰を落としていく。  
「…っ。」  
「んん…あ、はぁ…っ」  
全てが入ると、体勢が違うためか、これまでとは違うモノの感触に  
望美の中がきゅっと収縮した。  
「く…、はっ、望美さん…」  
望美はその感覚に慣れようと、しばらく瞳を閉じたままだったが、  
おもむろに腰を動かし始めた。初めての行為に動きは覚束ない。  
中で弁慶のものが快楽を得ようと蠢いているのが分かり、望美は  
それに飲み込まれてしまわないよう、意識を集中して腰を動かす。  
 
 
 
一方弁慶の方も、体の中で荒れ狂う欲望を必死で押し止めながら、  
自分の上で懸命に動く望美を見上げる。動きに合わせて揺れる胸、  
絡み付くように締め付ける望美の中、いつもより幾分か艶を増した  
その表情に、いっそ眩暈すら覚える。  
 
愛しい人が、自分のために―――これほど嬉しいことがあるだろうか?  
 
「はぁ…っ、弁慶さん、気持ちいい…?」  
「…ええ…っ、とても…」  
 押しては引いていく波のように、ゆるゆると身体を支配していく  
快感はとてもじれったい。今すぐにでも望美を組み敷いて欲望の  
ままに突き上げたい気持ちと、このまま望美が自ら動くのを見て  
いたい気持ちとで、弁慶の心は揺れ動く。上半身を曲げ、弁慶の胸に  
手をあてて腰を動かす望美の額に光る汗を拭いてあげると、ふと望美が  
切なげに笑った。  
「弁慶さん…っ」  
「はい?」  
「幸せ、ですか…?」  
「……。」  
「私、弁慶さんをっ、幸せに、できてますか?」  
「望美さん…。」  
「弁慶さんが、不安ならっ…っふ、私がそれを上回る幸せをあげます…っ、  
私が、弁慶さんの不安を、消してあげますっ。だ、だから、思いっきり  
幸せを、感じてください、弁慶さん…っ」  
   
弁慶の中で欲望が爆発した。望美の体を抱き上げて仰向けにすると、  
何も考えられないほど激しく望美を突いた。  
「あ、やぁっ…弁慶さん、はげし…っ」  
「望美さん……っ望美…!」  
「んぁぁ……あっ、はぁっ!」  
 
どうしてでしょうね?感情を無視するのはもう慣れたはずなのに、  
ほら、君といると、理性が正常に働かない。  
 
 
簡単なこと。大丈夫、僕はその理由を知っている。  
 
もう、平気、かな。  
 
この静かに広がっていく感情を恐れずに、素直に従ってみるのもいいかもしれない。それで僕がどんなに道に迷っても、君という北極星(ミチシルベ)を僕は見つけたから。  
 
君が僕を幸せにしてくれるから。  
 
 
「ん…、弁慶さん…」  
「何ですか?」  
「大好き…」  
そう言って微笑む君が、誰よりも何よりも愛おしいから、隣で眠る君の頬にキスを贈った。  
 
 
最初、源氏のために利用しようと思っていた存在は、いつの間にか  
自分の中で特別な人に変わっていた。  
 
臆病な心に晒された夜も、朝日が哀しく見えた朝も、その人が微笑む  
だけで世界は希望に満ちる。  
 
 
僕の方なんですよ、君にずっと傍にいて欲しいのは。僕の不安がすぐに  
消えることがなくても、いつかはきっと笑ってそれを話せる日がくると信じているから。  
 
 
 
約束の印にと、弁慶は望美の小指に自分の小指を絡ませ、  
そして繋がった未来にへと、やはりキスを贈ったのだった。  
 

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