「もう疲れたぁ…」
ここは現代の、いわゆるラブホテルの一室だ。
時刻はまだ九時過ぎと浅いが、すでに望美はくったりとシーツにくるまっている。
そのままごろんとヒノエに背を向けると、後ろから不満げな声が聞こえてくる。
「まだ日も変わってないぜ?朝まで好きにしていいって言ったくせに」
「そんな事言ってない!私はただ、誕生日が近いから欲しい物はないのって聞いただけなのに…」
「うん、だから『お前』って答えただろ」
「だからそういう事じゃなくてってさっきも…ひゃっ!」
いきなり耳に生暖かい感触があって、思わず奇声を上げてしまった。
「…色気のない声も可愛いけどね、もう少し艶っぽい方が好みかな」
自分でやっておいて、勝手なことを言う唇だ。舌が耳から首筋に下がっていく。
顔が見えないと、慣れているはずの舌の感触がいつもよりやけに生々しい。
ぞくぞくと背中に走るものがあって、流されそうになるのを必死に食い止める。
シーツの蓑虫になったままがばっと起きあがって振り返り、目の前の男を睨み付けた。
大体、誕生日に欲しい物と言ったのに何で今こうなっているんだろう。
数時間前のやりとりを思い返す。
『お前、って…そ、そういうのじゃ無くてもっと具体的なもの!
欲しい物とか、してほしいこととか』
『えー、そうだなあ……あ、一つあるな。お前にしてもらいたいこと』
『何!?』
『限界に挑戦』
『………は?』
以上、回想。
何だかんだと言いくるめられ、日も高い内からこんな所に来てしまった。
健全な若者とはいえ、熊野別当ともあろうものがこれでいいのだろうか。
…いや、熊野別当の前に彼が「ヒノエ」である以上仕方のないことなんだろう…。
「限界に挑戦、っていうならね、もう限界。もー無理。
もう3回もしたんだもん」
「俺はまだまだ元気なんだけどな」
「私はヒノエ君の倍は体力使ってるんだよ!」
ヒノエが一回達するまでに、望美は何度も気をやってしまう。
「ちぇ。わかったよ、姫君。
じゃあせめてさ、そんな布っきれに抱かれてないで、俺の隣に来てくれよ。
この上一人で寝ろなんて冷たいことは言わないだろう?」
唇をつんととがらせた顔はいつもより幼くて可愛いが、ついつい疑いの眼差しを向けてしまう。
「…何だよその目。何にもしないって」
「…ほんと?」
「そんなに信用無いのかい?」
「無い」
望美がつい本音を漏らした瞬間に、ヒノエがシーツを勢いよく引っ張って取り去ってしまった。
「キャー!」
「何がキャー!だ!ほんとにもう、傷つくなあ」
望美を腕の中に納めると、今度は自分も一緒にシーツにくるまった。
隙間がないぐらいに抱きしめられて、望美は胸板に鼻をつぶされている。
「く、苦しい〜」
「罰だよ罰。俺はこんなに姫君に愛を捧げてるのにさ、お前って冷たいよ」
「何その罰!私だって、ちゃんとヒノエ君のこと好きだよ」
無理矢理に顔を上向かせて、間近にある顔に文句を言う。
「ちゃんと好き、ねえ」
何がおかしいのか、ヒノエはやけに楽しそうな顔をしている。
それが何となく悔しかったので、手を伸ばして頬を軽くつねってやった。
「ひて」
美形が崩れた間抜け顔は可愛かったので、形のいい唇に軽くちょんと口づける。
今度は珍しくも少し驚いたようだった。
「驚いた?」
「…驚いた。お前が可愛すぎて」
「…間髪入れずそういう事が言えることに私は驚きだよ」
「だって可愛い」
そういうとヒノエは望美の髪を一房取って口づけた。
「髪の毛一本から、爪の先まで」
次は指先に。
「愛しすぎてどうやっても言い尽くせないぐらいだよ」
最後は唇。
「…う〜」
反則だ。恥ずかしいのと嬉しいのと悔しいのとで、返す言葉が見つけられなくなってしまう。
顔を見られたくなくて、望美はヒノエの胸元におでこをつけるようにして抱きついた。
肌の温もりが気持ちいい………んん?
「……何か当たってるんだけど……」
望美の太腿辺りに、体温よりも熱い、固い感触があった。
「…バレた?悪いけどこればっかりはなあ」
ぺろりと舌を出してヒノエが笑った。
まあ気にするなよ、と言われたがそれも無理な話だ。
そのうちに小さな好奇心が頭をもたげ、望美は手をそろそろと下に伸ばした。
「!?のぞっ…」
熱い固まりを包み込むように触れると、手の中に脈を感じた。
「わ、わ。おもしろーい…」
「お、お前なあ…」
「……ねえ、ヒノエ君。私もしてみたいことがあるんだけど」
「手を止めてから話してくれないかな…何だよ?」
「舐めてもいい?」
「へ?」
熊野別当が間抜けな声をあげた。全裸で。
「…ダメ?」
「い、いや駄目じゃないけど…本気で言ってるのかい、姫君」
上目遣いに言われたお願いの内容に、ヒノエはらしくもなくうろたえてしまう。
駄目じゃないけど!むしろ歓迎だけども!
逡巡している間に、望美が上半身を起こしてヒノエを見下ろす体勢になった。
「お前にさせるのは、何だか気が引けるなあ」
「だって、いつもヒノエ君からばっかりしてて、ずるい」
「ずるいって、お前」
ヒノエも上半身を起こし、壁に背中を預ける。
すでにかなり質量を増しているヒノエ自身に手を添えると、望美はしげしげとそれを眺めた。
「お、おい、あんま見るなよ」
「や、あんまり改めて見たことなかったから…」
何かすごーい、などと言いながらしばらく観察するようにいじっていたが、
気が済んだのか、今度こそ唇を近づけていった。
「痛かったら言ってね」
そう言うと、望美が先端にそっと口づけた。
軽く触れただけだったが、その姿を見るだけでヒノエはぞくりと興奮するのを感じた。
「んん…」
雑誌や友達からの知識を総動員して舌を動かす。
下から舐め上げるようになぞったり、先端の割れ目をつつくと
ヒノエの腹筋に力が入るのがわかった。
−−−ここ、気持ちいいのかな?
舌をつけたままちらりと望美が上を向くと、ヒノエと目があった。
ヒノエの手が、猫を撫でるように望美の顎をなぞる。
「まいったね…どこでこんなこと、憶えてきたんだい?」
「と、友達からとか…ごめん、何か変だった?」
望美の返事に、ヒノエが苦笑を見せた。
「気持ちよすぎてヤバイって言ってるんだよ。このままだとみっともないことになりそうだなあ」
「じゃあ、みっともないとこ、見せてよ…」
今度は、口を開けてヒノエ自身を包み込んだ。
予想以上の質量でちょっと苦しい。
「んう、く…」
舌を動かしていると、口の端から唾液が零れてきてしまう。
吸う様にして全体を刺激すると、ヒノエがくぐもった声を出した。
「っ…」
ヒノエの手が望美の髪を手で梳く様に軽く掴んだ。
口の中の質量が増して、舌を動かすごとにヒノエの内ももが微かに動くのも見える。
いつも余裕ぶっているヒノエが、自分の行為で感じてくれているのかと思うと嬉しかった。
舌を使い、できるだけ奥まで銜えようと懸命に口を開けていた。
「いいのかな、神子姫にこんなこと、させちゃって…っ」
その言葉に、自分の今の姿を見られているんだと再認識し、望美も興奮を抑えきれなかった。
次第に口の中に、苦い味が広がってきた。
上から聞こえてくるヒノエの息も荒い。
「望美…っ、そろそろ、口離しな…」
ヒノエが限界を告げたが、それには構わず望美は一層愛撫を激しくした。
「おい、ヤバイって…、…っ!」
ヒノエが息を詰めた。一瞬口の中で膨張したかと思うと、熱いモノが吐き出される。
予想以上の量で、望美は目を白黒させながら必死に飲み込んだ。
「んんん…っ、う、はあ」
ヒノエが慌ててティッシュを何枚か取ると、望美の口元に当てた。
「の、飲んじまったのかよ?ばっかだな…ほら、残ってるの出せよ」
「もう全部飲んじゃったよ…ま、まず〜い…」
「だからよせって言ったのに」
受け取ったティッシュで口元を拭くと、望美が不安げに言った。
「…気持ちよくなかった?」
「いや、最高だったよ姫君。…でも、男としては複雑な気分かな…」
「何で?」
「自分よりもお前を好くしてやりたいからね」
そう言いながら、ヒノエが望美の背中を抱いて半回転した。
望美が押し倒される形になる。
「えっ、何、何?」
「俺は義理堅い男なんだよ、姫君」
「まさか…」
「もちろん、次は俺がお返しをする番」
この上なく爽やかな笑顔で宣言された。
「い、いいです!私はホラ、普段から十分してもらってるから…」
「女は抱かれて綺麗になるんだぜ」
「ヒノエ君のスケベ!絶倫!エロ別当!」
「いい褒め言葉だね」
それ以上の反論は唇でふさがれ、かくしてヒノエの濃厚な「お返し」が始まるのだった。
もちろん、倍返し。全裸で。