「ん、……ふ」  
 唇から吐息とともに鼻にかかった声が漏れる。  
 舌を絡めとられ、歯をなぞられ唾液を呑み下され、口の中すべてを蹂躙されて抗議  
の声も上げられない。  
 香ばしく甘い味のする将臣の舌に、頭の芯がくらりとする。  
 どうしてこんなことになったんだろう。  
 ただ去年までと同じように、将臣くんにチョコレートをあげただけだったはず。  
 二人の関係が幼馴染から彼氏彼女に変化して初めてのバレンタインだったから、い  
つもよりも奮発して、有名チョコレート専門店の高級チョコレートにした。  
 でも、二人一緒に帰って、一度私は家に戻って着替えてから、まだ誰も帰宅していな  
い将臣くんの家に行って、お茶をいれてチョコレートを渡して。そういう流れは去年まで  
と変わっていないはずだったのに。  
 ……もしかしたら、ひとつ頂戴、とねだったのがいけなかったのかもしれない。  
 望美は、霞がかった脳裏でぼんやりと思う。  
 
 有名ショコラティエの高級チョコレートを自分も食べてみたいという誘惑は、買ったと  
きにも望美の中にあった。だから、素直に口にした。  
 ……すると将臣は、なぜかにやっと笑って手招いた。  
 深く考えもせずに、ソファに座る将臣の隣に腰を下ろすと、将臣がその塊をつまんだ  
ので、望美はあーん、と口を開けた。食べさせてくれるのかな、と思って。  
 しかし将臣はそれを望美の口には入れずに自分の口内に放り込んでしまった。  
 あ、ひどい、という抗議の声は、「あ」までしか声にならなかった。  
 そのまま、文字通り甘い将臣の唇が、望美の唇に押し付けられた。  
 
 将臣の口内で溶け、口移されたそのチョコレートは確かに美味しい。美味しいけど、  
でもこんなんじゃない。もっと普通に食べたかった。  
 そんな抗議の声を上げる隙もなく、将臣の口付けはチョコレートを全て飲み下し終え  
ても、甘い味が薄まっても終わらなかった。  
 望美はもう頭の中が真っ白になってしまって、抗議をしようとしていたことすら忘れか  
けてしまう。声を上げられないかわりに将臣の胸を掌で突っぱねていたはずなのに、  
いつのまにかそのシャツをぎゅっと握り締めていた。  
 まるでもっと、とねだるように。  
 
「――――ふ、はあっ………」  
 ようやく解放されたときには、望美の瞳はまるで熱に溶かされたチョコレートのように  
とろりと溶け、もはや全身に力が入らずぐったりと将臣の胸にもたれかかってしまう。将  
臣はしてやったり、という笑みを浮かべて、顎に零れた茶色の筋を仕上げとばかりに舐  
めとった。  
「うまかったか?」  
 それはチョコレートのことなのか、キスのことなのか。  
 これだけとろかされてしまったのだから、答えるまでもなかった。しかしそれを素直に  
言うのも癪だ。  
「……おいしくない!」  
 望美は潤んだ瞳でじろりと将臣を見上げるが、そんな瞳がますます将臣を喜ばせる  
とも知らず。  
「そか? 高級チョコなんだろ? ハズレのチョコだったってわけ?」  
 にやりと笑う将臣はどうみてもわかって言ってる。でも望美には素直に「おいしかった」  
と言えるわけもない。  
 しかし将臣はそんな望美に構わず、もう一度望美の頬をとらえた。  
「じゃ、口直し……」  
 そう言って再び合わせられた唇は、まだわずかに甘かった。  
 望美は将臣のペースに乗せられてしまうのはたいそう癪だったのだが、そのキスの  
あまりの優しさに、つい素直に従ってしまう。  
 下唇を啄ばまれ、ちゅ、と可愛らしい音が響く、先ほどの性急さとはうってかわって  
全て包み込んでくれるような、優しいキス。  
 望美もだんだんとうっとりしてきて、それについつい応えてしまった。  
 
 だから、将臣の手が怪しい動きをしていることに、気づくのが遅れた。  
 頬を包んでいたはずの手が、いつのまにか胸のあたりをまさぐっていた。  
 やんわりと胸の輪郭を服の上からなぞり、二の腕の内側をさぐる。そのぞわぞわと  
した感触で、はっと望美の意識が覚醒したときにはすでに、チェックのシャツの前ボタ  
ンが三つ四つほど外されて、キャミソールのレースが覗いてしまっていた。  
 
「だ、ダメダメダメッ!! 将臣くんっ!!」  
 必死になって腕を伸ばして将臣との距離を広げようとすれば、将臣がびっくりしたよ  
うな顔をして望美を見る。  
「お前なぁ。今更やめろとか言うなよ」  
「だって、ここ、リビング……」  
 今は夕方。まだ誰もいないが、譲も両親もいつ帰ってくるかわからない。  
「譲はここ最近、いつも8時頃だぜ。親もいつも残業。まだ当分帰ってこねーって」  
 な? と言われても、こんなところでそんな行為に及ぶのはあまりにも危険すぎる。  
望美はシャツの前を掻き合わせて将臣をにらんだ。  
「……望美。今日は何の日だっけ?」  
「……バレンタイン」  
「そ。わかってんじゃん。俺、望美からうまいもの、欲しいな」  
「もう、あげたでしょ」  
「まずかったんだろ? もっとうまいもの、くれよ」  
 じりじりと近寄ってくる将臣の顔からは、意地の悪い笑みが消えていない。望美はあっ  
という間にソファの背に追い詰められた。  
 さわり、とスカートの下の太腿を撫でられて、望美の背がびくっと震えた。実を言えば  
先ほどのキスのせいで、望美の身体にも火がともっていしまっていた。  
 望美は最後の抵抗とばかりに、赤い顔をして将臣をじろりとにらむ。  
「……ここじゃ、や。……ベッド、行きたい」  
 蚊の鳴くような細い声で言うと、将臣は満面の笑みを浮かべた。  
「オッケ」  
 そのまま軽々と望美の身体を抱きかかえると、二人は階上に消えた。  
 
「っぅ、あっ」  
 ぎしりと、二人ぶんの重みを支えたシングルベッドがきしんだ。  
 シャツの前ボタンを外され、袖は腕に通したまま。下着はホックだけを外して押し上げ  
た状態で、将臣は色づく胸の先端にしゃぶりつく。舌先で転がし、時にちゅっと吸い、そ  
して同時に、下の秘部に下着の脇から指を侵入させる。すでにとろりと蜜を吐き出して  
いたそこは、容易く将臣の侵入を許す。  
「お前、もう濡れてるぜ?」  
「っ……言わない、で……ぁあ!!」  
 乳房を口に含んだまま喋ったせいで、望美の首が仰け反る。口では嫌がりながらも、  
実は望美も将臣が欲しかったのだとわかって将臣はにやりと笑んだ。すでに用をなさな  
くなった下着を足から抜き取って、放り投げる。  
 ぐい、と太腿を持ち上げれば、まだ腰にまとわりついたままのスカートがめくれて秘部  
があらわになる。とろりとろりと蜜をこぼすそこはきらきらと艶を放って、高級チョコレート  
よりも美味そうに見えた。  
 迷わずそこに顔を寄せれば、かかる吐息にすらもびくっと反応する望美。  
 いきなり強くちゅく、ちゅう、と吸い付けば、望美がひゅう、と鋭く息を吸い込む音が部屋  
に響いた。  
 無意識に逃げようとする腰を押さえつけ、花芽を舌先ではじけばさらにとろとろとそこは  
とろける。  
 その蜜を思う存分舐めとり唾液を塗りこめ、ずずっと吸えばますます望美の身体は乱  
れた。  
「あっ……ん、んあぁ!!!」  
 白い喉をそらせてびくんと望美の身体が昇り詰めぐったりと弛緩すると、将臣が身体を  
起こして望美の顔を覗き込んだ。  
「……うまかった。ご馳走さん」  
「……馬鹿……」  
 涙に濡れた瞳でにらみつけられ、苦笑をこぼした将臣は、自分と望美の身体から全て  
の衣服を剥ぎ取る。ぴったりと身体を合わせて望美の顔を覗き込めば、望美もうっとりと  
将臣の背に腕を回した。  
「今度は、俺が食わせてやるから。お前のこっちの口に、な」  
 そう言って自らの昂りを入り口に押し付ければ、望美はうっとりと閉じて背にきゅう、とし  
がみついてきた。  
 入り口で二、三度焦らすように往復させると、望美の腰が誘うように揺れる。早く来て、  
と言葉にはしてくれないけれど、その仕草が言葉よりも望美の意志を物語る。それが楽  
しくて何度かそれを繰り返すと、望美が将臣の背に爪を立てた。  
「も、――将臣くんっ!!」  
「悪かった。けど、お前が悪いんだぜ?」  
 さっきから、反抗しか口にしないから。  
 それがまた可愛いのだが、そんなことは言わない。  
 望美は恥ずかしそうに目をそらすが、どうしても腰が揺れてしまう。  
 もっと。もっと欲しい。  
「や、もうっ――早く、頂戴」  
 奥まで、食べさせて。  
 恥らいながらにらみ付けられた表情と、その言葉に、将臣の理性が完全に吹き飛んだ。  
 ぐっと狭い道を押し開けば、そこは待ちかねていたように蠢いて押し進む動きを助けた。  
「あ、―――あああああぁぁっ!!!」  
 
 将臣が、望美の胎内を蹂躙する。  
 ぐちゅ、ぐち、と粘った音が響き、よい場所を掠めれば望美の嬌声が響く。律動に合わ  
せてベッドがきしむ。  
 抽挿に合わせて揺れる望美の乳房が扇情的で、ますます将臣の熱をあおった。両手  
でそれを揉みこむようにすれば、きゅうと中が締まる。  
「あ、あぁっ――将臣くん、もう……」  
「……まだだ」  
 望美が昇りつめようとしたところを、動きを緩めて熱を引かせた。それに望美は苦悶の  
表情を浮かべる。  
「やだ、将臣くんっ!」  
「まだ、足りないだろ? もっと食わせてやるよ」  
 本当は将臣も、もう限界に近い。しかし求めてくる望美をもっと見たくて、自分と望美の  
双方の熱をなだめるように頬に口付けを落として、動きを止めた。しかしもう少しで果てそ  
うだった望美にとってそれは拷問に近い。  
「やだぁ………さっきから、意地悪ばっかり……」  
 望美がぼろぼろと涙をこぼすと、さすがの将臣も慌てる。  
「うわ、泣くなよ。――悪かったって」  
 謝罪のつもりで優しく口付けると、涙を流しながら望美は将臣の首に腕を回してそれに  
応えた。  
「ちゃんと、やるから、な?」  
 そう言って頬を撫でると、望美は目を閉じたままうなずく。  
 将臣は律動を再開し、今度こそ望美の望むものを、彼女の奥深くに与えた。  
 望美は断末魔のような嬌声を上げながらも、うっとりと満足げにそれを呑み込んでいった。  
 
 
「――ただいま。あれ?」  
 暗くなってから帰宅した譲は、彼の良く知る人の靴が玄関に揃えられていたから、  
彼女の姿がリビングにあるものとばかり思っていた。  
 しかしそこにあるのは、開封されて、ひとつだけ減ったチョコレートの包みと、二人  
ぶんのマグカップ。当のふたりの姿はない。  
 靴はあるはずなのに、と首をかしげた譲が、「とある嫌な可能性」に気づくのに、そ  
れからさほど時間はかからなかった。  
 

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