『(こんなのがあるなんて…この世界って一体どうなってんだ?!)』  
 
今、イノリの目の前にあるものはというと…いわゆる【エロ本】というものだ。  
この世界に来て初めて目にしたらしい。  
しかもあかねとのデートの帰り道、たまたま通り抜けた人気の無い公園のベンチの上。  
そういう事には無頓着。  
かと言って見たくないのかと言うと、それも語弊がある。  
 
―ごくんっ―  
 
イノリは思わず生唾を飲んだ。  
 
人気の無い公園。  
夕暮れの暗がり。  
 
見たい  
見てはいけない  
見たい  
見ては…  
見てみたい  
見たい  
見たい  
 
好奇心と興味が勝った。  
あかねへの裏切りなのではと純粋に悩んだ。  
それでも少しぐらいならと自分を納得させるように呟くと、辺りを見回してサッと手に取る。  
瞬間、街灯にとまっていたカラスが羽ばたき、その音にイノリの肩は強張った。  
…もし誰かに見つかったら?  
ふと頭をよぎった。  
 
『(や…やっぱ止めとくかι)』  
 
先程あっさり崩れた理性の塊が、襲われた羞恥心に再構築されかけ、ベンチに置こうとした…次の瞬間。  
カラスの去った街灯がパッと灯った。  
まるで自分一人が照らされように感じ、イノリは慌ててその場から走り去った。  
が、肝心なエロ本は腕に抱えたままだ。  
その事に気づいたのは、居候先である天真の家に着いてからだった。  
玄関まで家人が出迎える気配を感じると、素早く懐に隠す。  
 
お腹が痛いからと夕飯を断ると、天真の部屋がある二階へと駆け上がった。  
幸い、天真は出かけているらしく、部屋にはいなかった。  
机には遅くなるとの書き置きだけある。  
イノリは胸をなでおろし、懐からエロ本を出した。  
 
『結局持って来ちまったけど…どうすっかなぁコレι』  
…………  
表紙とにらめっこする事、数分。  
イノリは最初の1ページを開いていた。  
 
―ごくんっ―  
 
本日2回目の生唾をのんだ。  
目の前には身に纏う物の無い、あられもない女性達の姿。  
どれ程に作りごとめいていても、イノリにとっては余りに刺激的な光景に他ならない。  
ページが進む毎に行為の描写など、過激な内容が展開されている。  
それに煽られるようにイノリの頬は上気し、息も荒くなりそして…体の中心に熱が集まるのを感じた。  
気がつけばページをめくるのとは反対の手で、自らの熱塊に触れていた。  
 
始めこそ服の上からだったが、それすらももどかしく、チャックを下ろし自身を取り出した。  
先の割れ目からは、既にてらてらと光る先走りが溢れている。  
剥きだした先端は赤々と膨れていながら、まだ完全ではない。  
軽く扱くと、襞が捲れてはまた覆い被さり、僅かな水音がいやに部屋に響く気がしてしまう。  
その先端を握り、裏筋をなぞるように力を入れてみると、背筋に甘い痺れを感じて一瞬手を止めた。  
自身を握る手は汗ばみ、先走りと混ざってリアルな程に生暖かく感じる。  
より一層に、自身は熱さを求めて扱く手を早める。  
こんな時に頭に浮かぶのが大好きなあかねだなんて、自分が情けない。  
なのに、いつしか頭の中で聞こえてくる声は、まだ知らぬあかねの矯声であり、甘い吐息だ。  
本の中の人物達の顔でさえ、いつしかあかねにすり替わって見えていた。  
 
『…かね……あかね…っ』  
 
ゆるゆると手を上下しながら、うわごとの様に何度もあかねの名を呼んだ。  
手の中でむくむくとそそり勃つそれは、明らかに熱い体内や纏わりつく内壁を求めて、物欲しげに淫らな液を先端へと送り出す。  
 
自らを口に含み、丁寧に舐めとられる感覚も、想像するだけでゾクゾクする。  
そして何より、あかねの中に入りたい。  
あかねが自分を受け入れ、熱い吐息と喘ぎを漏らす姿が見たい。  
 
自分があかねを組み敷いて、欲しがるままに与える様を思い浮かべて、僅かな罪悪感と大きな支配欲を交互に感じながら、イノリは自身を扱き続けた。  
 
先端、裏筋、亀頭の付け根…自分が感じるポイントが分かり始めたのか、手は様々な動きをし出す。  
一旦は、あがる息を整えようと息を吐くが、裏腹に手は上下を繰り返し、寧ろ行為は激しくなるばかり。  
 
『っ……はぁ……あか…ね…!』  
 
既に本は役目を果たさず、キツく目を閉じて頭の中で繰り広げられる出来事で、行為に没頭した。  
膝立ちになり、両手を使って、袋や後ろの穴近くまであらゆる箇所を愛撫し、快楽を貪った。  
余りの心地よさに、いつまでも味わっていたい気持ちと、天真が帰ってくるのではという焦りがせめぎ合い、それが扱きに緩急をつけたせいか、思ったよりも早く…突如として意識が朦朧としてきた。  
手の中の自身がはち切れんばかりに膨張し、浮き出た血管に触れるだけで、熱はそこに止まった。  
何かが弾けるように頭に痺れが走って、肌が泡立つのを感じた。  
 
『(…っ……出る…!)』  
 
そう感じた瞬間、慌てて側のティッシュ箱に手をかけた。  
自身を握ったままの片手が、激しい脈打ちを筋から指先に感じて、思わず全身から力が抜けた。  
 
寸前のところでティッシュは間に合わず、白濁が本に散る。  
荒い息を繰り返し、イノリは力無くその場にへたり込んだ。  
 
『(……俺……なんでこんな……)』  
 
苦しくなった息をなんとか整え、虚しさと心地よさの波間を漂いながら、イノリは後処理をした。  
本に付いてしまった物も拭き取り、何事もなかったかのように閉じた。  
 
暫くして呼吸が落ち着くと、ふっと我に返り、この本があってはまずいと捨てようとする。  
しかし、冷静に考えると【分別】と言うものもあるし、この家で捨てるのわけにもいかない。  
後処理に使ったティッシュだけくるんでポケットにねじ込み、天真が帰って来るまでに本共々、さっきの公園のゴミ箱にでも捨てて来よう…そう思っていた。  
丁度その時、玄関から扉を開閉する音と家人の声、そして天真の声が聞こえた。  
 
『(帰ってきた…!)』  
 
慌ててエロ本をどうにかしようとするが、とっさの事に思いつかない。  
懐へ入れようと考えたが、この部屋でそれはあからさまに怪しい。  
階段を上る音は確実に近づいてきている。  
どうしたらいい…  
いっそ平然と持っていようか?  
否。そんな恥ずかしい真似、できるわけがない。  
窓から外へ投げて、後で捨てに行くか?  
否々。音でバレるし外の誰かに見られたらどうするのか。  
考えるに考えた末…  
 
―ガチャ―  
 
部屋の扉が開いた。  
天真が部屋に入ると、机の上を隠すように、イノリが立っていた。  
顔は多少の引きつりを感じさせつつも、にやにやと狙ったような笑みを見せている。  
 
「イノリ…お前、そんなとこで何やってんだ?」  
 
疑問符を頭上に浮かべながら、天真はイノリに近づく。  
普段なら雑誌なんかを流し見しながら、この世界についてまだ知らない事を聞いてくるのが、今日はやけに大人しい。  
というか、行動が不審だ。  
 
『お、おう。実は良いもん見つけたから…その…お前にやろうと思ってさ!』  
 
そう言って勿体ぶる素振りを見せて、まだ隠している。  
 
「あ?なんだよ、いきなり」  
 
益々もって不審に感じつつ、イノリが出すのを待ってみる。  
暗に、イノリの意図が読み切れない為に、出方を見ているのだが。  
するとイノリは机の上に置いた本を手に取り、からかうようにさっきのエロ本を天真の前にちらつかせた。  
それを見て、天真は思わず絶句する。  
そして数秒の後、素朴な疑問を投げかけた。  
 
「お前…それ、自分で買ってきたのか…?」  
 
よりにもよって、なんでそんな話題なんだよ?とでも言いたげな顔で、素知らぬ風にぶっきらぼうな口調だ。  
内心、いろんな意味で動揺しているものの、イノリが相手なせいか何となく意地で表に出せない。  
 
『ばーっか。よく見ろよ。表紙とか汚ねぇじゃん。お前ならこういうの興味あんじゃねぇかって、余所から持ってきてやったんだぜ』  
 
さも自分には興味が無いように言って、本を摘むように持ち、ぷらぷらとさせた。  
 
天真が何となく目のやり場に困っていると、イノリはどかりとベッドの上に座り、その下に本を投げ込んだ。  
 
『(へへっ。うまくごまかせたぜ)』  
 
そう思ったイノリは妙に清々しい顔で、『ま、俺のいない時にでも好きに使えよ!』と言い放つと、風呂の支度をして、部屋から出ていった。  
天真はベッドの下にあるエロ本が気になりつつも、「あんなもの……」と強がり、その日のうちには手を出さなかった。  
 
数日後。  
イノリはすっかり騙せたと思っていたのだが…  
イノリが外出中、ふと思い出したように天真はベッドの下に手を伸ばし入れた。  
 
「(こういうのが見たいわけじゃないんだ…別に。ただ折角イノリが…)」  
 
誰も聞いていない言い訳を心の中で繰り返しつつ、何ページか開いてみた、が。  
 
―ペリペリッ―  
 
妙に張り付き、ふやけたように波打って硬くなっている箇所があった。  
天真は自嘲するかのように笑うと、どこか遠くを見つめて思った。  
 
「(……使用済みってわけか)」  
 
 
 
そのあと、イノリを見る天真の目が暖かいものになったのは、言うまでもない。  
 
 
 
 

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