玄関で靴を脱ぎながら、リズヴァーンはおかしな光景に不可解そうに双眸を細めた。  
「望美、なにをしている?」  
「えっと、お出迎えです」  
 居間の扉から顔を見せているだけでも、それは成立するのだろうか。  
 などと、どうでもいいような事に気をやりながら、少女の奇行への対処を考えてみ  
たものの、短い廊下では結局考えはまとまらず、とりあえず帰宅の挨拶を口にして  
いた。  
「今、戻った」  
 目の前に立っているのだからわざわざ告げるまでもないのだが、返って来る笑み  
はいつも幸せそうであるから、彼にとってはただの習慣ではないのだ。  
「はい。お帰りなさい」  
 しかし、今日はその笑みの様子が少し違う。  
 真っ直ぐに向けられる瞳は先ほどから一度もリズヴァーンを見ず、扉の縁にかけ  
られている指先には不自然なほど力が篭っている。  
「どうした?」  
 これでなにもないと思うなど、少女を知り尽くしている彼にはありえない。  
 気遣う視線と声に、望美は廊下に立ち尽くしている彼を招き入れる為に、そろそろと  
扉を開け、ともすれば逃げてしまいたくなる身体を止めておくため、身に纏っている  
エプロンの端をきゅっと握り締めた。  
 目蓋を閉じて、真っ暗になった視界の中で、唯一クリアに感じる薄いレースの生  
地は、頼りない。  
 けれど、もっと頼りないのは、バクバクと勝手に全力疾走をはじめた心臓の方だ。  
 彼が帰って来る時間とにらみ合いを続けた結果、つい五分前に決めたはずの覚  
悟は、あっさりと彼女を裏切っていた。  
「その……装いは?」  
 完全に困惑しているリズヴァーンの声は、遠まわしにだが見たと言っていて、わ  
かっていたことなのにビクリと肩が震えた。  
「エ、エプロンです」  
 確かにリズヴァーンの記憶によれば、これは将臣が結婚祝いにくれた物のはず  
であった。  
「それはわかっている。だが、下に何も着ていないようだが」  
 しかしその時、なにやら二人でしていたやり取りの末、顔を赤くした望美がたんす  
の奥へ片付けた後は、二度と出てくる事はなく、もっと質素で生地の厚いエプロンが  
使われる事となったのだ。  
 どうしてわざわざ引っ張り出してきたのかもわからないのだが、それよりも重大な  
のは、エプロンとは服の上からつける物のはずなのである。  
 望美がいくら細い身体だとはいえ、もともとの面積が少ない上に、薄い生地で作ら  
れたエプロンでは、全てを隠せるわけもなく、また、目線の位置が高いリズヴァーン  
からは、どうしても少女の胸の谷間が見えて仕方がなかった。  
 柔らかな布の下に、それ以上に柔らかそうな膨らみが見え、しかもほんのり色づ  
いている頂が、白さの中に透けており、どうにもこうにも目のやり場に困ってしまう。  
 かと言って下を向けば、ギリギリ太腿にかかっているぐらいの裾が容赦なく、理性  
をぐらつかせてくる。  
 新手の抗議だろうか、と己の胸に手を当ててみたが、これと言って機嫌を損ねた  
覚えはなく、真意を探るには逃げる事は得策ではないと知るしかなかった。  
「私にわかるように説明してくれないか?」  
 
「わ……私、全然まともにお料理作れなくて、いっつも、先生に迷惑かけてるから。  
だから……せ、せめて。私を……」  
 ここでもっと、堂々と、可愛らしく「私を食べて☆」と言えれば、何とも言えない重苦  
しいような空気にはならないのだろうけれど、望美はリズヴァーンに見られている事  
実だけで、すでに許容範囲を超えていた。  
 目も開けられず、逃げ出したいのに硬直してしまった足は一歩も動かせず、言う  
べき台詞も唇から漏れない。  
 しかも、明らかにリズヴァーンにしてみれば、おかしな格好であることを考えれば、  
情けなすぎて、後悔と恥ずかしさのせめぎあいに、鼻の奥がツンと痛む。  
「望美」  
 やっぱりやめておけばよかったと、ますます拳を固く握り締めた彼女の濡れた睫毛  
に触れたのは、彼の長い指だ。  
「先生?」  
 呼びかける声と、その仕草に恐る恐る目を開けると、苦笑しつつも青い瞳は優しい  
光を灯していて、頬を包んだ手も温かかった。  
「お前の心遣いは嬉しいが、私には、お前を食事の代わりにはできない」  
 やんわりとした否定に、望美ははい、と添えられた手に擦り寄りながら小さな返事  
を返した。  
 そうだった。  
 彼の想いはいつだって真剣で深くて、こんな風に茶化すのは、やはり似つかわし  
くない。  
「だが、愛する事は出来よう。他の誰よりも」  
 その意味を望美が理解する前に、小さな頭を抱えるように胸に引き寄せたリズ  
ヴァーンは、そのままつむじに口付けを落として、紐だけに守られている無防備な  
背中に手を這わせていた。  
「あ……せんせ、い」  
 いつもは仰向けの状態から愛撫を受けるから、背中は後回しになるのに、いきな  
り順番を飛ばされて戸惑った身体は、ただ大きな手に撫でられるだけでも、緊張と  
興奮で肌の熱を上げていき、それがますます敏感さに拍車を掛けた。  
 跳ね上がる肩をなだめるように口付けながら、ゆっくりと手を下ろしていけば、丸い  
臀部は面白いほどすんなりと手の中におさまり、細い脚からは微かな震えを指先に  
感じる。  
 羞恥をこらえる為か、胸元に縋りつく手にも力が篭り、リズヴァーンが抱き寄せて  
いる以上に少女との隙間はなくなってしまっていた。  
 これではかえって、慣れぬ姿勢にばかり気がいって、快楽を感じ難くなってしまう  
だろう。  
「ベルトを、外してくれるか?」  
 肩から首筋へと這い上がった唇で赤く熟れた耳朶を食み、十指はそのまま動か  
さずに待てば、溶け出す氷のようにゆるゆると望美の身体が離れて行った。  
「……は、はい」  
 ぎこちない手つきで従う姿を見守りながら、視線を合わせられないでいる原因の  
赤い頬に口付けて、そのまま驚いたように開いた唇も静かに塞いだ。  
 柔らかく熱い口内は、すぐにリズヴァーンの動きに馴染み、知っている感覚は  
そのまま少女を甘く溶かしていく。  
「っふ、ん…ぁ」  
 先ほどまではただ縋りつくだけであった両手は、今や意思をもって首に絡みつき、  
深く交わる喜びをもっと感じようとしているようであった。  
 
 望美が、何度目かわからぬ互いの蜜を嚥下した音に、リズヴァーンの留めてい  
た欲もじわりと動き出す。  
「あっ……、先生」  
 それまで張り付いているようであった手が動いた事に、少なからず怯えたような  
顔をしたけれど、口付けに濡れた唇から漏れた声は弱々しく、そしてどこか期待を  
孕んでいた。  
 暗い寝室でじっくりと時間をかけてから触られるのと違い、まだほとんど理性を残  
したままの状態で、そこに触れられるのが恐ろしいのだろうが、身体はもうすでに  
先の刺激を求めているのは、緊張を解いた皮膚からもわかった。  
 けれど、狭間で揺れる眼差しは、潤みつつも戸惑いを捨て切れていない。  
「余計な事は考えずともよい。私は、お前だからこそ、愛したいのだ」  
「先生」  
「それに、お前も」  
 ゆっくりと忍ばせた指は、確かな湿りに迎えられていた。  
 リズヴァーンは嬉しそうに双眸を細めるのだが、それがかえって少女の羞恥を  
煽り、いたたまれなくさせる。  
「あっ、や……だめ、です」  
 逃げようと腰をずらそうとしても、完全に抱き込まれている望美は前にも後ろにも  
動けず、身をよじり長い髪を躍らせるので精一杯だ。  
 しかもそうして出来た隙間に、リズヴァーンが身を折って唇を落としてしまった。  
「や、先生。だめ…ぁ、ん……ん…は、ぅ」  
 細い腕が空をかき、いっそう乱れた髪があたりを舞うが、本気の拒絶でない限り、  
静かな熱情を持った男を止めるには至らない。  
 防御力のないエプロンでは尖った乳首を守りきれるわけもなく、生地越しに何度も  
舌で擦り上げられ、歯を優しくたてられては、抵抗も削がれていく。  
 予想外だったのは、濡れて張り付いた布がわずかな身動きにも摩擦を生み、解放  
されたはずの乳房からも快感を感じてしまう事だった。  
「あ、や……ゃ…は、入って、くる。せん、せぃ」  
 そうして身体が熱くなればなるほどに、女の洞が充足を求めて切なく蠢き出し、そ  
の結果、指一本でも、はっきりと感じてしまうのだ。  
 ガクガクと震える膝を己の脚で割り開き、落ちそうになる身体を腰に回した腕で支  
えつつ、視線を合わせたまま狭い入り口をほぐすように浅く、道をつけて行く。  
「せ、んせ……せんせ。も、もぅ……」  
 言葉には出来なかったけれど、きゅっと物欲しそうに絡みつく柔らかな壁は、指で  
は足りないと訴えてきていて、その素直さとねだる可愛らしさに、唇が綻んだ。  
 勿論、断る理由などはなく、もとよりリズヴァーンも早く繋がりたくて仕方がなかった。  
 どれほど愛したとて愛し足りず、甘い誘惑に溺れているのは、己の方である。  
 さすが立ったままでは苦しいだろうと、ソファに望美を横たえる事は出来たが、寝室  
へ移動するだけの余裕はなかった。  
 薄いとは言え、衣を纏ったままの少女を組み敷いて、潤った花弁を押し開いていく。  
「んあっ、ん、んんっ───!」  
 気持ち良さそうな声を上げ、仰け反る背中を強く抱きしめながら、零れた涙を舌で  
舐めあげ、震える身体を奥深くまで蹂躙する。  
 ともすれば、乱暴とさえ思えるような行動を、よもや自分が彼女に取ることになろ  
うとは、あちらの世界にいたときには信じられなかった。  
 
「望美」  
「……せ、ん……せい。あ、あっ……っんん!」  
 愛しさとは、時に、恐ろしい一面を見せるものである。  
 早く遅く、浅く、深く、すり上げたり、かき回したりするリズヴァーンに、すでに望美  
はついていくだけで精一杯で、自分がまだエプロンをつけたままである事はすっか  
り忘れてしまっていた。  
 白い清楚な布地に包まれていながら、その下の身体は男を呑みこみ喜んでいる。  
 その上、ヒラヒラと揺れる生地から見える膨らみの影だとか、擦れて立ち上がりっ  
ぱなしの乳首だとか、しなやかな背に絡んでいる紐だとかが、一々扇情的すぎた。  
 煽られて突き上げ、そのせいで乱れた姿にまた煽られる。  
 果ての見えない狂おしさもまた、その根底に流れているのは愛しさだった。  
 
 
 
 
 
 
 
 
   
 翌日、足腰が立たなくなった望美が見たのは、代わりに台所に立ったリズヴァーンの  
姿だった。  
 隣近所が思わず警察を呼ぶほどの悲鳴が上がったのは、間違った知識によって、 
彼が裸エプロンになっていたからである。  
 一番可愛そうだったのは、通報で駆けつけた警官であったのは間違いない。    
 

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