「やはり、まだ熱が下がりませんね」  
 望美の前髪をかきあげ、額に手を置いていた弁慶は吐息混じりに、そう呟いた。  
 心配そうでもあり、困った風でもあるその声に、望美はきゅっと唇を噛んだ。  
 安易な謝罪をよこす事もなく、自分でもままならない身体への憤りを他人にぶつ  
けない高潔さに、これから巡らせなくてはならない策を練っていた男の思惑が中断  
される。  
 鎌倉から追われている今、避難している奥州も絶対に安全な場所とは言えない。  
 その中で、源氏の神子が持つ役割は大きかったのだが、ここ最近、望美の体調  
は一向によくなりそうもなく、白龍も小さくなったままだった。  
 そんな状況下で、考えなくてはならない事は山ほどあると言うのに、と弁慶は目  
を奪われた己に小さく苦笑していた。  
「望美さん、一つ提案なんですが……」  
 そうもちかける彼の顔は、いつもの柔和な笑みであった。  
 
 
 
「それでこんな夜更けに、全員を集めて何をするつもりなんだ、弁慶」  
 すでに一室に集められていた弁慶を除く面々は、呼び出しておきながら最後に登  
場した彼に、口を開いた九郎と同じ気持ちをその視線に込めていた。  
 それを軽い笑みでかわしながら、弁慶は小さく笑う。  
「そう怖い顔をしないでください。今宵は皆に手伝ってもらおうと思ったんですよ」  
「まぁ、なんか知らないけど、さっさと済ませちまおうぜ」  
 欠伸をしながら、無責任なほどあっさりと言う将臣を、横にいた譲が小声で咎め  
ていたが、その眼鏡越しの瞳も眠そうにぼやけていた。  
 ぐるりと見渡せば、彼らだけでなく敦盛やリズヴァーンといった、特例を除く顔ぶ  
れは起きてはいるが気だるそうであった。  
 しかし、その空気はすぐに吹き飛ぶ。  
「では、今から皆には、望美さんの身体を見ていただきます」  
「は? 診るってそれはあんたの役割じゃないのかい?」  
 尤も訝しげに表情を歪めたのはヒノエで、その声と顔からは、何を企んでいるの  
かと暗に問いかけられたが、一々説明するのはこの際、面倒であった。  
「いいえ。今回ばかりは僕にもお手上げでして。この地に呪詛があるのは明らかな  
のに、その在り処がいくら探してもわからない。ですから、ある仮説をたてたんですよ」  
 それは確かに、全員の胸にある疑問であっただけに、その場の空気は急激に緊  
張味を帯びた。  
「……神子の身体、か」  
 ひっそりと、だが、重々しく告げられたリズヴァーンの声に、誰かがそんな、と声  
を上げたが、誰も否定は出来なかった。  
 彼ら自身が一番、呪詛を見つけられない失望を味わってきていたからだ。  
「し、しかし……呪詛は神子が触れれば浄化されるはずではないのか?」  
「それは僕も考えました。しかし、今までのは言わば、土地を呪う呪詛しかありませ  
んでした。でも、それが彼女自身に向かったなら、触れた途端に、浄化と一緒に呪  
詛も発動するはずです。ですから、可能性が高いのではないか、と。八葉は欠け、  
五行の力が乱れていますから、僕一人では見逃しかねませんから、こうして集まっ  
てもらったんです」  
「なるほど、話はわかった。望美のためなんだな」  
 ポンと膝を叩いて納得した九郎は、すでにやる気十分といった感じである。  
「呪詛さえ見つかれば、あとは泰衡殿の助けを得て、浄化とまでは行かなくても解  
除するのは難しくないと思います。ですから、しっかり見てください」  
 弁慶が戸を開けた続きの間には、望美がちょこんと正座していた。  
「では望美さん、お願いします」  
 恥ずかしさに顔を上げられない少女には、普段と変わらない口調が、ひどく意地  
悪に聞こえていた。  
 
 それでも、こんな夜中に集まってもらったのだから、このままじっとしているわけ  
にもいかず、覚悟を決めて立ち上がった。  
 緊張と熱のせいで足元がふらつくから、ゆっくりとしか動けなかったけれど、最初  
の一歩を踏み出した事で、望美は引き返せなくなった。  
 元より、弁慶の提案に頷いたのは自分なのだから。  
 それでも顔は上げられなかったが、見なくても、皆がこちらを注視しているのは密  
閉された空間の中で、嫌と言うほど感じられる。  
 ほんの数歩先にいる彼らを南瓜や茄子だと思おうとしたって、見ず知らずの人な  
らともかく、生死を共に旅をしてきた仲間では、意識の外へはどうしても追いやれ  
ない。  
 痛くさえ感じられる胸の早鐘に、小さく喘ぎながら、望美は単衣の上に羽織って  
いた衣を、そっと肩から落とした。  
 渇いた音が、背後の足元から聞こえ、自分でしたことだと言うのに、ビクリと身体  
が震えてしまう。  
「ちょ、ちょっと待て」  
 と、そこで、うろたえたような声が上がった。  
「どうしました、九郎?」  
「……まさか、見ると言うのは……その、は、はだ…」  
 最後の一文字が言えないまま、口をパクパクとさえながら目で訴える九郎に、  
弁慶はええ、と頷いた。  
 瞬間、顔を真っ赤にさせた彼は、床を踏み抜く勢いで立ち上がった。  
「俺には出来ん!」  
「九郎、座ってください。先ほど説明したとおり、これは望美さんのためなんですよ。  
いつまでも彼女を呪詛で苦しめていたくはないでしょう?」  
 しかし、すぐにでも出て行こうとする背に、やんわりとだが無視できない台詞が  
かけられると、戸に向かっていた足が面白いほどぴたりと止まる。  
 彼とて、望美が心配なのだ。  
 だが、すぐに振り返るには、これから始まるであろう事が道徳に反しすぎていた。  
「あの、九郎さん。私、早く皆と一緒に戦えるようになりたいんです。だから……戻って  
きてください」  
 言うのも恥ずかしいのであろう。  
 その声は震えていて、無碍にするにはあまりに不憫であったし、このまま拒否す  
れば、さらに少女を追い詰める事になってしまう。  
「望美、お前……」  
 それでも何とか考え直させようと振り向くと、両脇に立てられた灯火に照らされた  
彼女が、今まで見せなかった顔を上げ、真っ直ぐ視線をぶつけてきていた。  
 その懸命で揺らぎない信念を踏みにじるなど、実直な彼には出来なかった。  
「……わかった」  
 取り乱してすまなかった、と頭を下げる九郎と、ほっと肩の力を抜いた望美を見や  
りながら、弁慶はもう一度、全員に声をかけた。  
「望美さんの覚悟は、わかりましたね?」  
 先ほどのやり取りで、九郎だけではなかった浮つきも落ち着き、皆、神妙な顔つき  
になっている。  
 望美が羞恥をこらえているのがわかるだけに、その気持ちの深さも伝わったのだ。  
 それから最後に、心を落ち着けようと胸に手を当てている少女へと、続きを促がす  
視線を向けると、聡い彼女はその手をそっと帯へと向けた。  
 
 多人数が詰めているにもかかわらず、妙に静かな部屋の中では、聴きなれてい  
るはずの衣擦れが特別な音に変わる。  
 男たちの目の前で、少女が自らの衣を剥いでいくという、日常と掛け離れた事態  
に、現実味は少しずつ薄れ、淡い明かりの中に浮かぶ姿は、夢幻を思わせた。  
 病やつれし憂いを帯びた眼差しは、無邪気なだけのように見えていた少女を艶や  
かに彩り、緩慢な動作は舞いの一手のようでさえある。  
 誰かが咽喉を鳴らしたのが聞こえた気がしたが、皆、眼を奪われていて確かめる  
事も出来ない。  
 弁慶が盗み見る彼らの顔には、隠し難い興奮の色がある。  
 完全に解かれた帯が、床にたゆたえば、それはいっそう濃くなった。  
 帯を解かれても尚、その肌は単衣の下に隠れていて、大きく開いた胸元だけが  
膨らみの存在をちらりと垣間見せるだけだ。  
 薄い衣だがやはりそれを取り去ってしまうには躊躇があるらしく、望美の手は帯  
を落としたまま上がってこない。  
「何か、見えましたか?」  
 冷静な弁慶の声に、はっと意識を引き戻された者は少なからず、場の空気は  
徐々に落ち着きを失っていた。  
「オレは駄目だね。先生はどうだい?」  
「見えぬな」  
「鬼の力、とやらも呪詛には効かないみたいだね。敦盛、お前は?」  
「……私にも、何も。すまない」  
 ヒノエは、この雰囲気に呑まれまいとわざと皆に話を振っているようだが、成果は  
あまりないようだ。  
「では望美さん。少しずつ、試してみましょう。そうですね、まずは……背中を見せ  
てくれますか? 自分では見えない位置ですし、背後からなら呪詛も仕向けやす  
いですから」  
「は、はい」  
 弁慶の指示に過敏に反応しながらも、ほっとした様子で少し和らいだ表情になり、  
望美は言われた通りに背を向けた。  
 それによって、部屋を異様な雰囲気にしていた緊張も、わずかな緩みを見せる。  
 やがて、だらりと下がっていただけの単衣が動き、位置を確かめるようにゆっくり  
と肩から落ちていく。  
 それが、腰の辺りで降下をやめた時、皆は一様に息を呑んでいた。  
 少女の華奢さはわかっていたはずなのに、徐々に明らかになる肌の白さが、  
それをいっそう強く印象づけ、今、目の前に晒された背はいつも先陣を切って駆け  
て行くとは、到底思えないほど儚い。  
 触れずともわかる皮膚の薄さは、眼で見るだけでもその滑らかさを容易く想像さ  
せ、見えそうで見えない腰へと続く曲線が、まるで触られるのを待っているかのよ  
うである。  
「髪を、上げてもらえますか?」  
 背を覆う長い髪を、望美が衣を落とさないように苦労しながら寄せ集めると、身を  
よじった事で、それまでとはまた違った一面を見せた。  
 しなる背に、集め切れなかった髪が数本影を作り、あたかもそれが、背後から  
男に責められ、乱れているかのような、あらぬ想像を掻き立ててしまうのだ。  
 誰かが漏らした吐息は熱を孕んでいて、触れてもいない背に、口付けているよう  
だった。  
 
 そのまま、じっと身を固くしていた望美だったが、背中側からは何一つ声が上が  
らず、又しても呪詛の気配が見えなかったのだと悟らざるを得なかった。  
「……あ、の…次は…」  
 どうしたらいいのか肩越しに振り返った弁慶は、その視線にわずかに考えるよう  
な仕草を返した。  
「そう…ですね」  
 外していない視線からは考えがあるのだろうとわかるが、口に出すのを迷ってい  
るのか、そこから先をすぐには言葉にしない。  
 しかし、それが何を指しているのかは、案ずる瞳から読み取れた。  
 そして同時に、ここから先は、もう誰にも助けを求められないのだと、彼女は気づ  
いたのだ。  
 気遣ってくれる彼にこれ以上言わせるのは、卑怯に他ならない。  
「……こう、ですか?」  
 責を負うているのだと自覚している望美は、ゆるゆると身体の力を抜き、強張りた  
がる腕を叱咤しつつ下ろしていった。  
 腰から這うように落ちていく単衣のすべらかな肌触りが、太腿から膝を伝えば、  
そこから下を通過するのはあっという間だった。  
 あまりにすぐ過ぎて、床に着いた確かな感触を、もう一度確認してしまうほどだった。  
 数瞬遅れて、下肢の全てを自ら晒したのだと自覚したが、やはり、皆からの反応  
はない。  
「何か……ありますか?」  
 ぐしゃぐしゃになった単衣を胸元に抱き寄せている姿は、その頼りない衣に縋る  
ようでもあった。  
 力を抜こうとして、失敗している背が懸命であればあるほど、儚さが憐れを誘う。  
 もう、少女はその身を隠す術を自ら放棄したのだから。  
 それでも、捨てきれない羞恥と己への厳しさの狭間で足掻くさまは、意図してい  
ないからこそ、気高く美しかった。  
 誰の蹂躙も許さぬその矜持。  
 しかし、それを他ならぬ彼女自身が、自らの強い意志によって崩そうとしている。  
 最早、この場に決死にも近い少女の覚悟をとめれる者は、一人もいなかった。  
 誰も彼もが、魅入られてしまったのだ。  
 神子の堕ち行く姿に。  
 咳払いどころか、身じろぎの音もない静かさで、振り向いたら誰もいないのでは  
ないかと思うほどなのに、直接触れている外気よりも如実に、幾つもの視線が肌を  
這っている。  
 戦うようになり、気配を読む鍛錬をしてきた望美だからこそ、それが気のせいや  
思い込みではないとわかった。  
 普段自分では見れない背後なだけに、見られることに対して少女らしい払い切れ  
ない不安が付きまとい、無駄だと知りつつ眼を閉じてしまえば、余計に敏感になった  
無防備な肌が、触れているはずもない視線を、ひとつ残らず望美に伝えてしまう。  
 それはまるで、無数の柔らかな羽に撫でられているような、ありえない錯覚だった。  
 ぞわりと背筋を這う怪しげな感覚に、慌てて目蓋を開くのだが、揺らぐ炎に照らさ  
れた己の影が、床や壁一杯にわずかに揺れながら幾重にも重なっているのを見る  
と、今立っている場所さえ、あやふやになってくる。  
 もしかするとこれは、熱に浮かされ自分が見ている仇夢なのではないかと、そんな  
逃避にも似た気持ちが胸を掠めるが、そんな中、燈火のはぜる鈍い音と油の香り  
だけが、ひどく現実的だった。  
 夢でないなら、少女は動かねばならない。  
 目的があるからこその、行動なのだから。  
 
 まず、桃花を連想させる丸く、淡く色づいた踵が男たちの前で、ピクリと震えた。  
 わずかな動きであったが、少女はそれまで息さえ止めていたようであったから、  
すぐにそれは皆の眼にとまったのだ。  
 その先を予感して、敦盛だけが眼を伏せた。  
 心優しい彼には、痛ましすぎたのかもしれない。  
 けれども、それもほんの一瞬であった。  
 ゆらりと長い髪が揺れると、その煌きに逆らえぬように、長い睫毛に縁取られた  
目蓋があがった。  
 戸惑いつつも、捕らわれてしまっているのだ。  
 そしてかすかに細めた双眸の先で、スラリと伸びた足がゆっくりと動き、爪先が  
向きを変える。  
 まず、横へ。  
 そして、それから一呼吸おいて、望美は完全に身体を反転させた。  
 恥ずかしそうに下を向き、心なしか、単衣を押さえている両手に力が篭ったように  
見えたが、胸元に抱いた乱れた単衣では、全てを隠しきれておらず、細い首筋から  
眩しいほどに白い胸元に続き、その膨らみを半ばまでも見せていた。  
 衣をかき集めている腕の下には、ちょうど頂があるのだろう。  
 それは思わず、その色やぷくりと立ち上がって誘う姿を想像してしまうほどで、  
際どい隠し方は無闇に男の性を煽る。  
 勿論、彼女は彼女なりに最大限の努力をしての結果であるのだが、少女らしい丸み  
は背後から見るよりも明らかで、柔らかそうな曲線を描く身体が、よりいっそう艶や  
かさを増した。  
 片手でまとめられてしまえそうな細い足首から膝。  
 いつもの衣装で見慣れているはずの部分さえ、必要以上にぴたりと合わせられ  
ては、単衣の下にあるその先を、どうしても考えずにはいられなかった。  
 何より、表情が見える事がたまらなくさせるのだ。  
 直視出来ないまま、閉じられているのではないかと思うほど伏せられている目蓋  
は、時折瞬きをして、ほんのり色づいた頬に影を落とし、浅い呼吸を繰り返す唇は  
薄く開いていて、その中の熱さを連想させる。  
 呼気にあわせて癖のない髪が、サラサラと肩の上やわき腹のあたりで揺れ、その  
度になんとも言えぬ甘い香りが、ふわりと立ちのぼって部屋を満たしていく。  
 今や眠気も寒さも室内にはなく、あるのは緊張に押し殺された息と、じわりじわりと  
溜まっていく熱、そして羞恥に震える身体を持て余す少女の、躊躇いがちな吐息だ  
けである。   
 明かりが近くに置かれている望美からは、暗がりにいる彼らの顔は判別する事は  
難しい。  
 けれど、凝視と言っても間違いではないほどの強い視線に晒されていては、それ  
がもつ毒のような熱さに目眩すら覚えた。  
 しかもそれは、一つや二つではないのだ。  
 触れられてもいない肌が火照るという、未知の感覚を恐いと思う一方で、単衣を  
押さえている腕の下、ドクドクと跳ねる鼓動はいやに甘い。  
 自分はどうかしてしまった。  
 呪詛と熱のせいでおかしくなったのだと、そう思わなければ望美は両手から力を  
抜く事は出来なかっただろう。  
 見られる事に、興奮しているだなんて。  
 認めるには、彼女は幼く、無邪気でありすぎた。  
 けれど、音を立てて床に落ちた単衣に視線を落とした弁慶だけは、そっと唇に  
笑みを刷いていた。  
 まるで全てを知っているかのように。  
 
 
 焦らしに焦らされた果てに、ようやく眼前に晒された白い肌は、想像を裏切るどこ  
ろかそれ以上の魅力をもっていた。  
 前をきっちり合わせて着る小袖や分厚い陣羽織は、少女の胸をいくらか押さえて  
いたらしく、普段眼にしていた時はさほど気にならなかった膨らみが、今は視線を釘  
付けにしている。  
 華奢な肩からなだらかに続く曲線を、そのまま引き継ぐようにやんわりと柔らかそ  
うな乳房だが、かすかな震えに呼応して揺れる動きはまだ芯の硬さを残していて、  
彼女の身体がまだ成熟しきっていないのを教えていた。  
 だが、だからこそ。  
 漂う危うさがよりいっそう、男たちの眼を離せなくするのである。  
 それに、誰に触れられたわけでもないのに、胸の頂はつんと立ち上がっており、口内  
に含めばさぞよい舌触りがしそうで、味などしないとわかっていても、淡い色と艶は、  
春の果実を思わせる。  
 それは、想像の戯れでさえ、飲み下した唾液を甘く感じてしまうほどだった。  
 又しても何も言われない沈黙の中、隠したい気持ちを殺そうとするかのように、望美  
の両腕は真っ直ぐに下ろされたまま、健気にも小さく拳を握り締めていた。  
 そのすぐ横には淡い茂みがあり、細く伸びやかな脚は緊張と疲れのせいで、時折  
ふらついては、その茂みの奥をちらりとのぞかせる。  
 望美が少しでも動けばそれだけで、見ている彼らの呼吸は乱れ、じっと座っている  
だけの身体に汗が滲むのだ。  
 己を律するようにきつく顎を引き、自分の咽喉を通る唾液の音にさえ、思わず肩が  
揺れてしまうほど敏感になってはいるが、目的がある以上、欲に任せるわけにはい  
かない。  
 しかし、まったく平気でいられる者ばかりのわけもなく、特に歳の若い譲の身体は、  
正直に柔肌を求め張りつめていて、息をするのも苦しいほどだった。  
 それに隣にいる将臣やヒノエが気づかないはずもないのだが、指摘されないのは、  
誰しもが程度の差はあれ、同じような状況であるからだろう。  
 そうしてまた、眼鏡越しの眼差しだけを強く望美に向けては、じわりと上がる熱に  
きつく眉を寄せた。  
 男の欲に支配されつつある視線は、あからさまな意思を持って望美に届いて、そ  
の心を犯していく。  
「は、ぁ……」  
 身体に渦巻く熱に浮かされ、赤く色づいた唇から漏れた溜息は諦めや恐れでなく、  
どこか微笑みさえ乗せていた。  
 見られている。  
 それも、触れたいと、口付けたいと、貫きたいと、思われながら。  
 多分、この絡みつく視線の先々では、思うままに組み敷かれているのだろう。  
 そしてそこでとどまれるほど向けられている視線は甘くはなく、どんな格好で、  
どんな声を上げさせられているのかまで、想像させられてしまった。  
 激しく揺さぶられているのか、それとも、意地悪く焦らされて、ねだる言葉を言わさ  
れているのか。  
 もしかしたら、複数を相手に言葉さえ無くして、ただ喘いでいるのかもしれない。  
 淫らな夢想は、それだけで望美の身体をゆっくりと変化させていき、それが遅々と  
しているえばいるほど余計に煽られた。  
「……ぁ」  
 
 ふらっと揺らいだ身体を支えきれなかったのは、脚が力を失っていたからではな  
く、気持ちが内に向かいすぎていて完全に油断していたからだ。  
 身体の動きに遅れた長い髪が、残影のように望美の後を追えば、薄明かりの中  
に淡い花ふわりと咲いた。  
 それでも咄嗟に膝を曲げ、ぺたりと床に座り込む事で、背中から倒れこむのだけ  
は何とか回避すると、火照った肌に冷たい感触が心地よかった。  
 一瞬の開花の後、残されたのはまさに花のような少女で、へたり込んだ姿は手折  
られかのように可憐である。  
 そして、これまで下から照らされていた事で清冽な白さばかりを強調していた肌は、  
上から落ちてくる光によって蝋蜜のような薄い影を持ち、夢や幻でもない生々しさを  
まとっていた。  
 力を失い、ほのかに色づいた身体からは、体温さえ判じられそうだ。  
 それまではただ頭の中で行われていた禁忌が、すぐそこにある。  
 どれほど堪えようとしても、吐息が乱れるのはどうしようもなかった。  
「大丈夫ですか?」  
 懸命に平静を装っている譲の心配そうな声に望美が顎を上げると、それまで見下  
ろしていて遠かった彼らの顔が、驚くほど近くに見える。  
「うん……平気」  
 そうなれば当然。  
 身体の方もどんな状態であるかは、一目瞭然であった。  
 望美の視線がどこをとらえているのか知った譲は、気まずそうに赤く染まった顔を  
反らしたが、それを追うように声がかけられた。  
「……見て」  
 小さな囁きは、まるですぐ耳元で発せられているかのように錯覚してしまうほど、  
艶やかで秘密めいていて、ビクリと震えた広い肩は怯えているようだった。  
 何を恐れているかは、他ならぬ自分が一番よくわかっている。  
「先、輩」  
 だが、その甘さに対抗する術もなく戻った視線は、弱々しくも望美の目の前でゆっく  
りと、むき出しの肌を蹂躙していく。  
 彼もまた、いけないと思いつつも、欲に翻弄されているのだ。  
 それが奇妙な興奮を引き寄せ、また、見つめ合う事でさらにはっきりと感じるように  
なった押し殺された息遣いまでが、ますます望美の身体を熱くさせていく。  
「まだ、全部……見てもらって、ないよ? ちゃんと、見て」  
 羞恥の為に潤んでいた瞳は、今や、逃げようとする幼馴染の身動きを縛り、瞬きす  
ら許さぬままで、両膝を胸に抱えた。  
「っ…せ、んぱい」  
 どうするのか察して、息を止めた彼の前で、まず踵をそっと浮かした。  
「ダメだよ……眼、閉じちゃ」  
 眼鏡の向こうで可哀想なほど揺らぐ瞳は、底のない淵をのぞいているかのように  
暗い。  
 けれど、渦巻く熱に溶かされた欲情がその暗さの中で踊り狂っていて、望美の言  
葉など無くても、きっと彼は目蓋を閉じられなかったのだろう。  
 舞うように剣を振るとき、軽やかな跳躍を生む脚は爪先までもほっそりとしていて、  
小さな爪がなめらかに灯りを映している。  
 その両足がゆっくりと、ゆっくりと開いていく。  
 膝から下が音も無く離れると、その奥を隠す影を薄く、狭くさせた。  
 
 もう少しで、本当に全てが暴かれる。  
「んッ……」  
 最後の砦である膝が震えたのは、敏感な秘められた入り口からはしたない滴り  
がとろりと溢れ、伝うのを感じたからだ。  
 少し開いただけでこれでは、この先どうなるのか、恐ろしくさえあった。  
 動悸は益々激しくなり、冷たかった指先までほんのりと熱を持ち、手をついている  
背後の床はすでに温かくなっている。  
 何かに縋りたい心細さは、カリッと床を掻く音となり、爪が木目に逆らう強さをその  
まま膝へと向けた。  
 本当に握りたかった物はここには無くて、望美の心に潜む火傷にも似た傷跡が  
じくりと息を吹き返すけれど、だからこそ、それがどれだけくだらなくても、指先に  
力を込め続けた。  
 もう、この手には何もないのだと、確認するように。  
 必要以上に強張っていた脚は、一度力を抜くと簡単に離れ離れとなり、いつの間に  
か薄っすら汗をかいていた内腿は、外気の冷たさにビクリと跳ねた。  
「ぁ…」  
 それとは別に、朱に染まった望美の頬が引きつったのは、下肢から響いた音のせい。  
 閉じていた秘裂が濡れた音をたてて、花開いたのだ。  
 そのいやらしさにはさすがに耐え切れず、咄嗟に目蓋を降ろしたが、ピクリと震え  
た脚を閉じはしなかった。  
 ここまで来ては、何もかもが無意味。  
 すでに望美の中では、呪詛のためと言う理由はただの大義名分と成り下がって  
いた。  
 今はただ、なぶる熱に身を任せて思うままに振舞いたかった。  
 それはあの目がくらむような碧く、深い、無情の海にあの男と一緒に置き去りにし  
てきたはずの感情で、自分のしぶとさを咽喉で笑う独特の低い声が聞こえた気が  
した。  
 その通りなのだろう。  
 所詮、自分は神子としてだけでは生きられない。  
 この身に眠る荒々しい獣が、男に殉じて心を殺すのを許してはくれないのだから。  
 どうしようもなく今も生きているのだと、望美は静かに上げた視線で認めた。  
 並んだ仲間の顔は、涙で滲んではっきりは見えなかったけれど、ここにいる彼ら  
を、そしてここにはいない、人たちも。  
 見えないけれど浮かぶ顔は、誰一人、失いたくはない。  
 つつっと床を滑るように爪先同士がどんどん、遠ざかっていき、ついに限界の位  
置までたどり着いた。  
 自ら脚を開き、見せ付ける行為がどれだけ浅ましいか、淫らかなんて、問題では  
なかった。  
 少女が求めるのは戒めだ。  
 ともすれば、痛みに寄り添っていたくなる弱い心を、萎える足を奮い立たせるほどの。  
「……譲くんので、この奥も確かめて」  
 細い指がたどり着いたのは、まさに今視線を集めている部分で、名指しされた譲は  
信じられないと瞠目しつつ、無意識にゆるく首を振っていた。  
 それは否定ではなく、ただただ、本当に理解できなかったのだ。  
「ね、お願い」  
 くちゅくちゅと淫猥な音と共に抜き差しされる繊細な指は、根元までもねっとりとし  
た蜜を絡ませ、甘く誘う香りが往復するたびに強く、濃くなった。  
 
 湧き立つ身体とは裏腹に、凍りついたように動けない譲の横で、立ち上がった人  
影がすっと流れるような動作で望美の横に膝を着いた。  
「オレじゃだめかい?」  
 そして、望美の腕を取ると、ついさっきまで体内をかき乱していた指を味わうよう  
に、舌を這わせた。  
 赤い色が目にも鮮やかで、知らず、望美はその温もりを口内に感じようとするか  
のように、自分の唇をちろりと舐めていた。  
「甘いね」  
「ヒノエ!」  
 咎めるように名を呼んだのは意外な事に敦盛だったが、それもあまり強くはない。  
 望美の表情から、何を望んでいるのかわかってしまっていたからだろう。  
「ん……いい、よ。ちゃんと、確かめて…ね」  
「ああ、勿論」  
 小さな笑みを唇に浮かべ、ヒノエは望美の肩に手をかけると、ゆっくりと上体を床  
に倒した。  
 彼にしては珍しく、そうしてから少女の柔肌が無機質な板間に直接当たっている  
と気づいたが、そんな思いやりはここには必要ないのだと、見下ろした瞳から悟った。  
 泣きそうな眼をした少女の名を、声に出さぬまま呟き、とっくに準備の出来ていた  
物をあてがえば、力など入れずとも呑みこまれそうなほど、そこは蕩け切っていた。  
 待ちわびて、待ちわびて、切なそうなひくつきが、敏感な先端を刺激して、それだ  
けで十分たまらない心地になる。  
 組み敷かれた身体を無防備に男に預け、割り開かれた膝に手を添えれば、素直  
に更なる開きにも応えるその心は、恐らく、望美自身にも制御が利かなくなってい  
るのだろう。  
 道徳や理念、優しさや、敬意だけでは救えない時が、確かにあり、そして、今が  
その時だ。  
 想いを寄せているだけにやるせなさはあるけれど、優先順位はいつでも少女が一番。  
 だからこそ、睦言もなにもないままに、彼はただ願われるままに腰を進めた。  
「ん、ぁっ…」  
 歪んだ柳眉と、進みほどにしなる背中から、男を迎え入れるのに慣れていないの  
を感じさせたが、それは表面だけの事で、肝心の部分は入り口の狭さを越えてしま  
えば、後はそのぬめりと柔らかさに、どんどんと咥えこまれる。  
 こうして身体を開かれるのは、初めてではないのだ。  
「っ、姫君の中は、熱い、ね」  
「あ……ん、ふっぁ」  
 それどころか、きつさを残しながらも奥深くまで、迎え入れるのを知っている。  
 多分、その男に少ない回数のうちで教えられたのだろう。  
 深く交わる喜びも、道を作られる快楽も。  
 それはどれほど濃密で、激しい宵だったのか、考えるほどに願うように思ってし  
まう。  
 あんな男のことなど、忘れてしまえばいい。  
 恋うて、泣き叫ぶ女を突き放し、ひとり格好をつけて散った男のことなど。  
「……塗り替えて、やるよ」  
 それはヒノエ自身も驚くほど低い声で、すぐそばにいる少女にすら届きはしな  
かった。  
 もっとも赤く熟れた唇から、浅い息をするだけで精一杯であれば、何を言ってい  
ようと関係はなかっただろうが。  
 
 けれど他ならぬ自分には、呪いのように耳の奥で何度も木霊する。  
 ずっと言いたくて、だが、薄氷の上に立っているような望美にはとても言える筈も  
なく、不自然にとどめられた流れは、こんなにも淀んでいたのだ。  
「っ…」  
 もう進めない所まで進み息を吐くと、それだけで、細い咽喉がひくりと動き、内部の  
敏感さを伝えてくる。  
 しかし、いくら抵抗がないとはいえ、まだ硬さを残している身体では苦しさもあるら  
しく、きつく目蓋を閉ざした望美は全身を固めてしまっていた。  
 これでは、ヒノエの身動きもままならない。  
 ちらっと事の成り行きを押し黙って見ていた、いや、微かに笑みながら眺めている  
性格の悪い血縁者を見ると、薄い色をした瞳がふっと伏せられた。  
 笑われた事よりも、予想されていた事の方が腹立たしいが、痛みだけを望美に  
与える気は欠片もないのだから、そのあたりには目をつぶるしかない。  
 彼女はきっと、ただ、確かな肉での繋がりを現世への楔としようとしているのだろ  
うけれど、そんな生易しく終わるつもりはなかった。  
 彼岸を見る遠い瞳も、寂しげな笑みも、嗚咽を堪えて泣く夜も、なにもかも、全て  
を壊してやりたい。  
 その為には、ただの蹂躙ではいけないのだ。  
 気の狂うほどの快楽を、身体に、心に、植えつけて芽吹かせなければ。  
 そして、その新しい花は、少女の糧となるだろう。  
「僕も、お手伝いしますよ。あまり長い時間をかけては、身体に毒ですからね」  
「べ、んけいさん?」  
 不意に聞こえた声に首をめぐらせば、頭のすぐ横に膝が見えた。  
 そちらに気をとられた瞬間、中でずるりと動くものがあって、その感覚に背中が床  
から浮き上がる。  
「あっ、ぁ…んん」  
 見られている興奮で、十分濡れていたからそうされても痛くはない。  
 だから、漏れる声は悲鳴ではないけれど、戸惑いの分だけ溜息に近かった。  
 自分の身体の中で、他者の意識を持った物が動いている強烈な違和感が、そう  
させるのだ。  
 なぜかそれが不思議で、見上げればどこか苦しそうな顔をしたヒノエが、視線に  
気づいて笑みを浮かべる。  
 そうすると中途半端に入り口を広げているものが、さらに熱さを増した気がして、  
ああ、今彼に抱かれているのだと、今更ながら納得できた。  
 しかもただ組み敷かれているのではなく、大きく開いた脚の向こうからは、絡みつ  
く視線は消えていない。  
 見られている。  
 聞かれている。  
 そして、多分、待っている。  
 次に貫くのを。  
「ヒノ、エ……くん…はっ、ふ…うぅ…」  
 引かれたときと同じぐらいゆっくりと戻ってくるから、再度押し開かれる感覚は浅い  
呼吸の中で長く続いて、望美はいっそそれが終わらないかの錯覚を覚えてしまい  
そうになる。  
 ただ一往復されただけで、額にはじわりと汗がにじみはじめ、身体は燃える様に  
熱い。  
 
「もっと、強くしても大丈夫…だよ」  
 さっきまでそんな事は考えた事もなかったのに、今は、いくらでも乱暴にされてか  
まわない気分だった。  
 投げやりになっているわけでも、自暴自棄になっているわけでもないのは、意思を  
宿した瞳が何よりの証拠。  
「初めからそうしては、辛くなってしまうでしょう。僕らに、任せていてください」  
 すると、近くにいるだけで何もしようとしなかった弁慶が、再び望美の不思議そう  
な視線を受けると、横たわっている彼女の胸の膨らみへと手を伸ばした。  
「ぁ……」  
 自分でさえ触っていなかったそこは、恥ずかしくなるほど固く立ち上がっており、  
望美が見守る中、くるりと円をかくように指先で撫でられただけで、熟れた唇から  
吐息ではない快楽の喘ぎをもたらした。  
 弁慶の指は優しくも、乱暴にも動き、その為予測の出来ない望美はますます敏  
感になり、息を吹きかけられるだけでも、顎を仰けぞらせて反応を返した。  
「あっ、ぅん……ん」  
 純粋に気持ちよさだけを与えてくれる場所からの刺激は弱いけれど、確かな信号  
として腰を疼かせる。  
 そうすれば、意識せずとも咥えている部分が潤みだして、更なる快感を得ようとす  
るのだった。  
「あ、あ……ぁ…ヒノエ…くん」  
 そして、それは。  
 どこか望美も望んでいたことで、苦しいだけだったはずの交わりが、気持ちよく  
なってくる。  
 もう一度。  
 もう一度、中の物を動かして欲しい。  
 あんな風にじわじわとではなく、もっと、奥深くに何度も届くように。  
 先ほど体感していただけに、その飢えはいっそう激しいものとなった。  
「ねぇ……お願い」  
「ああ、お前の願いなら、なんだって叶えてやるよ」  
 潤んだ瞳で男を欲する淫らな神子は、その台詞にほっとしたような、悲しむような  
笑みを浮かべた。  
 しかしそれも、ヒノエが座位に体勢を変え、乳房を弄んでいた弁慶が背後から抱え  
るようにすればもう、誰にも見えなくなる。  
「あ、あ、ああぁ!! んっ、ひぁ……んく」  
 弁慶に胸と、濡れた音を響かせている入り口の少し上にある敏感な部分をいじら  
れ、下からはヒノエの機敏な動きで奥まで突かれては、望美は顔を上げることも  
困難だ。  
 ただ、自分を抱いている男の肩に額をすりつけ、快楽にすすり泣く事しか出来ない。  
「どんどん、溢れてきますね。僕の手まで、ぐっしょりですよ」  
「ん……い、やぁ」  
「ほら、また……」  
 くすくすとうなじにかかる笑い声が、それだけで、火照った肌を犯してきて、きっと  
また、彼の手を濡らしてしまったのだろうと思うと、余計にたまらなくなる。  
「い……いや…あ、んぁ…」  
「嫌だと言う割に、望美のここは、俺のを離そうとしないけどな。もっとって、絡み付  
いてくるぜ」  
 
 確認するようにゆっくりと引き出されて、ヒノエの言う通り、そこが物欲しそうに蠢  
くのを嫌でも感じさせられる。  
「や…も……だめ…」  
 意思など何もないのに閉じた目蓋からは揺らされるたびに涙が零れ、そんな風に  
煽られずとも、絶頂を味わおうといつしか望美は自分から腰を振っていた。  
「ッん───ああっ!!」  
 体内から迫り来る快楽にどれほど首を振ろうと、ヒノエも弁慶も手加減などしてく  
れない。  
 それどころか、軽く達した望美をさらに責め立てる。  
「だめ……だ、め…あっ、そ、こ……ッ───」  
「わかるかい? 奥に入ったのが」  
「ぁ、ぁ……」  
 奥まで犯されて達してしまった望美は、気持ちよさと衝撃で言葉にもならないらし  
く、ただ、唇を開いて浅い呼吸を繰り返すだけだ。  
「すごいですね。本当に根元までずっぷりと、咥えてますよ」  
 熱く猛った肉塊を限界まで開いて受け入れている縁を、弁慶の指がスルリとなで  
るものだから、唯でさえ敏感になっている望美は、きゅうっと中のヒノエを締め付け  
てしまった。  
 それが、自身を追い詰めるとわかりながら。  
「あ、あああん! や、だめ。おく、奥に……」  
 そこからは、いくら唇を開いても喘ぎとも、嬌声とも取れる泣き濡れた響きが、漏れる  
だけで、もう言葉にはならなかった。  
 ただ、閉じた目尻から零れた涙が小刻みに震える太腿に落ちる感触だけが、快楽  
以外で感じられるもの。  
 思考の全ては、気が狂いそうな気持ちよさに染められて、それしか考えられなくな  
っていた。  
 それが誰からもたらされているのかも、この時、望美の頭の中にはない。  
 咥えながら深い到達を迎えた時、確かにヒノエの飛沫を受け止めたのだが、その  
感覚が消えもしないうちに、今度はうつ伏せにされて背後から入れられていた。  
 耳もとで譲の声が聞こえた気がしたけれど、それさえも望美には定かではない。  
 ただ、犯されて喜ぶ身体に、泣きたい気分になったけれど、それも、すでに泣いて  
いたのでは、あまりに儚い願いだった。  
 快楽だけに縋る愚かしさも、優しさにつけこんでいる後ろめたさも、嵐のような行為  
の前にはかすんで消える。  
 だから、望美の流した涙は、気持ちよさに溢れただけ。  
 それだけで、よかったのだ。  
 誰かを想って流す悲しみの涙など、ここにはもう、ありはしないのだから。  
 
 
 
 まるで何事もなかったかのように静かに眠る望美の肩に、そっと上掛けをかけな  
がら、弁慶は浮かべていた笑みをかき消した。  
 その視線の先には、赤くなった目元がある。  
 いくら陵辱の後を綺麗に整えても、こればかりは、どうにも出来なかった。  
 途切れなく抱かれている間中、泣いて、泣いて。  
 まるでその為に、身体を差し出しているかのようだったけれど、それで本当に彼女  
が救われたのか、どうか。  
 それは、少女に望まれた自分たちでも分からない。  
 ただ、だからこそ。  
 人は祈る生き物なのだろうと、曖昧な笑みの下。  
 男はそっと、呟くだけだった。  
「どうか、良い夢を……」  
 

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