『これからの戦いについて相談があるので、今夜時間を貰っていいですか?』
敦盛が望美からそう告げられたのは、宿での夕食の時。
皆に隠れて耳打ちするようなその言葉に、思わず反射的に頷いてしまったが…待てど暮らせど、望美が話が切り出すことはなく。
結局、彼はいつもの通り就寝準備だけを整えて、褥の上で考え込んでいた。
「相談とは何だったのだろうか…」
人に関わることを恐れる彼を気遣い、彼に割り当てられるのはいつも一人部屋。今日もヒノエに「付き合えよ」と言われたが、丁重に辞退した。だから、独り言をいくら零しても迷惑になることはない。
考えても判るわけがないのだが、やはり考えずにはいられなかった。
まさか戦いで自分が足手まといになっているのだろうか、そう思い始めると敦盛の中でどんどんと不安が増していった。
と、その時。
「…敦盛さん、起きてますか?」
聞きなれた声に、はっと意識が引き戻される。
その気配を敏感に感じ取ったのだろう、小さく音を立てて襖を引き開け現れたのは望美。
「よかった、遅い時間だからもう寝ちゃったかなって思ったんです」
「いや……私はあまり眠りを必要としないから…」
彼女の安堵の表情は、その返答に少しだけ憂色を帯びる。
だが、すぐにかき消すように明るい笑顔を浮かべると、望美はそろりと敦盛の傍に腰を下ろした。
反射的に身を引こうとする敦盛を、さりげなく着物の袖を捕まえて逃がさないようにする。
「あの…、夕方言ってた相談のことなんですけど」
敦盛は「ああ」、と幾分落ち着かない気持ちを抱えながら曖昧に頷いた。
長い髪が伏せがちの横顔を覆って、望美の表情はよく見えない。先ほどまで感じていた不安が、またじわりと心に広がっていく。
かける言葉も無く押し黙る敦盛に、彼女は不意にこう続けた。
「敦盛さんも私も、束縛耐性覚えられますよね」
突然のその台詞に、敦盛は思わず目を瞬かせた。
何か深い意味でもあるのだろうか、と考えるが、やはり言葉以上の意味は見つからない。
「…? そう……だな。それが、どうかしたのだろうか…?」
やや間を置いて返答すると、望美は顔を上げてにこりと―――可愛らしいと形容するに相応しい笑顔を敦盛に向けた。
不意打ちに似たその笑顔に、頬に血が上るのを感じる。
「これからは戦いも厳しくなってくると思うんです。ですから、少しでも耐性をつけておこうと思って」
望美は彼の様子には構わず、笑顔のまま自分の着物の袖に手を突っ込んで『あるもの』を引っ張り出した。
小さな明かりに照らされる『それ』に、敦盛の口からは思わず、間の抜けたような声が漏れる。
「…………え」
それは、細長い形をしていた。
付け加えるならば、何かをねじって作られたような外見をしていた。そう、……何かを縛るにはもってこいに見える、紐。
鮮やかな蘇芳色に染められた細長く、丈夫そうな組紐で。
一見無邪気に、けれどもどこか蟲惑的な微笑みと声音で、望美は囁くように告げた。
「…敦盛さん、この縄で―――……」