「いざ鎌倉」  
「いざ鎌倉」  
さわやかな朝の挨拶が、澄みきった青空にこだまする。  
政子様のお庭に集う御家人たちが、今日も東夷のようないかつい笑顔で、若宮大路を通り抜けていく。  
汚れを知らない心身を包むのは、深い色の直衣直垂。  
袴の折り目は乱さないように、黒い侍烏帽子は傾かせないように、 ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。  
もちろん、臍だしに陣羽織でうろつくなどといった、はしたない御家人など存在していようはずもない、のだ  
が。  
 
「景時、陣羽織の紐がほどけていてよ」  
 
大倉御所の廊下を歩いていた軍奉行・梶原景時は、背後から掛けられた声にびくりと立ち止まった。  
直衣直垂の着用が義務付けられているこの大倉御所にて、彼は臍だし陣羽織などという、実に緩い格好をして  
いる。  
だがしかし、この臍だし服の着用を赦されているのは、御家人の主たる源氏の総大将・頼朝が認めた者のみ。  
つまり景時は、頼朝がそれと認めるほどの実力者であり、実際軍奉行を任せられているほどなのであるが、  
しかし、今現在の彼の様子からは、とてもそんな風には見えない。  
恐る恐る振り返り、そこにいる政子を見るや、がちがちに緊張した面持ちで様子を窺う。  
政子、つまりは頼朝の北の方に声を掛けられ、緊張しているだけにはとても見えない。  
そう、何か強大な物を怖れているかの如くに――。  
 
「ま、政子様」  
「あくまでもここは御所なのですから、最低限の風紀は守っていただかなくては、他の御家人に示しがつきま  
せんわ」  
 
景時の強張った様子には気も払わず、政子は無邪気に微笑みながら陣羽織の紐を結びなおす。  
 
「怖れながら、政子さま、その、自分で出来ますから――」  
「うふふ、いいではありませんか。きつーく結びなおしてあげなくては、ね?」  
 
鍛え上げられた腹筋の上をついーっと指がなぞって、思わず景時は呻き声をあげる。と、その時。  
 
「……何事だ」  
 
低い、不機嫌そうな声。主たる者を前にして、今度こそ景時は固まってしまった。  
代わりに答えたのは政子である。  
 
「景時に、風紀を教え込んでいただけですわ? 他に何も。ねぇ?」  
「――は、はい、左様でございますっ……!」  
 
その答えに、面白くなさそうに頼朝は鼻を鳴らし、顎をくいと動かしたのみだ。だがそれだけで景時には十分だった。  
 
「ご、御前を失礼いたします……」  
 
平伏し、足早にその場を去って行く景時を、政子はつまらなそうに目で追った。  
 
「――折角遊んでいましたのに。お人が悪いですわね」  
「趣味が悪いぞ、政子。それにあれを食われては困る。あれはなかなか使い勝手の良い犬だからな」  
「だって、面白いんですもの、からかうと」  
 
ふふふ、と笑う政子は、ふと思い出したかのように、愁眉をひそませた。  
 
「それに、仰るとおり、お腹も空いていますの。先だって九郎と白龍の神子を呼んだ時『力』を使ったでしょう?」  
「――御家人が、三名ほど倒れたらしいが、あれはお前の仕業か」  
「わたくし、いつだって鎌倉殿の為なら『力』を使いますわ。でも同じだけ補給もしなくてはなりませんの。  
 それはご存知の筈でしょう?」  
 
奥様の名前は政子。そして、だんな様の名前は頼朝。  
ごく普通の二人は、ごく普通の駈け落ちをし、ごく普通の祝言をしたはずだった。  
でも、ただひとつ違っていた事――奥様は荼吉尼天だったのだ。  
その力を十二分に利用し、  
頼朝は現在の源氏の棟梁たる地位を築き上げたのだったが、その力を行使するには条件があった。  
古来より、英雄色を好むという。そして荼吉尼天は、その男の精を糧として力を発揮するのだった。  
 
「やはりあなたでなくては、わたくし力が出ませんの――くださいますわね?」  
 
艶然と微笑む政子に、頼朝は鷹揚に頷いてみせる。ちょうど執政の間の前に来ていた。  
 
室の中、頼朝が脇息にもたれかかると、政子は嬉しそうに跪き、下帯を解く。  
既に猛り立った逸物を取り出し、さもいとおしそうに、ぱく、とその先を口に含んだ。  
あくまでも上品に唇で挟み込み、あくまでも優雅に舌先で鈴口を突付く。  
滲み出した先走りをそうやって存分に舐め尽すと、あむん、と奥深くまで逸物を飲み込む。  
逸物を一気に喉奥まで飲み込むこの技を、  
泥婦主漏吐(でぃぷすろうと)と呼ぶ事になるのは、後世の事である。(出典:『淫子真書』民明書房)  
それはともかくとして、そうして奥深くまで飲み込んでいるというのに、政子は苦しげな様子もない。  
それどころか、逆に喜々として行為を続けている。そう、まるで御馳走を食べているかのような――。  
 
頼朝が、眉をしかめた。矜持の為か、あくまでも声は出さない。が、身体の僅かな揺れに、政子はそれを感じ取った。  
盛んに頭を揺らし、陰嚢を優しく撫で擽り――仕上げとばかりに、じゅるんと淫らな音を立てて吸いたてる。  
 
「――っ」  
 
声無き声を頼朝は発し、逸物が政子の口中で爆ぜた。政子は嬉しそうにその粘つく液をごくりと飲み干した。  
口に含みきれず零れた分も、指で掬い取り、一滴も余さず舐めしゃぶる。  
 
「ふふ、美味しい」  
「そうか」  
「ですけど、まだ、もう少しいただきたいのですけど――よろしくて?」  
 
無邪気に愛らしく小首を傾げてみせる妻――否、荼吉尼天に、頼朝は不敵に笑い、言った。  
 
「――好きにせよ」  
 
 
 

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