タン、と小気味良い音が、放たれた矢の当たった的から響く。  
 ただ一点に集中していた譲の耳に、それは心地よかった。  
 当たったからではなく、弓を通して感じた無の境地とでもいうのか、己であって己  
でないような、何もかもから解放されたこの瞬間が好きなのだ。  
「それじゃ有川、戸締りと安土の片付け、頼むな」  
 二射を引き終え、呼吸を整えながら弓倒しすると、どうやらそれまで待っていてく  
れたらしく、一足先に制服に着替えた部長が壁にかけられた道場の鍵を指差していた。  
「はい、わかりました」  
「しっかし、毎日毎日、よくがんばるよ」  
「大会が近いですし」  
「さすが二年の期待の星。それに、美人の彼女が見ててくれるもんな。張り切るなって  
いう方が無理か」  
 これには譲の後ろで、壁際にちょこんと正座していた望美の方が驚いた。  
「え!」  
 からかいを含んだ眼差しで見られ、思わず譲に助けを求めると、まるでそれがわ  
かっていたように、黒い袴が望美を隠してくれてほっとする。  
「部長、先輩をからかうのはやめて下さい」  
 こちらに背を向けているから譲の表情はわからなかったが、その声は明らかに  
固い。  
 先輩。それも部長相手に引く気はまったくないようで、自分のせいだとわかって  
いるだけに、望美も気が気ではなかった。  
 割って入るのを許してくれない空気は、吸うほどに焦りを濃くしていく。  
 こういうとき、譲の生真面目さは仇となってしまうのだ。  
「そう怒るなって。ちょっと妬んだだけだ」  
 だが、そんな心配をよそに、俺も彼女欲しいなーとちょっと間の抜けた台詞を残  
して、消えた気配に望美の口もとは綻んでいた。  
「さっきの人。将臣くんに似てるね」  
 懐の深さというか、あっけらかんとしたところがどうしても髣髴とさせるのだ。  
「そう……ですね。ふざけて見えますが、大会では上位入賞の常連なんですよ」  
 部長であるのだから腕が悪いはずはないのだが、正直そこまですごいとも思って  
いなくて、望美の頭の中は陽気なイメージとストイックな弓道を繋ぎ合わせるので  
精一杯だ。  
「へぇ、すごいんだ。今度の大会も出るの?」  
 彼女にとって弓と言えば譲が基本であったから、尚更である。  
「……ええ、まあ。先輩、俺、矢取りに行ってきますね。部室で待っていてくれます  
か?」  
「あ、うん」  
 膝をつき、右手のカケを外す譲の横顔に向かって、望美はコクンと頷いた。  
 赤く染まった頬を隠すように、深く、深く。  
 
 
 
「お待たせしました」  
 落ちていく夕日を見ている細いシルエットに声をかけると、長い髪を揺らして望美  
が振り返る。  
 その姿を、譲はなぜか何も言わず、しばらくの間見つめ続けた。  
「どうか、した?」  
「いえ」  
 
 当然の望美の質問にゆるく首を振り、いつものように小さく笑って着替えるために  
ロッカーを開けた。  
 外から見えるのを気にしたのと、正面を向いていられなくなった望美が曇りガラス  
を閉めると、微かに聞こえていた吹奏楽の音楽もわずかにしか聞こえなくなる。  
 弓を扱う弓道場は運動場や校舎からは遠い場所に作られていて孤立しているた  
め、他の部員が帰ってしまった今は、ここが学校であるのが疑わしいほど静かだ。  
「いつも、遅くまでつき合わせて、すみません」  
 だからだろうか。  
 譲に向けた背中に届く声や、衣擦れの音がものすごく気にかかるのは。  
「う、ううん。練習見てるの好きだから」  
 そうではない。  
 気にかかるのは、その先を期待しているからだ。  
「そうですか……じゃあ、先輩には今からの方が大変なんですね」  
「……ひゃ!」  
 突然、いや、ある程度予測していたけれど、奥から来た振動に、望美は冷たい窓  
枠をきつく握り締めた。  
「今日も約束どおり、部活前に俺が入れたまま、待っててくれたんですね」  
 ゆっくり振り向くと、珍しく制服を羽織っただけの譲の手には、そんな望美を狙うよ  
うに今まさにスイッチの入れられたローターのリモコンが握られている。  
 可愛いピンク色をしたそれに、切ない気持ちがこみ上げてくると同時に、ゾクリと  
した甘い感覚が全身に広がった。  
「ぁあ…、譲くん」  
 眼鏡越しに注がれる眼差しは、いつもの優しい色じゃない。  
「何回、逝きましたか?」  
 ひたと動かないそれと、無慈悲に煽る玩具に追い込まれ、望美は羞恥に震える  
唇を開いた。  
「い……一回だけ」  
 快感にビクビクと震える浅ましい身体を、冷たい目で見られている。  
「いつですか?」  
「……ゆ、譲くんに、入れられたとき」  
 淫らな告白を口にすればするだけ、望美は振動している体内が自分から潤うの  
を、感じていた。  
「ああ、先輩は入り口が弱いですからね。やっぱり、振動してないとよくありません  
か?」  
「う、ん」  
 きつく閉じた膝の間から這い上がってくる気持ちよさと、譲の眼差しで犯されてい  
るような被虐感が、理性など簡単に屈服させた。  
 その一瞬は恥ずかしくもあり、また待ち望んでいる瞬間でもある。  
 自分がこんな性癖を持っていたなんて、こうしている今でも信じられないのだが、  
辱められればられるほど、感じてしまうのだ。  
「じゃあ、強くしてあげますよ」  
 カチカチと譲の手元のリモコンの調節が上げられていくと、それに連動して望美  
の中で震えも大きくなっていく。  
「っ、ん、あ、あ、あ、ああ!」  
 虫の羽音のようだった音が大きくなると、浅かった呼吸もはっきりと喘ぎに変わっ  
たが、押し殺すのは無理で、一人で乱れているのを余計に教えられた。  
 いつの間にか握り締めていた窓枠は、望美の上がった体温が移って、生ぬるく  
なっている。  
 
 しかし火照った身体はまだまだ解放されそうもなく、そのうち枠ごとドロドロに溶け  
てしまいそうだった。  
「先輩。そんなに腰を振ると、見えてしまいますよ。下着も脱いだままなんですから。  
それとも、俺に見て欲しいんですか? おもちゃを入れて、濡らしてるのを」  
 譲の言う通り短いスカートの下は、太腿にローターの本体を固定するための装着  
具が巻かれているだけだ。  
 部室に差し込む夕日は明るくて、丸見えになってしまうだろう。  
 それでも、止まらなかった。  
 むしろ、想像した恥ずかしさに身悶えた身体は、ますます淫らさに溺れた。  
「あ、あぁ! んぅ、んっ」  
 道具だからこその細かなバイブレーションは、それだけで気がおかしくなりそうだ  
が、どうしてもあと一歩が足りない。  
 絶え間なく続く甘い刺激は、高ぶらせるだけ高ぶらせておいて、最後のとどめを  
決してくれようとはしなくて、もっと逞しい物で荒々しく突いてもらわなければ、疼く  
奥はこのまま生殺しのままである。  
「ゆ、譲……く、ん。も、お願い」  
 これでは、本当に気が狂いかねなかった。  
 涙目で縋るように振り仰ぐ望美の頬に手を添えれば、小さな唇が譲の親指を甘く  
食んで、出された赤い舌がまるでそこに欲しい物を咥えているように、チロチロと舐める。  
「っ……先、輩」  
 その濡れた感触に、静かだった表情が歪んだ。  
「譲くんのが……欲しい、の」  
 窓に押し付けるようにして、背後から囲った優しい香りのする身体は、譲の予想  
を遙かに飛び越えていた。  
 散々見せ付けられた痴態に渇いた咽喉が、ごくりと無意識に上下する。  
「わかり、ました。じゃあ、先輩。自分でおもちゃを取り出してください」  
 しかし渇ききった口内では、咽喉を動かしたところで潤うわけもなく、声は掠れた  
ままだった。  
 納まる場所を求める熱源によって、譲の身体全体が発熱しているのだから、それ  
は仕方がないのだろう。  
「う、うん」  
 そろそろと伸ばされた細い指が、望美の体内から出ているコードをつかみ、それを  
見た譲は床に膝をついて、健気に大事な部分を隠していたスカートをめくり上げた。  
「ちゃんと見てますからね。先輩が、出すところを」  
「譲くん」  
 恥ずかしそうに名を呼びながらも、どこかその声は恍惚としていた。  
 そして、指先に力がこもり、余裕を持たせていたコードがピンと張ると、ふるりと身  
体を震わせた。  
「あっ…ん」  
 少し開き気味にされた股は全体が濡れているのが後ろからも見渡せて、そこから  
伸びている白いコードの無機質さが卑猥に映る。  
 望美はビクビクと時折、切なそうに身を揺らし少しずつ、コードを引っ張っていく。  
「ん、ふっ……あ、あ」  
「見えてきましたね。あと少しですよ」  
 スイッチを入れたままのローターは、敏感な入り口を揺らしながら秘肉をこじ開け  
、ついにその濡れた姿を見せた。  
 
 ずるりとそれが引き抜かれた絶頂に喘ぐ間もなく、望美は襲ってきた次の刺激に  
涙を散らしていた。  
「あ、ああぁあ!!」  
 先ほどまで感じていた作り物とは違う、いびつな形と脈動で体内の空洞を埋めら  
れ、それだけで言葉に出来ない快感を生むのだ。  
「先、輩の身体は、不思議ですね。何度抱いても、足りない……っ」  
「ゆず…ゆずる、く、ん……ぅん! あ!」  
 また、着衣を着たまま背後から前後に揺らされ、女の部分だけを曝け出している  
のが、犯されているようでもあった。  
「ひ、ん……あ、あ、あ、んぅ! いい! いいの!」  
 その背徳感は戒めにならず、呼吸するのさえ忘れてしまいそうなほど、一度上り  
詰めた身体は出し入れされる喜びに染められていく。  
 もうそのことしか考えられなくて、望美は自分が何を言っているのかさえ、曖昧だった。  
「今日は、こっちのスイッチもいれてみましょうか?」  
 だが、譲の制服のポケットから出てきたもう一つのリモコンに、蕩けていた顔色が  
瞬時に変わった。  
「ひ、あ、ダメ! そっちは…」  
 しかし望美の願いも虚しく、後ろにも入れられていた玩具はちゃんと反応を返した。  
 唯でさえ譲のもので一杯に広げられている狭い部分を、さらに微妙に違う位置か  
ら揺さぶられては、まともな思考も追いついてこない。  
「お尻も感じるようになりましたね。そのうち、こっちにも入れてあげますよ、先輩」  
「そんなの……ダ、メ」  
 譲の言葉は、ぬめる柔壁の奥から入り口を、男の象徴に余すところなく愛撫され  
ている望美を、淫らな想像に駆り立てる。  
 本来、何かを受け入れる場所でないはずのそこに、中をかき混ぜて、狂わせる太  
い杭を打ち込まれたらどうなるのか。  
 想像の中の交わりは未知であるがゆえに、恐れと甘い期待が胸を振るわせた。  
「駄目だって言ってる割には、こっちは締まってきましたね。まさか先輩が、こんなに  
淫乱だったなんて、知りませんでした」  
 耳元で囁かれる声は男としての欲望に満ちていて、抱かれているのだというのを、  
理屈なしに強く意識させた。  
 そうなれば首筋にかかる、こらえたような吐息一つでさえも、身体は享受してしまう。  
「や! ああっ、ん…ふぅ…あ、あ」  
 苦痛にも近い快楽に立っていられなくて、ずるずると壁にそって床にへたり込むと、  
制服越しに擦られた胸が、溜まる熱を増幅した。  
「はぁん、あ、あ、あん!」  
 腰だけを突き出して男を受け入れる望美の格好は、二人の結合した部分を襲う側  
に赤裸々に見せつける。  
 根元の太い部分から切っ先までぴったりとくわえ込むそこは、どちらの液とも知れ  
ぬ蜜にいやらしく濡れて光っていた。  
 喘ぎがあふれる唇はだらしなく開き、指を差し入れればねっとりと舌が絡んでくる。  
「俺、だけですよね? 先輩のこんな姿を知ってるのは。……他に誰も」  
「ゆず……る、くん?」  
 なぜか追い詰められているような譲の声に望美は振り返ろうとしたのだが、まるで  
拒むように激しく揺らされれば、押し上げられる感覚に従うしかなかった。  
「先輩は俺の物だ。俺だけの!」  
 望美自身にさえ触れない奥深くでさらに太さを増した熱に何もかもが支配され、  
挿入のせいで身体が揺れているのか、それとも自分で腰を振っているのかがわか  
らなくなってくる。  
 
 ただわかるのは、意思もなにもないまま、背中がのけぞり始めたことと、流れる  
涙が止められないことだけだった。  
「あ、ああぁあ! く、ひっ……んん!」  
 恥ずかしいほどに大きな声が上がり、悶える身をいくらひねろうと、半ば強引に  
迎えさせられる絶頂は、もうすぐそこに迫っている。  
 それでもこれだけは、これだけはどうしても言っておきたかった。  
「譲くん、だけだよ」  
「先輩?」  
「こんなこと……していいのは、譲くんだけ、だから」  
 上手く笑えたかどうか、それは途方もない浮遊感に襲われた望美にはわからな  
かった。  
 ただ、一瞬だけ見えた年下の幼馴染だった彼の顔が、泣きそうだったことは、  
意識が途切れる前に確認できたけれど。  
 
 
 
「すみませんでした」  
「ううん。私こそ、ごめんね」  
 とっぷり日の暮れた道を、ゆっくり歩く影が二つ。  
 あのあと、気を失ってしまった望美が目覚めるのを待っていたため、遅くなってし  
まったのだ。  
「いえ。俺が、無茶をしすぎました」  
 反省の色濃い譲に、望美はそれ以上言葉で伝えるのはやめて、繋いだ手に力を  
込めた。  
「先輩?」  
「譲くんはもっと自信持っていいんだよ。私が好きなのは、譲くんだけなんだから」  
「……はい」  
「それに……私、譲くんになら…もっと、ちょ、調教されても、いいよ」  
 恥ずかしそうに頬を真っ赤に染めているけれど、握られた手の強さはむしろ増し  
ている。  
「せ、先輩!」  
 まさか本人からそんな大胆な発言をされるとは、現実とは意外と甘いものであるらしい。  
 しかし、その喜びを噛みしめる暇もなく、更なる幸福が譲に贈られた。  
「譲くん好みにしてね」  
 バタン! と、受身も取れずにアスファルトに倒れこんだ譲は、その後数日、打撲の痛み  
にうめく事になるのだが、その顔は見ていられないほど崩れっぱなしであったらしい。  
 
 
 
 調教されているのはどちらやら。  
 

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