「なかなか似合っておるではないか」  
「ぁ……」  
 着替えの済んだ望美が待たされていた広い部屋に、朗らか、と表現してもおかし  
くない声が御簾の向こうから聞こえた。  
 しかし、望美の格好はその朗らかさとは程遠い位置にあり、褒め言葉は辱めにし  
かならない。  
 燭台の淡い光に照らされた姿は、鳥烏帽子をかぶり、太刀を腰に下げた白拍子  
の衣装であるが、それだけではないのだ。  
 その上衣は下の肌が透けるほどに薄く織られており、袴には膝の辺りまで切り込  
みが入れてあるため、少しの動作で大腿が、下手をすれば付け根までもが露わに  
なってしまう。  
 それが見えないわけもないし、他ならぬ法皇自身が用意させたはずなのだ。  
 平気で、いや、恐らくは意図しての言葉に、望美は羞恥に耐えようとせめて唇を  
固く引き結んだが、そんな些細な抵抗は変わらぬ明るい声の前には何の力も持っ  
ていなかった。  
「さてお客人もお待ちかねであろう。そろそろ行かねばな」  
「ま、待って…下さい」  
 立ち上がった影に向かって反射的に顔を上げれば、御簾ごしの視線が絡んだ。  
 行動を読まれていたことなど、今更驚きもしないけれど、はっきり見えなくともわか  
る粘着質な色に身体が奥から震える。  
 いつも、あの眼で見られているのだ。  
 欲に屈する痴態を、崩れていく自尊心を。  
 そのときの事を思いだすだけで、望美の頬は熱を持ち、瞳が勝手に潤んでしまう。  
 そんな自分が信じられないのに、ドクドクと脈打つ鼓動は何かを期待しているとし  
か思えなかった。  
「いかがした?」  
 疑問の中に不思議さなどなく、形ばかりの言葉である。  
 けれども、わざわざ無言の意思をくみ上げてくれるような相手でないのは、夜毎の  
行為によって教えられていた。  
 だから望美は、緊張で乾ききっている唇を一度噛みしめてから、口を開いた。  
 そうしないと、ここへ来てから覚えた諦めに支配され、何も言えなくなりそうだった  
から。  
「このままじゃ……舞え、ません」  
「久方ぶりに会う源氏の者達に、そなたの息災振りを見せてやろうと思ったのじゃが、  
気にめさなんだか。しかしそう、我が侭を申すではない。もう、酒宴は整っておるか  
らの。今更、客人を帰す訳にも行くまい。それとも、我が命には従えぬか?」  
「お……お願いします。こ、これだけは…許してください」  
 こうして正座しているだけで、着替えと共に身体の奥に咥えさせられた異物感に、  
呼吸が乱れているのだ。  
 立ち上がって皆の前で舞うなど、到底出来る事ではない。  
 平家との和議を条件に、神泉苑で法皇の要求を受けた望美に、拒否権などない  
のはわかっている。  
 けれど、こればかりはどうしても譲れなかった。  
 望美には甘い痺れを誤魔化して、踊り切れる自信がなかったのだ。  
「ふむ。ならば、舞えぬかどうか確かめてやろう。少し、見せてみよ」  
「は、はい」  
 ゆっくりと気をつけて立ち上がったのに、中を擦る感触にビクリと背が波打つ。  
「んっ!」  
 
 足を片足踏み出せば奥の壁に当たる角度が変わり、動いている間中、絶え間な  
く責められる。  
 その上、体内に完全に埋められている親指ほどの大きさの異物から伸びた紐が、  
敏感な赤い芽を貫いて施された飾りに結び付けられていた。  
 感度を増した中が蠢けば蠢くだけ、否応なしにそこへも刺激が送られる仕組みだ。  
 当然、その刺激にも内壁は反応してしまうので、感じたくなくても強制的に与えら  
れる強すぎる快感になる。  
「あ、あ……ぁん!」  
 耐え切れず、がくりと膝を付いた望美は、そのまま冷たい床の上に臥したが、身体の  
熱はそんな物でなくなるわけもない。  
 一番熱く、蕩けている場所は、まだ満足していないのだから。  
 心をまったく無視しての、身体だけの暴走に頭の中がおかしくなりそうだが、ここに  
は誰も望美を助けてくれる者はいない。  
「や……はっ、ん…」  
 理性は静止を望んでいるのに、ピクピクと震える身体はそれを許してはくれなかった。  
 もっと気持ちよくなりたい。  
 ただその一心で、望美は床に手をつくと、目を閉じて夢中で腰を振った。  
 まるで、見えぬ誰かに後ろから犯されているかのように激しく。  
 そうすると、同じように胸にも施された飾りが揺れて、リンリンと望美の動きにあわ  
せて鳴るのが、まるで遠くから大勢に囃し立てられているかのようだ。  
 その事に慄きそうになるが、小さいけれど確実に重みを持たせられている鈴は、  
重力に従って乳首を引き、それがまた快感となって望美に迫る。  
「あぁ……はっ、あ、くぅ…ん…」  
 ずっと焦らされていた身体は、いけないとわかっていても止まらない。  
 そんな自分が恥ずかしくて、いやらしくて、ますますダメだと思うのに、思えば思う  
ほど物足りない太さの異物を切なく締め付けてしまう。  
 そうすれば、より深い快楽が頭の先まで来るのを、知っているからだ。  
 胸をわざと揺らし、腰を大きく振り、中を締め付けて行う、淫らで浅はかな自慰。  
 しかも、それを他人に見られていると言うのに、絶え間なく続く鈴の音の中、高い  
喘ぎもとどまるところを知らない。  
「や、ぁ……ぅんん…あ!」  
 汗ばんだ首筋に流していた髪が張り付き、無意識に頭を振るだけでそれさえも  
愛撫となり、あと少し、あと少しで強張りを解放できる、と言う寸前。  
「なかなか良い舞じゃ。みなの前でも披露してやるが良い」  
 いつの間に御簾から出て来ていたのか、望美の目の前には豪奢な衣装に身を  
包んだ法皇が立っていた。  
 冷たく響いた声音に、望美は絶望の響きを聞いた。  
「え、あ……」  
「淫らな神子殿を見て、あやつらはどうするかの。楽しみじゃ」  
「や、ぁ」  
 フルフルと頭を振った望美の目尻から落ちた涙に、男は目を細めて朗らかに  
笑った。  
「ああ、よく似合っておる。そちはほんに、泣き顔がよう似合う」  
 猫に捕らえられた獲物のように、逃がされては捕らえられ、逃がされたは捕らえ  
られ。  
 望美にはもう、振りきる力も、逃げる場所も残されてはいなかった。  
 ただ、なぶる視線に泣くだけしか。  
 みなの前でよがり狂う自分が、その濡れた視線の先に見えた気がした。  
 

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