眩いばかりの季節へ向かおうとしている陽光は、身体に当たらずとも、その明る  
さが増しているのを感じさせる。  
 何をしていようとも、何もしなくとも、時は変わらず過ぎ行く物なのだ。  
 京にいた頃には整えられた前庭を眺めながら思ったであろう心地も、都落ちの  
一門となった今、そうと教えられるのは山や林、畑の変化からだった。  
 その事を嘆く一族もいるけれど、経正にとっては美しさに優劣はなく、今も惹きつ  
けられている景観に、不満などは何一つなかった。  
 けれど、この景色ももうすぐ見納めかもしれず、都へ帰る日もそう遠くはないかも  
しれない。  
 戦局を揺るがす大きな駒を、平家は手に入れたのだ。  
 上空を旋回していた鳶の影が、彼の座している縁の端を掠め、その動きにつられ  
るように天を仰げば、中天に差し掛かった太陽が輝いていた。  
 細めた瞳の中に鳥形が映る。  
 否、それは恐らく彼の心に巣食う暗影だ。  
「経正」  
 その証拠に、背中から静かに呼びかけられた声に、それまで穏やかであった青  
年の頬が強張り、伏せられた眼差しは薄鳶色を濃くした。  
「……彼の人、ですか?」  
「ああ。お前に用だ、と」  
 振り向く事もせず、分りきっているくせに固い声音で尋ねる経正に、声をかけた  
知盛は低く咽喉を鳴らす。  
「随分、気に入られたものだな」  
 近づく事で床が軋んだ音は、そのまま経正の胸に嘲笑と一緒になって響いた。  
 嘲りは己に向けられたものではなかったが、黙って流すのは、どこかが苦しい。  
「そのような物言いは……」  
 だが、否定はあまりにも弱かった。  
「事実なのだから、かまわんさ。それとも、まだ、あれを敬えと?」  
 背に感じる知盛の鋭い眼差しが細められて、投げ出すような口調と同じく、そこを  
突いてきているのがわかる。  
「あの方は、歪められてしまわれたのです」  
 成しえなかった否定の代わりとでも言うように、憂いばかりがすぐさま口に上った。  
「ならば、お前が正しく導くか」  
 面白い事を言う、と鼻白んだように笑った知盛は、こちらを向こうともしない頑なな  
経正を一瞥し、踵を返す。  
「……無駄、だと思うがな」  
 その台詞の中に微かな苛立ちを感じ取り、立ち去る姿を追った経正は、きちんと  
身に纏うのが面倒だったらしく、着崩された狩衣から覗く日焼けした素肌に、いくつ  
もの赤い線が浅く刻まれているのを見て取った。  
 それが誰によってもたらされたのかを思い、膝の上で拳が硬く握られる。  
 しばし閉じた瞳と、寄せた眉は、何に抗うためだったのか。  
 けれど、答えなど出るはずもなく、彼は悲痛な表情のまま立ち上がらなければな  
らなかった。  
 与えられた役目に、逆らう事など許されないのだ。  
 我知らず、落とされた視界の中で、庭ともいえぬ土の上をくるり、くるりと影が躍る。  
 果てなどないはずの大空に、繰り返し円を描く鳥は、そこから抜け出る手立てを  
忘れたかのようだった。  
 
 屋敷の一番端にある部屋の前に着いたとき、ちょうど中から出てきた老婆がいた。  
 知盛に命じられて、後始末をしていたのだろう。  
 悪行であると知らぬわけもなかろうに、互いに慣れたもので、軽い目礼に、経正も  
無言で通れるように場をあけた。    
 横を抜けていく曲がった背には、何の感情の動きもなかった。  
 あるのはただ、仕事をこなす流れだけ。  
 それが、中にいる人物をどんな風に扱っているのか、如実に示しており、心に蓋  
をされたような心地を覚えた。  
 開けられたままであった遣り戸を静かに閉めると、外からの光が閉ざされた室内  
は夕闇に近くなる。  
「っ……ん」  
 人が来たのを察したらしく、入り口から中を隠すように立てられた屏風の向こうで、  
彼を呼んだ人の吐息があがった。  
 疲れから、うつらうつらとしていたのかもしれない。  
「経正です。お呼びとの事で」  
「こっち…来てください」  
「……はい」  
 逡巡など、今更何の役にも立たぬのに、それでも即答は難しい。  
 いつも、この瞬間が嫌になるほど、重苦しいのだ。  
 一歩ずつ進む足が、今、砂のように崩れればこのまま留まっていられるのに、と。  
 何度そう思ったところで、その回数だけ、それは虚しさへと成り代わるだけだった。  
 そして、いまもまた。  
「経正さん」  
 屏風をまわり姿を見せた彼を、誘う声と惑わす微笑が迎える。  
「……神子殿」  
 痛ましそうに眼差しを細めた彼の眼前には、褥の上に横たわりながら、しなやか  
な肢体を惜しげもなく晒す少女がいた。  
 顔だけをこちらに向けていた望美の腕が、ゆっくりと持ち上げられ、それ以上近  
づかない青年を招く。  
 先ほどまで知盛と情を交わしていた名残か、白磁の肌は薄く赤味を帯びていた。  
 本来の明るい日の光に背いた暗みの中、その色彩は妖しいまでに淫らで、浅ま  
しいと知りながらも、目が吸い寄せられてしまう。  
 やはり、美しいものは、美しいのだ。  
 濡れたように潤んでいる瞳は、早く早くとねだり、動かぬ経正に切なげに震えて  
いる唇は触れられようと必死である。  
 戦場で一度だけまみえた、優しく、凛とした少女はそこにはいない。  
 いるのは、色に溺れた憐れな神子だけ。  
 捕らえられて自由を失い、媚薬に犯され、男に抱かれることを受け入れた身体  
は、ひたすらに快楽と、心地の良い安楽だけを求める。  
 経正には、それは何かを忘れようと、思い出さぬようにしているようにしか思えず、  
しかし、少女の気持ちは深く交われども、欠片もこぼれてはこない。  
 閉ざされた胸の内にはきっと、まだ。  
 あの時の、敵に向けるには柔らかすぎた笑みが、隠されているだろうに。  
「…来て」  
 
 哀願の命令に、経正の足が音も立てずに進む。  
 それを見て取って、ふわりと嬉しそうに笑った少女は、やはり、彼の知らない少女  
だった。  
「今、そちらへ参ります」  
 外見は、髪一筋も損なわれていないからこそ、余計に無残であった。  
 心を壊した彼女を見れば、弟が悲しむだろうと嘆きながら、経正は伸ばされてい  
た小さな手を包み込む。  
 ひび割れた心で、自身を傷つけてしまわぬように。  
「ふふ」  
 満足気に耳元で囁かれた笑い声を合図として、首筋に唇を寄せると、程なく小さ  
な傷口に当たった。  
 不規則な形状から刃物で付けられたものではなく、歯型だとわかる。  
 それは一つではなく、見える位置だけでも細い肩や腕、乳房にまで付けられてい  
た。  
 初めてではないので驚きはしないかったが、知盛は時として、手ひどく扱う時が  
あり、恐らく、背中や脚にも同様の跡があるはずだ。  
「ひ、ぅ」  
 舌で形をなぞれば、息を飲むように小さな悲鳴が漏れたが、それはあまりにも甘  
く、感度を増した肌にゆるい痛みは、愛撫にしかならないのだろう。  
 それでも、薄い皮膚の下から赤い色が滲んでいる様は、喜ばしくは思えず顔が曇る。  
「痛みますか?」  
 そっと頬に手を添えると、切なそうに双眸を細めた望美の頭が左右に振られ、  
覆うように身を寄せた経正の衣を開くように細い指が忍び込んできた。  
「だいじょ、ぶ。経正さんは、優しい……ね」  
 ひっそりと、何気ないからこそ、その呟きは経正の胸を強く揺さぶった。  
 そのような事が、あるはずもないではないか。  
 本当に優しいならば、こんな仮初めの闇の中に、誰よりも陽の似合う彼女を閉じ  
込めたりなどしないはずだ。  
 だが、その身の奥に呪詛の種を植えつけられ、満足に歩くことも出来ない少女に、  
いくらそれを言の葉で紡いだとしても、意味はなく、また、何の慰めにもなりはしない。  
 経正がどれほど罪の意識に苛まれようと、後悔しようと、彼には一門を捨てる事  
など出来ないのだ。  
 ならばせめて。  
 無常にも、この世に縫い止められてしまっている身体に触れるのは、穢れた存在  
でありながらも優しくありたかった。  
 求められるままに唇を重ね、そうしながら剥がされて行く衣から腕を抜く。  
 触れ合う肌が広がれば広がるほど、伝わる熱は否応なしに大きくなってくる。  
 膨らみの頂上にたたえられた、木の実のような飾りを指先でこねれば、それは更  
に顕著になり、絡められた舌が震えて、経正の口内で聞こえぬ嬌声があげられた。  
「っ…ぅ」  
 指が埋もれてしまいそうな柔らかな乳房をやわやわと揺らせば、履物に伸びて  
いた少女の手がせわしなく動き、何かを探りはじめる。  
 しかし、思うように動かせぬ腕では、たっぷりとした生地に阻まれ上手くはいか  
ないようであった。  
「ぁ……や、もう、欲しいのに」  
 焦れて涙眼になっている望美を落ち着けるように、経正は離された唇を塞ぐ。  
 
 互いに一言も発さず、ただ、絡み合う舌が擦れ動く音と、少女が震えるたびに長  
い髪が褥の上を滑る微かな物音だけが続いていたが、そこにもう一つの音が加わ  
るのもそう遠くはなかった。  
 違う物を欲しがって逃げる舌を捕らえ、開かれている膝を立てると、明らかな意  
思を持った手が内股へと肌を撫で下ろしていく。  
「んんっ」  
 たどり着いた先はすっかり溶けきっており、綻んだ花に添わせただけで、手の平  
から指先までが濡れ、そればかりではなく、強い刺激を催促して、呑み込もうと律  
動する入り口からはとろりとろりとなおも溢れてきている。  
 その為、まだ表面を撫でているだけだと言うのに、まるで繋がっているかのような、  
淫らな音がたったのだ。  
「…ぁっん」  
 鼻から抜けるような吐息に微かな安堵が見え、振りきろうとしていた唇は一変して  
深く応えてくる。  
 与えられた愛撫に、この先を予感したのだ。  
 口づけの間、歯型のついた咽喉は躊躇もせずに上下しており、まるで渇きを潤す  
ようでもある。  
 陶酔しきった身体は、快楽をもっと味わおうとするかのように、経正の動きに従順  
だ。  
 一度も触れていないのに、濡れた花弁に息づく蕾はすっかり腫れて、薄皮からそ  
の姿をのぞかせている。  
 赤く熟れた敏感なそこを指に挟めば、細い顎が跳ねあがり、口付けていた唇がた  
まらないとばかりにはずされた。  
「ひぁああ!」  
 つぅと跡を引いた銀糸が、晒した咽喉から乳房を汚す。  
「ん、ぁあ……い、い」  
 ゆるゆると指先を擦るようにすれば、眉を切なげに歪ませながら、望美は自ら脚  
を開いて更なる痺れを誘い込む。  
 その上、少しでも登りつめようと、繊細な作りの手は経正の触れていない側の膨  
らみで淡い突起を弄んでいた。  
「あ、あ、ん……っぁ」  
 固く目蓋を閉ざし、自慰にふける様は背徳的で、ひどく淫らだ。  
「神子殿」  
 男ならば誰でも蠱惑される姿に、経正は己を律しようと思わず呼びかけていた。  
 けれど、快楽を貪る事に夢中なのか反応はなにもなく、開かれた唇は溺れたよう  
に喘ぎ続けるだけ。  
 頼りない明るさの中で光るそこに吸い寄せられるようで、離せぬ視線を恨み、経正  
は奥歯を噛みしめた。  
 堕ち切った少女を不憫とも、申し訳ないとも思いながらも、その一方で、貪淫さに  
引きずられるように、己も欲情してしまうのだ。  
 まだ身に着けている指貫の下で渦巻いている熱は、もう無視できぬほどになって  
きている。  
 逃げることも、抵抗することも封じられ、受け入れるしか手段のなくなったか弱い  
少女を相手に、なんと酷い。  
 そう思えども、衝動は薄れたりはしなかった。  
 むしろ時を置けば置くほどに、濃く深くなって、人としての自我を保っているのも  
難しくなる。  
 
 荒く削られた呼吸から、これ以上唇を塞いでいるのは辛いだろうと、経正は頬を  
大きく開けられた脚へ寄せた。  
 唇に感じる薄っすらと汗を浮かべた肌は、上質の絹の感触にも似ている。  
 だが、そこにも刻まれている赤い傷が痛ましかった。  
 けれども知盛を責める気持ちにはなれず、結局、経正はその跡が消えるように  
願うだけだ。  
 同じ穴の狢が、何の正義をふりかざせよう。  
 経正が全ての着衣を脱いだのを、音と肌に触れる感触で気づいたらしく、閉ざさ  
れていた瞳が薄っすらと開いた。  
「よろしいですか?」  
 ぼんやりと遊蕩に溶けた眼差しの中、ちらりと灯ったのは色欲の炎だ。  
 それは確実に、最後の一押しとなりえるほどの嬌態。  
「っ……」  
 望美が頷くより早く、経正は動いていた。  
「…ひぃッ……んぁ!」  
 滑るように中へ迎え入れたが、やはり異物の挿入に華奢な身体は仰け反って、  
その衝撃を散らそうとする。  
 しかし続けざまに荒々しく揺らされれば、追いつくはずもなく。  
「ん…あ、あ、ア!」  
 あっけないほど簡単に、望美は絶頂を迎えさせられたが、これで終わりでないの  
は十分承知していた。  
 それまでの優しさをかなぐり捨てた経正に、奥の奥を抉られて、突き入れられて  
いる熱に縋るように絡みつく道を早く、強く擦られる。  
「はっ、ひぁ……あン、んん」  
「…みこ、どの」  
「いい、あ…そこ……気持ち、い…い」  
 望美は泣き濡れる箇所に熱い塊を導こうと腰を持ち上げ、結合を深くしようと懸命  
だった。  
 それがどれほど卑猥な仕草であろうとも、もう関係などないのだから。  
 こうされている時が一番気持ちよくて、一番安心できた。  
 出来ることなら、このまま頭の中まで犯して欲しい。  
「ああ! ん、イ……イッ、ク」  
 何も考えることなどないように。  
 けれど、馬鹿げた妄想は、泣きたくなるほどに薄っぺらだ。  
 一瞬の恍惚に、全てを攫われてしまえたら、どれほど幸せなのだろう。  
「く、ぅ」  
 体内に吐き出される熱に煽られて、望美はそのまま意識を手放していた。  
 快楽の果てにある、その時だけが少女にとって唯一の救いなのだ。  
 
 
 
 
 余韻に震える身体を抱いていた腕を静かに外せば、汗をかいた肌は、触れる物  
がなくなると自分の身体であるのにどこか余所余所しくすらあったが、ぐったりと横  
たわっている少女に、もう一度手を伸ばす事などありえない。  
 そんな物を、彼女が望んでいるとは到底思えないからだ。  
 せめて風邪など引かぬようにと、手近にあった衣を欲に塗れた身体にかぶせて、  
己も衣を着る為に立ち上がった。  
 経正が衣を纏う間中、じっと見ていたのは、先ほどまでの行為が嘘であるかのよ  
うな穏やかな寝顔だ。  
 追い詰められておらず、幸せそうな表情に、ふと口もとがゆるみかける。  
 が、伏せられている目蓋から、音もなく流れる雫があれば、そんな物。  
 ただの幻影でしかないである。  
 それでも、このひと時が少女にとって、優しくあるように、と。  
 経正はその涙を、指先で拭った。  
 

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