半月あまり留守をしていた雪見御所を遠目に見て取り、男の鞭を握る手に思わ
ず力が篭った。
しかし、すでに限界近くまで駆けさせている馬は疲労の色が濃く、これ以上急か
せた所で思うような成果は望めないだろう。
それに今朝は久々に晴天を拝めたが、そうでなくとも、梅雨の長雨でぬかるんだ
道に、脚をとられがちであるのだ。
そう自分を納得させ、振り上げた腕を下ろしたが、目的地は見えるようになった途
端に近づくのが遅く感じられてしまい、逸る気持ちばかりが一蹴りごとに膨れ上がる。
先ほどと同じ力であるはずのその力さえ、弱くなったと感じるのは、馬上にある身
体を心が置き去りにしているからだろう。
もう一時も待てぬ、という焦りに近い気持ちを持つようになる頃、ようやく、門の脇
に立つ雑兵の顔かたちがはっきりとわかる距離まで縮まった。
「おかえりなさいませ!」
それはあちら側からも同じだったようで、常ならぬ速度で近づく単騎を前に一瞬
見せた緊張の表情も、すぐさま従者のそれに変わった。
一人が門を開け、帰館を告げに中へと走り去っていく。
その姿を見送りながら胸をよぎるのは、出来ることならその男になりたいという、
他人が聞けば耳を疑い、鼻で笑うだろう願い。
だが、それは嘘でも冗談でもなく、彼の気持ちはただ門の向こう、その奥へと向
けられていた。
裏付けるように、手綱を引き、速度をぬるめながらも、彼の視線は一点に定まっ
て動いていない。
塀も邸も馬を受け取ろうとする郎党をも、全てを貫いたその先。
恋しいと物語る瞳には、もう、そこにいる人物が映ってでもいるのだろうか。
それほどに狂おしい色を宿していたが、馬を下りた彼にかけられた静かな声には、
さすがに表情が改まる。
「重衡殿、無事のお帰り、何よりでした」
「これは母上。これからご挨拶に伺いましたのに」
振り向いた重衡に向けられたのは、母としての笑みであった。
「よいのです。ちょうど、外へ出ていたところでしたので。それに、お前の無事な姿を
早く見れたのは、嬉しいのですよ」
今回の留守は出陣ではなく、京への情報収集であったが、それでも、なにがどう
転ぶかわからない不安定な時勢だ。
心配をかけていたのだと思うと、重衡の口も軽々しくは開かない。
「ご心配を、おかけしました」
やっと出てきた月並みな台詞に答える代わりに、白い頭巾がゆるく左右に揺れる。
「少し、痩せましたね」
背の高い息子の頬を撫でようと伸ばされた手は、たおやかで小さかったが、何より
も温かく優しかった。
この人の子として生を受けたことを、血を分けた絆があることを、感慨深く、掛け
値なしにありがたく思える一瞬。
それは確かに、重衡の胸を満たす。
「さ、このようなところで立ち話もなんです。中へお入りなさい。皆も待っていますよ」
おっとりとした笑みの中に、嬉しさを隠そうともしない輝いた瞳があり、それは
真っ直ぐに重衡を見つめていた。
けれど、彼はその笑顔に、かすかに唇を上げてのみ是と返した。
伏せた視線で、目の前の大切な母ではなく、先ほどまで見ていた方角を捕らえな
がら、出迎えなど、ましてや、帰館を喜んでくれるはずもない少女を思う。
離れていた間、毎夜、目蓋に浮かんだ白い手が、この頬に触れることなどありえ
ない。
そうとわかっていても、会いたくて会いたくてたまらなかった。
今からせねばならぬ報告を、厭うてしまいたくなるほどに。
兄のような考えを持つ己に苦笑しつつ、重衡は前を歩く小さくなった母の背を追う。
心だけを、後方へ飛ばし。
「ああ、やはりよくお似合いですね」
特に問題なく報告を終えた重衡は、着替えもせずにその離れの部屋の戸を開け
ていた。
するとそこには、思ったとおりに一輪の紅の花が出迎えていた。
勿論、花と言っても話しかけられる花である以上、本当の花ではない。
彼にとってはこの世で唯一無二の散らぬ花である望美は、彼が京で見繕ってきた
衣を着せられ、部屋に入ってきた重衡に顔を向けるでもなし、ただ、ぼんやりと床
に座り込んだまま虚空を見つめ続けている。
まるで何も聞こえず、何も見えぬように。
重ねて纏っている色は紅で、外へ向かうほど薄くなっていくそれは、光を受け
光沢を増し、まさに今咲き初めている少女を、よりいっそう鮮やかに彩っていた。
色を失っているはずの頬にさえ、朱が上っているようにも見え、健康そうな肌色
だが、埋もれるような衣から微かに覗く指先や首元の細さが艶めかしい。
動かぬ横顔をしばし見つめていた重衡は、そっと背後に座るとそのままその身を
抱き寄せた。
あまりにも残酷な仕打ちのせいで、望美は自我を失い、将臣も重衡もそれを阻止
するには全てが終わった後で、遅すぎた。
あれ以来、よく出来た人形のようになってしまった彼女に対し、将臣は罪の深さか
ら避け、重衡は献身的に尽くした。
当然世話役の下女が他にもいるのだが、時間が許す限り、一人では食事も出来
ぬ身体を支え、言われるがままに開く口に、粥やよく煮た野菜を匙で運んで与えた
り、放っておけば眠らぬ身体を横たえ、眠らせもしたのだ。
それはたかが半月前のことであるのに、懐かしく思う。
抵抗なく腕の中に納まった少女の顎は反動で上向いたが、見下ろす視線と交
わっているはずの瞳は、ピクリとも揺れなかった。
それでも、重衡は微笑んで見せる。
「ただいま、帰りました」
虚しい言葉だと自嘲しながら、けれど何かを掴もうと落とした台詞に、一呼吸ほ
どの反応もない。
それを悲しいとは今更思わないけれど、まだ未練がましい己こそが、悲しかった。
どうしようもなく、この少女を恋うているのだ。
「御髪が伸びましたね。後で櫛を入れて梳きましょうか」
半月前より指に通る間隔が長くなった髪を慰撫し、頬や額に口づけを落としていく。
こんな些細な変化にも、すぐに気づいてしまうほど、彼は離れていた間ずっと、
望美のことを繰り返し、繰り返し思っていたのだ。
「……お会い、したかった」
初めて言葉を交わした十六夜の月夜からずっと、恋焦がれていた人。
首筋に埋めた鼻腔から愛しい薫りを胸一杯に吸い込み、不覚にも目頭が熱く
なっていた。
それもそのはずで、こうして抱きしめるまで、また、消えてしまうのではないかと
不安で不安で仕方がなかったのだ。
折れんばかりに力を込めそうになるのを何とか抑え、その分をあちらこちらへ撫
でるように触れる唇で紛らわせる。
本音を言えば、寸分も離れてなどいたくない。
しかしそれを許される立場ではなく、また、重衡自身が守りたいと思う人がいる
以上、我が侭ばかりを押し通せるほど状況は甘くないのだ。
それに、重衡にとっては以前よりももっと、負けるわけにはいかなくなっていた。
一族のためとか、そんな大層な理由からではなく、ただ、負けてしまえば、少女
と別たれてしまう。
それだけは、何があろうとも受け入れ難かったのだ。
「少し、外の空気を吸いましょうか。空も澄み渡っていますよ」
答えのない会話は、重衡の声が穏やかなだけに、他の者からすれば見ていられ
ないほど寒々しくあった。
それなのに、男の頬に浮かぶ笑みは消えない。
思うままに抱き上げられて運ばれる少女の手は、やはり少しも動かず、だらりと
ぶら下がったままである。
美しく着飾られ、大事に扱われていても、何一つ通じてなどいないのだ。
ゆっくりと縁に腰を下ろした重衡は、膝の上に抱いた望美を降ろし、相変わらず
耳元へ語りかけ続けた。
「京へ戻れましたら、このような衣だけでなく、あなたの為に邸を立てましょう。あな
たに似合う花を庭の方々に植え、あなたを乗せる船も、あなたが使う調度も新調し
て、この命さえ……」
あなたの為に捧げよう。
こうして穏やかに過ごすうちに、徐々にでも正気を取り戻してくれればいい。
いつの日か、その手を伸ばして欲しいのだ。
しかし、薄い肩に額を乗せて、閉じた目蓋に幸福なこの先を描こうとすればする
ほど、なぜかそれは重衡の手の平からこぼれ落ちていくようであった。
何とかしようと言い知れぬ焦りを振りきろうと足掻けども、二人きりしかいない沈黙
の中で重ならない呼吸が、繰り返される。
まるで、繋ぎとめようとする男を嘲笑うかのように。
「……随分早いお帰りのようで」
土を踏みしめる音と共に、労いからは程遠い声が庭から聞こえ、はっと顔を上げ
た重衡の前には、陽を背負った影がいつの間にか立っていた。
眩しさとの対比で表情までは伺えなかったが、それなりに帰館を喜んでくれては
いるようで、珍しく上機嫌である。
「兄上、相変わらずお人が悪い。いつからいらっしゃったんですか?」
「俺は隠れていたつもりはないぜ? お前が気づかなかっただけさ」
諌める弟に知盛はくくっと咽喉を鳴らしながら、手にしていた刀を鞘へと流れるよ
うな仕草で納めた。
悪びれた様子は少しもない。
「鍛錬を?」
「ああ、当分は戦もないようだし、な。腕がなまる」
還内府殿もつれないものだ、と揶揄し口端を上げて見せた知盛が切れ長の瞳を
見開く。
何に驚いているのかと、その視線の先を追うまでもなく、それは重衡の視界にも
躍り出てきた。
だが、陽に煌く刀の白さは、風を孕み大きく膨らんだ紅によってすぐさま遮られる。
今の今まで腕の中にあったはずの重みはなく、まるで重衡から全てを遠ざけよう
とするかのように少女との間に広がる衣は、動けなくなるほどの圧倒感を与えた。
そこにいるのは、重衡の知らぬ望美だった。
これまで何があろうと、感情らしい感情を見せたことのない彼女が、着替えてい
なかった為に腰に下げたままであった刀を己から奪い、兄に切りかかっている。
その時、身を貫いたのは衝撃に他ならないが、それはひどく絶望に似ていた。
思えば御簾越しに交わした言葉でさえ、兄に向けてのものであったのだ。
「惜しかったな」
至近距離からの不意打ちであったにもかかわらず、斬撃を受けた男の表情には
愉悦の笑みが浮かんでいた。
それは愛や恋からは程遠いのに、刀を合わせる二人の間には、他の誰もが入り
込めない濃厚な気配を作り出している。
だが、呪詛の種に弱っている望美は、鍔迫り合いにならぬうちに押し返され、
その場に力なくうずくまってしまった。
一撃を打ち込むだけで、精一杯だったのだろう。
「出来ることなら神子殿が万全の時に、お相手して差し上げたかった。……だが、
俺を煽るにはその瞳だけでも十分だ。喰らいつかれそうで、たまらん」
腕を上げる気力もないのを察した知盛は、ゆっくりと刀をしまうと、湿った土が付く
のもかまわず、動けなくなった望美の前に膝を着いた。
「三草山で垣間見た女武者は、やはり、お前か」
そして、顎の下に手をかけ、咽喉を反らせるように強引に持ち上げる。
「くぅ…」
その短い苦悶の声に、ようやくするべき事を与えられたかのように、重衡の腰が
反射的に浮いた。
「兄上。乱暴はおよし下さい」
守るように望美の身体を背後から引き寄せると、離れた手を下ろしながら、さも心
外だと言うように知盛は眉を持ち上げる。
「乱暴なのは、神子殿の方だろう?」
「そうだとしましても、私の目の前でそのような振る舞いは、許せません。神子殿が
身動きもままならないのは、兄上もご存知でしょう」
「クッ……お前といい有川といい、よほど神子殿が大事と見える。だが、そんな柔な
女じゃないぜ。俺を討ち取ろうとした眼は、十分正気だった」
「まさ、か」
重衡が腕の中に眼を落とすと、そこにいるのはやはり、乱れた髪が頬にかかって
はいるが、虚ろな眼差しの望美だ。
「誰かの仇なのか、射殺されるかと思うような、いい……色をしていた。また、見せ
てもらいたいものだ」
恍惚とした笑みを浮かべる知盛を、重衡は言葉もなく見る。
嘘や冗談でそんな事を言う人ではないと知っているだけに、確認するのが恐ろ
しかったのだ。
「神子殿のおかげで、一眠りする気も失せた。少し、出てくる」
「どちらへ?」
立ち去る背中にかけた質問には、当然のように答えなど返らなかった。
いつもなら仕方のないと苦笑が浮かびそうな所であるが、重衡の頬にはなんの
表情も浮かんでおらず、むしろ、固くこわばっていた。
「神子殿……いえ、十六夜の君」
じわじわと水溜りから染みた泥水が、座り込んでしまっている望美の袴を色濃く
していく。
広がっていく紅黒い色は、そのまま重衡の心を染めていくようで。
強く目蓋を閉じたけれど、もう、侵食を止めるには遅すぎた。
「あなたはひどい。ひどい方だ」
きつく抱きしめた腕の中、萎れた花はくたりとしたまま。
そこには兄に向けた衝動はなく、息づく温もりと鼓動以外、重衡に感じ取れるもの
は何もなかった。
運び入れた室内で、男は無表情のまま望美の汚れてしまった衣をはいでいく。
水を含み、脚に張り付いてしまった袴の抵抗も意に介さず、所々土に汚れた袿
を大きく広げると、その下にあった単衣の帯もほどいて左右に分ける。
これまでも何度か着替えさせたり、湯殿に入れたことのある身体だが、初めて、
尽くすのとは別で意味で肌を暴いた。
華やかな花弁の中から現れた白さに、背筋を這い上がる寒気は、今から成そう
としていることへの恐れか、それとも男としての性か。
寝かされたまま、天井を見ている望美の上に覆いかぶさろうとも、羞恥や戸惑い、
恐れすらなかった。
「十六夜の、君」
唯一、少女と己を繋ぐ符号を口にしてみても、それは拾われることなく二人の間に
溶けて行く。
虚しい一瞬の後、もう、重衡は笑わなかった。
否、笑えなかったのだ。
そうして思い知る。
あの時、掴もうとしても掴めなかった幸福な幻影は、他ならぬ己が心底から望ん
でいたものではなかったからだ。
正気に戻ってくれればいいなど、口からでまかせもいいところ。
飛んでいってしまうとわかっている鳥を、誰がむざむざ籠から出すものか。
囲う籠が壊れそうだと言うのなら、その羽を切ってしまえばいい。
そうすれば、二度とどこへも逃げては行かず、その美しい姿を眼にとめていられ
るのだから。
「あなたにならば、憎まれるのも至福でしょう」
その心を。
決して届かぬ手を、刀としてでも向けてくれるなら。
優しげな指が望美の頬にかかっていた髪を、静かに払う。
現れた渇いた唇に、重衡の口づけが落ちたとき、浮かんだ笑みは苦悶と見まごう
ほど、苦しげであった。
舌で唇を割り、口内をくすぐるように愛撫してながら、首筋から胸へと右手を下ろ
していく。
程なく柔らかな膨らみを捕らえ、五指で包み込めば、刺激に反応してその中心に
色づく先端は早くも固くなり始めていた。
とは言え、心が何も感じていない分、まだ反応は遠く、望美に大きな変化はない。
一瞬、最後までこのままである事への懸念が浮かんだが、もう他に手は残って
いないのだ。
諦めきれぬ以上、続けるより他はなかった。
祈るような気持ちで、ゆっくりと胸を揉みながら手の平でこすりあげると、絡め
取った舌がひくりと震えた。
「っ…」
その小さな乱れに、愛おしさが身体の中を駆け巡った。
「ここが、いいんですね」
摘み上げずとも、立ち上がったままでいる胸の淡いを指先で転がし、口づけのせ
いですっかり濡れた唇を見つめれば、そこからこぼれるうめき声のような、少女の
喘ぎ。
「んっ…ぁ」
確かに、己の動きに答えているのが、目眩を覚えるほどの歓喜を与えた。
歪んだ感情だとわかっていても、他の誰からももたらせられない喜びに、背を向
けることなど重衡には出来ない。
「もっと、私を感じてください」
口内にもう一つの乳首を含みながら、盗み見る望美の表情は一つ喘ぐたびに、
崩れていく。
半ば閉じられている瞳にも涙が滲み、苦しそうな切なそうな色が眉に出ている。
乳房と一緒に舐めるばかりであった先端を、唇に挟んだまま集中的に舌で刺激
すれば、重衡の下で身体が大きく揺れ、しなやかな手足が力なく褥の上を這った。
「…や、ンあ…」
その手を取って指先を口内に含むと、無理矢理高められて敏感になり始めた
身体は、そんな些細な刺激にも声を上げる。
「ぁ…ん」
舐めあげられて濡れた乳房を揺らし、望美は小刻みに震えては惜しげもなく声を
こぼした。
羽織ったままの袿に半ば埋もれながら身をよじる姿は、蜘蛛の巣に翅を捕らえら
れた蝶のようだ。
ならば、己はその蝶を喰らう蜘蛛になろう。
取り上げた指から手首、肘の内側へと唇を這わせながら、重衡は見下ろす瞳を
細めた。
そこに後悔の念はない。
「はっ、ん」
青い血脈の浮かぶ柔らかな肌を吸いあげれば、そこに咲くのは紅い徒花。
その痣が例えこの肌から消えようと、この先、重衡の心から罪の証が消える事は
ない。
けれど、背負う罪の重ささえ、少女から与えられた物だと思えば、愛おしかった。
そっと手を伸ばした下肢は、まださほど濡れておらず、添わせた指先がほんの
微かに湿る程度だ。
いくら抵抗がないとは言え、このまま貫けば、いらぬ苦痛を与えてしまうだろう。
それは重衡の本意ではない。
このような身勝手な行為をしておきながらも、決して、苦しめたいわけではない
のだ。
ほっそりとした脚を大きく開けば、淡い翳りの下に慎ましく露を纏った花がある。
無防備に全てを晒し、乱れた呼吸を繰り返している望美を、重衡は余すところな
く見つめた。
曲線を描く身体は細く、それでいて柔らかそうな丸みを帯びていた。
横になっていても、形の崩れていない胸は先ほどの愛撫からまだ醒め切ってお
らず、しこりたった先端が誘いかけている。
そしてなにより、虚ろに開かれていただけの瞳が、快楽によってとは言え揺れて
いたのだ。
「感じてくださっているんですね。ですが、もっと、です。神子殿」
挿入に慣れていないであろう入り口を避け、少しだけ顔を見せている敏感な花芽
を指先でこねれば、その瞳が大きく見開かれた。
「や、ぁあ!」
立てられた膝がビクビクと震え、後頭部を押し付けるように仰け反ると、突き出さ
れた胸が大きく揺れる。
それがさも、招いているように見えたのは、ただの都合の良い解釈だろうが、それ
をとめなければならない理由はなく、重衡の唇が色づいた先端を含んだ。
「ん、あ、あっ! あ、あ」
上と下で同じように固くなった赤い実を愛撫すれば、望美の喘ぎは高くなる一方
で、時折、たまらなそうに身をよじるような素振りさえ見せる。
「っ、ん、ん、あぁ……ンあ、はっ、はぅ」
小さかった震えがはっきりと眼に見えるほどになる頃には、重衡の指を濡らす湿
りは段違いに増えていた。
指を動かすたびに鼓膜に届く音は理性を削ぎ、薄っすら色づいた肌は匂い立つ
ような艶めかしさ。
ふるいつきたくなるような痴態に、今までのどの女人に対しても覚えた事がないほ
ど、身体が猛っているのがわかった。
しかもまだ、上限が見えないのだ。
「あなたを、壊して……しまいそうです」
低くかすれた声で囁きながら、耳の中を探るように舌を入れれば、今までと違う
刺激に驚いたように望美の脚が揺れた。
「んん、やぁ!」
それが丁度、重衡の指にすりつけるような動きになって、強い痺れに一瞬おのの
いたが、気持ち良さを求めた望美は自ら腰をくねらせ始める。
「ん、ん、は、はっ、あ…」
「そう、ですよ。ここが、いいのでしょう? ここも……ここも」
見つけ出した少女の喜ぶ箇所を、唇で、指先で、舌で、身体全身を使って愛撫し
ていけば、追い上げられた身体は熱を上げ、もう、到達はすぐ目の前に迫っていた。
身悶えるうちに脱げかけて、腕に絡むようになった衣に両手を拘束される形で、
下肢だけを揺らめかせていた望美の腰がぐっと突き出され、大きな震えとなって
全身に広がっていく。
「あ! あぁ! ン、ぁん!」
喜びの声が上がると同時に、こわばっていた身体から力が抜け落ち、がくりと沈
んだ。
頬を赤く染め、浅い呼吸を繰り返す望美は、小さな震えを起こしながら絶頂の余
韻を味わっているが、あんな可愛らしい鳴き声を聞かされてはたまらない。
もう、指はぬるぬると滑るほどの蜜にまみれていて、早くそのぬめりの中でも己
を感じて欲しくて仕方なかった。
奥深くで交わって、声を上げて欲しい。
快楽に狂い泣いて欲しい。
想いを汲んでくれなどと贅沢な願いは抱かないから、せめて、この身に愛されて
欲しいのだ。
手早く着衣を乱した重衡は、熱くそそり立ったものを、乱れた呼吸と一緒にひくつ
いているそこへあてがった。
繋がる前から柔らかく、それでいて弾力のある感触に、こらえる為に呻きながら、
何をされようとしているのかも理解していない、小さな身体を胸に抱きこんだ。
互いに汗ばんだ肌の間で、敏感な乳房が押しつぶされ、望美の咽喉から甘い声
が漏れた。
「……ん」
耳元の喘ぎだけで、押し込めようとしている男の部分に、熱が集まる。
口付けるように身体を近づければ、先端が入り口を開いていくのがわかった。
ぬるり、とした感触と共に、呑み込まれていくのが背を震わすほどに心地良い。
「十六夜の、君」
「あ、あ、あ、あぁ……」
狭い。
容赦なく締め付けられている箇所からこぼれた愛液が、根元まで伝ってくるのに
も息を呑まねばならなかった。
その上、絶えず蠢く中の壁は絡みつくようで、歯を食いしばった重衡の全身は汗
ばんでいく。
ゆっくりと最奥を目指すのは、むやみに動いてしまっては先に達しかねなかっ
たからだ。
「く……っ」
行き止まりに触れた時、先端から送られてきた快楽に我を忘れそうになったが、
そうなるより先に、信じられない出来事が起こった。
「いや! いや! やめ、離して!」
腕の中で、望美が暴れだしたのだ。
「神子殿?」
「中、入ってる。入って、る!……いや!! もう、いや!!」
尋常でない声は恐怖に染まり、それはただ、強引に抱かれていることへの抗議
ではなかった。
もがく腕は助けを求めて空をかき、はためく袖はさながら折られた羽だ。
先ほどまで酔っていた快楽を捨てた顔は絶望に彩られて、こぼれた涙は頬を
切り裂くように真っ直ぐに落ちていく。
「恐がらないで下さい。何も、恐れずともよいのです」
震え続ける唇は、ただ、無声の拒絶を放つ。
それは、あの時見せられた、少女の姿と同じ物であった。
望美は神子としての力を失わせる呪詛の種を、惟盛が操る鉄鼠によってその身
に植えられたのである。
床にうつ伏せに這わされ、腰だけを高く固定されたまま、怨霊でしかも人ですら
ないものに、破瓜の血を散らされた。
追い討ちはそれを複数の人間に見られた事実で、身体の自由だけでなく心まで
奪われたのだ。
「も……いや」
「ならば、全て、忘れてしまいましょう。あなたは何も考えず、何もせず、ただ、こう
していれば良いのです」
「忘れ……て?」
ぼんやりと、けれど、懸命に見上げる瞳に、口付けを一つ。
「ええ、十六夜の君。そうすれば、楽になれます。いつか正気に戻るのに怯え、
心を閉ざす必要もありません」
「楽になれるの?」
幼子のようなたどたどしい口調に、その獣と同じ行為をしている男は優しい笑み
を浮かべた。
「必ず、そうして差し上げますよ」
縋る瞳に、甘い毒が広がっていく。
「忘れて、いいの?」
「ええ。あなたはただ、ここにいて快楽を感じて下されば、それだけでいいのです」
「感じて……」
毒は輝きを覆いつくし、とろりとした不鮮明な色に変えた。
「そうです。ほら、こうしていれば何も考えずともよいでしょう?」
「あ、あ……ん、んぅ」
ゆらゆらと揺らすように腰を動かせば、さらにぼやける焦点。
「重衡、とお呼び下さい」
「……あ、しげ、ひらさん……んんぁ」
「どうしました?」
「あ、あ、すご……い。気持ち、いいです」
ぎこちない笑みが、望美の頬に浮かんだ。
それは単なる快楽が生んだ歪み。
だが、向けられた男の胸は、痛みを覚えるほどの愛おしさで締め付けられた。
「愛して、おります」
自ら壊した少女に吐くには、陳腐で滑稽な台詞だ。
それでも、そうとしか言えない想いがある。
深々と貫いた身体を揺らし、汗で滑る肌で胸を擦り上げて、高みへ高みへと追い
上げていく。
「ああ、ンあ! あ、あ、ああぁ!」
のけぞる身体が頂点に達した瞬間、ぎゅっと。
背中を抱かれた感触に、顎から伝い落ちたのは額からの汗か、それとも涙なのか。
それを判ずるのは重衡にも難しかった。
「十六夜の、君」
快楽の極みの中で、脈打つように奥へと放ちながら、ただ痙攣を続ける身体を抱
きしめ続けた。
背中に触れている手がひどく愛おしくて、彼はそうすることしか出来なかったのだ。
取り返しの付かないことをしてしまった畏怖もあるが、それ以上に胸を占めたのは
、どす黒い歓喜だった。
快楽のみを求める少女は、これでもう誰に取られる事も、自ら飛び立つ事もない
のだ。
それは何より望んでいたこと。
ならばなぜ、この眼は熱く潤っているのか。
「愛しています」
理解出来ないまま呟いた言葉は、なぜか遠くで木霊する。
もう、ここには不要だと言うように。
「……愛しています」
だから、男は何度も何度も繰り返す。
許しを請うように、願いを込めるように。
祈る神などいない世で。