『ねぇ、神子姫様――望美。お前は一体誰のものだい!?』
『ひっ……あぁ、あ……!!』
ヒノエはたまらず眠りの国から抜け出す。
「…っ!あぁっ、はぁっ、はぁ……」
今宵もヒノエは全身をかけめぐる快感に、夢の中でまで襲われていた。
先走りの液で下着を濡らしつつもまだ辛うじて漏らしていなかったが
怒張しているそのものに触れ、扱き、搾り出したい欲望を必死でこらえ、
「くっ…の、ぞ……み…」
ヒノエは内心、今宵の眠りを諦めた。
明日は怨霊と化した清盛との決戦。いや、だからこそ。この戦いが終われば。
「望美…明日だ。明日こそはお前を最後まで……」
そうつぶやくヒノエは、今しがたの狂気の如き夢が明晩、正夢になるとは
夢にも思っていない。
「ごめん、やっぱり私、自分の世界に帰るよ」
だから、最後の戦いの後、望美から告げられた言葉に、耳を疑う。
望美と譲が元の世界に戻る前夜の、歓送と戦勝の宴から、
今宵の主役であるはずの望美が、途中でそっと抜け出した。
八葉のうち、幾人かそれを目に留めた者はいたけれど、
けれど、神子がヒノエと福原攻略戦以来恋仲になっていたこと、
なのにそれを覆して元の世界に戻ると宣言した神子のことを思い
あえて宴席を強いる気にはなれず、皆見ぬふりをしたのだが。
「ふぅ…なんだか、暑いし……」
肝心の神子姫は宿営から抜け出したあたりで異様な眠気に襲われ、
既に足元が覚束なくなっている。
(今日だけのつもりで、お酒に口をつけたのがいけなかったかなぁ…)
そう。望美は宴の席から抜け出すべきではなかった。
いやその前に、ヒノエから差し出された杯を疑いもせず
口をつけた時点で…
「ふふっ、神子姫様は疑うことを知らぬお人のようで」
「ヒ、ヒノエくんっ!?いやっ!?」
もう遅かった。恋心ゆえに一種の狂気にとらわれた天の朱雀と
緋色の縄で生まれたままの身体を縛られた神子姫の二人きりを乗せた小船は
十六夜の月の下、助けを呼ぶ声も届かぬ沖へ向けて漕ぎ出してしまっていた。
「もう、遅いよ。姫君が悪いんだ…」
「なん……で、こ……んな……」
「――なんで、ねぇ?……ふぅん。神子姫には心に思い当たる事はない、と?」
ぐちゅっ、と艶かしい音を立てて、ヒノエは指を引き抜く。
あ…と思わず声を立ててしまった望美の身体には既に、
胸にも四肢にもヒノエの荒い口づけによってもたらされる花びらが散らされ、
乳房には縄の跡がきつく食い込み、秘所から溢れ出る蜜が快感を示している。
初めて、ではない。しかしある意味では初めての経験だ。
こんなにも優しさと思いやりが伴わない、虚しい快感という意味では。
「ねぇ、神子姫様――望美。お前は一体誰のものだい!?」
「ひっ……あぁ、あ……!!」
ヒノエはもう気がついていた。昨夜見たのと同じ、悪夢だと。
でももう欲望に支配された身体の動きを止めることができない。
ただひたすらに欲しくて、望美の感じるところをひたすら攻めていく。
ただでさえ月の光が眩しい屋外で、潮風に吹かれながらの行為なのに、
小船が波に揺れる振動までもが身体に伝わり、快感が加速する。
「ヒノエっ、くん、変っ、もう…イキそう…」
「もう限界なのかい…?姫君の身体はいつも感じやすいけど、
今夜はまたいつもに増して、早いんだね。」
「ひどいっ、ヒノエく…あぅんっ」
(オレもだよ…)と望美に告げてやりたい欲求にかられるけれど、
つれない恋人にそこまで優しくしないよ、とばかりに、腰の動きを早める。
たちまち望美の身体は快感に色づき、限界近くまで押し上げられた。
「望美…イキたいんだろ、お前がいやらしい格好で乱れる姿、とくと見てやるよ。
今夜は十六夜だ。お前の胸の蕾からオレと繋がってるココまではっきり見える…」
「いやぁ、こんな、ところで…格好で…イキたくない、よ…!」
「駄目だ、このままで…このオレを袖にしようとした…罰だ!」
ヒノエの怒張したものが望美の蜜にまみれた最奥でゆすりたてられると、
望美の身体は本人の意志に反して激しく痙攣し、ヒノエを締め付けた。
「ヒノ…あ!いや……っ、あっあああぁぁぁ…っ、ああ――」
「は…っ、あ、あ、ヒノエくん…ひど……」
望美の身体が絶頂を極めて麻痺しているのをよいことに、最後の止めを刺す。
「神子姫…お前をもう月には帰さないよ。いや、もう帰れなくなる。
オレが今からお前を、神子姫でなくするから…ねっ」
「え、どうっ、やって…?」
望美が飛ばされかけた意識を必死で引き戻し、ヒノエを凝視する。
その瞳は欲望に支配されてギラギラと光り、切なげに吐息を漏らした。
そのまま望美の腰をしっかりと押さえつけ、熱く張り詰めたものを最奥まで押し付ける。
「駄目!お願い、抜いて、離してぇ!」
「神子姫、いや…お前はもう、神子姫じゃ、ない……!」
ビュクッ、ビュクン、ビュクビュクビュク……
「いやっ、そんな、今さら…っ……あ」
「あぅ、っ、望美……っ!」
望美の胎内の、その最奥にまで届けとばかりに、ヒノエは熱い迸りを解き放つ。
「だ、だめっ、熱いのが、あついのが、いっぱい、奥まできちゃう…っ」
「のぞ、み…っ、もっと、もっとだ…」
ドクッ、ドクドクドクドク……
まだ、出続けている。
「望美…オレの精は、熱くて、濃いだろ…」
「で……きちゃう、ヒノエ」
「一年間、一度も精を出さずに耐えてたんだ…これだけ濃いのを中に浴びたら
清らな龍神の神子姫といえども、もう五行の力は使えないだろ…?
いや、その前にオレの子を身篭る方が先かな……」
望美の顔に驚愕の表情が浮かぶのを、ヒノエは自らの脅し文句が効いたのかと
意地悪い笑みを浮かべる。だが…
「ヒノエくん…いま、なんて!?」
「言っただろう、今宵姫君の中を、オレの熱くて濃い精でたっぷり満たしたから、
もう月には帰れない。いまに姫君に似た美しい赤子が…」
「違うっ、その前!」
「その前…?」
「言ったよね、一年間、我慢してた、って…」
「…っ」
そんなこと、望美に言うつもりなんて、なかったのに。
心底悔しそうに、そして切なそうに、ヒノエは望美を見つめた。
先ほどまでの狂気と欲望は、もう消えている。
「いつから、我慢してたの?」
「去年の春。そう……お前に出会ったその日から。ずっと、女を断ってた。
ずっと、お前しか見えなかった。けど、お前は龍神の神子だったから」
縄で縛られ、恥ずかしい格好で仰向けにされたまま、望美は問い、
ヒノエは望美を上から見下ろしながら、問いに答えた。
確かに二人は、妹背山で互いの想いを確認しあい、恋仲になった。
そしてあの福原で半月以上も離れ、絶体絶命の危機を乗り越えて再会したとき
抑えきれない激情ゆえに、望美はヒノエに、己が純潔を捧げた。
その後も、陣の片隅で、夜の梶原邸で、密やかに身体を繋げ合ったけれど。
「けどオレ、一度も中に出したこと、なかったよな。
オレが穢れた欲望をそのままぶつけたら、お前はもう五行の力を失う。
せめて、平家との戦が終わるまでは…
一人の床でお前を想って、自分の手ですることさえ、ためらってた――」
「どうして…どうして、一人で苦しい思いしてたの?
一度も中にしてくれないから、わたしっ、本当は愛されてないんだって、
この世界にいる時だけの関係で終わっちゃうんだって、思っちゃったよ。
でなきゃ、帰るなんて」
「望美…」
ドサリ、と音がして、望美を苛んでいたきつい戒めが、解かれる。
「姫君、前言撤回。月に帰りなよ。いや、帰れるんだ」
「…え?」
「オレの精ごときで、清浄な神子姫を穢せると思ったオレが、間違いだったよ。
お前は今でも清らかな、白龍の神子だよ。でなきゃ…
お前を無理やり縛って犯すような最低の男を、心配なんてできないだろ?」
中立を守る熊野の、若き別当。源氏も平家も京の貴族たちも、
熊野の勢力を味方に引き込もうと縁談をもちかけ、
あるいは女たち自身も身分をやつして、若き別当に近づく。
だが、熊野の中立を守るためには、そう簡単に己を許すわけにはいかない。
「…だから、身体は繋げても、精は与えなかった。
相手を先に絶頂に追いやって去る。適当に相手をして、ごまかす。
自分がイキそうになったら強引に身体を引き離して、胸や、背中に出したり。
無理やり口に咥えさせて、飲ませて、顔にかけたことさえ…
…最低な男だね、オレ。女の子を守るのは男の務めだなんて言いながら、
実際には姫君たちを粗略にあしらってた、なんてね」
「ヒノエ、くん」
「だから、今宵が…初めてじゃないけど、初めてだったんだよ。
望美、最愛の姫君の中に包まれながら精を放つのは、こんなにも感じるんだね。
けど、今宵がきっと、最初で最後だ――」
「どうして…っ」
「オレはもう、お前と結ばれる喜びを知ってしまったから。もう、忘れられない。
一生、お前にしか、欲情できない。それがオレに与えられた、罰なんだ」
「……」
「そして神子姫は、月に帰る――」
「今夜は十六夜だね」
望美の、あまりに穏やかな微笑みが、一瞬、ヒノエを戸惑わせた。
「知ってる?私、毎月新月の頃に生理…女性の月のものを迎えるの。
今夜はそれからちょうど半月後…
今日は…いちばん赤ちゃんができやすい日なんだよ」
「まさか、本当に…」
「なのに、ヒノエくんたら熱くて濃いのをいっぱい出しちゃうから…
きっとヒノエくんに似た、かわいい赤ちゃんを、授かるよ。
今さら向こうに帰って、一人で産んで育てろなんて、言わないでね…」
「……望美!」
なんて現金な身体だろう。もう一生分の精を出し尽くしたと思ったのに、
望美と繋がったままだったヒノエのものはもう、熱く滾っている。
「望美…もう一度、お前の中で気持ちよくなっても、いい?
オレ、海賊らしくお前をさらっていこうとしたけど、あべこべだね。
オレの心も身体も、こんなに虜にして、こんなに幸せにして…っ」
「ヒノエくん、いいよ。もう一度はじめから、愛して…」
「ああ、忘れられない、夜にしてやるよ……」
(終)