(ん……)  
 
眠りの底から浮上する意識。重い瞼をあけると、まっさきに目に入ったのは、指先に絡む白い布。  
 
(何、これ……包帯?)  
 
褥の上、ぐるぐるととぐろをまく白い包帯。その包帯の先には――上半身裸の、男の姿。  
 
「――って、し、銀っ!?」  
 
驚きに跳ね起きた途端、重いめまいが望美を襲った。ついで、頭の奥に鈍い痛み。  
胸もなんだかむかむかするし、もしかしなくても典型的な二日酔いの症状だ。  
鎌倉との和平が成り、平泉に一応の平和が訪れたという事で、昨夜は内輪だけの簡単な宴席が設けられたのだった。  
折角だからと普段飲みつけない酒を飲んで――いささか酔っ払ってしまっていた事は否めない。  
 
(ええええええ? なんで、どうしてー?)  
 
望美は頭を抱えた。何をどう思い出そうとしても、記憶にないのだ。  
どうして包帯の解けた半裸の銀と自分が同衾しているのか、さっぱり状況が読めない。  
 
(え、ええと、覚えているのは――確か、泰衡さんにお酒を注ぎに行ったような……気もするけど……)  
 
駄目だ。どうしてもそこまでしか思い出せない。一体あのあと何がどうしてこうなったのだろう。  
と、その問題の人物が軽い呻きと共に身を起こした。  
 
「ん……神子、様? ……お目覚め、でしたか」  
「し、銀……!」  
 
硬直する望美を他所に、銀はさっと居住まいを正すと、柔らかな笑みを湛えた眼差しで望美を見た。  
いつも通りの銀だ。いつも通り過ぎて、かえってこの状況の異常さを際立たせている。  
とりあえずは状況を把握しなければならない。望美は銀から目を逸らしながら、恐る恐る訊ねてみた。  
 
「銀、その、ちょっと訊きたいんだけど」  
「はい、なんなりと」  
「どうして銀がここにいるの? そ、そんな、格好で」  
「ああ、その事ですか――ええ、神子様が望まれましたので」  
「わ、私が!?」  
 
思わず叫んでしまい、時間差で襲い来る頭痛に顔を顰めた。銀は心配そうに望美の背を撫で擦る。  
 
「ご気分が優れないご様子――薬湯でもお持ちいたしますか?」  
「そ、それは後でいいよ、ありがとう……で、その、私が望んだってどういう――」  
「昨夜の事を、お忘れなのですか?」  
「う、うん。恥かしいんだけど、全然憶えてなくて」  
「それは、残念です。昨夜の神子様は、とても情熱的でございましたのに」  
 
意味深な言葉に、望美は俄かに頭に血が昇っていくのを自覚した。  
ついで弾かれたように自分の身体に触れ、服装を点検する――昨夜のままのようだ。  
望美はほっと息をつき――それから何か覚悟を決めたような目で、銀に向き直った。  
 
「……その、もっと、詳しく教えてくれる?」  
「はい、どこからお話いたしましょうか?」  
「私、泰衡さんにお酒を注ぎに行ったような気がするんだけど、そこから憶えてなくて」  
 
そう言った途端、銀がふっと視線を逸らせた。  
口元を押さえ、僅かに肩を震わせて――どうも笑いを堪えているらしい。  
自分は一体何をしでかしたのだろうと不安ばかりが募る。  
 
「――ああ、失礼を――ええ、私は外で控えておりましたので、途中からしか存じあげませんが」  
「それでもいいから、お願い!」  
「……泰衡様が私を呼ばれた時には、神子様は大層お酒を召されていたご様子でした。  
 泰衡様が床に伏しておられて、神子様は泰衡様の帯の端を掴んで、なにやら叫んでおられたように思います。  
 ――確か『ふふふ、抵抗するとは愛い奴よ。よいではないか、よいではないか』 だったかと」  
「嘘――――っ!?」  
「いいえ、この身にかけて嘘偽りはございません。  
 正直何か怨霊にでも憑かれたのかと、危ぶんでおりましたゆえ」  
 
そういえば、引きつった表情の泰衡をなんとなく憶えている。  
見た事のなかったその顔が、なんだかすごく面白かったような記憶が――。  
 
「泰衡様が『神子殿はしたたかに酔われているから、部屋を用意するように』と私に命じられたので  
 こちらにお通ししたのですが、その折に神子様は私の包帯の端を掴んで、こう仰られたのです。  
 『私今から悪代官になるから、銀は村娘ね』と」  
「……それで……?」  
「意味がわからなかったので、お訊ねしましたら、『包帯の端を掴むから、くるくると回って』とのご指示で」  
「で」  
「はい、くるくると」  
 
望美は真っ赤な顔で俯く。なんということだろう。いくら酔っ払っていたとはいえ、時代劇の真似事をしてしまうなど。  
あれは着物だから様になるのであって――と論点はそこではなくて。  
もとい、いくらなんでも自分の行動は度を越し過ぎだろう。あとで泰衡にも謝らなくては。  
 
「銀、ごめんなさい……その」  
「大変楽しゅうございました」  
 
うっとりと呟く銀に、望美は一時恥かしさを忘れた。  
 
「え、怒って、ないの?」  
「ええ。神子様も楽しそうでしたし、神子様の喜びが私の喜びですから」  
 
にっこり。  
優雅な微笑みを浮かべる顔を、望美はぽかんと見つめる。  
と、銀はその手を取って、真剣な眼差しになる。  
 
「で、続きはいつ教えてくださるのですか?」  
「へ? つ、つづき……?」   
「『悪代官』が『村娘』に何事かを為す前に、神子様は眠ってしまわれましたので」  
 
望美は、おろおろと視線を彷徨わせる。とりあえずその場しのぎに、薬湯を持ってきて貰う事にした。  
かしこまりました、と銀は立ち上がる。が、部屋の戸に手をかけたところで、望美を振り返り。  
 
「――続きを教えてくださる事、楽しみにいたしておりますので」  
 
そしてあとには、どうしよう〜と頭を抱える望美だけが残されたのだった。  
 
 

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