…あなたが好き。  
明るい…太陽のようなその屈託のない笑顔、困った顔や怒った顔、  
不意に見せる優しさと寂しさ…  
全部大好き。  
 
私の心に灯った、あなたがくれたこの赤い花のような、燃える想い。  
私の身に何があっても…きっとその灯火が消えることはないだろう。絶対に。  
あなただけ…イサト君…  
 
 
 
「お帰りなさいませ、神子様」  
邸に帰ってきた私を、いつものように満面の笑みで迎えてくれた紫姫。  
「ただいま、紫姫」  
つられて私もにっこりと笑った。  
いつもの光景、いつもの会話。でもその時紫姫は、「いつも」とは違う  
それに気がついた。  
私が左手に携えていた、その日イサト君から貰った赤い花だ。  
「まあ神子様、その赤い花は…?」  
「え…これはね、えへへ、さっき貰ったんだイサト君に」  
私が少し照れたように顔を赤くして笑うと、  
「それは素晴らしいですわ」  
紫姫もにこやかに笑った。  
私のこの気持ちを知っていたんだろう。彼女は幼いが、なかなか鋭い。  
   
「失礼いたします、紫姫様」  
二人で今日の出来事についていろいろ話していると  
女房が御簾の向こうから紫姫に呼びかけた。  
「どうしました?」  
「はい、東宮様がおこしになられました。なんでも神子様に大事なお話が  
おありだとか…」  
「彰紋様が…?」  
紫姫が彼の名を呟いた時私の胸はドクン、と一度高鳴った。  
なんで、どうして…そんな思いが頭を駆け抜けた。  
あんなことがあったのは、つい三日前なのに…。  
女房との話を一区切りさせた紫姫がこちらに振り返った。  
「神子様、今日はお疲れでしょう。…どうなさいますか?」  
私はあの花を少し見つめ、左の袖の内に…そっとしまった。  
「せっかく来てくれたのに申し訳ないよ。通してあげて」  
「はい、ではこちらに…」  
 
女房に案内されて歩く廊下は…なんだかとても長く感じた。  
いや、そうであって欲しかったからなのかもしれない…。  
 
 
ー『花梨さん、僕はあなたが好きです。ずっと、ずっと前から…』  
『私、あなたの気持ちに答えることはできないの。ごめん、ごめんね  
彰紋君…』ー  
記憶が…脳裏を過ぎった。  
 
「こんばんは、花梨さん」  
女房に案内されて御簾をくぐると、そこにはいつもの柔らかな瞳で微笑む  
彰紋君がいた。  
「…こんばんは、彰紋君」  
私は上辺だけの笑顔を浮かべた。  
けれど心の中の戸惑いや困惑の色を隠しきっているとは自分でも  
到底思っていなかった。  
「では、私共はこれで」  
女房等は礼をして御簾の向こうに消えていった。  
彰紋君はそれを見計らい、ゆっくり口を開いた。  
「すみません、花梨さん。もう宵の口だというのに。  
けれど、今一度あなたと話がしたかったのです」  
「ううん。謝るのは私の方。だって私…この三日間ずっとあなたを  
避けてきたんだ」  
私はギュッと着物の袖端を掴み、頼りない眼差しで彰紋君を見つめた。  
「…わかっていました。あなたが僕を避けていたこと…。けれど、あなたに  
そうさせるような原因を作ったのは僕だから…やはり僕に非があるんですよ」  
「…」  
そう言って優しく微笑む彰紋君を見ていると、私はなんだか泣きたくなった。  
「…今宵僕にあなたの時間を少しくださいませんか?花梨さん。  
あなたの意をもう一度ちゃんと聞きたい。…人払いをしていただきましたので  
心配は無用ですよ」  
この時、優しくそう問いかけた彰紋君に…私は何の疑問も持たなかったんだ。  
明るく柔らかな瞳の奥に隠された…何かには気付かずに。  
 
「…あの時僕はわかっていたんです。あなたのイサトへの気持ちを。  
あなたの心は手に入らないのだと知っていて…僕は想いを告げたんです」  
「彰紋君…」  
私は何を言えばいいのかわからなかった。こんなことは初めてで…。  
「あなたのイサトへの想いは、変わることはないのでしょう…?」  
不意の問いに俯きかけていた私はハッとし、彰紋君の顔を見ると  
彼は真剣な眼差しで私を見ていた。  
そうだ。私はここでちゃんと自分の意思を伝えなくちゃいけない。  
でないと私も彰紋君も…いつまでも終われない。  
そう思って、重い口を開いた。  
「うん…。ごめんね、彰紋君。あなたの気持ちは嬉しいよ。  
でも、でも私はイサト君が好きなんだ。この想いはきっと変わらない。  
もうずっと前から…」  
彰紋君は目を瞑って私の言葉を聞いていた。  
「…僕はその言葉がもう一度聞きたかったんです。あなたの揺ぎ無き想い…  
その花も、イサトから貰ったものなのでしょう?」  
「え…?」  
彰紋君の視線の先にあったのは、さっきおもむろに袖の中に入れた  
小さな赤い花。  
袖口から少し出てしまっていたんだ。  
反射的に慌ててそれを隠そうとした私に彰紋君はこう言った。  
「隠す必要はありませんよ。少し…見せてもらってもいいせすか?」  
「う…うん」  
戸惑いながら手渡したその花を、彰紋君は目を少し細めて見つめ、  
「綺麗ですね。小さいけれど…赤々と燃えるような花を咲かせている。  
まるでイサトの赤い髪のような…」  
「…彰紋…君?」  
「その姿は意地らしくも美しく、どこか儚げだ。…こうして簡単に手折られて  
散ってしまう運命にあるというのに…」  
彰紋君は私の目の前でその花を軽く握った。  
彼の想いをのせていくかのように…ハラハラと、舞い落ちていった赤い花びら…。  
「!?何を…」  
そういって振り上げようとした私の腕を、彰紋君はガッと掴み  
思わぬ力で引き寄せた。  
「ねえ、まるであなたの…あなた方のようだとは思いませんか?  
花梨さん…」  
そう言った彰紋君は今まで見たことも無いような、背筋が  
凍るような冷たい瞳をしていた…。  
 

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