「銀」  
「はい、神子様。ご命令を」  
望美の呼びかけに、無機質な声が返る。感情のこもらない、淡々とした声。  
いつも望美を優しく、そして愛しげに見つめていた瞳は、  
まるで硝子玉のように何も映さない。  
どんなに手を尽くしても、どんなに心を尽くして看病しても、  
銀に『心』が戻ることはなかった。  
どうしてこんなことになってしまったのか、望美には分からない。  
愛していたとそれだけ告げて、銀は自分勝手にも望美を置いていってしまったのだ。  
愛していたという銀の言葉が嘘だとは思えない。  
自分のためだけに何かをするとも思えない。  
だから多分これは、何か望美のためにした結果なのだろう。  
それでも、望美は『置いていかれた』ことに変わりはない。  
ここにいるのは銀の抜け殻で、銀はいなくなってしまったのだ。  
「銀、キスして」  
「はい、神子様」  
従順に、望美の頬にそっと手を添えると、銀はくちびるを合わせてきた。  
何度かついばむようにして触れ合わせたあと、舌をもぐりこませてくる。  
けれどそれは銀の意思ではない。  
以前に、望美が舌を入れろと命令したのを覚えていて、それを実行しているだけだ。  
(まるで、ロボットみたい)  
学習機能のある、出来のいいロボット。けれどそこにあるのは『感情』ではないのだ。  
望美の反応を見ながら、望美が感じるように口内に舌を這わせる。  
それはそう命令されたからであって、彼の意思ではないのだ。  
くちづけに息が苦しくなってきたころ、望美は軽く銀の肩を押してそれをとめる。  
とめなければ、多分彼は永遠に望美にくちづけるのだろう。  
たとえ望美が窒息して死んでしまっても、  
『くちづけろ』という命令はあっても『やめろ』という命令がないという理由で。  
 
くちづけが終わった後はどうすればいいのか、彼はちゃんと心得ている。  
前にそうしろと、教えたからだ。  
望美の首筋にくちづけながら、帯に手をかけ手際よくそれを解いていく。  
胸があらわになったら胸にくちづけて、やわく揉みながら乳首を刺激する。  
望美の感じる部分を的確に見極めて、そこを重点的に責める。  
昔取った杵柄なのか、そういうことは本能で覚えているのか、  
動きは機械的なのに、銀の動きは望美を翻弄する。  
「あっ……銀……っ。そこっ、気持ちいい……」  
望美は感じるままに声を出して、銀に伝える。  
そうすれば、銀はどこをどう責めればいいのか覚えていって、  
次にはそこを的確に責めてくる。  
はしたないとか、恥ずかしいという気持ちは、もう消えてしまった。  
まだ望美がこの行為に慣れていなかったころ、  
刺激の強さに思わず「やめて」と言ってしまったことがある。  
それはもちろん本心などではないのだが、  
銀はそう命令されたとぴたりと手を止めてしまった。  
そして、望美がもう一度行為を続けろと命令するまで、彼が望美に触れることはなかった。  
あのときのことは、今も望美の心に棘となって残っている。  
熱を持つ体を放り出されたことよりも、  
彼にとってこの行為はただ命令を実行しているだけなのだと思い知らされて苦しかった。  
それから望美は感情を隠すことをやめた。  
恥じらいもせず、浅ましいほどに銀を求める。  
銀が求めてくれないのだから、望美が求めるしかないのだ。  
胸を責めていた指と舌が下肢に降りて、銀の腕が優しく望美の足を開かせる。  
下着を取り去り、すでに蜜を滴らせている秘部にためらいもせずに口をつけて、  
いちばん弱いところを刺激する。  
「ああっ銀えっ!」  
強すぎる快感に望美の体が跳ねる。  
それをゆるく押さえつけるように片腕で望美の腰を抱えたまま、銀は中に指を入れる。  
銀の舌と指に翻弄されて、望美は簡単に絶頂を迎えた。  
 
一度達してわずかにけだるい体を起こすと、望美はかがみこんで銀の下肢に手をかけた。  
下穿きをゆるめ、そこからまだ萎えた状態の性器を取り出す。  
望美はくちづけだけでしっとりと濡らしてしまったほどだというのに、  
いまだ銀には何の変化もない。  
たとえどれほど指と舌で望美を責め立てても、それで銀が勃起することはなかった。  
それは銀にとってただの『命令された作業』で、それに何の感情も付随しないのだ。  
望美の裸体を見ても、乱れた姿を見ても、銀は何も変わらない。  
だから望美はこうして銀の性器を舐めてこすって物理的に勃起させる。  
そうするしか、ないのだ。  
「んっ」  
まだ力ない肉棒を、口の中に入れて舌で刺激する。  
銜えきれない根元のほうはゆるく手でこすって、後ろの嚢も軽く刺激してやる。  
「っ……」  
望美の頭上で、銀がちいさく声を漏らす。  
こうしなければ勃起してくれない銀を哀しく思いながらも、こうしているときが好きだった。  
たとえ物理的な刺激によるものであると分かっていても、  
いつも機械のような銀が、このときだけは人間のような反応をしてくれるから。  
もっと彼の反応を引き出したくて、望美は精一杯、口での奉仕に没頭する。  
舐めて、しゃぶって、唾液を絡ませて、軽く歯を立てて、手でもこすって。  
かつて銀は、望美を神聖なものだと評した。  
美しく穢れない神子だと、まぶしいものでも見つめるようなまなざしで望美を見つめていた。  
あのときの彼が、今の望美を見たらどう思うだろう。  
自分の中に入れてもらうために、萎えている肉棒にむしゃぶりついて、  
勃起させるために懸命に奉仕している、この浅ましい姿を見たなら。  
そんな彼女を侮蔑するだろうか、嫌悪するだろうか。  
望美は勃ちあがってきた肉棒を銜えながら、上目遣いに銀を見た。  
けれど銀は肉体的な刺激に多少反応を示しつつも、その瞳はやはり硝子玉のままだった。  
なんの感情も、そこにはない。  
(しろがね)  
望美は目を伏せて、再び奉仕に没頭した。  
 
銀の性器が十分に勃起したのを見計らって、望美は口を離した。  
彼のものを銜えている間、望美には刺激は与えられなかったというのに、  
彼女の秘部からはまた蜜がとめどなくあふれ出していた。  
銀に向かって足を開き、それを恥じらいもなく見せ付ける。  
「ここに入れて、銀」  
「はい、神子様」  
従順な人形は、命令に逆らうことなくそれを実行する。  
望美の腰を掴むと勃起した性器を望美の胎内にためらうことなく押し込む。  
「ああっ!」  
中をこすられる感覚に、望美の背が反り返る。  
そのまま銀は腰を揺らす。  
望美の反応を見ながら、浅く深く出し入れされる。  
時折突き入れる角度を変えて、望美の弱い部分を容赦なく攻め立てる。  
「神子様」  
「んっ……今日は、大丈夫だから、っ……中に出してっ」  
「はい、神子様」  
返事と共に、銀の動きが速くなる。  
追い上げられる快感に翻弄されながら、それでも望美が目を見開けば、  
自分の上でわずかに眉根を寄せて頬を高潮させて揺れている銀が目に入る。  
彼も快感を感じてはいるのだろう。  
それが、肉体にのみ与えられるものだとしても。  
銀の動きにあわせるように、望美も腰を揺らし、胎内の銀を締め付ける。  
やがて望美が達するのとほぼ同時に、銀も望美の中に精液を吐き出した。  
 
行為が終われば、銀は淡々と望美の後始末をする。  
湯を絞った布で望美の体を拭き、着物を着付け、乱れた髪を梳かしてくれる。  
その機械的な作業に、いつも望美の体と心は急速に冷えていく。  
終わったあとに抱き合って眠りにつくことなどない。  
甘い睦言を囁かれることもない。  
多分、そうしろと命令すれば、それは実行されるのだろう。  
物覚えのいい彼は、一度そう言えばちゃんとそれを覚えて、  
次の回からもそれを実行してくれるのだろう。  
そう分かっていながら望美がそれを命令しないのは、  
いまだわずかな望みを抱いているからなのかもしれない。  
いつか、銀が自分の意思で望美を抱き寄せてくれる、そんな日が来るかもしれないと。  
──そんな日は来ないと、分かっているはずなのに。  
銀に丁寧に髪を梳かされながら、  
望美は抱かれている間ははずしていた逆鱗を手元に引き寄せた。  
どうして銀が心をなくしてしまったのかは分からない。  
それでも、もし時間を遡れば、彼を救うことが出来るだろうか。  
いや、救うことが出来ないとしても、遡った先で心をなくす前の銀に会える。  
こんなロボットのような銀ではなく、ちゃんと感情を持ち、  
望美を愛しげに見つめ頬を染めていた銀に会えるのだ。  
(銀……)  
望美は、手の中の逆鱗を強く握り締めた。  
時空を跳ぶことは簡単だ。  
呪詛が消え龍神の力が戻っている今、  
望美が強く願えば、次の瞬間には時空の狭間にいるだろう。  
銀が心をなくしてからずいぶん経つのに、  
今までそれをためらっているのは望美の打算だ。  
心をなくした銀はまるでロボットのようだけれど、同時に望美の命令なら何でも聞く。  
くちづけろと言えばくちづけて、抱けと言えば抱いてくれる。  
その硝子玉の瞳は望美を見ることはないけれど、望美以外の誰かを見ることもない。  
かつては泰衡の郎党として彼に従っていたが、今は望美以外の誰の声にも反応しない。  
銀が反応を示すのは望美だけ。望美だけだ。  
今の銀は頭の先から足の爪の先まで望美のものだ。  
時空を遡って運命を変えて、また同じように銀が手に入るとは限らない。  
その想いが時空跳躍をためらわせていた。  
 
「神子様」  
髪を梳かし終わった銀が、静かに鏡台に櫛を置く。  
「銀」  
望美は銀を引き寄せてくちづける。触れるだけのくちづけ。  
彼がいつもの命令どおりにくちづけを深くするより先に、体を離した。  
「ごめんね、銀」  
本当は、時空を跳ぶべきなのだろう。そうすれば多分彼を救うことが出来る。  
かつては神の力を使って勝手に運命を書き換えることは罪なのではないかと思っていた。  
でも今はどうなのだろう。  
銀を救う力があるのに、身勝手な想いでそれをやらずにいる。  
それはどちらが罪なのだろう。  
「ごめんね、ごめんね……」  
こんなふうに謝っても、銀には何のことか分からないだろう。  
それ以前に、何を言われても彼には何の感情もわかないだろう。  
それでも望美は謝らずにはいられなかった。涙があふれる。  
「神子様」  
銀の指が頬に伸ばされて、望美の涙をぬぐってゆく。  
多分それは感情の込められない機械的な行為なのに、それでもその指はとてもやさしい。  
望美は涙をぬぐってくれるその手を取って頬をすりよせた。  
『あなたを、愛しております』  
いつかの囁きが、耳によみがえる。  
望美がなくしてしまったものと、手に入れたものはなんなのだろう。  
今と、書き換えた未来と、どちらがしあわせなのだろう。  
望美には分からない。  
ただ分かるのは、心をなくしてしまっても、  
銀の手はこんなにもやさしいということだけだった。  
 
 
終わり  
 

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