目覚めが悪すぎる。なんて朝なんだ。鬼の術を使ったわけでもないのに、気分が優れない。寝汗をかいている。  
「ちくしょう、みんなあの娘のせいだ!」  
ぶんぶんと長い髪を降ると、普段の鬼の装束に着替え、横になった。無駄に残った香が鼻について、無性に体を洗いたくなった。  
「冗談じゃない。あれは、夢だ。そうだ、あの人間の娘のせいで見たんだっ!そうに決まってる!!」  
自分の両手を握り締め、悪夢を忘れようとした。  
 
悪夢で悲鳴を上げて飛び起きたなんていえるわけがない。あの生意気なガキに鼻で笑われる。  
「そうだよ、あんな夢、ただの夢じゃないか」  
無理やり笑おうと、声の調子を上げた。途中で尻すぼみになり、陰鬱な気分が増すばかり。鏡の向こうに青ざめた顔が映る。  
「いくらでも死体をみたじゃないか…あんな夢一つで怯える私じゃないよ!」  
アクラムに拾われてからも、人間の侵略はやまなかった。村が襲われ、焼かれる。隣人が青く冷たい物体になって転がる。  
強くなければ、情けを捨てなければ、死ぬだけ。  
私は強くなり、お館様の片腕になったんだ。自慢の台詞を何度繰り返しても、悪夢は浮かび上がる。  
 
ああ、ここはいつものお館さまの寝所だ。だが、衣装は白拍子。シリンが人を欺く時の衣装のまま。  
ああ、なんて失態だ。お館さまのお召しにふさわしくない。側に招いてもらえない。どうか、お怒りをお静め下さい。  
「お館様!おやめ下さい!!あああ!」  
アクラムがゆっくりと指を動かすたびに自分の手が動く。勝手に胸へ移動して、一番感じやすい部分を揉み、引っ張る。  
まるであの娘と同じだ。嫌悪感が顔に出る。あの人形と私は違う。そうでしょう?  
 
こんなのは嘘だ。白拍子の服は人を誑かすための服。お館様はわかっておいででしょう?  
「おやめください…服がああ!」  
嘆願も空しく、鋭い爪で薔薇の模様は破け、豊かな胸が姿を現す。  
つんと立った先端を爪でいたぶり、しびれるような感覚に体をくねらせる。  
「おやかたさまあああっ!」  
屈辱と快楽に喘ぎながら、前に突っ伏した。必死で顔を横に向けるが、それでも強い痛みに涙が零れる。  
両手は硬くなった先端に爪を立て、快楽を求めていた。  
 
「それ程欲しいか」  
「お館様…ううっ…この体も、顔も全て捧げる…覚悟で…くっ…参りました…」  
快楽に体を揺らしながら、訴える。何故、この両手は、胸から離れない?離れろ、と念じても張り付き、さらに刺激を与える。  
「その手は、我など要らぬといってるぞ」  
「違いますっ…そのようなことはございません…くっ」  
思い通りにならない両手に涙を流す。こんな姿勢で惨めな姿を見られるなど。  
 
「それほど我にはむかう手なら要らぬであろう」  
「お館さま??」  
無表情のまま、寝所の壇に置かれた刀の鞘に手を伸ばす。先代から受け継いだ長刀が手に収まった。すらりと青白い刃が光る。  
誰一人触れる事を許されぬ宝刀。鬼の力で作られた剣は、石も刻む。  
 
「まずは…右か?」  
かすかな音と共に、左の胸を攻めていた手の感触が消えた。快楽が半減し、ようやくシリンが頭をあげる。  
「お館さま…お館さまあ?」  
「まだ始まったばかりだ」  
ごとりと、足元に落ちた塊にシリンは目をやる。  
 
「ひいいいいい!!」  
白装束をきた自分の腕が落ちている。手は先ほどまで先端を攻め立てたままで固まり、切り口からは夥しい血が流れ出している。  
床が、白い布が赤く染まっていく。何故痛みがない?気が動転する。  
「おやめください…いやあああ!」  
「騒ぐな。耳に障る」  
次の瞬間、今度は左腕が切り落とされ、転がっていく。切られた両肩からは血潮が滝のように落ち、袴や足先まで飛沫が飛ぶ。  
 
「お館さま、お館さま、おやかたさまああーー!」  
恐怖と混乱に陥る体を押し倒した。  
「あの娘に負けぬといったな。どれほどか、みせてもらうぞ」  
血に濡れた岩の冷たさも、硬さも判らないまま、両足を開かれ、杭を打たれる。  
地面に広がる血の海が、アクラムの衣をさらに朱に染める。  
 
「これしきの事で正気を失うか?」  
夥しい血の海にいても、冷笑は変わらない。幼い頃から、何度も集落が人の手で焼かれ、遺体を弔う暇もなく逃げる。その繰り返し。  
仮面をつけて間もない頃は、逆に人の村を襲ってやった。男も女もなく、増幅された力で千切ってやった。  
赤い血に、肉片に残った人間たちが泣き叫び、狂気に陥る様が楽しかった。  
 
「ほう…自慢しただけの事はあるな」  
体を二つに折り曲げ、血が飛び散るのも構わず、律動を繰り返す。恐怖と混乱のせいか、いつもより熱く、締め付けがきつい。  
忠実にアクラムのものを飲み込み、奥へ導く。絶え間なく続く悲鳴も、アクラムには虫の羽音にすぎない。  
「それ程に我が欲しいか?我の子が欲しいか?」  
大量の血を失い、四肢が色を失い始めた。悲鳴は段々低くなり、呼吸も荒くなる。顔は土気色。  
「くっくっ…我を掴んで離さぬか。死にかけても、貪欲だな」  
何度果てても、突き込めば又胎内が蠢く。ぎゅうぎゅうと締め付け、最後の一滴まで搾り取ろうとする。  
死に瀕してもそこだけが別の生き物のように、蜜を噴出し、果てを知らない。  
青ざめた唇が開いた。自分の名を読み取り、苦々しげに言い捨てる。  
「まだ我を呼ぶか?ならば、此度は許してやる。二度とあの娘に手を出すな」  
 
息が苦しい。目の前が暗くなっていく。死ぬのは嫌だ。血が流れてしまう。たすけて。  
た、す、け、て……お…や…か…た……さ……ま…  
 
「あんな夢なんて…夢なんてっ!!」  
恐怖を押し隠し、笑おうとしたが、笑えない。がくがく震え、肩を触る。無意識に、切られた痕がないか確かめている。  
夢の感触が蘇り、悲鳴を上げた。  
「うそだああ!!嘘だよ!ちゃんと、腕もある!いつもの衣もあるんだ!私は、私はっ…うう!」  
腹痛にシリンは座り込んだ。生温いものが胎内から零れ落ちた。気色の悪さに舌打ちする。  
「くっ…なんてこと…」  
悪夢にすっかり忘れていた。ああ、そうだ。月に一度訪れる忌みの日。  
「又…私はお館様の子を…宿せなかった…のですか?」  
落胆に悲鳴を上げて泣いた。この時が来るのが悔しい。閉じこもり、血の穢れが終わるまで、動けないのか。  
忌々しい子供や、裏切り者の副官に功を取られるのか。  
 
「そうか…このせいであんな夢を見たんだよ…くそっ」  
忌々しげに流れ落ちる血を拭き、壁によりかかって歩き出す。無理やり、こじつけて悪夢を振り切る。片手に布を持ち、部屋を出る。  
早く行かなくては、又布が濡れる。  
「いつもの部屋に行かなくては…」  
腹部の痛みに足取りが遅くなる。お館様の役にたてぬ姿を誰にも見られたくない。  
 
「ああ…血が流れてしまう…はやく…」  
ゆっくりとした足音は、いつもの水鏡の部屋ではなく、専用の部屋に向かう。ただ、他の仲間が姿を現さないことだけを願った。  
 

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