「知盛、起きてる?」  
 
制服姿のまま勝手に部屋に侵入してきた少女は、そう言いながら真っ直ぐにベッドルームに向かう。  
幾度となく訪れたこの部屋、目的の人物は予想通り何もない部屋に一つだけ置かれたベッドの上に居た。  
 
「…遅かったな、待ちくたびれたぜ…?」  
 
来客に気付いた部屋の主――知盛は、読んでいた本から目を離して少女に向き直る。  
何をするにも気だるげなその所作は、出会った頃と変わらない。  
 
「…これでも結構急いだんだけど。制服のまま来たんだから」  
 
苦笑しながら望美――かつて「源氏の神子」と呼ばれていた少女はそのままベッドに腰掛けた。  
少し前まで互いに剣を向けあった相手とこうして自分の世界で共にある。  
ただひたすらに求め、望んだ存在。全てと引き換えにしてもいいと思えるほどに焦がれた男。  
持てる力の全てを賭けて得たその隣の幸せは、望美の心を満たすには十分過ぎる。  
 
…のだが、それでも悩みはある。  
 
「またこんな難しい本読んでる…よく飽きないね。何か意外」  
 
「お前が居ないと暇なんでな…」  
 
そう言って近づくなり絡んでくる知盛の腕をやんわりと剥がしながら、  
望美は話題を逸らすように横の本を手に取る。  
望美にとってはさっぱりわからない内容の本。ぱらぱらと開いてみても、読む気すら起きない。  
 
「暇だからってこんな難しい本読むの?」  
「ああ…」  
 
「私にも読めるかな」  
「さあな」  
 
「……知盛…」  
「…いい加減に、観念したらどうだ?」  
 
必死で話題を逸らそうとする望美の思いとは裏腹に、知盛の腕は望美を離そうとはしない。  
ついには後ろから抱きすくめられ、身動きが取れなくなる。  
この部屋に来た時点で、何をするかなど分かりきったことだ。  
望美の悩み、それはこの男の手の早さである。  
決して嫌なわけでは無いのだが、性格が邪魔をして素直に受け入れられない。  
戦の上では対等に戦えたかもしれないが、ベッドの上ではどう足掻いても勝てないから。  
 
 
 
「…だって」  
「クッ、これがあの源氏の神子と同じ人間とは…思えないな」  
 
細い指に口付けを落としながらそう囁くと、望美の顔が露骨に染まる。  
戦場で見せた獣のような姿とは似ても似つかない、年相応の少女らしい反応。  
頬を染めて腕から逃れようとする望美の姿は、あの勇ましき神子殿の姿とはまるで別人。  
 
それだけなら唯のつまらない女として終わる。  
だが、望美の本性はこれではない、そう知っているから。  
 
「逃げるなよ…望美」  
「…う…」  
 
耳元で名を呼べば、望美の身体から力が抜ける。  
初めて抱いたときに気付いたが、望美は名前を呼ばれると途端に抵抗を止める。  
意識的なのかそうでないのかは定かでないが、知盛にとっては好都合。  
当然のようにそれを利用して望美から抵抗を奪う。  
そのまま華奢な身体を横たえると、それでも望美は知盛から目を逸らす。  
 
「相変わらず、つれないな…」  
 
意地でも自分を見ようとしない望美の顎を掴んで強引に視線を合わせる。  
照れと焦りが混じったその表情は、知盛を煽るだけだ。  
 
「いい加減…慣れてくれても良い頃だろ…?」  
「で、でも…恥ずかしいんだけど」  
「俺の全てが欲しい、と言ったのはこの口じゃ無かったか…?」  
 
知盛の指が望美の唇に触れる。  
息が触れるほどの至近距離で、見詰め合ったまま。  
「それは…そう、なんだけど」  
「余計な事は考えなくていいさ…俺だけ、見ていろ」  
 
望美が抵抗するのは、拒絶の意味ではない。  
負けず嫌いの性格と経験の少なさから来る意地みたいなものだ。  
そんな事は知盛にも分かる。だから、柄にも無くこうして配慮を見せる。  
こんな自分を弟あたりが見たら驚くだろう。  
一夜限りの逢瀬が当たり前で、女に執着などした事はない自分が、この様。  
 
「知盛…」  
ようやく観念したのか、望美は知盛の首に腕を回す。  
たどたどしい動きではあったが、「上出来だ」と知盛は望美に口付けをひとつ落とした。  
 
…ん…っ」  
未だ口付け一つで蕩けそうになる自分を叱咤しながら、  
望美も出来得る限りその口付けに応えようと舌を絡める。  
静かな部屋に響く水の音が気恥ずかしかったが、次第にそれも気にならなくなる。  
器用に望美の服を脱がす知盛の指が肌に触れるたび、それだけで火照る身体が情けない。  
ずっと触れたいと、触れられたいと願ったその手。  
一度火が点いてしまえば、抗う術など無い。  
あとはもう、目の前の男のされるがままになるしかなかった。  
 
 
 
「あ…」  
知盛の指が、望美の肩に触れる。  
こちらに戻ってきたとき、身体の傷は全て消えたはずだった。  
服も身体も、全てが時空を超えたあの日のままで。  
だというのに、この肩の傷――壇ノ浦で知盛に刻まれた傷だけは、何故か消えなかった。  
そこへの刺激に反応して小さな声を上げる望美に、知盛の声が少し低くなる。  
 
「…?…知盛…?」  
「ふん…これだけは、何時まで経っても消えないな…」  
「…え…あ、っ…」  
 
その傷痕に軽く歯を立てると、望美の身体がビクンと跳ねる。  
別の時空で、他の誰でも無く自分が付けたというその傷。  
だが、それが酷く癇に障る。  
白い肌にくっきりと刻まれたそれは、今の自分が刻んだものでは無い。  
 
「……やぁっ…ん……あ……!」  
小さく芽生えた嫉妬心を振り払うように、知盛の愛撫は望美の乳房に下りる。  
白く形のいいそれを少々乱暴に掴み、執拗に先端を捏ねる。  
それだけで声を抑えきれなくなる望美に、「まだ早い」と唇を塞ぐ。  
未だ愛撫に慣れないその身体は、更なる刺激を求めてか無意識に擦り寄ってくる。  
望美の奥に眠る本能、それをゆっくり引き出すのが殊更癖になる。  
 
「…そこ、ばっかり…やだ」 
 
「……やぁっ…ん……あ……!」  
小さく芽生えた嫉妬心を振り払うように、知盛の愛撫は望美の乳房に下りる。  
白く形のいいそれを少々乱暴に掴み、執拗に先端を捏ねる。  
それだけで声を抑えきれなくなる望美に、「まだ早い」と唇を塞ぐ。  
未だ愛撫に慣れないその身体は、更なる刺激を求めてか無意識に擦り寄ってくる。  
望美の奥に眠る本能、それをゆっくり引き出すのが殊更癖になる。  
 
「…そこ、ばっかり…やだ…」  
そう望美が訴えても、知盛の指は動きを止めない。  
知盛自身がいいと思うまで決して止めてくれない、この男はそういう抱き方をする。  
 
「…これだけじゃ、足りないか?」  
 
そう言って意地悪く笑うと、今度は望美の下腹部にゆっくりと指を這わせてくる。  
既に湿り気を帯びたそこに爪を立てれば、望美は身体を強張らせて唇を噛む。  
それをからかう様に、少しずつ奥ヘと指を進めると望美は足を閉じてそれを阻もうとする。  
しかし知盛の指はそんな事は構わず、先ほどより強引に望美の奥を探る。  
「…あ、はぁ…ッ…ちょっと、待っ、あぁっ…!」  
ぴちゃ、と淫猥な水音と共に、望美の身体に感じる異物感。  
知盛の長い指は望美の中を勝手に探り、かき回す。  
 
「……や…そこ…っ…!」  
望美の身体が強く撓る。その瞬間を知盛が見逃すはずは無い。  
「ここ、か?」  
「……ひゃ…ぁ…!」  
あっさり一番感じるところを探し当てられ、もう一度そこを突かれて望美は嬌声を上げる。  
日頃絶対に出さないような自分の声が恥ずかしくてとっさに両手で口を塞いでしまう。  
が、当然知盛がそれを許さない。やんわりと両手を束縛されてしまう。  
「もっと…聞かせろよ…」  
「……やっ…ばか…そんなの…聞かないで、よ…!」  
 
「ほう…まだ喋れる余裕があるか…?」  
感心したように呟く知盛を睨むと、望美はまた意地になって口を噤む。  
それを見てクッと笑うと、知盛の愛撫はさらに望美を追い立てる。  
焦らすように出し入れされる指。望美はもう限界が近い。  
「……やぁっ…これじゃ…嫌、だ…」  
「…これではお気に召さないか?」  
分かっているくせに、敢えて望美の口から求めるのを待つ。  
こういう所性格悪い、と思うのだがそれを告げられる余裕など望美には無かった。  
「……知盛…っ…!」  
潤んだ目で、慈悲を求める望美。  
縋るように伸ばした手が掴み返されたとき見せた、その表情ははっとする程美しかった。  
何かを求めるとき、望美という少女はひどく美しくなる。  
「お嬢さん」の顔ではなく、貪欲に自分を求める獣の一面。  
知盛はそれが垣間見えたときの望美にこそ、他の何より揺さぶられる。  
 
「…ほら、力を抜け。教えただろう?」  
ゆっくりと、嘘のように優しく知盛が囁く。  
「うん…ぁ、っ…」  
それに身を任せるように望美も息を吐いて応えた。  
 
「……あ…っ、く…!」  
濡れた花弁に宛がわれた楔に、どうしても緊張してしまう。  
力を抜こうとするが、上手く行かず苦しくなるばかりで。  
「…っ、痛ぅ…!」  
慣れない感覚に、身体が悲鳴を上げる。  
 
「…望美」  
 
その声で呼ばれる自分の名前に、望美はまた無意識に安堵を覚えた。  
「神子殿」でも「源氏の神子」でもなく、「望美」という自分自身の名前。  
それを他でも無い知盛に、求めてやまなかった愛しい声に呼ばれて、それが嬉しくて。  
こんな子供みたいなこと言ったら笑われると思ったけど、それでも構わない。  
 
「…知、盛…知盛…っ…!」  
力が抜けた一瞬を見逃さず奥を突いてきたモノに、声も感情も抑え切れなくなる。  
いつのまにか憎まれ口を叩かなくなった知盛の表情を霞む目で追うと、  
いつもの余裕の表情が少しだけ崩れている。自惚れてもいいのだろうか。  
同じ気持ちと感覚を分かち合っていると、そう思っていいのだろうか?  
 
「……や…もぅ…だめ、ぇ…!」  
「…いいぜ、ほら」  
きつく目を閉じて知盛の背を掴むと、額に口付けが落ちる。  
らしくない事する、と一瞬思ったけど、それを告げる前に望美の意識は落ちていった。  
 
 
「…んー…朝…?あ、あれ?」  
翌朝、目覚めた望美は起き上がろうと身体を捩るが、何故か身体が動かない。  
目の前にあるのは知盛の鎖骨。背に感じるのは抱きしめる腕の感触。  
ついでに、望美の手も知盛をがっちり掴んでいる。  
 
「…どういう格好で寝ちゃったんだろう……」  
と、思い返せば昨晩の行為が鮮烈に蘇ってしまいなんとなく気まずい。  
思いっきり抱きあって眠るこの状況をなんとか打破しようと考えるのだが、  
思いのほか強く抱きしめられていてそれもままならない。  
元凶である知盛は、そ知らぬ顔で眠るだけ。  
 
「(やっぱり、知盛の寝顔って)」  
ふと、その顔を見ていつかの熊野の記憶が蘇る。  
今も鮮やかに思い出せる、楽しくて哀しい夏の記憶。  
あの頃は、こうして隣で眠る日が来るなんて思いもしなかったが。  
不意に笑みを零してしまう自分が照れくさいけど、今なら誰も見ていない。  
「今くらい、いいよね」  
少しだけこの寝顔を独占してやろう、そう思うのだが、お約束通りそこはそんなに甘くない。  
 
「なんだ、そんなに見詰めて…寝首でも掻くつもりか…望美?」  
「!! お、起きて…」  
あの時と同じパターン、同じような台詞。  
意地悪く笑うその表情も、そのままで。  
 
「何が、いいって?」  
「…知らない!何も言って無い!」  
 
逃げ出したい衝動に駆られる望美だったが、それを許すほど知盛は甘くなかった。  
 

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