梶原邸の庭の水辺には、燃えるような紅の花が一塊になって咲いていた。  
もう長く降り続く秋雨がしとしととその花を濡らし、まるでけぶる炎のようだ。  
雨を避けた縁側の下で、望美は小さく溜息をついた。  
 
「元気がないね、姫君。花の顔が曇っているよ」  
唐突な声に驚いて、近づく気配を悟れぬほどに気もそぞろであったことに気づく。  
「そんなことないよ」  
 
ヒノエ、すなわち太陽を自ら名乗る少年はその名のように、明るく華やかだ。  
振り向く望美の真正面、余りに近く顔を寄せ、ごくごく自然に肩を抱く。  
一連の流れるような仕草には惚れ惚れするような笑顔と、当然のように甘い言葉がついてきた。  
「秋雨に憂える姫君というのもいいけどね、髪についた雨粒もお前を飾る瑠璃玉みたいだ」  
「もう、近すぎるよ」  
こんなヒノエの行動にはもう慣れっこになったとはいえ、赤い髪が頬を掠めてくすぐったい。  
望美はヒノエの肩を両手でぐいと押しやって、困惑した。  
ヒノエは押しやられた体制のまま、表情を消して望美の言葉を待っている。  
脚色まじりの言葉とはいえ、  
ヒノエには望美がなんらかの事柄に心を悩まされているということに気づかれてしまったらしい。  
「…ほら、もうすぐ屋島で戦でしょう。なんだか空気も緊張してるし、それが不安で」  
心を隠すときには、どういう顔をすればいいのだろう。  
あの人なら、微笑みひとつで事を有耶無耶にするのなんて簡単なことなのだろうけれど。  
脳裏をよぎる面影にまたひとつ、小さな溜息が零れる。  
 
「ふぅん」  
つまらなそうな相槌を打って、ヒノエは望美の傍らに座り込んだ。  
「お前がそういうのなら、そういうことにしてやってもいいけど」  
このしたたかな少年相手に、望美が隠しおおせることはそう多くはないのかもしれない。  
思えば初めての出会いの時から、散々翻弄されてきたのだ。  
 
血筋だろうか、よく似ている。  
 
そう思うと、ついヒノエに向けた眼差しから笑みが零れてしまった。  
先ほどまで萎れていた姫君の、雲間から差す日の光のような微笑はヒノエの言葉を詰まらせた。  
「…。参ったな、どこでそんな手管をおぼえたんだい?」  
「え、ちが…そういうつもりじゃなくて、えっと。別にごまかしてるわけじゃ」  
予想外の展開に望美は慌てふためいてしまい、必死に違うと手を振って否定する。  
けれどヒノエはただ笑っているだけで、望美もふと我に返ってみれば納得してしまう。  
微笑んで事を有耶無耶にする、その有効性を望美は身を持って知っているのだ。  
 
「…弁慶さん」  
ヒノエはちらりと横目で望美を見たが、それきり話の続きを促すように庭に目を向ける。  
濡れる緑と、紅い花。  
夏の明るさとは打って変わって、どこか寂しい庭の景色を前に言葉はなかなか続かない。  
「わからなくて。…その、言っていることが、本当なのか」  
嘘なのか。  
最後の言葉は口に出すのが怖くて飲み込んでしまったが、言いたいことは伝わったのだろう。  
差し伸べられたその手のままに望美が座り込むと、ヒノエは忌々しげ舌打ちをして胡坐の上に頬杖をついた。  
「アイツが何言ったんだよ」  
「それは…」  
口ごもる望美が思いのほか深刻な様子だったのが意外なのか、ヒノエは小さく眉を顰めた。  
視線を落とす望美からは普段の覇気が感じられない。  
「ごめん、それは言えないよ」  
俯いた拍子にさらさらと零れる望美の髪に、ヒノエは手を伸ばしてきた。  
触れては指から髪が零れていくのを手遊びのように何度も繰り返す。  
 
「…雨、やまなければいいのに」  
自分で呟いた言葉に望美は心ひそかに驚く。  
雨が上がらなければいいと思っている、それは多分この先の運命を視ることを怖いと感じているからだ。  
白龍の逆鱗は胸にある、望まぬ運命を変える力を確かに望美は持っている。  
けれど知ることそのものが怖い、だなんてあまりに弱気すぎはしないだろうか。  
らしくない、望美は自身でそれに気がついている。  
 
「妬けるね、お前にそんな顔をさせるなんて」  
ほらみせてごらん、とヒノエは望美の顎に手をやった。  
相変わらずに浮かぬ望美の顔には、想いにやつれる者特有の艶がある、  
それに望美自身が気づいているのかはわからない。  
ならば気づく前にどうにかしてしまおうとしてヒノエはその頬にゆるく触れた。  
零れる髪を掻き揚げてやると望美の丸い瞳が何事かと瞬きを繰り返す。  
不穏な気配を感じ取られぬようにとっておきの微笑みのまま顔を寄せる、その唇を掠めた瞬間、  
 
「…っ」  
無粋な足音が集団で聞こえてきた上に、その一瞬の躊躇が望美に現状を悟らせたらしい。  
慌てて後ろ手をついて、上半身を目一杯後方へ仰け反らせたあげく、真っ赤になって口をぱくぱくさせている。  
「ちょ、ヒ、ヒノエくんっ?!何」  
どうにも興がそがれて、思わず噴き出してしまうのを抑えていることなど知るよしもない。  
慌てる望美を前にして、後方を振り返って確かめると見知った2人が立っていた。  
「ヒノエ…」  
敦盛はヒノエの名を呼んで絶句した挙句見てはいけないものを見てしまったかのように目を逸らし  
ただそこに立ち尽くしたままであったが、もう一人はそうはいかなかった。  
柔和な微笑は常と変わらず、足音も静かに歩み寄る。  
不審をあらわに様子を伺うヒノエには目もくれず、望美に手を差し伸べて立ち上がらせる。  
 
「…ヒノエが何か無礼を働いたようですね」  
「え?」  
「僕があとできちんと叱っておきますから、ご安心を」  
 
何と答えていいのかわからずに戸惑う望美を前に弁慶はちらとヒノエを見やり、  
やはり変わらぬ微笑のまま望美に柔らかな目を向ける。  
 
「…花を見ていたんですね、近くへ行ってみますか?」  
「はい、あ…でも雨に濡れちゃう」  
声を弾ませて答えたものの、望美は空模様に惑いを見せる。  
「こうすれば濡れませんよ?」  
弁慶は片手で持ち上げた外套の中にいとも容易く望美を誘う、  
そして躊躇いながらもそこに収まった望美と二人庭へと降りていった。  
行ってくるね、と姫君に一声残されてもいい気分がするわけもない。  
舌打ちしたヒノエに、同じくその場に残された敦盛が遠慮がちに声をかけてきた。  
「…ヒノエ、その」  
「あと少し遅く来いよ」  
「…あ…すまない」  
生真面目に謝罪する敦盛にヒノエは苦笑して、冗談だ、と言っておいた。  
幼馴染はいつまでたってもその手の冗談が通じない相手なのだ。  
 
 
「長雨に土がぬかるんでいますから、気をつけて」  
滑って土に足をとられる前にしっかりと注意され、  
さらには笑顔で「僕に掴まってかまいませんよ?」などと言われては、  
望美の緊張に拍車がかかるのも当然のことだった。  
ただでさえ、否応なしに触れるほど近いというのに、  
この状態で掴まれだなんてしがみつけといわれているようなものだ。  
せめて緊張を緩和しようと望美は努めて明るく振舞う。  
 
「そしたら私が転んだら、弁慶さんも転んじゃいますよ?」  
「おや、僕は君一人も支えられないと思われているんですか?心外ですね」  
「そ、そうじゃないですけど…」  
 
寄り添って歩けば、温もりが伝わってくる。その温度は望美をどこか落ち着かなくさせる。  
 
「…この花は今の時期なら鴨川沿いにも咲いているでしょうね」  
群生する緋色の花を前に、弁慶はぽつりと呟いた。  
「手折って差し上げたいところですが…君の髪に飾るには、相応しくないのが残念です」  
「こんなに華やかな花、飾れませんよ」  
「…そういう意味ではありませんよ、これは根に毒があるんです」  
花に触れようと伸ばしていた望美の手がぴたりと止まる。  
「ああ、さわるだけなら大丈夫ですよ、根も毒抜きさえすれば急事の食料になりますしね」  
「弁慶さん、さすが植物にも詳しいんですね」  
ええまあ、とあいまいな返事を返す弁慶の気配がすっと変わる。  
 
「…僕に、何か聞きたいことがあったのではないですか?」  
不意に抑えた低い声が耳に響いた。  
それはやわらかな形でありながら酷く硬質的で  
望美が今まで感じていた高揚のようなものは、急激に冷えていく。  
足元には紅い花、すぐ傍らの水面には雨粒の波紋がいくつもできては消えていく。  
そして水面にうつる2人の鏡像はその波紋に何度も何度も壊されて、  
 
「…平家に寝返るって言ってたの、本当に本気なんですか?」  
 
鏡像の弁慶が微笑む、けれどそれは雨粒に歪み真意の見えぬ表情にしかならない。  
「…そのことですか。ええ、もちろん本気ですよ」  
「………」  
「そんなに深刻な顔をしないでください、君は本当に素直な人ですね」  
話を聞くふりをして、結局は真実を煙に巻くつもりなのだろうことは察しがつく。  
それは怒りや悲しみよりも、無償に寂しいという感情を呼び起こしてしまい、  
望美は臆病なことに水面だけしか見つめられなくなってしまった。  
 
「…からかいが少々すぎてしまいましたか?」  
「え?」  
「ああ、ようやくこちらを見てくれた」  
本当なのか、嘘なのか、やはり答えは示されない。  
 
「大丈夫ですよ、君を悲しませるようなことはしませんから」  
「でも、弁慶さんはっ…」  
思わず声を荒げた望美の唇に弁慶の人差し指がそっとあてがわれる。  
 
「僕のように平気で嘘をつく人間の言葉なんて、やはり信じてはもらえませんか?」  
弁慶の微笑みにほんの僅かな自嘲が混じる。  
罪悪感に捕らわれた望美が結局、言葉を仕舞いこむのと同時に弁慶は言葉を続けた。  
 
「…今夜もう一度、話をしましょう」  
縁台の2人を意識してのことと知り、望美は小さく頷いた。  
「私、弁慶さんを困らせているんですね。…ごめんなさい」  
「いえ、こうして君と2人で花を見られるのは役得ですよ」  
そうやって弁慶が微笑むたびに、望美には何が真実なのかわからなくなってしまうのだ。  
 
 
縁側のヒノエと敦盛は幼い頃から互いを知る者の気安さで楽しそうに話をしている。  
いつも俯きがちの敦盛だが、ヒノエの前では稀に笑顔を見せることがある。  
幼い頃から知っていれば、手の内を見せないこの人の真実にもっと近づけたかもしれない。  
望美は弁慶の昔なじみでもある2人を、羨ましく思った。  
 
雨は夜になっても降り続いていた。  
 
夕餉の後数刻、再び縁台に赴いた望美は空を見上げた。  
月明かりの届かぬ暗い夜は、ただ雨音ばかりが耳に響く。  
大将の九郎はもちろん戦奉行である景時もここ数日は忙しそうで、  
軍師である弁慶も無論暇ではないようだ。  
今日も3人でなにがしかの話し合いをしているらしい。  
どれほど待てば待ち人が来るのかは、予想がつかない。  
それに例え話が出来たとしても、語られることさえもわからない。  
まだ見ぬ運命に怯えている。  
 
(…私らしくない)  
 
関わる相手があの人だからなのだろうか。  
柔和な微笑みで苛烈な決断を下すその姿を少し怖いと思ったことは確かだ。  
何かを切り捨てることはとても痛いはずのことなのに、潔いほどに厭わない。  
けれどそれは自分自身を傷つけているのと同じことだ、痛みは己の中に蓄積されていく。  
どうすればそんな何事をも厭わない人の心の傍に、近づくことが出来るのだろう。  
 
 
「…ここは冷えるでしょう、中で待っていて下さったらよかったのに」  
「いいえ、大丈夫でしたよ。そんなに待ってませんし」  
 
できるだけ落ち着こうと平静な態度をとってみたものの、  
現れた人はそれは自然に望美の手をとりゆるく握りしめるものだから、  
動揺は伝わってしまったかもしれない。  
「…指先が冷えていますよ」  
「それは…気づかなかっただけで。あの、じゃあ中に入ります?」  
居心地の悪さに思わず手を引き抜いて、望美は自分でもよくわからない言い訳をしてしまう。  
 
陶器の器に灯された炎のみが照らす室内は、普段の夜よりも暗かった。  
炎の灯りはどことなく暖かみがあるけれど、風に揺れるのが頼りない。  
障子が閉められるとこんな時間に男の人と部屋に2人きりだということを望美は意識してしまう。  
 
「…失礼します」  
弁慶が羽織る外套を外すと長い後ろ髪が露になる。  
ふわりと空気を孕む髪はその人の持つ印象と同じだ。柔らかで、優しげで。  
炎に撒かれる味方を見捨て、逃げる敵の船に火矢を放つ。  
今までの行いを見ているというのに、この人があんな惨いことをしただなんていまだに信じられない。  
 
「…まだ、僕のことがそんなに気がかりなんですか?」  
「あたりまえです。…あんなこと言われて気にならないわけないです」  
 
弁慶が裏切ることを心配しているのではない、それは望美の中では信じられないことだ。  
ただそれを除いても彼が一人で危険なことに手を出しているであろう不安は拭えなかった。  
 
「…気にかけるのは当然ということですか、君は優しい人ですね」  
込められた僅かな皮肉に、望美が気づくことはない。  
ただ向かい合った弁慶の微笑みが火を消すように消えるその瞬間の表情だけが、  
その目に焼きついた。  
痛みを堪えるようにして、何かを切り捨てようとしている。  
だが、その痛切な表情は一瞬で消えてしまう。  
そして殊更ゆっくりと言の葉は紡がれた。  
 
「けれどあまり騒がれては困るんです。特にヒノエは僕という人間をよく知っていますからね」  
 
「…弁慶さん…?」  
「君は真実なんて知る必要はありません」  
 
まだ触れてはいけない、と警鐘は確かに鳴らされていたのだ。  
この人を追い詰めてしまったのは私自身だ、と望美は感じた。  
 
「…真実にしか価値がないというのは、盲目的な思い込みですよ」  
無意識に後ずさる望美の腕を、弁慶の手が掴まえる。  
 
「…それにしても、君の口を封じるにはどうすればいいのでしょうね?」  
望美は声もなくただその人の目をまっすぐに見つめた、弁慶はもうあの微笑みを取り戻していた。  
 
「僕にはこのくらいしか思いつかないんです」  
ゆっくりと近づく色素の薄い琥珀色の瞳を綺麗だと思う。  
宝石の琥珀を思い出す、美しい飴色の中には太古の虫が悠久の時に閉じ込められて、  
その小さな羽虫はどんな気持ちだったのだろうか。  
望美には今なら少しだけ、その気持ちがわかる気がするのだ。  
そして、ふと気づいた感情を望美が理解する間もなく、2人の唇が合わさった。  
 
望美の細い首をなで上げる指がそっとうなじに差し入れられる。  
触れるだけの口付けは、柔らかで優しい。それは望美に一瞬の錯覚をもたらした。  
「…っ!」  
我に返って反射的に相手を押しのける、それは予想済みだったのかあっさりと唇は離れる。  
 
「…抵抗がないので、少し驚いていたところですよ」  
真っ赤になって唇をおさえる望美に、悪びれた様子もなく弁慶は微笑む。  
 
「どうやら君も満更でもないようですのでこの方法を取らせてもらうことにしましょう。  
余り大きな声を上げないでくださいね」  
「…本気なんですか?」  
「見つかっても構わないんですよ、もっとも神子に狼藉を働いたと知られては源氏にはいられなくなりますがね」  
 
その可能性さえも思慮にいれ行動に移すからには、弁慶にとってはこれが最善の方法なのだろう。  
源氏から去った彼の行方が知れなくなること、望美は何よりそれを恐れた。  
今の弁慶から目を離すことは、何か取り返しの付かない事態を招くようなそんな予感に駆られてしまう。  
 
「…弁慶さん…」  
混乱する望美の眼差しから目を反らすように、首筋に弁慶の唇が触れた。  
言葉が発されるとその唇に薄い皮膚をくすぐられ、望美は軽く身を捩る。  
 
「薬を使いましょうか?」  
「いやっ、いやです…っ」  
実際に弁慶の言葉に答えようとしていたわけではない、ただ否定の言葉しか出てこなかったのだ。  
 
「そのほうが楽になれますよ?…ほら、こんなに体を強ばらせて」  
「だめです。そんなの、だめですっ」  
 
身を守るように胸の前で固まっていた腕を取り払われると、そっと圧し掛かられた。  
瞬間、目の前が暗くなる。そして弁慶の肩から零れてきた後ろ髪がふわりと望美の頬にふれた。  
 
「酷くしてしまっても、しりませんよ」  
まるでこれは本意ではないのだと訴えるかのように、どこか悲しげにも聞こえた。  
 
声を殺す。  
雨音がかろうじて紛らわしてくれているが、大きな声を上げてしまえば、  
あるいは激しい物音をたてれば、やはり誰に聞こえてしまうとも限らない。  
理性でその行為を否定しながらも望美は結局抗うことを躊躇ってしまった、  
それも全ては弁慶の策略の内なのだろうことを想像すると、少し悲しい。  
 
「……あ」  
望美の着衣の前は帯が緩められ、素肌も露に乱れている。  
そこから差し込まれた手の動きのままに乳房の白い柔肉は恥ずかしげもなく形を変えられて、  
物欲しそうにつんと尖った桃色の先端をあらわにしてしまう。  
 
「……弁慶さん…やめっ」  
目線が交わっても、弁慶は柔和な笑みのままだ。微笑のまま、  
その舌が望美のまだ硬い咲き初めの蕾のような頂きをゆっくりと押しつぶすようにねぶる。  
ぞわり、と体の中が震えた。味わったことのない感覚に、声は意味をなさない。  
ただ、息の根の漏れる笛のような音が喉で鳴っただけだ。  
「ひゃ…んっ…」  
ぐっと息を飲み込むようにして、それ以上音を漏らさぬようにする。  
しかし目の前の光景から目をそらすために天を仰いでも、  
視覚以外の全ての感覚が窮状を訴えていて、  
特に淫猥な水音をたてて嬲られる胸の頂は、痛いほど尖り鋭敏になっている。  
衣擦れにさえ、声を上げそうなほどだ。  
 
「一体何を見ているんですか?」  
ふっとくすぐるような吐息と共に、まるで不埒を詰るような言葉が耳に飛び込んできた。  
乳房をゆるく揉みしだいていた腕が、未だ肌が粟だったままの背を這い上がり、  
耳をなぞり、顎を引かれて視界を引き戻される。  
問いかけられても何も答えることは出来なかった。  
正確に言えば、その問いかけは答えを求めていなかったのかもしれない。  
 
「―――……んっ」  
再びの口付けが呼気を奪う。  
先ほどのように触れるだけではない、口付けは幾度も角度を変えながらより深く貪り重ねられていく。  
柔らかなものに口内を蹂躙される不思議な感触は、望美から少しずつ理性を失わせていくようだ。  
その口付けは弁慶の言う『薬』などより、よほど効果があるのかもしれない。  
 
「ふぁ………ん、やっ……」  
強引に奪われていくことへの陶酔が、清らかな神子の体を侵食する。  
唾液の絡んだ舌が離れていく、濡れて紅色に充血した少女の唇は酷く淫卑だ。  
思わず、と言ったふうに弁慶の指がその唇の端から端をつ、となぞった。  
「かわいいですよ、望美さん」  
微笑む弁慶は普段のように優しげで、今の状況を不意に忘れてしまいそうになる。  
 
この人に触れられることは嬉しい、  
けれど、それはこの人にとっては謀の一つでしかなくて。  
締め付けられるような胸の苦しさに、望美の瞳に薄い涙がじんわりと浮かんだ。  
 
「…そういう顔をされると、僕も少し困りますね」  
背を撫でるその腕で、望美は弁慶の胸の中にそっと抱き寄せられた。  
長い絹糸のようにまっすぐな髪を宥めるように撫で下ろし、弁慶は甘い声で囁く。  
「泣くほど嫌ならば、大きい声でも出したらどうですか?」  
声の甘さに反して、言葉は酷く冷徹でまるでそれを望んでさえいるようだ。  
望美は小さく頭をふり、抱き寄せられるまま弁慶の胸に額を押し付けた。  
「そんなことできません」  
鼻先を薬草にも似た香の匂いがわずかにくすぐるが、着衣に隔てられて胸の鼓動は聞こえない。  
ただ、望美の髪を弄ぶ弁慶の指先だけが動きを止める。  
「だってそしたら弁慶さんは…っ」  
言葉を言い終わる前に腕をつかまれた望美はあっけなく引き離された。  
腕を掴む力の強さは、望美が思わず眉を顰めるほどだ。  
 
「君のわけ隔てない優しさは、僕の罪をいやますものでしかありませんよ。  
…そう、だからいわば君も共犯者です」  
 
弁慶の眼差しには静かな怒りと、諦めにも似た悲哀が同居する。  
外では雨と風が勢いを増しているのだろう、  
激しい雨音にくわえて、びゅうびゅうと風の啼く音が聞こえる。  
 
「…きゃっ……あっ…ん!」  
押し倒される勢いに望美は床に背を打ち、息を呑む。  
同時にスカートの下から内腿に侵入した弁慶の手が、  
普段日に晒されることなどない白く柔らかな皮膚をゆっくりと撫であげ、  
下着越しの秘部をかすめて触れた。  
「やっ…」  
わずかに湿った感触をことさら確かめるように指で押され、動揺で思わず手足をばたつかせてしまう。  
浮つく足を押さえ込まれて、望美は呆けたように口をあけたまま弁慶を見つめてしまった。  
 
「…どうやら、君はあまりよくわかっていなかったみたいですね」  
憐れむような綺麗な微笑を向けられて、こんな状況だというのに望美の胸は不意に高鳴る。  
 
「僕が君にしようとしているのは、こういうことなんですよ?」  
その笑顔のまま下着の隙間から潜り込ませた指が、望美の濡れた秘裂を直にこすりあげた。  
「やぁっ、ああっ……ん、いやっ」  
たまらず声を上げた望美のむき出しの乳房が声にあわせてふるふると震える、  
弁慶は残された着衣を片手で器用に剥ぎながら、繊細な指で無造作に媚肉を弄ぶ。  
 
「神子ともあろう方が嘘をついてはいけませんよ」  
「はぁ、ああっ、んっ………」  
複数の指が花弁を押し広げ、濡れた感触がひんやりとした空気に触れる。  
そうして、探り当てられた小さな肉芽を軽くひねるように摘まれて、  
望美は小さな魚のように腹を仰け反らせた。  
 
「ひっ……んっ…や、だめっ…」  
「…ふふっ、声が少し大きくなってきたんじゃありませんか?」  
ほんの少し上ずるような声は、興奮の証だろうか。  
うっすらと汗の浮いた首筋の薄い皮膚を、徴を残すほどきつく吸い上げる。  
「そんなこと…っ」  
望美の上気した頬はほんのりと赤く染まっている。  
とろりと溢れる蜜が太ももを伝い落ち零れて、床を汚す。  
ぐっしょりと濡れた秘裂をさんざん掻き回されるくちゃくちゃという音が一層望美を追い立てていく。  
閉ざすことの適わない鮮やかな朱のそまった唇は空気を求めて、淫らに喘ぐ。  
 
「あ、ああっ…あ…っ」  
そして、やんわりと入り口をなぞっていた指がゆっくりと中に沈められる。  
瞬間、望美の唇からは全身の力が抜けていくような切ない吐息が零れた。  
焦らすように軽く出し入れしながら、時折膣内で曲げられた指が内壁を擦るように引っかく。  
その度に望美は、はしたなくその指を締め付けて、殺すことのできない声を上げてしまうのだ。  
いやらしい粘り気のある水音も、雨の音には紛れない。  
 
「ひっ、ああっ、あ………はぁ、…っ…!」  
予測の付かない刺激を繰り返されて、  
快楽になれない望美の体はあっけなくそれに屈してしまった。  
 
「…ほら、こんなに僕の指を汚して」  
不意に目の前に薬師らしく繊細な仕事をする指が差し出された。  
望美の蜜に塗れた甘酸っぱい匂いのするその指を、弁慶は望美の目の前で舌を出して舐めて見せる。  
望美はその光景に瞬時に頬を紅くして、目を背けてしまった。  
息が上がってしまい、呼吸はひどく苦しい。けれど言いようのない恍惚感が全身を支配している。  
ただの口封じだとわかっていても、  
彼に与えられるもの全て、拒むことなど出来なかった。  
 
「…弁慶さん…」  
望美は衝動的にその愛しい指に唇を寄せた。  
その指を汚す自分の愛液を、舌全体と唇をつかって丁寧に舐めあげていく。  
特に嫌悪は感じない。  
「…望美さん…?」  
突然の行動に弁慶はいぶかしげに望美の名を呼ぶ。  
だが、望美はそれに答えることなくただ奉仕としかいえない舌での愛撫を続ける。  
指の股にまで尖らせた舌先を丁寧に這わせ、自分の蜜をなめ取っていく。  
「…ぁ」  
弁慶がその手を引くと、望美は名残惜しげにその行方を目で追い、おぼつかない手を持ち上げた。  
「…弁慶さん」  
潤んで蕩けたようなその瞳はけれど決して揺らぐことなく、弁慶を見つめていた。  
しかし視線は頑ななまでに交わらなかった。  
ただ珍しく抑えきれぬいらだちのにじみでた声で弁慶は呟いた。  
もっともその苛立ちは決して目の前の望美に向けられたものではなかったようだ。  
「…どうやら、余計な口実は何もいらなかったのかもしれませんね」  
そして可笑しそうな笑みを浮かべながら、自分の衣を脱ぎ腰紐を解いていく。  
「…こうじつ?」  
望美がその言葉の意味に気づいたところで、事態は何一つ変わらない。  
 
「でも、もう遅いんです」  
投げやりに吐き捨てる。  
結局のところ、彼の嘲笑はいつだって己自身へと向かうべき物なのだ。  
取り戻せない過ちを犯し続ける己自身に。  
 
弁慶の熱い昂りが入り口に宛がわれた瞬間、怯えたようにぴくりと望美の体が震えた。  
緊張におのずとまぶたは伏し目がちになり、  
所在無く投げ出された手は血の気を失う程きつく握り締められている。  
「望美さん、手を」  
促して指を開かせると、己の背に回すようにその手を導いてやる。  
「爪痕くらい、残して下さって構いませんよ」  
「…はああっ、う…や、いた…ぁっ」  
強ばりの先端が強引に侵入してくる痛みに、弁慶の言葉通り望美はその背に爪をたてる、  
鮮やかなまでに紅い筋が二本刻まれて、この瞬間だけ2人は痛みを分かち合う。  
「…余り手間取らせないで下さい……さ、力を抜いて」  
「だって……ん…はぁ…」  
そのきつい締め付けに弁慶も眉根を寄せる。  
せめて望美の気を紛らわせようと、激しく上下する胸に首筋に唇を落とすと  
望美はむずがるように喉を鳴らした。  
「んんっ……ふ…ぁ…」  
質量を持った熱が、望美の中にわけいってくる。  
たしかにそこに在る自分ではない熱に誘われて、体の奥から飢餓感のようなものが湧き上がり、  
望美はそれを受け入れる事を心の底から望んでしまう。  
 
「…弁慶さん」  
充分すぎる程に潤ったそこは、先が入ってしまえば後はさしたる抵抗もなく、  
絡みつくような暖かい柔肉で弁慶のものを包み込んだ。  
「弁慶さん、弁慶さん……っ」  
離れたくない、傍にいたい、どこにも行かないでほしい、  
共に在るための言葉が浮かんでは消えるのに、一つも声にして発せられなくて。  
望美は高ぶった感情のまま泣きそうな顔でただ弁慶にしがみつくだけだ。  
 
「………君のことは、好きですよ」  
しがみつく望美をあやすように撫でて、弁慶は苦笑する。  
「ああ、睦言の最中ですから…話半分、と言ったところですよね」  
 
抽挿が開始され、望美の体は繋がった箇所からがくがくと揺さぶられる。  
加減したせいかゆっくりとはじまったそれは却って、じゅぷ、っと淫猥な音を立て望美を煽る。  
「ああっ、…ん、く…ふぁ、ああっ、ああ…ん…」  
薄闇に照らし出される白い足はいつしかなまめかしく弁慶の腰に絡みつき、  
望美は自ら腰を揺り動かしていた。  
更なる快楽を得ることを求めているかのようなその動きに躊躇いを覚えるよすがもない。  
ぎりぎりまで引き抜かれ奥を突かれる瞬間は、言いようのない充溢感に満たされる。  
熱に浮かれたうつろな瞳は、少しだけ微笑みの形を作っていた。  
 
「…っ…あ、弁慶さん…はっ……あっ…ん、もっと…」  
恥ずかしいことを言っている自覚は望美にはなかった。  
もっと、深く繋がりたい。  
襲ってくる波のような快感も、甘い体の痺れも、  
彼と一つになっている、という事実とは比較にもならない小さなことだ。  
 
「…君からそんな、いやらしいお願いをされるとは、思いませんでした…っ」  
体をぐるりと横向きにされる、膣内の刺激が急に変化して望美は小さな悲鳴をあげる。  
望美の片足はいとも簡単に持ち上げられて、弁慶の肩にひっかけられる。  
「や、あ…こんなの………あっ」  
抗議じみた声は、胸の尖りを片手でぎゅっと捻られて封じられてしまった。  
 
「君が望んだこと、そうでしょう?」  
交差するような体勢になってほとんど抜けかけた弁慶の昂ぶりが、再びぐっと中に入ってくる。  
先ほどよりももっと深い最奥を激しく突かれて、望美はもはや声を殺すことなど忘れてしまう。  
 
「ああっ、ああん、ふぁ…ああっ、ああ…!」  
律動に合わせて肉がぶつかり合い、混ざり合った体液が飛び散る。  
快感にもっていってしまわれないように堪えるのが限界になってきたころ、  
弁慶は堕落を誘うように甘い言葉を囁く。  
「堪える必要は、ありませんよ…望美さん」  
名を呼ぶその声がどんな卑猥な言葉よりも、望美の鼓膜を犯す。  
 
「やっ、ああっ、も……だめ…ぇ…っ…!」  
見開いた眼差しを潤ませて白い喉を鮮やかに仰け反らせて、  
望美は絶頂の快感に耐えた。  
足のつま先までもが、鋭敏な感覚を宿していて、  
この均衡が崩れればどこまでも融けていってしまいそうだ。  
半ば意識をさまよさせたまま、自分の胎内を出入りする熱の存在を感じる。  
 
「…弁慶さん…」  
うわごとのように名を呼んで、胸を弄る彼の手に触れ力の篭らぬ手で握る。  
「望美さん…っ」  
恍惚が失われていく酷い喪失感はふいに訪れた。  
達する前に望美の胎内から引きずり出された弁慶のものは、  
望美の腹の上に白い残滓を吐き出した。  
 
夢うつつをさまようような感覚の中で、望美はそれを無性に淋しいと思った。  
 
陶器の灯りの芯がじじっと風に音を立てて燃える。  
灯りに照らされ下から見上げる弁慶の表情は痛切なまでに柔和な微笑みで、  
望美はまた自らも、弁慶に切り捨てられるべきものなのだと悟った。  
何故そうしたのかはわからない。  
望美はただゆるゆると腕を伸ばした、肘にかかっていた小袖がずるりと落ちる。  
そうして、慈しむように弁慶の頬にそっと触れた。  
 
「…弁慶さん、ほんとうのこと、教えてください」  
あどけなく掠れる声で、囁く。  
だが、弁慶は自戒を込めた呟きを漏らしただけだった。  
「…真実は概ね、人を傷付け不幸を招くものです」  
真実に伴う痛みを己の中に閉じ込めるために周りのものを切り捨てる、  
そしてまた更なる痛みを得るのだろう。変わらぬ微笑を浮かべたままで。  
 
この人の感じている痛みが肌を通して伝わってくればいいのに。  
 
望美は弁慶の肩に腕を回し、抱きしめるただそのためだけに彼の人を抱きしめた。  
たとえ、伝わるものは温度だけだとしても。  
 
「…弁慶さんは優しいから、本当のことを隠すんですね」  
唐突にふっと部屋の灯りは消えた、油がもう切れてしまったのだろう。  
ざあざあと降り続く雨音と抱きしめる人の胸の鼓動が、  
しんと静まった闇にやけに大きく聞こえる。  
 
長雨のあけた朝は、清々しくも眩しい。  
朝露の伝い落ちる草花は、どれも生き生きとした風情で夏の名残を思い出す。  
一人、中庭に下りた望美は敷石を踏みながら池の傍へと向かう。  
水面に写る焔のような紅い花。  
飛び散る血渋きにも似ている。  
風が細かに揺らす水鏡をぼんやりと見つめていると、ぶれる水面に人影が写った。  
 
「…今日、出立することが決まりましたよ」  
常と変わらぬ出で立ちと表情で、弁慶は望美の背後に立っている。  
ことさら笑顔で振り返り、少しは上手に笑えただろうか、と望美はちらりと自問する。  
「お天気になっちゃいましたからね」  
「晴れてしまってはいけませんでしたか?」  
きっとこの人は全部解っていて、そういうことを言うのだ。  
繕っても意味はない、望美は結局素直な言葉を言うしかない。  
「…雨が上がらなければいいのに、ってずっと思ってましたから」  
「そうですか」  
俯けば夕べの雨のせいか、紅い花は何本か根元から倒れてその花を散らしていた。  
地面に散らばる花びらが無力にも風に運ばれ水面に落ちる。  
細長い形をした紅い花弁は、爪が残す傷跡のようだ。  
瞬間望美に背を向けた弁慶は、どんな意思をその顔に浮かべていたのだろう。  
静かな声音は、全ての感情を押し殺していた。  
 
「…僕もそう思っていましたよ」  
 
その言葉で全ては過去になる。  
再び廻り始めた時の円環を、今はただ見守ることしかできない。  
風に運ばれる紅い花弁よりも、無力だ。  
望美はその胸に抱いた白龍の逆鱗をそっと握り締めた。  
 
了  
 

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