6月とはいえ、雨が降ると肌寒い日が続く。  
約束の時間になっても家に来ない望美を心配して、  
リズヴァーンが近所を探していると、  
望美は道端にしゃがみこんで大きな紫陽花の木の下を覗き込んでいた。  
「神子、どうした」  
「先生」  
そこにいたのは、オレンジ色の小さな濡れた子猫。  
リズヴァーンが望美の隣にしゃがみこんで手を差し出すと、  
子猫は体温を求めるようにその手に擦り寄ってきた。  
「とりあえず家に帰ろう。子猫もお前も冷え切っているだろう?」  
二人はリズヴァーンが住んでいる閑静な木造一軒家に帰る途中、  
猫用ミルクや哺乳瓶、トイレの砂などを買い求めた。  
 
「私が子猫の世話をする。お前は風呂に入って体を温めなさい。」  
「先生、一人で大丈夫?」  
「大丈夫だ。」  
心配しながらも望美は急いで熱いシャワーを浴びた。  
それは冷えた体に心地いい。  
そして湯上りに望美は紫陽花模様の浴衣を着た。  
リズヴァーンと過ごす時、望美は着物を着ることが多い。  
急激な環境の変化に順応するのがいかに大変かは望美が一番理解できたから、  
せめてこの家の中くらいはあの時空の中に似た雰囲気を作りたかったのだ。  
 
「先生?子猫は?」  
「ミルクを哺乳瓶に半分ほど飲んだ。その後は、そこだ。」  
指差した先には段ボールがあり、その中で子猫は乾いたタオルに包まって眠っていた。  
「寝ちゃってる。可愛いね。」  
「そうだな。」  
段ボールを覗き込む望美を後ろからリズヴァーンがそっと抱き寄せた。  
望美の露わになっている白いうなじにリズヴァーンが唇を押し当てた。  
「先生…」  
「心配したぞ。」  
「もう、心配性なんだから。」  
紅くなった望美の耳に口付ける。小さな吐息が漏れる。  
リズヴァーンは右手を浴衣の身八つ口から手を差し込み、望美の素肌に触れる。  
「あっ…」  
左手は裾をはだけ、太腿を撫でまわした。  
「先生、だめ…」  
制止に構わず、帯と伊達締めを解くと、浴衣はすとんと床に落ち、  
望美は何も着けていない姿になった。  
明るい中、裸体を見られるのを望美はひどく恥かしがった。  
リズヴァーンは優しく望美を横たわらせると、体温を与えるように覆い被さった。  
 
白い肢体。リズヴァーンと同じリズムで揺れている。  
長い髪は自分にも相手にも張り付いている。  
部屋を満たす水蒸気は梅雨のせいなのか、自分達の汗のせいなのか。  
そんな事を考えながら望美がうっすらと目を開けると、切なそうな、苦しそうな顔をした  
リズヴァーンが見えた。あの時と同じだ。  
幾度も望美を遠ざけ、何を聞いても「答えられない」と絞り出すような声で呻いていた、あの時と。  
「先生…もう離れないでね…」  
自分の首に手を回し、すがる様に抱きついてくる望美を見て、リズヴァーンは胸が痛んだ。  
小さな頭を抱え込むように胸に抱き、何度も「愛している」と呟いて、二人は同時に絶頂に達した。  
 
ウトウトしている望美に浴衣をかけてやろうとリズヴァーンがそれを探していると、  
段ボールの中の子猫がいつの間にか出てきて、脱ぎ捨てられている紫陽花模様の浴衣の上で丸まっていた。  
目覚めた望美はゆっくりと上体を起こした。寝ぼけた目で見た子猫の毛色は、あの時空の中で共に戦った、あの人の髪と同じ色だ、と望美は思った。  
「ねえ先生、」  
望美はリズヴァーンに口付けて微笑んだ。  
「この子の名前、遮那王にしませんか?」  
 
END  
 
 

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