またあの鈴の音が聞こえた。
夜の帳の中、元宮あかねは寝具をはねのけた。
外はまだ暗い。
夜が明けるのに、まだ数刻かかるだろう。
あかねは、簀子に立ち、夜気の中に身をゆだねる。
もう一度、聞きたい。あの鈴の音を。
まるで自分の中から鳴り響くかのようなその音は、あかねの心を乱す。
リン、リン。
また聞こえた。春先とはいえ、空気はつめたい。薄手の夜着しか着ていないあかねは、そっと自分の肩を抱いた。
わかっていた。この音が聞こえる時、近くにあの子がいる。
もう一人の龍神の神子が。
あかねは裸足のまま、庭に降り立った。
そして、そのまま音に誘われるように歩いていく。
藤の香りが柔らかく漂う。あかねのことを慕う藤姫が、大事にしている庭。あかねのために整えられた庭。
その香りに包まれ、あかねはすこし罪悪感を感じる。
今、あかねが求めているその人は、藤姫が厭う鬼の一族の少女だから。
敵なのに、敵だからか。
なぜだか、心が強くあの少女の面影を求める。
目の前にぼんやりと、細い背中が浮かぶ。黒髪が揺れる。
あかねは立ち止まった。
黒髪が揺れた。振り返った。ランだった。
あかねと同じ、もう一人の龍神の神子。
そして、あかねと正反対の性質をもつ龍神の神子。
白き神子と黒き神子は向かい合う。
「ラン…」
あかねはその少女の名を呼ぶ。
ランと呼ばれたその鬼の少女は、黒く長いまつげをそっと伏せた。すこし戸惑いの表情をみせた。
怨霊を操る時には、決してみせない揺らぎ。
「ラン、どうしたの? なにかあったの?」
「よくわからない…」
いつもそうだった。
これまでも、ときどきランはあかねの前に現れ、が、その理由が自分でわからないふうだった。そして曖昧な表情を浮かべたまま、消えてしまう。
あかねはいつも夢をみている気持ちだった。
手を伸ばせば、消えてしまいそう。
そう思わせるほど、今のランの姿は儚げだった。
そっと。まるで、こどもの頃に、路地裏にいた子猫に手を伸ばしたように、そっと、あかねはランの手をとる。細い。
「さ、寒くない?」
あかねは、尋ねた。ランの手は冷たかった。
「…おまえの手は温かい…」
ランは、すこし握り返してきた。その冷たい指先。
「そう? ラン、こっちに来ない?」
あかねは少しランの手をひく。
「…いけない…ここは星の一族の館…私はいけない…」
ランは、首を少し振った。あかねは困惑する。やっとランの手をとれたのに。どうしたらいいのだろう。
「少し、このままで…」
ランがそういったので、あかねはほっとする。
「うん、うん!」
沈黙が流れた。ただ二人は手をつないでいるだけ。
あかねは不思議に思う。私はどうしてランのことが気になるのだろう。
もう一人の龍神の神子だから?
「おまえは…温かい」
ランが呟いた。
「ランの手もあったかくなってきたよ」
あかねは空いていた左手をそっと重ねる。ランの右手はあかねの両手に挟まれたかたちになった。ランは、それをじっとみつめ、そして、面をあげて、あかねをみつめた。
まだ夜。暗いはずなのに、ランの表情ははっきりと見えた。
深い黒目がちの瞳。年齢的には自分と同じくらいなのに、あかねはなぜか今のランがずっと年下のように思えた。
ランは左手をそっとあげて、あかねのふくよかな頬に手をあてる。
「ここも…温かい」
「う、うん」
あかねは自分の頬が染まったのがわかった。ランの細い手があかねの頬を撫でる。
「く、くすぐったいよ。ラン…」
照れ隠しもあって、あかねは少し笑った。
「お館様の頬は冷たい」
「え?」
「お館様の体はどこも冷たい」
「……え」
ランの言葉に、あかねの体が堅くなる。ランの発する言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。
それは、あかねはまだ知らない世界。
急に鼓動が早くなる。驚いているのか、悲しいのか、自分でもわからなかった。
「神子?」
あかねの表情が強ばったのをランが気づいたらしい。
「…ランは…アクラムのことが好きなの?」
「……すき?」
「その……」
あの仮面の下の冷たい視線を思い出して、あかねの背筋は寒くなった。
「あの、その、アクラムと……寝てるの…?」
なんてことを。あかねは自分の言葉に恥ずかしくなる。そんな台詞、誰にも聞いたことないのに。
「お館様が望めば」
「やめて!」
あかねはランの手をふりほどき、耳を塞いでしゃがみこんだ。
「神子?」
「…そんなふうに言わないで。ランはものじゃないのよ、ランはアクラムのものじゃないの」
あかねの大きな瞳から涙が零れた。これはなんの涙なんだろう?
アクラムの仕打ちに対しての憤りの涙なのか。
まるでなんでもないことのように言うランに対しての悲しみの涙なのか。
気がつくと、ランもしゃがみ込んで、あかねをみていた。
あかねは手の甲で涙をぐいっと拭った。
「…ごめん」
「どうして、あやまる?」
「…なんとなく」
「どうして、泣くの?」
ランが不思議そうに聞いてきた。
「……わかんない、でも、悲しくなった…」
二人の神子が夜の底でしゃがみこんだまま、向かい合っている。
「…あかねが悲しいと、私も悲しくなる…」
ランがぽつりと言った。
「私たちは、同じ神子だから?」
そのランの問いかけに、あかねは答えられなかった。
同じ神子だから。
共鳴しあう、それは陰と陽。
ランがすっと、顔をあかねに寄せてきた。ふと、香りがする。八葉の誰とも違う香だった。
そうあかねが思った瞬間、唇になにか冷たいものが触れた。
ランの唇だった。
「うっ…」
あかねは思わず、後ろに下がろうとして、姿勢を崩し、そのまま草の上に倒れ込んでしまった。
背中に感じるひんやりとした感触。そして、視界はまだ暗い空。が、東のほうがぼんやりと明るくなってきたようだ。
そして、その視界にランがはいってきた。そして、その顔が近づいてくる。
再度、少女たちに唇が触れ合った。
ランはあかねの体に覆い被さる。重くはなかった。
二度、三度、まるで小鳥がついばむようなくちづけをした。
「私が悲しんでいると、お館様はこうしてくれる」
ランは、そう呟いた。
…あかねは思った。ランはそれしか知らないのだ。慰める方法を。
「…ありがとう、ラン」
思いもかけず、自分の口からそんな言葉がでた。
ランの唇は柔らかくて、いやじゃなかった。
「あかねのは温かい」
アクラムは、発する言葉だけではなく、唇まで冷たいのか。
「そう?」
「うん」
ランは再び、あかねに口づける。あかねもそれに応えた。柔らかい舌が咥内にはいってきた時は、すこし驚いたが、そのままされるままになった。
静かな庭に、二人の口づけの音が聞こえる。
ランの体が重みを増す。あかねはそっとその細い背に手をまわした。折れそうな体だった。
ランの唇が熱さをもってきた。と、同時にあかねの体内のどこかでも熱さが生まれた。
二人は共鳴する。
ランの唇が、あかねの首筋をはっていた。あかねはおもわず、体を少しのけぞらせる。
「…あかね、いや?」
「あ、ううん…」
どうして抵抗できないんだろう。あかねは不思議に思う。こんなこと誰ともしたことないのに。
ランは、あかねの返事に安心したのか、こんどは耳たぶを軽く噛んだ。
「あっ」
あかねは思わず、声を出した。こんな声、自分でも聞いたことない。
知識としては知っている。
知っているが、こんな気持ちになったのははじめてだった。
ランは慣れているようだった。
相手はアクラムなんだと考えると、切ないような気持ちになった。
思わず、ランの着物をきゅっと握りしめた。
ランは、あかねの耳から首筋を、唇で優しく愛撫する。
そして、そのまま右手を夜着の上から、あかねの小さな胸にそっと置く。
夜着は薄い。
はじめて、この京に降り立った夜に渡された時、あかねはその薄さに困惑したものだった。
どうせ、パジャマみたいなものだからと思って納得したが、今は他人の目にその姿を晒している。
ランの手が、あかねの胸をそっと撫でる。
「…あかねも…」
ランの声はいつもの冷たい声ではなく、甘い空気が混じっている。
「触って」
ランが左手で、あかねの右手つかんで自分の着物の合わせにいれようとする。
あかねは戸惑ったが、そのランの懇願するような瞳に逆らえず、そっと差し込んでみた。
今は、ランもあかねも、横になり、赤ん坊のように向かい合って寝ている。
あかねの手は、ひんやりとしたランの乳房を触った。どうしていいか判らないので、そのまま撫でる。柔らかくて気持ちいい。
「…あかね、そのままで」
「う、うん」
ランは、あかねの夜着の前をひらいた。あかねの白くてこぶりの乳房が零れた。
「あっ」
あかねは反射的に胸を隠そうとしたが、その前にすばやくランはあかねの胸に顔を埋めた。
まるでこどものように。
そして、ランはあかねの胸の谷間に口づけた。
温かい唇を感じる。
あかねはランの胸から手をはなし、そのままランを抱きしめた。
ランの黒い髪はつややかで、すべりがよい。
ランの唇が、あかねが予想する動きをみせた。
思わず、あかねは体をそらせる。
その胸の一番感じやすい場所を、ランは赤ん坊のように吸っている。
そして、もう片方のそこを、指で持て遊んでいた。
「あ、ラン、だめ…」
あかねが切なげに声をもらした。
映画や漫画ではみたことのあるシーン。
いつか自分も経験することがあるのだろうかと、気恥ずかしい気持ちでみていたあのシーン。
それが、いま、ランによって、経験させられている。
あかねがダメといっても、ランはやめなかった。
ぴちゃりと、ランの唇から発せられる音が聞こえる。そして、その音が進むにつれいて、あかねは自分のそこが、敏感になってるのがわかった。
ランの細い指がすこし触れるだけで、あかねは声をもらしてしまう。
どうしよう…。誰かきちゃったらどうしよう。
あかねは、そう思いながらも、ランを止めることができない。
こんなところ、誰かにみられたら。いつも見回りをしている頼久さんにみられたら…。
そう考えた瞬間、あかねは自分のあられもない姿に気づいた。
夜着は、ほとんどはだけて、あかねの白い腹を夜空に晒していた。帯もとけている。
そして、神子のために誂えられた夜着は申し訳程度に、あかねの大事な部分を隠しているだけだった。
こんなところを、みられたら。
そう考えると、あかねは全身がかあっと熱くなった。
その熱さは、あかねの腹に手をおいて、胸の突起をその花弁のような唇で愛撫していたランも気がついたのか、そっとその口をそこから離した。
「熱い? …あかねも熱い?」
「え?」
そこで、あかねはランがそこから唇を外したことに、一瞬がっかりした自分がいたのに気がついて、ランの問いかけがよくわからないほどに混乱した。
「な、なに、熱いってなに?」
「お館様にこうされると、私は熱くなる。あかねは…ならない?」
「熱い? ど、どこが?」
狼狽えたあかねが問いかけ直すが、ランは返事はしなかった。
そのかわりに、するりと手を下に伸ばす。
「!」
あかねの体は反り返った。
その瞬間、ほんの少しだけ夜着にかくれていた体は全て露わになり、龍神の神子の裸身が、さらけ出された。
夜に光る白い体。
おなじように白いランの手は、あかねのまだ誰も触ってない場所に触れていた。
「ここ、あかねも熱い…」
ランの指が中に、ほんの少しだけ、侵入する。
あかねは思わず、膝を閉じて抵抗した。
が、ランの指は、その入口を、優しく撫でる。
「…ここ、いや…?」
「ラン、やめて、ラン」
あかねはそう懇願するように言ったけども、ほんとうは心とはうらはらのことを言っていることがわかった。
もっと、触って。ラン、触って。
まるで、そのあかねの心の奥底の願いが聞こえたかのように、ランはそっとなで続けた。
そして、すっと指を少しだけ上に移動させる。
「ああっ」
あかねはもうここが藤姫の庭だということも忘れて声をあげた。
だらしなく両手をあげて、あかねの裸身は京の夜空に晒されたままだ。
ランの指が動くたびに、あかねの腰も動く。
一番、感じやすいところを、ランは細い指先でやさしく触る。
あかねも、そこが自分の一番感じやすいところだと、わかった。
体の奥から、なにかがわき上がってくる。
それに、あかねは戸惑った。
これまで知らなかったなにか。
さきほどは、抵抗して締めた膝が緩やかに力をなくして倒れていく。
ランは、体をずらしてあかねの足をすこし広げた。
「や、ラン…恥ずかしいよ」
「お館様はいつもこうするの」
ランはあかねの足を広げる。まだ柔らかい少女の体はいともかんたんに広げられた。
あかねから、ランが自分の大事なところをのぞき込んでいるのがわかった。
恥ずかしさに、あかねは顔を横にむけ、視界からランを消した。
ランは、あかねの足を持ち上げた。
「私はお館様と体が違うから…」
ランは、少し寂しそうにいった。
「どうしたらいいの…?」
その声があまりにも頼りなさげだったので、あかねは思わず、視線をランに戻した。
自分の足があがっている。あまりにもな体勢だったけど、あかねはランの様子が心もとなく見えたので、思わずすこし微笑んでしまった。
「いいの、ラン、ランは女の子で、アクラムは男だもの。…同じことはできないの…」
そう言いつつも、あかねは自分の中でなにかが、なにかを求めている気がした。
「もういいよ、ラン…」
私って、汚い。
あかねはそう思った。
「でも」
ランは、呟く。
「あかねのここ、寂しそう」
そのまま、ランは指を中にいれた。
「ううっ」
あかねは身をよじった。少し痛かった。
「痛い? あかね」
「う、うん、ちょっと、ちょっとね」
なにしろ、あかねにとって、はじめてのことだ。これまで、そこにはいったものはなにもない。
「…わたしも最初は痛かった…」
ランのその言葉に、あかねは、ランはアクラムといくつの夜を過ごしたのだろうと考える。
「あかね、ごめん」
ランは指を抜いた。その初めての感覚にあかねは足を震わせた。
ランはあかねの太股に両手をかけた。
「ラ、ラン?」
あかねが問いかけようとした次の瞬間、先ほど指で弄ばれていた敏感な部分に、今度は違う感触がきた。
それがなにか、わかった刹那、あかねは、耐えきれなくなり声をあげた。
「ラン、いやっ、いやあ」
ランはそれに答えず、そのままあかねの秘所に舌を這わせる。
あかねは、自分の体の奥が止めどなく湿っていくのがわかった。
おとなって、みんなこんな気持ちを知ってるの?
「は、はあっ、はあっ」
あかねは首を振りながら、その快楽に耐える。自分の口からつつっと涎が垂れたのがわかった。
ランはその攻めをやめようとしない。
あかねは涙をこぼした。
きっと、ランはアクラムにされていることを、そのままあかねにしている。
背の高い大柄なアクラムに蹂躙されているランの姿を思って、あかねは泣いた。
そして、またこの涙は快楽を知ってしまった涙だと思った。
ランの小さな舌先の動きが早くなった。
それに合わせるように、あかねの呼吸と鼓動も早くなった。
あかねは、ぎゅっと目をつぶった。
くっとなにかが自分の中にはいったのがわかった。
ランの指だろう。
もうそれを止める気も確かめる気もない。
くちゅくちゅと、音が聞こえてくる。
自分の中の音だろうか、それともランの唇からの音だろうか。
ランは、舌と指で、あかねを責める。
いや、ランはこれしかしらないのだろう。
寂しさの埋め方を。
そうあかねが快楽で半分以上占められた頭で考えた時に、大きな波がきた。
その波にあかねは体をゆだねた。
はじめての、ことだった。
あかねは夜露と自分の汗で湿ってしまった夜着の前をかき合わせた。
ランの姿はもうそこにはなかった。
夜があけてしまうと、ぽつりとつぶやいてランは姿を消してしまった。
最後に口づけることもできないままに。
あかねはよろっと立ち上がった。
誰かに見つかる前に戻らなくては。
立ちあがった瞬間、自分の体の奥にまだ消えていないなにかがあるのがわかった。
あかねはそれを思って泣いた。
ランを思って泣いた。
私たちは、裏と面。
私たちは、陰と陽。
だから、ふたりでひとつ。
それでも、今のままだと決してひとつになれない神子ふたり。
次に鈴の音がなるのはいつだろう。
あかねは思いを消し飛ばすように、藤姫の館に向かって走った。