「見知らぬ客からお土産をもらった話」  
 
我がSOS団団長様は、世の中が平安で宇宙人や未来人や超能力者が現れないごく自然な状態を退屈と認識し憂鬱となり、その負のパワーが臨界点を突破すると閉鎖空間を発生させ  
ピンポイントで俺を引きずり込み、一歩間違えれば世界崩壊、というまことに性質の悪い行動を起こす人物である。  
さてそんな団長様とは違い圧倒的大多数の一般人であるこの俺はそんな芸当はもちろんできない。しかし団長様にはできなくても俺にはできることがある。それは  
『退屈していなくても憂鬱になれる』  
ことだ。特に俺を含む学生に特化すれば、一年に何度か定期的にやってくる中間、期末試験の最中はまさにそうだろう。試験はまったく退屈ではない。試験終了30分前には時間が  
余ってグースカ俺の後ろで寝息を立てている誰かさんとは違い俺はどこぞの古代文字とも知れない数式やら化学反応式やらと格闘し、試験後は密室の中教師によって行われる採点と  
いう人間の努力を数字で評価する悪行に憤然としながらも慈悲を願う。まったく退屈しないが憂鬱になる。困ったもんだ。  
 
そしてそれは、中間試験が始まる10日ほど前、そろそろ憂鬱という怪物が活動を開始する頃、唐突に起こった。  
 
その日、朝から空は一年中湿っている学校の雑巾のような色をして曇っていた。SOS団の活動も終え帰路に着き、俺は一人で歩いていた。ついさっきまでハルヒのかしましい声に  
包まれていたものだから一人になったとたんあたりが静寂の世界に変化したかのような錯覚に襲われる。俺は顔を右に左に動かしここがいつもの通学路であることを確認し、次に下  
を見て自分がしっかりと歩いていることを確認した。さらに次に雑巾色の空を見上げるとー、  
 
金色に輝く光の球が浮かんでいた。  
 
「・・・流星?」  
俺の第一声はありきたりのものだった。もう夕方だ。朝からの曇り空と相まっていつもより暗いからもう見えてもおかしくはない。俺は顔を正面に戻し、流れ星に三回願い事を言う  
と願いが叶うよ、なんていうおとぎ話を思い出すこともなく歩を進めた。・・・ん?まてよ。なんかひっかかる。願い事とかじゃなくてもう少し前。暗いとかでもなく、そう、曇り  
空だ!空が切れ目なく曇っているのにその雲よりはるか上空を飛んでいるはずの流星が見えるはずはない。俺は立ち止まって振り返り、さっき流星と思われる光体が浮かんでいた辺  
りに視点を動かした。  
「嘘だろ・・・」  
その光体はさっきより光度が増していた。そりゃそうだ、こっちに近づいてきているんだからな!  
「なんかよく解らんが、逃げたほうがよさそうだ。」  
すると光体は俺の意図に気づいたのか、近づいてくるスピードを上げた。俺は太ってはいないが足はたいして速くない。追いつかれるのは時間の問題かもしれない。だがそんなこと  
を考えるより、とにかく足を動かして逃げるのだ。もんどりうって倒れそうになりながら俺は走った。光体はまだ追いかけてくる。いかんもうだめだ!と思った時、光体は俺を追い  
越していった。  
「はあ・・・はあ・・・何?」  
両膝に手をついてうなだれて息を切らしていた俺が顔を上げると、光体は消えていた。  
「何なんだよ。どうして俺の周りには・・・」  
 
パカーン!!!  
 
頭の上で大きな音がしたかと思うと、目の前が真っ白になった。もう、訳が解らない・・・  
次に気がついた時、俺は歩道で大の字に仰向けに寝そべっていた。もそもそと起き上がって俺が最初にしたことは、荷物チェックだった。俺が寝ている間誰かに荷物を盗まれてやし  
ないか心配になったのだ。幸い荷物はすべてあった。どうやらさっきの光体は泥棒の新手の盗み道具ではないようだ。次に俺はようやく自分の体を気にした。どこにも怪我はしてい  
ない。体も痛くないし倒れたときにぶつけてはいないようだ。  
「しかし、俺の無様な寝姿、誰かに見られてないだろうな・・・」  
実はそのことが一番心配なのだがそれに答えてくれる通行人は皆無だったので、とにかくこの場から一刻も早く立ち去り家に向かうのが最善と判断し再び歩き出した。  
しかしさっきの光体は何だったんだろう?本当ならもっと慌てたり不思議に思ってもいいはずなのに、何で俺は落ち着いているんだ?確かに俺はUFOの類を信じてはいないがSOS  
団に関わるようになって宇宙人やら未来人やら超能力者、ひいては神様とまで知り合っちまったおかげで感覚が麻痺でもしてるんだろうか?やれやれ。  
そんなことを考えているうち我が家へ着いた。なんだか妙に長い道のりだった気がする。  
「あっキョンくんおかえりー」  
薬草を使い果たし、MPもHPも後わずかな勇者が宿屋にたどり着いた様な気持ちで玄関のドアを開けると、そこには宿の看板娘がー、いるはずもなく、うまい棒を銜えた妹が俺を  
迎えてくれた。  
「もう少し早く帰ってくればミヨちゃんと会えたのになあー。」  
んー、まあ帰り道変なのに追い駆けられたからなあ・・・っておい、ミヨキチをこんな暗い中一人で帰らせたのか?  
「えへへー。」  
何だその含み笑いは。  
 
「ちゃーんとおかーさんが送ってったもーん。」  
俺の肩の力が抜けるのを感じ取ったのか  
「ねーねー心配した?しんぷぁひ・・・」  
この口か、この口が生意気な口利くのか。俺は妹の両頬をつまんで輪ゴムのように引っ張ってやった。  
「ひゃふぁ、ひゃめえ、ひゃめえ、・・・ふぁれ?」  
妹の目がぱちくりとした。視線が俺の顔に固定される。  
「ひょんふんふぁおふぁっふぁ。」  
何だって?妹の発音能力を戻さなくてはなるまい。頬をつまんでいた両手を離した。  
「もう一度言ってみなさい。」  
「キョンくん顔真っ赤だよ?」  
オフクロが玄関の壁に掛けた趣味の悪い鏡を覗き込んで俺は驚いた。自分がポストにでもなったかと思うくらい真っ赤な顔をしていたのだ。顔だけでなく首や、そして手までも。  
ミヨキチの話のせいではないのは明らかだ。  
「キョンくん熱でもあるんじゃないの?」  
まさか。確かに顔は真っ赤だが気持ち悪くもないし、体の節々も痛くない。  
「そうだ!体温計!」  
どこぞのキャッチフレーズのような言葉を発して妹が居間に走って行った。  
「いや、俺が捜すからいいー、」  
遅かった。俺が居間に入ると救急箱をひっくり返して薬売りでも始めるのかと思うくらい床を散らかしている妹がいた。  
「あったー!」  
おつかれさま。  
ところが俺は本当に熱を出していた。自覚症状はないが40度以上の高熱だった。帰宅したオフクロは妹の行商まがいに広げられた薬の中から解熱剤をチョイスし俺に飲ませた。咳も  
出ていないし一晩これで様子を見ようということで病院に行くこともなかった。  
 
翌朝。俺の高熱はすっかり下がり平熱となっていた。しかし大事をとって今日は学校を休むことになった。  
「ミヨちゃんにお見舞いに来るように言うねー。」  
要らん気遣いをするな。妹を野良猫を追い払うように部屋から出すと、俺は再びベッドに寝転がった。せっかくだからおもいきり休もうじゃないか。学校も試験のことも忘れて。  
「試験?」  
そうだ試験だ。試験まで10日もないぞ。そういえば昨日谷口のやつが国木田に試験に出そうな箇所を聞いていたっけ。学校を大事をとって休んだといっても俺自身は体調は悪いわけ  
ではない。むしろ昨日よりいいくらいだ。オフクロもいないし一人集中して試験に備えて問題集のひとつでもやったほうがいい。俺はいつになく積極的に机に向かい、手始めに数学の  
問題集に取り掛かった。  
「ほらな、人間自発的に行動すれば道は開けるものなのさ。」  
問題集の解答欄を次々に埋めていく。あまりにもスラスラと鉛筆が動くものだから、10問ほど解いたところで答え合わせをすることにした。解ったと思っていたものが間違いだらけ  
だったら恥ずかしい。  
「全問・・・正解?」  
普段の俺はテスト用紙のあちこちにつたない計算式を書きながら問題を解いていく。しかしこの問題集ではその計算式は常に頭の中にあり、答えだけを解答欄に書いていた。さしずめ  
モーツァルトの気分だぜ。  
「何か・・・おかしい。」  
俺はここでついに疑念を抱いた。今、俺の周りで異変が起きつつあるのではないか?あの流星を見てから・・・  
 
「何がおかしいのだ?このくらいの数式なぞ解けて当然だ。」  
 
!?  
 
今、声がした。俺しかいない家の、俺の部屋で。ものすごく近いところで。  
 
「私は宇宙最高の知性体、オーバーロードである。昨日お前の体に乗り移り身体組織の隅々まで浸透し支配するためのメカニズムを今完成したのだ。」  
 
俺の口が勝手に動いて喋りだした。・・・なんてこった、異変は俺の周りではなく、俺自身に起きていたのだ・・・。  
 
「乗り移った?昨日?するとひょっとしてあの流星・・・?」  
「そうだあれは胞子のようなもので宇宙を旅するための仮の姿だったのだ。」  
「何の目的でそんなことを?」  
「地球征服!これまでも我が種族は宇宙の隅々まで進出しあらゆる惑星を征服してきたのだ。」  
「病院へ行こう。この勝手な寄生虫を取り除いてもらおう。」  
「無駄だね。今や私とお前は二心同体不可分のものとなっている。」  
「まあまあ落ち着くがよい。私だって宿主の不為になるようなことはせんよ。お前には人間の機能の限界内で最高の知能と肉体を与えるぞ。」  
「・・・そうか、だからさっき問題集がスラスラ解けたのか。・・・しかし待て!うまいこと言うな!結局は乗り手のための優秀な馬になるってことじゃないか!」  
「解っとるね、まったくその通り、ワッハッハ!」  
 
今このやり取りを誰かが聞いたら、よくて芝居の練習、悪くて多重人格者かと思われるに違いない。俺の体内には宇宙からの寄生虫がいて俺とコンタクトしているのだがすべて俺の口  
ひとつで行われているのだから。  
「くそっ、お前の思い通りになんかさせるか!」  
俺は何かしら抵抗を試みようとした。柱に頭をぶつけてみたり、みぞおちの辺りを自分で殴ったりした。しかし寄生宇宙生物によって身体の回復能力も上がっているらしく、みるみる  
アザは消えていく。  
「無駄な抵抗はやめたまえ。」  
どうにもならないらしい。俺は自分の声に打ちのめされ、がっくりと膝をついた。  
「どうして俺を選んだんだよ!またハルヒがらみなのか?」  
脳裏に朝倉の顔と、殺されかけたあの風景が浮かんだ。  
「ハルヒ?なんだそれは?」  
意外な反応が返ってきた。  
「ハルヒって言ったらハルヒなんだよ!おまえら情報統合思念体のいろんな派閥が芸能リポーターみたいになって注目している神様だ。」  
朝倉の時は俺を殺そうとして、今度は俺の身体を乗っ取ろうって作戦か。  
「ジョウホウトウゴウシネンタイ?お前はいったい何を言っているのだ?」  
何だすっとぼけようってのか。  
「情報統合思念体っつったら思念体なんだよ!長門っていう読書好きの無口少女をよこしてきてるだろうが。」  
「ナガト?」  
まったく話が噛み合わなくなった。新聞小説を一週間飛ばして読んでる奴と話してるみたいに。  
 
「まあそんな訳の解らない話などどうでもいい。最初のお前の質問に答えよう。」  
最初の質問なんて忘れちまったよ。  
「なぜお前を選んだかだ。正確に言うとお前ではなく人間を選んだのだ。慎重な調査の結果だ、一度乗り移ると後一度しかやり直しはきかないからな。理由はまず高等生命体であること次に長命な  
生命体であることだ。我々はこの星で増殖するのだ。私には子孫の繁栄を見届ける責任がある。」  
勝手なことを並べ立てる寄生虫にうんざりしてきた。  
「さっきから喋りっぱなしで喉が渇いた。水を補給させてくれ。」  
台所へと向かい、水道の蛇口をひねって水を出す。コップに水を入れそれを飲む。この一連の動作も、台所も、いつもと変わらない。しかし俺の身体には宇宙から来た寄生虫がいる。  
「長門・・・」  
水分で潤った俺の口から無意識に出た言葉が静かな台所にやけに響く。このとき本当に長門に助けに来てほしかった。  
「さて続きだが」  
「まだあるのか」  
「あるとも。ここが重要だ。お前たち人間はいつ増殖活動をする?」  
増殖活動って?  
「私としては、一刻も早く宿主とともに増殖したいのだ。今すぐにでも。」  
今すぐって言ったって、こういうのは順序ってものがあってだな。  
「順序?昨日お前の身体を調べて知っているぞ。この体外に露出している生殖器を刺激すればよいのだろう?」  
「刺激ってこら!」  
寄生虫によって支配されている俺の両手が、ズボンの中に伸びてきた。抵抗など出来やしない。あっけなく俺の分身がズボンの中から放り出され、俺の意思とは関係なくオナニーでも始めようと  
ばかりに上下にしごかれ始めた。俺の手で。  
「やめ・・・やめろぉ!こんなとこ誰かに見られたら」  
「はっはっは。私は別に構わんが?見た所人間という有機生命体は宇宙では流行らない有性生殖のようだ。雌がここにくればなお話が早い。」  
両手は自由にならないが俺は何とか抵抗しようと床を転げ回った。露出したチンコが床にこすれて痛いやら何やらで、俺は第二の来客に気づかなかった。  
 
ガチャッ  
 
不意に台所のドアが開いた。まだ昼前。妹が帰ってくる時間じゃない。オフクロか?こんなとこ見られる恥ずかしさは、隠していたエロ本を発見された時の比じゃないぞ!  
 
「な、長門・・・」  
 
音も立てずに入ってきたのは、SOS団専属の無口キャラにして読書少女、その実体は情報統合思念体によって創られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェース長門有希。  
今の俺には北高の制服を着た救世主だ。しかし  
「いや長門、こ、これはだな、その、なんだ・・・」  
俺の身体に居候している寄生虫のことを話すべきなのだろうが、チンコおっ立ててしごいているこの状況を見られたことに混乱していた。長門の視線が一瞬俺の下半身に向けられたことも混乱  
に拍車を掛けた要因でもある。  
「く、くるな!」  
これは俺の口から出た言葉だ。だが俺の意思ではない。つまり寄生虫のものだ。  
「何故、おまえがここにいるのだ?!」  
俺の身体はそれこそ風邪で高熱が出たときのようにガタガタ震えていた。俺はチンコを出したままへたりと尻餅をつきそのままの状態で後ずさりしていた。長門はいつもの無表情のまま近づいて  
くる。俺は心の中ではこういうときは『もう、変なの見せないでよ!』とか言って笑い飛ばしてくれるほうが楽なんだが長門にそんなこと期待はできんな、などとのんきなことを考えていた。  
「寄るなあ!」  
俺は椅子を片手で持ち上げ、長門に放り投げた。何度も言うが、俺の意思ではない。椅子は長門の手前でふわりと減速し空中で静止したかと思うと床に着地した。  
「ううっ?」  
俺の身体が金縛りにでもなったかのように動かなくなった。再び俺の脳裏に朝倉の姿が浮かんだ。あの時と違うのは俺が殺されかけていないこと、チンコだしてること、そして相手が長門だって  
ことだ。  
「あなたの身体に侵入している情報生命体の活動を無力化し一旦わたしの身体に移動させる。」  
長門は両手で俺の頭を掴んだ。ちょうど耳の位置だ。ひんやりと長門の皮膚の感触が伝わる。そしてあの解読不能な呪文。  
「・・・完了。」  
長門の手が離れた。手が離れる瞬間  
「何故、こいつだけー、」  
という声が聞こえた気がしたが  
「情報生命体は取り除いた。もう大丈夫」  
長門の冷静な声にかき消された。  
「もう、大丈夫なのか?」  
 
「・・・大丈夫。」  
「長門っ!」  
俺は思わず長門を抱きしめた。一瞬『ふっ』と空気が漏れるような声が長門から出たが気にせず抱きしめ続けた。長門の声はやっぱりいつものように平坦で事務的だが、俺にはこれ以上無い安心感を与えて  
くれるものだ。寄生虫から開放された実感なんかないのだが、俺は長門を信用している。  
「落ち着いて」  
やや接客的になった長門の言葉に  
「すまん長門。・・・すまん。ありがとうな。」  
としか答えられない。しかし  
「・・・当たってる」  
再び事務的な言葉に  
「す、すまん!」  
1メートルほど長門から離れ、ズボンをあげた。あの野郎、俺の身体から出てく前に後片付けぐらいしろってんだ。  
 
「なあ長門。さっきの寄生虫は何だったんだ?」  
数分後、身も心も下半身も落ち着いた俺は台所のテーブルに長門と対面して座り、お茶を淹れていた。  
「情報生命体の亜種。」  
長門の宇宙的怪電波をひも解いて説明すると次のようになる。この情報生命体はいつぞやのカマドウマより原始的存在らしい。カマドウマは自分で自情報を複写するといった増殖能力があるがこの  
寄生虫にはそういった能力が無いため宿主の増殖能力を利用する。最初は宿主の増殖組織に寄生し宿主の増殖活動を待つだけだったが自分たちの増殖の確実性を高めるため宿主の全構成組織を支配  
し制御するという能力を進化の過程で獲得したと思われる。−だそうだ。  
で、その寄生虫が次に選んだ宿が人間で、たまたま俺を見かけてお邪魔してきたって訳か。こいつらは寝室さえあれば宿が和風だろうと洋風だろうと間取りがどうだろうと気にしないのだ。この  
アバウトさが長門にして原始的と評されても今なお滅亡しないでいる理由なのだろう。  
「原始的ってことは、あの寄生虫が言っていた『宇宙最高の知性体』とかいうのは?」  
銀河を統括する情報統合思念体を親玉に持つ長門の口から誰も反論できない答えが返ってきた。  
「・・・ハッタリ」  
「・・・」  
まあ、人間同士の喧嘩でも自分を強く見せるためにはったりかますことは約一名を除いてよくあるからな。あの寄生虫、原始的と評されるだけあって感覚的には俺たち地球人と近いとこがあったの  
かもしれない。身体を支配するなんて行動を起こすようなでしゃばりをせず、乳酸菌みたいにおとなしくしてればひょっとしたら共存共栄ができたのかもしれない。なんつったって俺を天才にして  
くれたんだ、乳酸菌より役に立つ。  
 
「だから長門を見て急におびえだしたのか。」  
ん?待てよ。俺はあいつに情報統合思念体や長門のことを話したがまったく知らないといった反応だったぞ。  
「情報統合思念体という呼称は」  
お茶をひとすすりして長門が続けた。  
「この惑星のこの弓状列島の共通言語圏内における便宜上の表現に過ぎない。わたしの名前も同様。」  
言い終わると長門は再びお茶をすすった。説明はこれで終わりらしい。  
つまり、生まれてから英語にまったく触れる機会が無く言葉も文字も知らない日本人に『アップル』と言ってもそれが『りんご』をさす言葉と理解できないのと同じか。正解かどうか解らないが、  
それで納得することにした。  
「それじゃあ、おまえの親玉のことは情報生命体の間じゃなんて呼ぶんだ?」  
やや間があって  
「情報生命体は言語を持たない。」  
愚問だったようだ。  
「けれど、便宜上の名前だとしても、長門、俺はお前の名前はいい名前だと思うぞ。愛着を持つべきだな。」  
長門の目が1ミリ見開いたような気がした。  
「・・・そう」  
急に長門が立ち上がり、床のきしむ音だけを残して台所のドアに向かって歩き出した。  
「どうした?」  
ドアノブを掴んだまま長門が停止する。  
「わたしのするべきことは終了した。帰宅する。」  
「待ってくれ!帰らないでくれ!」  
長門の背中に呼びかけた。  
「もう昼だ。飯でも食べてってくれ。せめてものお礼だ。」  
長門のしてくれたことに比べたら、ご飯粒より小さいがな。  
「・・・了解した」  
返事が返ってくるまで俺は三回呼吸をした。  
 
 
「ちょっとキョン!あんた本当に熱を出したのっ?」  
翌日登校してハルヒと顔を合わすや否や、こんな言葉をぶつけられた。  
「あたりまえだろ。」  
そっけなく答えて席に座る俺にハルヒはさらに続ける。  
「昨日、有希も学校を休んだみたいなのよね。部室にもいなかったし。あんたはともかく有希が学校を休むなんて珍しいわ。しかもあんたと同じ日になんて。」  
ハルヒがどう邪推してるかは知らんが、確かに長門は午前中から俺の家にいた。昼飯を食べた後満腹感から寝てしまい、目が覚めたら4時過ぎでまだ長門がいて『あなたが帰らないでくれと言った』と言われたとか、  
その後妹がミヨキチをつれて帰ってきてミヨキチが長門を睨んで空気が悪くなったとか、結局夕飯も長門に振舞ったとか、そんなことをバカ正直に話すつもりは無い。  
「おまえ、そんなつまらない妄想ばっかしてると体が持たんぞ。」  
軽く溜息をつく俺にハルヒは  
「何言ってんの。あたしはあんたと違って身体に病原ウィルスを侵入させるヘマなんかしないわよ。」  
まあ、お前の身体に取り憑こうなんて考えるウィルスなんて宇宙にもいないさ。俺はまだぶつくさ言うハルヒを無視した。今日の俺はハルヒを無視して耐えられるぐらいの余裕があった。  
「あの寄生虫も、なかなか気の利く奴だ。」  
俺は教科書を開いた。隅から隅まで理解できる。そう、寄生虫は俺の体から去ったが、そいつによって向上させられた知力と運動能力はそのまま残ったのだ。学校までの坂道も全く疲れなかったぜ。  
解り過ぎて退屈するなどという今まで経験したことのない授業をすべて終え、掃除当番のハルヒを残して部室へ向かった。  
部室のドアをノックせずに入ると、長門しかいなかった。俺はいつもの定位置に座りいつもの窓際で本を読んでいる長門に目を向けた。  
「なあ長門。昨日の寄生虫はどうなったんだ?」  
「情報統合思念体に転送した。処分は統合思念体が下す。」  
本に目を落としたまま長門が答えた。  
「そうか。お礼のひとつでも言いたい気分なんだがな。」  
 
パタン。  
 
本の閉じる音がした。次の瞬間、俺のすぐそばに長門が立っていた。  
「まだすることがある。」  
「すること?」  
「昨日の情報生命体によって引き上げられたままになっているあなたの身体能力を元に戻す。」  
えっ?  
「強制的に引き上げられた身体能力は、あなたが鍛錬して獲得したものではない。肉体がそれについていかなくなる。」  
長門の説明は、俺を東京タワーから突き落とさんとするばかりの衝撃だった。  
「ち、ちょっと待ってくれ!」  
俺は反射的に3メートルは飛び退いた。  
「それって今すぐじゃないと駄目なのか?せめてほら中間試験が終わってからとかにしてくれないか?」  
必死の嘆願。  
「それはできない。あなたの身体能力を向上させ制御していた情報生命体があなたの身体にいない今、精神的肉体的崩壊は始まっている。」  
そんなこと俺には自覚ないのだが。  
「・・・さっきあなたはドアをノックしなかった。」  
ポツリと長門が口を開いた。  
「いつもあなたは朝日奈みくるの着替えを見てしまわないよう、部室に入る時は必ずドアをノックしているはず。」  
バナナで釘が打てる温度まで下がった黒い瞳がじっと俺を見続けている。確かに俺はドアをノックしなかった。俺の崩壊は、そんな些細なことから始まるのか。いや待て、朝比奈さんのためにしていることを些細なことと言ってしまっている時点で駄目じゃないか。今日だって、ハルヒを無視したじゃないか。どんなにあいつがハチャメチャなことをしたって今まで俺があいつを無視するなんてしたことあったか?けど、けどだな・・・  
「中間試験は絶望か・・・」  
往生際悪くまだ試験を気にする俺がいた。がっくりと肩を落とす。  
「だいじょうぶ」  
うなだれていた俺が顔を上げると、氷点まで緩んだ黒い瞳と目が合った。  
「わたしが手伝う」  
・・・何を?  
「あなたの試験勉強」  
そのとき俺は確かに長門の頬がほんのりと朱に染まるのを見た。スーパーカミオカンデじゃないと検知出来ないくらいの、ごく僅か。  
「解ったよ、長門。」  
このとき俺はようやく元の一般人に戻る決心をした。  
「そう」  
やっぱり長門の声は平坦で冷静で・・・安心する。  
 
 
 
終わり  
 

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