朝起きると、外は季節外れの大雪だった。  
 今日は、いつも通りであるならば、市内不思議探索と称したイベントが行われる日であり、また何故か俺の財布から悲劇の細菌学者が何名か行方不明になる日でもある。何よりもまずこの不思議を解明してもらいたいね、捜索願いはどこに出せばいいんだ?  
 ただ、今朝からハルヒは朝比奈さん等と共に鶴屋さんの持つ別荘の一つへと向かっているはずであり、こっちには俺、古泉、長門の三人しか残っていない。  
 まあ、市内探索、というか幽霊屋敷探索、をやっておくようにと団長様から言われているんだがな。定期連絡も命じられているし、サボったりすると罰ゲームが待っているのだろう、おそらく俺だけに。  
ああ、これも解明してもらいたい不思議の一つである、被害届けも用意しておこう。  
 雪は止む気配を見せない。これは積もるかもしれないね。一体どこの神様が望まれたので御座いましょうか? と、不信心者っぽいため息をつきながら空を見上げる俺であった。  
 
 
 SOMEDAY in the WORLD  
 
 
 俺がやる気50%オフセール中の状態で今日の予定を思い出そうとしていた時、机の上で携帯が鳴り出した。古泉からだ。今すぐにでも電源をオフにしたい、こいつからの連絡がいい知らせだという事は五つ葉のクローバーレベルでありえ無いからな。  
 まあ、実行に移すわけにもいかないので素直に通話ボタンを押す。古泉は死にかけのセイウチのような声で、  
「………すみません、僕も無意識的に、………ふん………、生徒会の一員とカウントされたようです。朝から胃腸の調子が、………もっ………、最悪でして。申し訳ありませんが今回の、………ふう………、幽霊屋敷探索は長門さんとお二人で行っていただけませんか?」  
 涼宮さんには僕から連絡しておきますから、と、不安になるような息遣いを所々に交えながら電話が切れた。  
 そういえば以前ハルヒが、生徒会長に嫌味を言われた、と、キレていた事を思い出す。  
 ………古泉は自業自得というやつだろう。月曜日になっても学校に来てないようだったら、鉢植えでも持ってお見舞いに行ってやろう。俺が行かないと言っても、どうせハルヒに連れて行かれるんだろうしな。  
 さて、古泉が来れないというのならば、後は長門に口裏を合わすよう頼んで、適当に団長様へと定期連絡をいれておけば、別に犬じゃあるまいし、こんな雪の中わざわざ喜び駆け回る必要は無いのではないだろうか?  
 
 セールでも売れ残ったやる気が80%オフにまで下がった時、また俺の携帯が鳴った。今度は長門だ。普通に通話ボタンを押す。押さない理由はナノグラムも無いしな。  
「どうした、長門」  
「………」  
 うん、いつも通りの長門節だ、黙ってるだけだがな。  
「そういえば、今日は古泉のやつ、来れないらしいぞ」  
「聞いている」  
 なら話ははやい。売れ残りのやる気をとっとと返品しよう。  
 俺が、長門に今日の市内探索の中止を進言しようとした時だった。  
「今日………」  
 長門が先に話を切り出してきた。  
「ん、なんだ?」  
「………」  
 沈黙、だが、これぐらいの沈黙でへこたれていては長門マスターにはなれない。  
「………」  
 おそらく今、何を言うべきか考えているのだろう。いつもお世話になっているんだし、カップヌードルが出来上がるくらいの間なら、待たされたって何て事無いね。  
「………………」  
 カップヌードルがのびきるくらいの間待たされた後、こんな言葉が出てきた。  
「図書館………」  
 そういえば………、ある約束を思い出す。そうだな、どうせやる事も無いんだ。帰り道に雪が積もってたりすると少し嫌だが、たまには長門と一日中静かに過ごすのは悪くないね。  
「一緒に行くか? 図書館?」  
「………」  
 風を切るような音が聞こえる。どうやらすごい勢いで首を振っているらしい。  
 いや、電話ごしだと縦横どっちに振っているのか分からないぞ。  
「………行く」  
 そういう事になった。  
 
 
 ついて来ようとした妹を追い返しながら待ち合わせ場所であるいつもの公園へと向かった。子供は子供らしく喜んで庭駆け回っていなさい、………怪我しない程度にな。  
 
 この嫌がらせのような雪の中では、とても自転車を使う気にはなれなかった。誰かさんが校庭に書いた落書きでも覆い隠すつもりなのかねえ? まあ、長門には歩いていくと伝えてあるからそんなに急ぐ必要も無いだろう。  
 あいつの場合、俺が公園についてから家を出ても、俺より早く待ち合わせ場所につきそうな気がするしな。  
 転ばないように注意しながら、いつもより倍以上の時間をかけて公園に到着する。  
 
 待ち合わせ場所、いつものベンチで、  
          ―――長門に雪が積もっていた。  
 
 そりゃどれくらい遅れるかはっきりと伝えはしなかったけど、俺は確かに、歩きで行くからいつもより遅くなる、と伝えたはずであり、いくら長門でも頭に雪が積もるほど前に来る事は無いだろうと、勝手に思い込んでいた。  
ていうか、普通そう思うだろ! 悪いのは俺か? 俺なのか?  
 長門と視線が合った。ああ、親とはぐれた子供の視線だよ。うわ、すげえ罪悪感。  
「………」  
 とにかく何か喋らないといけないと思い、南京錠で固められたかのように凍りついている自分の口を無理やり開く。  
「………雪、積もってるぞ」  
 何だ、このそのまんまなセリフは。錠を破ったところで中に宝物が入っているとは限らないんだなあと実感できる、したくなかったがな。  
「………待っていたから」  
 はい、罪悪感、さらに倍! どつぼにはまる俺である。  
「すまん、遅くなった」  
 結局、素直に謝るのが一番良い方法なんだなあ。悪いのが俺かどうかという問題はこの際おいておこう、その方が楽だ、いろいろと。また一つ、負け犬人生論の完成である。  
 
 長門の頭やコートに積もった雪を払い落とす。フードをかぶっていたから直に雪が接していた部分が無い、というのがせめてもの救いだろうね、長門の体にとっても俺の精神にとっても。  
 長門は目をつむって俺のなすがままだ。何となく機嫌が良い時のシャミセンを思い出す。………ひょっとして、気持ち良いのだろうか? のどとか撫でるとどう反応するのかね?  
「じゃあ、行こうか」  
 余計な雑念を追い払って声をかける。長門はわずかに頷いて俺の後をついてきた。  
 ………途中でホットコーヒーでも買ってやるとしよう。  
 
 
 図書館に着いた。  
 長門はいつも通り3cmほど宙に浮いているような足取りで、人ごみをすり抜けながら本の海へと消えていく。まあ、鮭が川に帰ってくるようにそのうち戻ってくるだろうと、近くの本棚から適当な本を選び出し、適当に空いている席に座ったところで、  
 
 
 急に、目の前が真っ暗になった。  
 
 
 どうやら今俺は眠っているらしい。  
 
 誰かに『ありがとう………』と言われた気がする。  
 
 何かが壊れるような音がした気がする。  
 
『………』  
 
 誰かの想いが、届いたような気がする。  
 
 ………何だろう? とても大事なものを失った気がする。  
 
 ………………とても大事な人が、いなくなった気がする。  
 
 ………………………………………………………………………………………  
 
 
 足音が近づいてくる。何だろう、叫び声が………、  
「URYYYYEEEEEEE―――――――――」  
 とても発音できないような叫び声をあげながら、ハルヒが俺をたたき起こした。  
 
 飛び起きた、俺。目の前には、ハルヒ。ここは、図書館。  
「いてぇ………」  
 マジで痛い。殴られたであろう頭とか、周囲の視線とか、いろいろ、………いろいろ。  
「な、何よ、キョン。………泣くほど痛かったの?」  
 ???   
「………あんた、泣いてるわよ」  
 おや、本当だ。流涙小僧となっている俺、………何でだ?   
「あたしが知るわけ無いでしょう。………それより、どういう事か、説明してくれるんでしょうねぇ?」  
 おお、これはハルヒ山噴火10秒前、といったところだな。………って、やべぇじゃねえか!!!  
 やっと頭が目覚めた俺、そしてその瞬間から始まる命のやり取り、ここは本当に現代日本か?  
 とりあえず何かを言わないといけない。このままだと確実に何らかの理不尽な被害が出る、主に俺の財布とか、俺の預金通帳とか、俺の命とかに、って全部俺にかよ!  
「あーとだな、ハルヒさん。一体何を怒っているのでしょう?」  
 寝ぼけた頭じゃろくな事思いつかんなあ。自ら火口にダイブする俺である。  
「What time is it?」  
 何故か英語で言われたりする、マジで噴火な5秒前。今の時間は………午後4時過ぎか、そういえば昼過ぎには定期連絡を入れる約束だったな。着信は………、ないな。という事は、連絡が来ないからってわざわざ戻ってきたのか、こいつは? 電話ぐらいかけろよ。  
 とりあえず原因は分かった。ならば後は対策を練るのみである。………よし、とりあえず、褒めてみよう。  
「ハルヒ、お前、発音良いな」  
 顔を真っ赤にして黙り込み、うつむくハルヒ。お、成功か!   
 ………あれ? なんか、震えだしたぞ。  
「うがーーーーー!!!!!!!」  
 噴火しましたとさ。………グッバイマイライフ、フォーエバー。  
 
 
 俺の必死な土下座プラス交渉のおかげで、何とかハルヒの機嫌もなおった。変わりに某大学の創始者が何名か行方不明になる事になったが………、泣いてなんかないやい。  
 とりあえず図書館から自主退場する事にする。自業自得とはいえ、周りの視線がさっきから集中砲火なんだ、何故か俺だけに。  
 
 
 読んでいた本を取りに、座っていた机に戻る。俺が座っていた席の隣で、  
 
 ―――長門有希が安らかな顔で熟睡していた。  
 
 何故か凄く泣きそうになった。本来なら長門があんな騒ぎの間眠り続けているなんて、三年寝太郎もびっくりな異常事態なんだろうが、俺はこいつの寝顔を見て安心している。何でだろうね?  
 
 
 眠ったままの長門を背負って図書館を出る。雪はまだ、降り続いていた。  
 
 
「有希、調子悪いの?」  
 先に外に出ていたハルヒが、俺が背負っている長門を見ながら尋ねてくる。  
「そうらしいな。昨日あんまり寝てないんじゃないか」  
 適当に答える。まあ、そんな事はあるわけがないし、多分図書館で俺が眠っている間に何かがあったんだろう。聞きたくはあるが、お姫様を起こしてまで聞く事じゃあないね。  
「………」  
 ハルヒが俯きながら、何かを言ったような気がする。  
「ハルヒ、何か言ったか?」  
「何でもないわよ、ドンタコス!」  
「誰だよ、ドンタコスって!」  
 ………いや、悪口である事は伝わってくるんだが。  
 
「で、あんた、これからどうすんの?」  
 ハルヒが俺にそう尋ねてきた。  
「そうだな………」  
 俺の首に回された長門の手が、俺の服をギュッと掴んできた。  
「………とりあえず長門を家まで送ってくるよ」  
「そっか」  
 そう言ってうかべた笑顔は、何だろう………、こいつにしては珍しく優しいもので………、  
「お前、どうして俺達が図書館にいるって分かったんだ?」  
 断じて照れくさくて話題を変えたわけではないぞ、信じろ。  
「古泉くんに聞いたのよ。………あ!」  
 ………待て。『あ!』って何だ、『あ!』って!  
「いや、その、ね。古泉くん、お腹壊してたみたいだったから、縛り上げてトイレにいけないようにしてから優しく質問したのよ」  
 『優しい』の意味を広辞苑で調べて来い。ついでに『拷問』という言葉もな。  
「それでね、図書館って聞き出して、急いで飛び出してきちゃったもんだから、縄をほどくの忘れちゃった」  
 ………うわー、満面の笑顔ですよ、この人。  
「てへっ!」  
 ………古泉のご冥福をお祈りする事にした。  
 
 
 電話で確認したところ、ギリギリのところで知り合いに助けられて事無きを得たらしい。ハルヒが古泉にわりと本気で謝っていた。ついでに今まで俺にやってきた数々の行いも謝罪して欲しかったな、………一生かけても終わらないだろうが。  
 
 
 明日の朝一の電車で朝比奈さん達の所に行くというハルヒと別れ、長門のマンションについた頃には、もうすっかり日が沈んでいた。  
 布団を敷き、その上に長門を寝かせて、毛布をかけてやる。どうやらいつかの雪山のように、情報統合思念体との接続が切れているらしく、長門はまだ本調子ではない。そのため風呂にはいる時以外は、全部俺がついていてやらないといけなかった。  
 俺はもうマラソンを完走した直後のランナーのようにへとへとである。………、いや、風呂は無理だって、マジでもう走れません。アイムノットチキン、オーケー。  
「意気地なし」  
 全力で聞こえなかった事にした。と、いうか、お前もしかして動こうと思えば普通に動けるんじゃあないか?  
「無理」  
 ………そっか。  
「そう」  
 多分、これは長門なりの我侭なんだろう。少しだけ申し訳なさそうにしているその頭を撫でる。  
 そんなに自分を悪く思うなよ。人という字はお互いに支えあっているって言うだろ。まあ、長い方が明らかに楽をしているという考え方もあるらしいが、なら今回は俺が短い方になるとするよ。  
 長くなったり短くなったり、支えたり支えられたり、そうやって何とか崩れずにやっていくのが人なのさ。その考えでいくと、俺はお前に物凄く支えられてきたんだぞ、たまには支えないと崩れちまうだろ、俺が。だから、お前の我侭ならいつだって聞くさ。  
 
「………おふろ」  
 ………今度、な。  
 
「…………やく………そく……」  
 長門の何処か嬉しそうな声を聞きながら、俺もまた夢の世界へ旅立っていった。  
 
   
 雪は深々と降り積もり、あたりの音を消している。  
 二人の鼓動だけがこの世界に響いている、そんな感じがした。  
 
 
 次の日、長門を心配して早朝にやってきたハルヒに見つかり、俺が永眠させられそうになったのは、また別の話だ。  
 
 
 
 

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